五月蠅いよ、ラジオ
ベランダでタバコを一服。
紫煙は国道を通るトラックに煽られて、四方八方に消えていく。
そんな煙の行く先を呆然と眺めていると、部屋からずいぶんと陽気な音楽が聞こえてきた。
『あ、あーあー、ゴホン。はあい、今日もやってきました、昼間にやる元気の出るラジオ、深夜のシンヤラジオ―!』
芸人のコントのように甲高い男性の声が、ベランダまで聞こえる音量で部屋中にこだましていた。
部屋にラジオなんか有ったかと思いながら音源を探すと、音が携帯電話から出ていることに気が付いた。
つい一昨日ガラパゴスからスマートホンに買い換えたもので、おそらく何かしらのアプリが勝手に起動したのだろう。
ジャズの落ち着いた音楽が流れる携帯を拾い上げると、またぞろ男の声が聞こえてきた。
『いやあ、やっぱりジャズは良いよね。心が落ち着くし、何より僕は大好きなんだよね!』
このDJの男、なかなかいい趣味をしている。
僕も心が落ち着くからジャズが大好きなんだよな。
そんなことを思いながら、タッチパネルを操作してアプリの一覧を出したが、どこにもラジオ受信アプリらしきものはなかった。
携帯の事がわからず、彼女にお勧めのアプリをたくさん入れてもらったのが失敗になったな。
『じゃあ、こここでお便りよりコーナーとまいりましょうか!本日の最初のお便りは、埼玉県在住の22歳、P.N携帯分かりませんさんからだね。』
いくつかの英字アプリを開いてみたが、どうもラジオに関係するものはなかった。
それどころかゲームを起動してしまったり、SNSを開いたりと思うように扱えなかった。
『僕は今携帯電話でラジオを聞いているのですが、ラジオのアプリの終了の仕方がわかりません。どうしたらいいでしょうか。』
やっぱり、同じようなことになる人はいるんだなと思い、せっかくだから解決法を聞こうと、携帯電話をテーブルの上に置いた。
『そうだねえ、今どんなアプリでこのラジオを聞いているのかわからないけど、本体の音量を下げれば音は小さくなるんじゃないかな。できればそのままの音量で聞いてほしいけどね。』
なるほど、本体音量を下げるのか。
携帯を手にし、本体の横にあるボタンを押すと、だんだんと音量が下がってきた。
しかし、最低音量にしてもラジオは普通に聞こえる。
もう、面倒だしいいかとベットに携帯電話を放り投げ、部屋の隅に置いてあるパソコンの電源を入れる。
『さて、携帯分かりませんさん、お役にたてたかな?それじゃあ、ここでリクエストを一曲、「僕は殺人犯」で「repent」です!』
全く知らないアーティストの不協和音が鳴り響く曲をBGMに、インターネットで森について調べる。
どうしても荷物の関係で車が必要だが、あいにく自家用車が無いため、どうしようかと悩んでいると、ラジオから流れる音楽が小さくなった。
『うん、この曲も素晴らしいよね。じゃあ、次のお便り紹介しようか!えーっと、埼玉県の22歳P.N不法投棄さんから!…あれ、さっきの人じゃないよね?』
そういえばさっきの携帯の人も埼玉の22歳、俺と同じだったなあと頭の片隅で考えるが、目はインターネットの情報を追っていた。
『まあいいや。えーと、シンヤさん、僕は埼玉に住んでいるのですが、たまに人のいない森とかでひっそりとしたい時があります。何かお勧めの場所は無いでしょうか?』
サイトをクリックしていた手を止め、携帯電話の方を見る。
ラジオから相変わらず落ち着いたジャズがBGMとして流れていた。
『そうだねえ、ひっそりとしたところなら富士樹海とかいいけど、まあ行くのも大変だしね。今スタッフに調べてもらうから答えは番組の最後でいいかな?じゃあとりあえずリクエストの一曲、「僕は殺人犯」で「conceal」、どうぞ!』
さっきから、ラジオが異様に気にかかる。
そもそも、ラジオアプリがないのにラジオが勝手にかかるのか?
ラジオにしても、なんでさっきから僕が直面している問題ばかりなんだ?
手足の指先は氷のように冷たくなり、眼球の奥は痛み、脳みそが沸騰しているように頭が熱い。
このまま、このラジオを聞いているのはまずいと直感で思い、携帯電話を手に取り、電池パックを外した。
『さて、それじゃあ、今日最後のお便りに参りますか!』
ラジオは、鳴りやまなかった。
唖然としている僕に、ラジオは語りかけてくる。
『埼玉県、22歳男性、四宮信也さんからのお便り!僕は、些細な口論が原因で彼女を殺してしまいました。それだけでなく、ラジオが、ラジオが』
「ラジオが鳴りやみません。どうしたらいいでしょうか。教えてください。」
口から、言葉が出ていた。
お便りなんか存在せず、ラジオも僕だけにしか聞こえていないのだろう。
きっと、さっきの質問なんかも自分で声にしていただけ。
『それじゃあ、シンヤから、シンヤのわずかに残った良心からアドバイスをしましょう!とりあえず、罪は償おう!そうしないと、信也はダメになってしまいます!』
「だろうね。僕にしか聞こえないラジオは、僕がおかしくなっているからだろうし。」
『安心してください!まだ、まだ引き返せます!自身の罪をきちんと償うことによって、あなたは後悔から解放され、通常に戻ることができます!』
「そうか、じゃあ、僕は罪を償いに行こうかな。」
黒いダウンジャケットを羽織り、スニーカーを履いてアパートのドアを開けた。
振り返り、誰もいない部屋に一礼して、僕は外へ出ていった。
誰もいない部屋の電池が抜かれた携帯電話から軽快なジャズが大音量で流れだす。
『さてさて、深夜のシンヤラジオ、これにて最終回です!では、またいつか、会う日まで!さよーならー!!』
声にノイズが走り、ただの雑音になっていく。
そして、ブツンと音が鳴り、後には静かな部屋に置かれた携帯電話が夕焼けを部屋の中に反射させるだけだった。