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Episode-20 急転のサナカ

 偽ヒカマギ号はあれよあれよという間に出撃したタンクを全て機能停止させてしまった。こうなれば兵器もただの置物にすぎない。


「いかん、総員退避せよ!」

 すぐに号令が飛び兵士たちは愛機から脱出した。そこへ偽ヒカマギ号が熱線を浴びせる。夏場のアイスの如くドロリと溶け出すタンク。


 時間を稼ごうと一人の男が粘り強く砲撃を続けている。特別な軍服から火星軍の隊長と思われる。


「なんてことだ、合金を溶かしきるとは……」

「ひるむな! なんとか俺らで食い止めるんだ!」

 自らに活をいれ、対空砲を構える兵士たち。次々と怒りの弾丸が放たれる。被弾し爆発する偽ヒカマギ号。


「やったか!?」

 そういうときにはたいていやっていないものだ。ヒカマギ号はそのままの場所に無傷で浮いていた。展開するバリアはそこまで頑丈なのだ。


「嘘だろ……」


 肩を落とす兵士たち。その一人が何かに気がついた。

「むこうから何か来ます!」

「あれは……」

 彼方から猛スピードで迫ってくるエアバス。惑星通信(プラ・ネット)の備品の一つだ。


 エアバスの中では四人が即席の作戦を練っていた。

「とにかく兄ちゃんたちはあのアンテナをなんとかしたいんだろ?」

「そうです! どうしたらいいんですか」


 必死な服部に整備士はニヤリと笑う。


「アンテナは頑丈にできていてちょっとやそっとでは傷もつかねぇが側部に明滅する突起物がある。そこを破壊すればイチゲキでコロリ。略してイチコロだ」

「なるほど……しかしこのエアバスには当然ながら武器は搭載されてませんが」


「弾なら上等のがあるだろ」

 双が真下に転がっている少し前までタンクだったものを指差す。


「あれを運搬用フックで吊り上げて、バリアを張れないアンテナにヨーヨーの要領でぶつけるってか。おいあんた。いけそうか?」


「あったり前田荘だ。一回こういうのやってみたかったんだよ」

 ハンドルを握る警備員が脇のレバーを引いた。すると、エアバスの底面からフックが現れた。そしてそのフックで真下の元タンクを引っかけ、祭りの水風船釣りのように持ち上げる。どことなくシュールな光景だ。


 そんなエアバスの妙な動きを見て偽ヒカマギ号は双たちの考えを悟ったようだ。

「いかん、急がないと俺らもスクラップだ」

 ハッチが開いてアンテナが現れた。エアバスも機能停止させるつもりとみえる。


 しかしそれは双たちにとっても決定的なチャンスでもあった。

「今だ!」


 ふりこのように元タンクを前後に振り、その勢いのままアンテナ向けて放った。


 空で。地上で。大勢が見守るなか元タンクは緩やかな軌道を描いて……


「よし!」


 アンテナ側部に元タンクが炸裂するのとエアバスが機能停止するのがほとんど同時だった。

 双たちのエアバスは自由落下し偽ヒカマギ号のアンテナはハッチごと壊れた。


 そんな双たちの奮闘を無駄にするような火星軍ではない。再び隊長のゲキが飛んだ。

「何をしている! 援軍がくれたチャンスを無駄にするな! 撃て!」

 アンテナが強引に壊されたせいでハッチが閉まらなくなったところへの一斉砲撃。ウィークポイントを露出している状態では防ぎようがない。偽ヒカマギ号はすぐに火だるまになってしまった。


「おお、やったぞ!」

 腹に響くような大きな音をたてて偽ヒカマギ号は大爆発した。そしてそのまま墜落したが、一機の小型ヘリが中から飛び出し上空へ逃げ去った。乗員が脱出を図ったのだろう。


 喜ぶ火星軍。そこへ双たちがパラシュートでエアバスから脱出し、降下してきた。


「あなた方でしたか。どなたかは存じませんがご協力感謝します」

 笑顔で彼らを迎える隊長。


「いやぁどうも……」

 しぼんだパラシュートを振りほどきながら服部が応える。


「それにしても逃がしたか……」

 悔しげな双。KOUTORIIに一矢報いたいところだった。


「まあいいじゃないか。俺らが火星を救ったといっても過言ではないぞ」

 警備員が顔馴染みの兵士たちにもみくちゃにされながら彼らの健闘を称えた。


 影の功労者である整備士はバラけたアンテナを名残惜しそうに見つめている。

「なんだかよく分からんうちに連れてこられたがうまくいってよかったな。それにしてもあれは一体なんだったんだ?」

「どうやらどこかにこの火星を狙っている輩がいるようですな。あの偽ヒカマギ号も尖兵にすぎないのでしょう」

 隊長が腕を組む。


「それにしても……」

 双が元タンクの横に転がる元エアバスを指差す。そちらを見る服部。

惑星通信(プラ・ネット)の備品を壊したとなると高くつくぞ」

「ぐふっ」

 服部の百キロを優に越える巨体が崩れ落ちた。




☆★☆




 それから間もなくのこと。ガウスのもとへ地球と火星での作戦失敗の知らせが届いた。


「おい夏目、これはどういうことだ。いつからお前の部下は無能の集まりになった! この作戦のしくじりはでかいぞ!」

 顔を真っ赤にして怒るガウスに対して夏目はいたって冷静だ。


「申し訳ありません。しかし、一概に失敗というわけでもありません」

「どういうことだ」


 夏目は壁のスクリーンに携帯端末(スリー・フォン)から何かを映写した。渋々それを眺めるガウス。


「ヒカマギ号は偽物と見破られましたがそれも計算のうち。地球軍の反乱と見せかけることはできませんでしたが、彼らは未知の敵への備えを固めるでしょう。つまり」

「上を見るようになり足元がおろそかになると?」

「そういうことです」


 歴戦の軍人であるガウス。その手の発想は早い。内憂外観というが実際に両者に対処するのは不可能であることは幕末を見れば明らか。


「それは分かった。しかし地球は? あんな小娘たちに任せるなどそもそも……」

 リラ・ミャットンの仕事ぶりに疑問を感じているようだ。


「私自身あの二人が作戦を完遂できるとは考えていませんでした。あくまでも囮です。OKEYAのメンバーと米国で交戦したとの報告を受けていますが」


 スクリーンにもふもふ教祖たる指揮官の詳細なデータが表示される。


「そこまで考えているならなぜ最初に説明しなかった?」

 それを二秒ほど注視して視線を夏目にやる。


「ご報告が遅れましたがどうやら我々のなかにOKEYAのネズミが紛れ込んでいるようで」


「なんと!? いつからだ?」


 磐石にも思えるKOUTORIIに余計な者が紛れている。これはガウスを仰天させうるビッグニュースだった。


「おそらくかなり早い段階からです。我々がOKEYAを追っていたようにむこうも我々を追っていたようです。火星の不意打ちには成功しましたが地球での作戦は完全に筒抜けでした」

 まるでベケットを読むようにさらりと告げる夏目。もはや怒る気すらおきない。


「あの小賢しい桶屋め」

 ガウスは怒りを元帥にむけ、吸おうとした葉巻を握りつぶした。


「ですが心配には及びません。既に地球・火星両方に手勢を送っています。それに敵のスパイがいたとしてもこうして直接報告に参上している以上問題ないでしょう」


 夏目がそう言うならそうなのだろう。あえてガウスはそこへ突っ込むことはしなかった。


「次はどうするつもりだ」

「既に手筈は整っております。ジョーカーは伏せますがそれ以外は積極的に使わねば」

 心なしか語気が強い。ガウスは再び夏目という男に底知れぬ恐ろしさを感じた。


 この男は無能な部下をうまく采配する有能な人材であるが、もしかしたら自分も彼のなかでは采配される駒の一つに数えられているのではないか、と。

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