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Episode-21 桶屋のスキット

 城を出たOKEYA一行は町外れの製鉄所跡地に来ていた。

「ここですか、サタニウム密輸が発覚してから怪しい奴らを見かけるようになったって報告があったのは」

「そう。サタニウムの件に関わっている賊かもしれない」


 製鉄所の入り口には見張りと思われるならず者が一人。


「典型的なならず者といったところですね。えーっと……」

 会計は携帯端末(スリー・フォン)で見張りの写真を撮り、データベースに照合した。


「あの男は土星の人間ではないですね。火星の出身で惑星間指名手配されています」

「つまりどっちにしろここの連中は捕まえる必要があるってことだな」

 武闘派の監察官はやる気充分。活躍に期待が持てそうだ。


 逸る監察官にくらべ庶務は冷静。

「しかし見張りがいますよね。あれどうしますか?」


「とりあえずあいつからやっつけますか?」

 見せ場が欲しい艦長としてはここで武功をあげたいのだろう。察しつつも元帥はプランを告げる。

「ちょい待ち。作戦がある。時代はワークシェアリングだ。あと官房長官。桶はある?」


 官房長官はにっこりと風呂敷を見せる。

「もちろんです」



 見張りを仰せつかっているならず者は向こうから歩いてくる少年少女に気がついた。ここは当然見張りとしての役割を果たさねばならない。

「なんだお前らは? ここはガキの遊び場じゃねえ。さっさと帰んな。斬られてえのか」


 刀を抜いて凄むならず者に対し愛想笑いを浮かべながら近づく一行。元帥が揉み手をしつつ作戦を開始した。


「旦那、ご機嫌麗しゅうて。わたくしどもは『桶屋』と申しましてですね。いい桶をご紹介させていただきたく……」

「なにそのピンポイントな商売!? いらねえから!」


「桶のエキスパート、つまり世に言う『オケスパート』なる我々なら旦那にあった桶をご紹介できますよ」

「怪しい肩書きだなおい!」


 元帥が官房長官に目配せした。背負っていた風呂敷から桶を出す官房長官。それを元帥がならず者に見せる。


「こちらが『お風呂の残り湯を汲むための桶』でございます」

「いや、用途で分ける意味ないだろ!」

 ならず者ながらツッコミはまともだ。足を洗えば別の道がありそう。


「いかがでしょう。この桶をお買い上げいただいたお客様にはもれなくこちらの『ほぼ2L測れる桶』もお付けしています」

「なんでほぼなんだよ! そこは頑張れよ!」


 いつの間にか元帥がボケならず者がツッコむという流れが生まれつつあった。それは些細な変化だが、流れが生まれたことで彼は見張りという退屈な役割を離れそのうねりに知らず知らずのうちに身を投じていた。


「うーんお気に召しませんか。でしたらこちらの『プラスチックの桶』はいかがでしょう?」

「世間はそれを洗面器と呼ぶ! 桶屋なんだろ、そこは最後まで桶で通せよ! 諦めんなよ!」

 

 聞きたかったワードを引き出した元帥は茂みにむかって合図した。夢中になって叩き込む見張りの後ろを隠れていた主力部隊が通過。二段構えの作戦だったのだ。


「桶屋とはいえミスることもありますよ。『弘法も腕の固まり』といいますでしょ」

「整骨院いけよ弘法! 筆の使いすぎで腱鞘炎になったのか弘法!」


 製鉄所内部へ侵入した監察官、総長、会計からなる主力部隊は艦長の指揮のもと奥へと進んでいた。


 艦長としては表で囮の役割をしている元帥たちが気になるようだ。

「なあ信さん、元帥たち大丈夫かな」

「心配ないだろ。こっちはこっちのことをするだけだ」


 ふと、会計がその場にしゃがみこんだ。

「メガ姉、どうしたん?」

 会計は床に散らばっている砂のようなものをつまんで三人に見せた。

「サタニウム。ここで正解みたい」


 疑惑が確信に変わったところでそれを裏付ける者たちが。

「いたぞ! 侵入者だ!」

 刀を持ったならず者が奥から現れた。


「ここへ来たからには生きては帰せねえぞ! やっちまえ!」

 ボス格と思われる男が号令を出し、時代劇でよく見る一対一ではなくスクラムを組んで向かってきた。


「ここは自分が!」

「あっ、介さんずりぃぞ!」

 総長が他の三人に先んじて敵に向かっていく。一番槍を務めようとしていた監察官は思わぬ肩すかしを食うことになった。


「お前たち、サタニウムの密輸に関わっているな?」

 敵は答えず総長にむかって容赦なく斬撃を繰り返す。ポカンとしていれば彼は三枚におろされてしまうことだろう。


 しかしそこは切り込み役。敵の太刀筋を見切り、ゆらりゆらりとかわす。そしてコシガヤを抜いて敵の得物をまとめて叩き斬った。敵の攻撃手段をもぎ取ろうというわけだ。


 コシガヤが縦横に軌跡を描く度に刀身が床に落ちる。おそらく土星で調達した酢入りの安い刀なのだろう。


「うわっ、わっ、やべえ!」

 総長の切り込みに慌ててコマンドをにげるに設定したようだ。彼らは刀身の無くなった刀を捨て、入り口のほうへ逃げようとした。


 ところがそうはいかない。囮の役割を全うした元帥たちが合流したのだ。ちょうど挟み撃ちの形になる。

「おー、こっちは片付いたか」


「あれ? 見張りの人はどうしたんです?」

「先に警察のところへ行ってもらったよ」


 声をかけてきた艦長を労う元帥。

「ナイスファイトだったな。それでここのボスは?」


 ボス格のならず者が観念しておずおずと前へ進み出る。

「俺だが……」


 ここで再びネゴシエーターモードだ。

「一つ聞かせてください。あなた方はサタニウムの一件の下手人ですね。でもそれには別の誰かが関わっているはずだ。誰の指示ですか?」


「ちょ、元帥。どういうことです?」

 監察官は話が飲み込めていないようだ。


「よくよく考えてれば分かることだ。土星の科学技術は決して高くない。それなのにこんな大がかりな密輸を個人でできるというのはおかしいだろ。つまり、サタニウムを外部へ運ぶシステムやルートを用意した相手がいるんじゃないかってこと」


 言われてみればその通りだ。


「そこまでわかっているか」

「じゃあ、やっぱり?」


「そうだ。前までは俺らは火星を根城にしたただのこそ泥だった。そこへ新しい商売をしないかと話を持ちかけてきたやつがいたんだ」


「それはどんな人物でした?」


「高そうな陣羽織を着た男だった。たしか夏目とかいったかな」

「あいつか……」

 敵の参謀である夏目。やはり土星にも来ていた。

 KOUTORIIが資金を得るためにこんなボロ儲けを画策していたとは。長く続けられるものではないにしても、利益はかなりあがったはずだ。


「俺らは盗んできたサタニウムを製鉄所の奥の穴に放り込むだけでよかった。よくわからんがそれであいつらのところへブツが届くらしい」

「なるほど。そこに転送装置があるわけですね」


 元帥はならず者たちにそこへ案内するよう促した。

「これだ。ここにサタニウムを放り込むと奴らのところへ届くらしい」

 見た目には何も変わったところはない穴だ。言われなければスルーしていたことだろう。


「ま、これで一件落着だ。みなさん、警察まで御足労願います」

 ならず者たちを伴って、OKEYA一行が製鉄所を後にしようとしたその時。


「うわっ! なんだ!?」

 耳をつんざく轟音とともに背後の壁が吹き飛んだ。砂煙が室内に充満する。


「大筒だ!」

 再び慌てふためくならず者たち。敵から動向を見張られていたようだ。


「この建物ごと私たちをどうにかしちゃうつもりみたいですね」

 飛んできた瓦礫をかわす官房長官。しゃべりながらよく動けるものだ。


 とにかく、このままでは壊れゆく製鉄所と運命を共にすることになる。元帥はそれを避けるためならず者たちの護送を諦めた。


「みなさん! この先の森の入り口に警察を呼んであります! そこへ行ってください! 逃げようとするのは自由ですけど命は保障しませんよ!」

 釘を刺すのも忘れないあたりしっかりしている。

「お、おう! お前ら、行くぞ!」


 ならず者たちが裏口から脱出。命は惜しいだろうし逃げる心配はなさそうだ。


「じゃ、我々はこっちから突破するぞ」

 OKEYA一行は正面から敵に向かっていく。



☆★☆



 来客が去り、ガラク・ベレレンは再び実験に勤しんでいた。ルドゥムグについては気になることもあったが科学の徒を自称する彼にとっては些細なことだった。


 何せ長年のテーマであった人体の改造は自らの体をモルモットとして一定の成果をあげることができたうえに、KOUTORIIからの資金援助もあってさらなる分野へと手を広げることができるようになったのだ。


(あの頃とは大違いだ……)


 かつてガラクがまだ新時代のホープと呼ばれていた頃。誰もが彼に明るい何かを期待した。しかし、学会の重鎮たちにとっては急にのさばってきた名声を欲しいままにする悪い虫に過ぎない。

 圧力を受けたガラクはそれに反発するかのように過激な研究にのめり込むようになり、それを危険視した者たちによって学会を追われた。


 彼からすると苦い過去。ガラクは景気づけもかねてウィスキーをひっかける。


 すると、デスクの上の彼の携帯端末(スリー・フォン)がクラシックを奏でた。


「私だ」

【突然ですまない。ひとつ作戦に協力してほしいんだが】

 電話の相手は夏目のようだ。


「時間なら余っているくらいだ。それにしても突然どうした?」

【実はさっきサタニウムの密輸が何者かによってパーにされたと連絡が入った。OKEYAの仕業だと判明してはいるがな】


「ほう。それでどうするつもりだ?」

「迎撃するように言ったがおそらく無駄だろう。KOUTORIIのなかでも一番下の連中。あくまでも時間稼ぎが狙いだ」


 KOUTORIIは莫大な人員数を誇る組織なので土星にも外部協力者が存在したのだ。


「サタニウムとはいい商売だな。でもあんたらKOUTORIIの資金源はサタニウムに依存しているわけではあるまいに?」

【よく分かっているじゃないか。これは単なる小遣い稼ぎだ】


 ここで夏目は仕切り直した。


【ここからが本題なんだがメインの準備が整った。そこで海王星であの忌々しいOKEYAと決着を着けようと思っているんだがどうだろう、来てくれないか?】

「断る理由がないな。実践の機会を探していたところだ」


 電話を切ったガラク。彼の頭脳は夏目の策略をある程度見透かしていた。


(わざわざ海王星などという辺境におびき出すなどというまどろっこしい手段を講じるのには間違いなく理由がある。常に成功失敗を計算している男だ、頼まれた特注のバールのようなものといい狙いはおそらく……)


 一つの答えに辿り着いたが一介の科学者であるガラクにとってはこれもどうでもいいことだった。

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