Episode-19 ゼロの刻
オレゴン基地襲撃を果たせなかったリラとミャットンはその後もいくつかの基地を狙ったのだが、先々で変装した指揮官に出鼻をくじかれ任務は未だに達成されていない。
力押しでもいけると二人は考えていたのだが、不意討ちというお達しがある以上仕方ない。
現在二人は乗り合いバスで大陸を横断している。周囲はプレーリーが広がるなかなかの風景だ。
「ねえ。おかしいと思わない?」
さすがのリラもその景色を楽しむほど気楽な人間ではない。何か疑問を覚えたようだ。手元の携帯端末の画面をせわしなくタップしている。
「ここ何時間かでまわったとこ、どこも警備員に気づかれてるじゃん。もしかして私たちのことを知ってる誰かの仕業なんじゃないかな」
ミャットンはホットドッグを慌てて飲み込み頷いた。
「それ私も思ってた」
「ホントかよ」
リラは自分たち以外の乗客を見渡す。この中の誰かに追跡者がいるのかもしれない。少なくとも彼女はそう思っていた。
「つってもさあ、こんだけ人がいちゃ分からないよね」
もう一つのホットドッグを頬張るミャットン。
「だから、誘きだすの!」
リラは携帯端末を確認したのちミャットンに作戦を耳打ちした。
数分後。バスは田舎町に停まり二人はそこで降りた。観音開きのドアがそこかしこにある古風な町だ。
追われていると決まったわけではないが可能性があるなら摘み取っておかねばならない。
「どう? 一緒に降りた人で怪しい奴いる?」
「それは分かんないなあ」
もちろんその中には指揮官もいるのだが流石に気がつかれてはいないようだ。
「こっからが作戦だから」
リラは次のホットドッグを頬張ろうとするミャットンの手を引いて路地裏へと入っていった。指揮官も距離を取ってそれを追いかける。
「つまり、この路地に入ってきた奴がいたらそいつが追跡者だと考えて間違いないよ」
「たまたま入ってくる人もいるかもしれないのに……」
冷静に考えればリラの作戦はけっこうガバガバだ。
「そんなの気にしないの。私たちは使命を……って誰か来た」
室外機を乗り越えドラム缶を脇へ転がし、指揮官が路地を進んでくる。
「あいつ! バスにいたよ!」
声を絞りつつ驚くミャットン。得意気なリラ。
「言ったとおりでしょ。そんじゃ返り討ちにしてやりますか!」
息を合わせて二人は物陰から指揮官に飛び掛かった。
原子収縮でサーベルを取り出したミャットン。狭い路地の両側の壁を蹴って真上から指揮官に斬りかかった。ワイヤーなしでのこのアクションは称賛に値する。
「うぉっ!? なにすんの!?」
慌ててドラム缶の陰に隠れる指揮官。しかしドラム缶は振り下ろされたサーベルによってあっさりと一刀両断される。何せ総長と切り結んだ実力者だ。
「えっえっ? あんたら何?」
その威力と急に襲われたことに思考が追い付かないふりをする指揮官。
「地獄の使者だ。観念しろ!」
イタい台詞とともにリラがマシンガンで指揮官を狙う。発射された弾丸がその場にしゃがんだ指揮官の後ろの壁に大量の穴を空けた。
完全なる挟み撃ち。路地裏なので逃げ場もない。
「あんた、なんで私たちをつけて来たの? ご丁寧に邪魔までしてくれたみたいだし」
ミャットンが指揮官の喉元にサーベルを突き付けて問い詰める。
「What? ワシは通りすがりの一般ピープルなんじゃが」
とぼけるのが下手な指揮官に苦笑するリラとミャットン。
「さっき夏目さんにメールで報告したらOKEYA一派の連中じゃないかって言ってたんだよね。あんた、あの元帥とかいうやつとつるんでる輩の一人でしょ?」
ふうと息を吐く指揮官。変装用のマスクを取った。
「とぼけてもダメか。ご名答。僕はOKEYA指揮官だ。nice to meet you!」
非常に発音がいい。
「ずっと気になってたんだけど総長とか艦長とか肩書きやたら立派ね」
「そこはノータッチで」
ツッコんできたミャットンを冷静に流す。
「じゃそういうことで僕は失礼するよ」
立ち去ろうとする指揮官にサーベルとマシンガンが当てられる。
「逃げられるとでも?」
「逆に聞こう、誰が逃げると言った?」
いやあんたが、とミャットンが言う前に指揮官が動いた。
完全に油断していたミャットンの足を払い、バランスを崩した彼女からサーベルをひったくった指揮官はそのまま振り向いてリラのマシンガンの銃身をバッサリと切り落とした。
「きゃっ!」
「ちょ」
カスザメの捕食シーンを越える速業に二人は全く反応することができなかった。
形勢逆転。武器を失ってしまった。もちろん原子収縮で出すことは出来るがその瞬間に攻撃されたらひとたまりもない。
「くっ……卑怯者!」
「そうよ! 男ならちゃんと戦いなさいよ!」
「いや……二対一の時点でね?」
頭をかく指揮官。おっしゃるとおりだ。
「それでもなんとかするのが……あっ」
リラの携帯端末が鳴る。指揮官が出るように促した。
リラが話している最中なんとなく気まずくなるミャットンと指揮官。二人ともそっぽを向いた。
「もしもし? あっ夏目さん! どうしたんですか。今ちょっと取り込み中で……えっ、地球へ向かわせる予定の船団が故障!? わかりました、火星ですね。すぐ向かいます」
電話を切ったリラ。指揮官を睨み付ける。
「私たちをどうするつもり?」
「どうもしないよ。お帰りはあちらからどうぞ」
指揮官がおどけて路地の反対側を指差す。
その瞬間、リラは木星で会計に使ったのと同じ目眩ましを炸裂させた。トンズラを謀ろうというのだ。
「くっ……次に会ったらただじゃおかないから!」
「おぼえてろー!」
逃げていく二人を見送り、指揮官は目をこすりながら携帯端末を取り出した。
「もふもふ。僕です。はい、作戦通り撃退しました。地球への攻撃は不発に終わりました。さとけんがうまくやったみたいです……そうです火星へ。はい、引き続き任務にあたります。じゃ、失礼します」
☆★☆
城の見張りに入城を許された一行は城の最上部へとやって来た。現在謁見の間で主を待っている最中だ。
「それにしてもあっさりでしたね」
飾ってある兜を興味深そうに眺めながら監察官。物々しい雰囲気の割りに顔パスだったのが意外なようだ。
先ほどまで誰かと電話していた元帥。自慢気だ。
「ここの殿様とはちょっとした縁があってな。そうそう、皆お茶はいけるか?」
念のため尋ねる。ここでいうお茶とは茶道のこと。総長はまず大丈夫だと思われるが……
「はい」
「私も心得てます」
「俺もやったことあるんで」
「ぼくも」
「当然」
一人返事がない。艦長だ。
「シルク、お前」
「うるせー! 俺はいちご牛乳で生きてきたんだよ! 今さら浮気できっか」
総長に謎の理論で対抗する艦長。
「元帥、シルクくんは宗教上の都合で茶道ができないということにしましょう」
「そうだな」
ここは官房長官のプランでいくのがよさそうだ。
数分後、奥からここの城主である松村邦治が現れた。細身の小男で地味な羽織を纏っている。
「桶屋か。よく来てくれたな」
「お久しぶりです」
元帥を筆頭に恭しく頭を下げる。
「今回のことについて話したいのだが……まあ茶でもどうだ」
邦治がポンと手を打つと侍女が盆に載った茶を運んできた。艦長は茶碗に触れることすらできないのだが邦治は気にしないようだ。
「別に作法がどうのと言うつもりはない。お主らはよその星から来たのであろう? 好きに飲んでくれ」
これは邦治なりの気遣いのようだ。
「じゃお言葉に甘えて!」
グビグビと茶を飲む艦長。その頭をパシンと叩く総長。
「それでサタニウムの件なのですが」
元帥は邦治に本題を切り出す。
「そう。さたにうむを密かによそへ売っているならず者がいるらしい。おかげでここ最近のさたにうむの産出と収益が合わんのだ」
サタニウムは雇われた者によって採掘されたあと加工され他の星に輸出される。
採掘にあたる者や加工にあたる者への給料、そして諸々の維持費などがその価格に含まれるのだが密輸するものは直接利益を得ている。それが問題なのだ。
「ちなみに現時点での損害は?」
「それがな……」
邦治が明かしたあまりの額に会計は頭を抱えた。そういうことをきっちりしたい彼女からすれば当然の反応だろう。
「このままでは今働いてくれているみなに俸録が出せなくなってしまう。そうなればさたにうむ産業は廃れてしまう」
「分かりました。我々にお任せください。して、そのならず者について判明していることは?」
元帥が尋ねる。敵について知ることは大切だ。
「うむ。分かっているのは北の山を根城にしているらしいということだけだ。本当なら討伐隊を組みたいのだが、近々隣国と戦なのでな」
時は群雄割拠の戦国時代のようだ。
「もはやお主らしか頼れる者はない。頼んだぞ」
「ははー!」
こうしてOKEYA一行は正式にサタニウム事件の解決を依頼された。
邦治との謁見を終え、城門まで戻ってきた。
「戦が始まるまでもう時間がない。すぐに片をつけるぞ」
そのわりにはかのこの家でくつろいでませんでしたかねと庶務は思ったがあえて黙っていることにした。