Episode-15 毛布もフモウ
ガウスがガキのクラブ活動と称したOKEYAだが、そのメンバーは単に元帥の気まぐれで選ばれたわけではない。それぞれ理由があって誘いを受けたのだ。
官房長官はその人当たり。どんな相手とでもうまくやっていけるのは一つの才能だろう。
艦長はその明るさ。俗にいうところのムードメーカー。チームのテンションというのは非常に重要。
総長はその精神の強さ。困難に立ち向かう積極性はもちろん艦長のストッパーの意味もある。
会計はその聡明さ。OKEYAの頭脳として陰ながら作戦を支える精神的支柱だ。
監察官はその身体の強さ。フィジカルエリートの存在は危険を伴うOKEYAの活動にとって不可欠だ。
庶務はその器用さ。バールのようなものを初見で解体した手腕はもっと評価されるべきだろう。
そしてあと二人。まだ合流していないOKEYAのメンバーがいる。
☆★☆
某国の超弩級ホール。猫のお面を被った一人の少年がステージ上で叫んでいる。
「もふもふこそ正義! もふもふこそ真理だぁ!」
「ウォォォォォ!」
「みんな! もふもふしてるかい!?」
「ウォォォォォォ!」
「ビバ、もふもふ!」
「ウォォォォォォ!」
さながらかつての武道館である。
しかし、ここで行われているのはアイドルのコンサートではない。
マイクで叫んでいる少年は菊本零という。何をかくそうOKEYAの指揮官である。もちろん指揮官といっても監察官や総長をアゴで使っているわけではない。
彼は学生をしつつ、その裏で新興宗教の布教をしているのだ。
新興宗教というとどうも良いイメージを感じないという人間が多い。こんな時代でも信者を食い物にしている教祖も一定数いるのだ。
しかし指揮官が始めた『もふもふ教』はそれらと一線を画している。
まず、信者からお布施を一切とらない。彼は別に生活のためにこのもふもふ教をしているわけではない。あくまでも彼の大好きなもふもふを世界に知らしめようという活動なのだ。
次に教祖の菊本も彼らに何も恩恵を与えない。無償のもふもふ愛こそがもふもふ教の目指すところなのだ。
では、もふもふ教信者としてどんな行動をとればいいのだろうか。これは指揮官が最もよく受ける質問だ。
何も特別なことをする必要はない。それぞれが思い思いの方法でもふもふを愛でればそれでいいのだ。
この分かりやすい教えが幸いしてもふもふ教は一気にメジャーな存在となっていった。
当然警察は指揮官を警戒したのだが先に述べたようにカルト化していないのでお茶の間でも親しまれ、最近では指揮官が惑星通信の番組にゲストで出ることも多くなった。
イベントを終え、帰り支度をする指揮官。すると、彼の携帯端末に着信が入った。相手を確認して通話ボタンを押す。
「もふもふ。零だけど。さとけん、急にどうしたん?」
言いたいことはわかるがツッコんではいけない。
「元帥たちが土星に行ってるって話は聞いてる?」
電話の相手はさとけんと呼ばれる人物らしい。
「あぁ。聞いてるよ。メガ姉からさっき連絡きたし」
メガ姉こと会計は離れて任務に励む二人にも逐一状況を伝えているようだ。
「そっか。それならいいんだ。で、これからが本題なんだけど」
「KOUTORIIで何か動きがあったの?」
敵対組織、KOUTORIIのことを元帥から伝え聞いていたのは官房長官の他にはこの二人のみ。特殊な任務のため情報が多く与えられているのだ。
「実は地球にその尖兵が向かっているんだ。元帥にはもう言ったんだけどそっちでも備えをしてほしいんだ」
「よしオッケ。それにしても仕事が速いね。さすが諜報員ってとこ?」
「それほどでもあるけどね」
「あぁ、こっちからも知らせることがあるんだ――――」
指揮官のほうもさとけんに知らせておきたいことがあった。この機会にと携帯端末を通してあるデータをさとけんに転送。こちらも抜かりない。
それから数分後。さとけんこと諜報員との情報交換を終えて指揮官はホールをあとにした。
「地球居残りだからって舐めんなよKOUTORIIさん」
静かに闘志を燃やす彼の胸に金のもふもふボタンが輝く。
☆★☆
土星のとある町外れの森。
「おええええ!」
ステーションにブルー号を置いて土星に降り立った元帥一行。ステーションから地上に降りるのにエレベーターのようなものに乗るのだが、艦長はそのGにすっかり参ってしまったようだ。再びの重力酔い。
「おいおい。克服したとか言ってたろ……」
呆れながらも総長が背中をさすってやる。それを嬉しそうに眺める庶務。おそらく腐った妄想をしているのだろう。
「艦長大丈夫か?」
「大丈っ……」
元帥に応えようとするも目を回してしまった艦長。
「元帥、どうしましょうか」
艦長の頬をペチペチと叩く監察官。
「よし。町へ出て休憩しよう。幸いこの近くには知り合いがいるんだ」
茂みをかき分け進む一行。ものの三十分ほどで町へ出ることができた。
「おお……」
その景観に全員言葉を失う。
木造の長屋に赤レンガ造りの教会。遠くには立派な石垣と三つの高い塔を持つ城も見える。通りでは着物姿の婦人がガウンを羽織った紳士と何事か話している。川をゆく船には色鮮やかな果実がたくさん積まれている。
「すごいだろ?」
別に元帥がすごいわけではないのだがこのドヤ顔である。
「和洋折衷ですね」
会計が簡潔に感想を述べる。
「地球人類の適応力には目を見張るものがあるとは思っていましたが、まさかここまでとは……」
今の地球では視られない景色にはしゃぐ一行。艦長も総長に背負われ、顔を真っ青にしつつキョロキョロと辺りを眺めている。
束の間の修学旅行気分を味わった一行。改めて元帥のいう知り合いのもとを目指す。
「じゃあ行こうか。ここの近くに」
「桶屋さん? 桶屋さんですよね?」
言い終わる前に誰かが割り込んできた。
「おっ。向こうから来てくれたか」
川に架かる橋の反対から女の子がこちらへ駆けてくる。彼女が元帥の知り合いらしい。それにしても着物なのでとても走りづらそうだ。
下駄をパカパカさせながら走る彼女に官房長官はこのあと起きる悲劇を予想した。
「ああっ、そんなに慌てたら」
転んだ――――