Episode-2 疑惑のホシ
二十一世紀のネオフロンティア期に開発が進められた火星。
太陽風による水の不足、地球との表面気圧の違い、オゾン層がないなど植民するうえでの環境問題は山ほどあったが、かつての地球人はそれらを一つずつ解決してなんとか住めるまでに火星を地球化した。
その後も地球や異星の技術が注ぎ込まれ、火星は現在のような繁栄の星となった。地球化されている惑星は他にも水星・金星・木星があるが、火星には金星に次いで多くの地球人が暮らしている。旅の途中に立ち寄る者も多い。
そんな火星の星間転送口にOKEYA所有の宇宙船、ブルー号が現れた。
「火星に到着……って大丈夫か?」
元帥が心配するのも無理はない。他のメンバーよりもやや経験のある官房長官を除いて、全員が生まれて初めての星間転送口によって重力酔いになっていた。
無理もない。地球を出たことすらない者がほとんど。Gを侮ってはいけない。
「うう、俺は大丈夫です。もしもの時は介さんの頭に」
「吐くなよ? もし吐いたらおえっぷ」
「……」
吐き気をこらえる艦長総長コンビを尻目に会計はデスクに突っ伏している。
「元帥、とりあえず火星に着陸しましょう。今この宇宙船にはキタロー袋はありませんし」
官房長官がエチケット袋の有無を確認し進言。顔色ひとつ変えないあたり、ただ者ではない。
「よし」
ブルー号はゆっくりと高度を落とし着陸体制にはいった。月極めの場所には宇宙船を停めておけないので、惑星通信近くの安いパーキングを利用することになる。
着陸。火星の空は今日も青い。
ふらついている者も数人いるが火星に降り立つ一行。比較的最近建てられた高層ビルにの高さに驚きながら惑星通信の建物をめざす。
元帥が受付で名乗るとすぐに担当者がやって来た。高校生バイトの少年。縦にも横にも大きい。かつてエドという都市を沸かせた史上最強の相撲取り、雷電を思わせる。
「わざわざありがとうございます、桶屋さん」
「いやいやかまわないよ服部くん」
どうやら服部は元帥とは以前からの顔馴染みのようだ。今回の任務は彼からの依頼によるものらしい。
「こちらの方々は?」
服部は元帥の後ろのメンバーが気になるようだ。
「OKEYAの組合員だ。左から艦長、総長、会計、官房長官。スターティングメンバーってやつだ」
「なるほど。OKEYAがついに活動開始したんですね。おっ、いい男」
そして、服部は艦長に熱っぽい視線を送る。男好きの傾向がある彼からするとドストライクらしい。名誉なことかは甚だ疑問。
「あっ、あっ、そうだ。元帥。事情を聞きましょうよ」
艦長は慌てて軌道修正を狙う。服部は名残惜しそうに本題を切り出した。
「実は来週黒曜系第三惑星の中継を放送する予定なんです。そのためにアンテナを増設したのですが、電波障害とかなんとかで映像が砂嵐になってしまうんですよ」
「原因は分かったのですか?」
会計が眼鏡を光らせて訊ねる。本人の意思でフラッシュするらしい。
「調査はしたのですがよく分からないんです。上もこの件には関心がないらしくお手上げでして。そこであなた方にお願いしたいというわけです」
「よし任せろ。我々の初任務だ」
「それでは、これがアンテナの見取り図です。本当は俺もついていきたいんですが、午後からは学校に行かないといけないので……」
「いいさいいさ。青春を謳歌してこいよ!」
服部は申し訳なさそうに帰っていった。
「じゃあ行くか」
アンテナは外に出てすぐだ。
「あっ……」
学校へ着いた服部。アンテナの異常に際し上司が渋々呼んだ整備士の存在を思い出した。
その道のプロでかつてそのアンテナの設計にも携わっていたのでおそらく元帥たちよりも先に直してしまうだろう。
「ヤバいな。桶屋さん達を呼んだ意味なかったか」
とはいえ呼んだのは服部。学校帰りに菓子折でも買っていこうと決めた。
☆★☆
問題のアンテナ。二十一世紀の家屋に取りつけられているそれとは違いとても大きい。正面に扉があり、中に入ることができるようにもなっている。不具合が生じた時に内部から整備を行うことができるからだ。ただし、その内部は迷路のようになっていて関係者か迷路マニアでもないかぎり迷うこと間違いなし。
元帥たちが服部と話していた丁度そのころ、整備士が一人アンテナの中へ入っていった。中に弁当を忘れたことを思い出したのだ。ちなみに今回で通算二十八回目。ハチベエもびっくりのうっかりさんである。
このアンテナに代表されるような精密機械がその力を発揮できるのは彼のように地道に働く者がいるからこそ。うっかり者だが、うっかりしてはいるが、彼は職務中は真面目に働いているのだ。
「それにしてもついてねぇ。せっかくの午前上がりなのに帰りのバス乗り遅れちまったよ」
ぶつくさと文句を垂れつつ弁当を探す。食べた場所に戻ればいいだけ。
「あったあった。これで忘れかけたのチャラっと」
その理屈はおかしい。
「まったくよぉ、急に電波障害とか勘弁してくれよぉ」
アンテナ内部に彼の声がこだまする。壮大な独り言。
今度こそ帰ろうと思ったその時、彼は奥に人の気配を感じた。
これでも彼はエンジニアでここのリーダーだ。少しの音も聞き逃さない。
「おーい、誰かいるのかぁ?」
音のした方へ。アンテナ内部は明るいのだが、彼の膝は震えていた。同僚は皆帰ったし、そもそもここは一般立ち入り禁止。今誰かいるのはおかしい。
「おーい」
そして角を曲がった彼は
「!!!!!」
弁当を忘れたことを後悔することとなった。