今度こそHAPPY END
クラウディアから通信が入ったのは光に向かい歩き出ししばらく経った頃だった。
なんとアラインの予測が的中し、床下から巨大なオリハルコンの結晶が見つかったという。
『エーデルから伝えてもらおうと思ったんですが、彼女うまく呼びかけられないみたいで……』
武闘派の彼女もどうやらベルクと同種の人間だったらしい。妙な親近感が湧いた。脳味噌が筋肉なのと脳味噌が常春なのは案外似ているのかもしれない。
『今わたしとマハトさんでアラインさんたちが戻ってこれるよう祈りを高めているところです』
クラウディアは神具が繋がり合っていればいつでもベルクたちを引っ張り出せると伝えてきた。帰る準備は万端だ。イデアールに会ってからユーニはすっかり落ち着いているし、となれば残る問題はただひとつ。
「早くウェヌス様を見つけなければ……」
「ああ、まったくはた迷惑な女だぜ」
ベルクの胸にまたじわじわ焦燥が戻ってくる。あのワンレン男に変なことされてないだろうなと苛立って仕方なかった。
「おや? はた迷惑な女なのか? 折角見つけて来てやったのに、それじゃ居場所など知りたくないか」
「うっおああああああ!!!?」
耳元に息を吹きかけられベルクの背中が粟立った。
またも気づかぬ間にツエントルムが舞い戻っていて、こちらの肩にのしかかっている。
「つ、ツエントルム!」
「驚かすんじゃねえよ!! 寿命が縮むだろうが!!!」
「ふん、お前がわたしの娘に舐めた口をきくからだ」
「……お、教えてくださいすんません……」
素直に謝罪したベルクに目を瞠った後、ツエントルムは面白そうに笑った。
あそこだと彼が示した先にはお花畑でイチャイチャするリユーゲとウェヌスの姿が見える。
「あ、あいつらーーッ!!!」
怒りに燃えるベルクの横でアラインが素っ頓狂な声を上げた。
「あれ……!?なんか男の方に見覚えがあるような……」
「え!? なんで!?」
突拍子もない発言にベルクは驚き振り返る。「ああ、あいつか」と疑問に答えたのはツエントルムだった。
「彼ならわたしも知っている。シャインバール・リユーゲ・シュピーゲル――通称シャインバール二十一世だ」
アラインを取り巻くオーラが一瞬で暗黒に染まったことは言うまでもない。影に塗り潰された魚のような目がぎろりと男を睨み据える。
「へえ……シャインバール二十一世、へええ……?」
顔は笑っていたが声はまったく笑っていなかった。
アライン、気持ちはわかる。気持ちはわかるぞ。
かくしてリユーゲもといシャインバール二十一世はベルクとアラインにより成敗された。霊体同士でなければ攻撃は無効じゃないのかと思っていたら、途中からアラインがオリハルコンの光を利用し「これはゲシュタルトの分! これはアンザーツの分! これはヒルンヒルトの分! これはムスケルの分! そしてこれがこの僕の分だあああああああッッ!!!!」とガチ攻撃を加え出したので「ああ、祈りは通じるんだ」と改めて呼びかけの重要さを感じた。
「ひ、ひどいですわひどいですわ!! 乱暴はおやめください!!」
ふたりの間に割って入ろうとするウェヌスを捕まえベルクはふうと嘆息する。
「ひどいのはどっちだよ。いつまで忘れてる気だ?」
本気であんなクソ男に惚れたんじゃなかろうなと一抹の不安が頭をよぎった。ウェヌスの思い込みの激しさは一筋縄でいかないので、少々、いやかなり心配である。
「ですから、あなたは私の何なんですの!?」
「ベルクだっつってんだろうが!! 旅の仲間だろ俺たち!!!」
「そんな方は存じません!! 早くあの者の狼藉をお止めなさい!!!」
ギャイギャイと掴み合いの喧嘩になりかけたときだった。ぐいと肩を掴まれ「馬鹿者」と罵られる。声の主はツエントルムだった。その後ろではオーバストがはらはらしながらベルクたちを見つめている。
「問いかけに正しく答えていないから記憶が戻らないんだ。気をつけろ、三度しくじるとウェヌスはこちらの住人になってしまうぞ」
「……!?」
アラインにのされるリユーゲの悲鳴をBGMにベルクはごくりと息を飲んだ。
そう言えばさっき会ったときもウェヌスは同じことを聞いてきた。ツエントルムの口ぶりでは正解さえ答えられればウェヌスを取り戻せそうである。
最後の最後はクイズで決着か。だがこんな、答えのわかりきった簡単な問いではほとんど障害の意味を成さないだろう。
「大丈夫ですか? ベルク殿……」
「ああ、間違えるわけねえよ。なんならノーティッツに答えさせてもいいくらいだ」
ホッとしすぎてもう肩の力が抜けている。
怪訝にこちらを睨むウェヌスにベルクは再度溜め息をついた。
――あなたは私の何なんですの、か。
安心しろ、それだけは確実に答えられる。散々その口から聞いてきたからな。
「俺はお前の勇者だ。……思い出したか?」
ベルクの笑みにウェヌスがハッと目を瞠った。こちらの名前を呟いた直後、元女神は身体を折って苦しみ出す。
「う、ぐ、ごほっ……!!」
「ウェヌス!!」
落ち着けと言うようツエントルムが腕を広げる。長い指が杖の代わりにウェヌスの前に翳されると、濁った音を立て空中に褐色の液体が浮いた。
飲んでしまったと言っていた紅茶は水球となりふよふよ漂う。ツエントルムはベルクを見やって「何をしている。ぼやぼやしてるとまたこれがウェヌスの中に戻ってしまうぞ」と叱り飛ばした。
「え!? ど、どうすりゃいいんだ!?」
「ベルク殿、蓋、蓋です。蓋をして封じてしまえば戻りません!」
「蓋ってどうやって――」
双子は示し合わせたようにニヤニヤ頬を緩ませる。いや、オーバストの方が多少遠慮していたが。
凄まじく嫌な予感がしてベルクは「おい……」と声を低くした。
蓋ってもしかして……もしかして……。
「どうしたの? ベルク、真っ赤じゃないか」
戻ってきたアラインがオーバストから事情を耳打ちされ「へえええ!」と目をきらめかせる。また居た堪れなさがパワーアップした。まだノーティッツがいないことが救いだ。あの幼馴染がいたらどんな脚色をつけ吹聴されるか知れたものではない。
「どうした早くしろ。わたしも魔法を維持するのが疲れてきたぞ」
「絶対嘘だろ!! 魔力有り余ってるくせにホラ吹くな!!!」
「ベルク殿、さあ覚悟を決めて!!」
「ちょ、待て待て、こいつだって気絶してんのにそんな……」
「大丈夫だよ。どう見てもふたり両思いだし、後で裁判沙汰になる心配なんかないって」
「そういうことじゃなくてだなあああ!!!!」
腕に抱えたウェヌスはひとりスヤスヤ心地良さそうに眠っている。
この女を連れて帰るということは、きっとこれからもこんな苦労を背負い込んでいくということなのだろう。
――いいだろう。決めてやるよ、覚悟くらい。
「お前ら絶対こっち見んなよ……!!!!」
はーいと明るい返事が揃う。
強敵に立ち向かうときよりずっと心臓がバクバク言っている。
ああもう、くそ、十年は寿命が縮んだ。
「……あら? ベルクったら、なんだかとっても顔が近いですわ」
目を開けた馬鹿女は人の気も知らず呑気なことこの上ない。魂ごと蒸発しそうになりながら、ベルクは場の勢いに任せてウェヌスを抱きしめた。振り解かれずひとまずは安堵する。アラインたちのひそひそ話には全力で気がつかないふりをした。
「とりあえずお前、帰ったらすぐ親父んとこ行くからな」
「え? 帰国するんですの? でも視察の途中ではありませんでした?」
「いーから帰るんだよ!! そんで、あれだ、あれ……こ……、こ……っ」
「こ?」
「こ、こんや……、く……」
「今夜? 今夜なんですの?」
「ち、ちが……!」
「? ? ?」
「……ッ!!」
耐え切れなくなったベルクがウェヌスの腕を掴んで歩き出したので、アラインは笑みを噛み殺してユーニの手を引き後を追いかけた。
振り返ればオーバストが手を振ってくれている。ウェヌスに声かけなくていいのかな、と気になったけれどツエントルムもオーバストもふたりに水を差すつもりはなさそうだった。
「アラインお前、帰ってもノーティッツに余計なこと喋んじゃねえぞ!?」
ベルクにはそう釘を刺されたけれど「わかったわかった。(口では)言わないよ」と返事する。彼が自分とノーティッツの文通に気がつくのは一体いつになるだろう。
神具を通じてクラウディアに「もう帰れるよ」と伝えると光る出口が大きく膨らむ。
もう一度ベルクの代わりにオーバストたちに別れを告げておこうかなと振り返ったとき、光の中に男女の影が並んでいるのが目に飛び込んだ。ぼやけて輪郭がはっきりしないけれど、なんだかとても懐かしい……。
――よく頑張ったのね。
白い光が弾けて飛んだ。
手を伸ばしても影には少しも触れられなかった。
「父さん! 母さん!」
がばりと飛び起きたアラインの側にはクラウディアとマハトがいた。
オリハルコンの出口からはベルクとウェヌス、ユーニが這い出てきたところだった。
******
あれから一年――。
いつも通り王宮の執務室でアラインは書類作成業務に従じていた。
今回で第十二回目となる魔王城の調査報告書だ。月に一度の視察は三国の協力のもと定例化している。玉座の見張りはユーニに任せていた。
あの後すぐにアラインたちはユーニを連れて魔王城に向かった。大きな鍵に変化していた神具を穴に突き刺すと、オリハルコンは玉座の形に戻って黄泉への穴も綺麗に塞がった。都の出口も同様だった。このふたつの聖石は今後も動かすことはあるまい。
ユーニが寂しくないように、魔王城にはエーデルと何故かラウダが頻繁に足を運んでいるらしい。神鳥はヒマだからと言い訳していたが、きっと無垢なタイプが好みなのだとバールが邪推していた。エーデルはひと目会った瞬間ユーニから「イデアールさまそっくり!」と気に入られていたので、まあ、多分またキュンキュンしてしまったのだと思う。ユリ科の女の子はこれだから。
(まあ僕じゃ忙しくって転移魔法があってもなかなか遊びに行けないしなあ……)
ベルクとウェヌスに遅れてふた月、実はアラインも婚約を決めた。相手は勇者の国の第一王女イヴォンヌだ。芯が強くて美人でおまけに胸も大きい。子供の頃から社交界の華だった自慢のフィアンセである。
「やっぱりアンザーツと血が繋がってない話、国民にちゃんとしませんか」とシャインバール二十三世に交渉しに行った際、存外素直に国王は頷いた。もっと駄々をこねられるかと思っていたのに。更に国王は「ただ打ち明けただけでは国民も王家の仕打ちに納得しないだろう。わしはいずれそなたに王位を譲りたい」とまで言ってくれた。幸いと言っていいかはわからないが、シャインバール二十三世は男児を授かっていない。王女との婚約は将来この国を預かることとイコールだった。
これでやっと肩の荷を降ろせる。
頭を下げた王の声は今も耳に残る。
と、コンコンとノックの音が響いた。
兵士長用の白いマントを身につけたマハトが執務室に入ってきて「アライン様、隣国からのお手紙ですよ」と口角を上げる。
「ベルクから? ……ということはもしかして!」
それまでやっていた仕事など全部放り出しアラインは急いで手紙の封を切った。
一年前、彼は外洋へ漕ぎ出す船を作ると言っていた。職人たちを総動員して過去この大陸にあったはずの大型船を復元するのだと。
「すごい、完成したんだ!! 半年ぐらい同行しないか? だって! 姫も連れて行っていいかな!?」
「いいんじゃないすか? 転移魔法でいつでも会議には出れますもんね」
「……お前イヤなこと言うなー、たまには僕だって長期休暇が欲しくなるんだぞ?」
悪態をつきながら青く広い海へ思い馳せる。
まだ見たことのない大地を、またベルクたちと目指せるのだ。
新しい世界を!




