Episode-17 暗躍そしてサクボウ
天王星といえば太陽から七番目に遠く、木星土星に続いて三番目に大きい惑星として知られている惑星だ。こうして数字を見ると中途半端な気もするが人類は大昔から天王星に関心を抱き、太陽系最後の惑星として到達の目標にしてきた。
フロンティア期に先発隊が天王星に足を踏み入れたものの、変動する磁場とまさに火気厳禁というべきその大気にくわえて放射線帯までもがテラフォーミングに乗り出した地球人類を大いに苦戦させた。
とはいえ人類はなんとか荒ぶる天王星を抑え、無事に植民が完了した。現在では天王星は科学の惑星と呼ばれ、最新鋭の研究がさかんに進められている。天王星のノーベル賞受賞者が多いのもそのためだ。
木星を出たルドゥムグ。星間転送口を抜けて天王星に到着した。
夏目から預かっている要人パスでなんなくステーションを突破し、たくさんの研究施設が立ち並ぶまさに天王星の中枢ともいえるエリアに着陸した。
街を行く異星人を含む男女のほとんどが白衣を着て何やら難しい話をしている。ルドゥムグに学がないわけではないのだが、彼にはついていけない世界だ。
かなり目立つ見た目のルドゥムグだが天王星ではそれを気にする者もない。夏目の人選は正しかった。
彼は放射線研究所と隕石センターの間の狭い路地に入っていく。そのさらに奥に目指す場所があるのだ。
「まったく……こんなところにラボを構えることもないだろうに」
ブツクサ言いつつもアタッシェケースを大事そうに抱え、身を縮こませて進む。
室外機やコードに行く手を阻まれつつも気にせず先へ。ゴキブリやネズミがこんなところでも繁栄している。
そして狭さに苛立ってきたころ。やっと黒い扉が見えてきた。路地にあるためマックスまで開かず頭を使わないと中へ入れない。
両手両足を壁に突っ張り扉を開く。身体能力の高いルドゥムグだからこその業だ。
入るとそこは殺風景な部屋。西洋の売れない画家が下宿していそうというとなんとなくイメージが伝わるだろうか。
「……」
無言で棚の本を弄るルドゥムグ。どうやらそこに秘密があるらしい。
図書委員のような作業をすること五分。どこかからガシャンと音がして部屋の中央へ地下への階段が現れた。当然その下に用があるわけだ。
特定の本の配置で棚に設置された重量センサーが反応するという仕組み。陳腐なダンジョンにありそうな仕掛けだ。
下りた先は研究室。他の施設に劣らない設備が揃っている。
「こんにちはー」
目当ての人物を探すルドゥムグ。しかしさほどの仕事ではなかった。
彼のすぐ前、緑の液体が渦巻く球体の中に白衣の男がいた。仮面をつけていて分かりにくいのだが呆れた表情を浮かべる。
「また実験か……おーい、ブツを持ってきたから出てきてよ」
ルドゥムグの声が聞こえたのか男は億劫そうに球体の上部を開いて外へ。宙に浮くその姿はまさにマッドサイエンティストのイメージそのものだ。
「ルドゥムグか……いつも思うんだがお前の声変だぞ」
「……ほっといて」
元帥をはじめOKEYAの面々は気にしていなかったがルドゥムグの仮面にはボイスチェンジャーも内蔵されていて機械のような声で話しているのだ。
「で? 持ってきたんだろ」
「もちろん。これだよ」
アタッシェケースを受けとる白衣の男。科学をある程度かじったことのある者なら彼の顔を間違えるはずもない。
「でもこれ何に使うんだい? ガラクさん」
「もちろん我らの理想のため。まあ見ていろ」
かつて新時代のホープとして持て囃されるもその研究の過激さゆえに学会を追われた悲劇の天才、ガラク・ベレレンその人である。
☆★☆
一方地球。リラとミャットンは地球軍のアメリカ基地にやって来た。海が近いためなんとなく清涼感がある。
二人とも地球に来るのは久しぶりだ。
「ここなの? 思ったより広いねパッツン」
「まだ言うかあんたは!」
喧嘩しつつも通用口を目指す。今回彼女らのミッションは火星で今起きているであろうことと同じ。むこうとは逆に火星軍の仕業として地球軍を襲うことだ。地球と火星の軍事的信頼関係を悪化させるのが目的。
今回二人には後に来る航空部隊を円滑にするため基地機能を麻痺させるという役目がある。そして大気圏外で待機する部隊が混乱する基地に一気に襲いかかるというわけだ。
作戦の前提としてまずは基地内部に侵入しなければならない。リラは通用口を守る警備員を観察する。どこから出したのかその手には双眼鏡が握られている。
「あれは学生バイト? あんまり強くなさそうだね。武器は……拳銃だけ!?」
「ならあんたに任せた。さっさと撃っちゃってよ」
なんで私がと文句を言いつつも照準を合わせるリラ。木星では会計の力押しに退却を余儀なくされたが、彼女の射撃センスは相当のものなのだ。
「あれ……?」
警備員がいなくなっている。数秒前までたしかに通用口前にいたのだが。
「ちょっと! あんたが余計なこと言うからいなくなったじゃないのパッツン!」
「なぜそこまでパッツンをねじ込む!」
言い争う二人。ここで警備員を見失ったのがまずかった。
「君たち」
喧嘩する二人に背後から歩み寄る警備員。いつの間にか背後にまわっていたらしい。
「こんなところで何をしてるんだい。早く家に帰りなさい」
リラとミャットンは身長が低いため実年齢よりかなり若く見られる。今回もそのようだ。
「す、すみません。戦闘機が見たかっただけです。すぐ帰ります」
「えへへ……」
まさかあんたを撃とうとしていましたなんて言えない。二人は愛想笑いを浮かべ一旦引き下がることにした。
小声でのやりとり。
「ねえ、夏目さんから気がつかれちゃ駄目って言われてたじゃん。これからどうすんの?」
「基地はここだけじゃない。他を狙えばいいでしょ」
夏目から具体的にどの基地を攻撃しろという命令は出ていないようだ。
去っていく二人の後ろを距離を空けてついていく警備員。変装用マスクを顔から剥がし、携帯端末を取り出した。
「もふもふ。零です。……はい。さっき追い返しました。敵の航空部隊のほうはさとけんが引き受けてくれるみたいです」
警備員の正体は作戦で変装していた指揮官。かのこの家にいるであろう元帥と何やら話しているようだ。
「大丈夫です。はい。僕はこのままさっきの二人を追います」
電話を切る指揮官。しかし彼には一つ腑に落ちないことが。
「なんで元帥は攻撃の命令を出さなかったんだろう?」
二対一ではあるが指揮官には木星での戦いから得たデータが送られている。絶対に勝てない敵ではない筈だ。
「まいっか。仕事仕事」
物陰に身を隠して進む。
通用口前では本物の警備員がきっちり重装備で構えている。もふもふ教の信者である彼が指揮官の頼みを聞いて作戦に協力してくれたのだ。
「もふもふは海をも越えるってね」
満足げな指揮官。かくして地球軍オレゴン基地の平和は一人の少年の手によって守られた。