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「勇者への道 三日月大陸冒険譚」  作者: けっき
第二話 一歩進んで
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ボーイミーツ賢者

 魔の国を目指して北西へという大目的はあるものの、その道のりは険しい。勇者の都を旅立ったアラインは地図と睨めっこしながらどの街に立ち寄るか検討した。

 国内で外せないのは「祈りの街」だ。ここは先代勇者アンザーツが僧侶ゲシュタルトを仲間にした地であるし、優秀な聖職者が多いと聞く。心強き者しか通過できないという試練の森の先には世俗から切り離された神殿があり、これまでもたくさんの勇者が訪れていた。

 そしてもうひとつ、地図にはざっくりとした位置しか記されていないが必ず行かねばならぬ場所がある。「盾の塔」と呼ばれる封じられた塔だ。ここには勇者のための武具と、それを守る神の使い――神鳥がいると伝えられている。神鳥の塔は兵士の国と辺境の国にも聳えており、それぞれ「剣の塔」「首飾りの塔」と呼ばれていた。魔王に立ち向かうためにはこれらの武具をすべて揃えるというセオリーがあるわけだ。

 実のところ、魔王城自体は都とそう離れた場所にあるわけではなかった。内海と外海を隔てる深い霧の海、それが妨げとなっているため魔界へ赴くには三日月型の大陸をぐるりひと巡りするしかないのである。ついでに言及しておくと、内海の中央には強いガスを噴き出し続ける海底火山があって、外海も少し沖へ出ただけで濃い瘴気に包まれるため航行技術は全体的に発達していない。せいぜい川を渡るための小舟か、魚を獲るための漁船が沿岸部に存在するくらいだった。

「これからどうします?アライン様」

 大きな図体を窮屈そうに折り曲げて、従者のマハトが地図を覗き込んでくる。

「祈りの街と盾の塔には当然行くつもりだけど、まずはここかな」

 アラインはとある街を指差した。現在地より南西、都からも農村からも漁村からもアクセス可能な流通の要、通称「アイテム街」だ。

「ふんふん、まあそこからっすよね。この国じゃアイテム街で手に入らない物はないって言われてるくらいですし、掘り出し物の装備品が見つかるかもしれねえっすよ!」

 マハトは上機嫌で「この街結構楽しいんす」と解説してくれた。なんでも美味い酒場が並んでいて、けちらずに宿を選べば料理も絶品、人気の旅芸人が定期公演を開いており、旅行者が参加できるイベントまであると言う。

 セレモニーでもなければほとんど都を離れたことがないアラインは娯楽の類にすこぶる疎い。楽しげなマハトに一歩引いた相槌を打ちつつ「遊びに行くんじゃないんだけどな」と嘆息した。




 アイテム街への旅路は小旅行も同然だった。なだらかな平野をただてくてくと歩くだけ。獣は出ても魔物の姿はついぞ見かけない。伝え聞く勇者の冒険譚のように、襲い来る敵をちぎっては投げちぎっては投げ――そんな雰囲気ではまったくなかった。

「アライン様、そこまでぶーたれなくても」

 カラカラと音を立てる馬車の荷台でアラインはひとり頬を膨らませる。魔物が一匹も出ないばかりか道ですれ違った親切な商人にアイテム街まで送ってもらえることになり、楽で楽で仕方がない。思い描いていたのはこんな旅ではなかったのに。

「失礼っすよ、折角乗せてくれたのに。積み荷多くて狭いのはわかりますけど」

「違ーう!!」

 あぐらなぞ掻いて完全に寛ぎモードになっているマハトを怒鳴りつける。アラインは従者に背を向け荷物から魔道書を取り出した。ぼんやりしているくらいなら勉強していた方がましだ。

「ほんと真面目っすねえ」

 微笑ましげに見守られるとまだまだ子供と思われているのが透けて見え、むうと怒りが湧いた。確かにマハトは己の倍ほども年齢を重ねている熟練の戦士なのだが。

 しかしこれでも自分は勇者なのだ。勇者と言ったらパーティのリーダーなのだ。くそ、今に見ていろ。

 ――そんなアラインの不機嫌はアイテム街に着いたと同時に消え去った。整然とした都の大通りとはまったく違う賑々しい往来に目も心もすっかり奪われてしまったのだ。

「す、すごい。今日はお祭りか?」

「アライン様、それ田舎者のあるある台詞っす!」

 何か失礼なことを言われた気がするが、聞かなかったことにして立ち並ぶ屋台や商店を覗き歩く。怪しげな物売りの鎮座する露店も多く、カモだと思われないようにしなければと口元を引き締めた。

 それにしても素晴らしい品揃えだ。踊り子の衣装、魔法効果を持つ宝飾品、王都では獲れない魚の燻製に、精緻なからくり時計。思わず足を止めてしまう魅力的な品々が次から次へ目に飛び込んでくる。

 次第に見物に夢中になり、「ぶつかりますよ」「はぐれちまいますって」というマハトの注意も耳に入らなくなっていった。グイと勢い良く腕を引かれ、そちらを仰げば「先に宿を決めちまいましょう」と苦笑いされる。はっと我に返ったアラインは誤魔化すように「そうだな」と答えた。子供扱いしないでほしいと思ったばかりなのに、子供っぽい真似をしてしまって恥ずかしい。

 混雑する通りから一本裏手の小道に入り、小奇麗な宿を選ぶとアラインたちは荷を下ろした。まだ日は高い。買い出しに出るには十分な時間がありそうだ。

「ああそうだ、俺の親戚がこの街に住んでるんすけど、ちょっと寄ってもらっていいすかね? 斧を譲ってくれるって話なんですよ」

「へえ、そりゃ良かったな」

 マントの埃を落としながらそう返し、アラインはふと目をすぼめた。マハトの一族は勇者アンザーツに同行した戦士ムスケルの子孫である。当然自宅に勇者がやって来たとなれば、それはそれは丁重なもてなしをしてくれるだろう。場合によっては晩飯を食べて行けとか泊まって行けとかいう話になるかもしれない。勇者としての愛想の振り撒き方を徹底的に仕込まれている自分に果たして断れるだろうか。無駄なスマイルを浮かべてリップサービスを繰り出してしまうんじゃなかろうか。

「……嫌なら別にアライン様は来なくていいっすよ?」

「えっ?」

「別に斧貰うだけですし。折角旅に出たんすから、やっぱ羽伸ばしたいっすよね」

「……!!」

 アラインはこくこく頷いた。慣れているとは言えやはり作り笑いは疲れる。別行動を取っていいならその方が確実に有り難い。

「七つの鐘が鳴るまでにこの宿に戻ってくることにしましょうか」

 スリと詐欺には気をつけてくださいね、と念を押しマハトは親戚の家に出掛けて行った。受け取った買い物リストには食料や水を始めとした旅の生活必需品がつらつら書き並べられている。が、入手に手間取りそうな物はなかった。さっさと用事を済ませてしまえば完全なる自由時間だ。うきうきと弾む胸を抑え、アラインも宿を後にした。







「さあリッペ君、とっとと支払いを済ませて下さい」

「へーい」

 リッペと呼ばれたオッドベストの青年は、銀髪眼鏡の主人に命じられるまま懐から財布を取り出した。薬草などの消耗品はもとより、魔道書、古文書、骨董品、ワケあり呪い装備等々、今日だけでものすごい金を使っている。普段はまったく浪費することのない主人だが、こうしてたまに街へ出たときの購買欲と言ったらなかった。

「この街は品揃えも魅力的ですが、品変わりが早いのも素敵ですねえ。さあリッペ君、次の店へ向かいますよ」

「わっかりやしたー。……よいしょっ!」

 身の丈の倍はあろうかという巨大な荷袋を担ぎ上げると周囲の人間は目をまん丸くしてこちらを眺めた。なんだあれという目線にはこの男――ハルムロースに仕えるようになって以来慣れっこだ。

 初めはどうしてこんなまどろっこしい手順を踏むのかわからなかった。欲しい物があるなら奪えばいいし、人間に対価を払ってやる必要など微塵も感じない。だがハルムロース曰く、街には街のルールがあるのだそうだ。人間の活動は基本的に循環型で、利用できる間は利用した方が賢いのだと。その意味はリッペにも段々とわかってきた。ここアイテム街は勇者の国の商業の中心地で、大抵の形ある物が一旦は通過していく場所なのだ。定期的に訪れるだけで一定以上の収穫があり、毎日あちこちお遣いに出されるよりはるかに効率的なのである。

「高いですよー、もっとお安くしてくださいよー。ねっ、一束十ゲルトにしてくださったら三十束買いますから!」

 ……とはいえ主人にとって理由はそれだけでもあるまい。ハルムロースは人間であることを捨てたくせに、ああして時々酷く人間じみた真似をしたがる。魔族の世界に片足どころか額までどっぷり浸かっているくせに。

(うわー、また荷物増えそうだな)

 そろそろ袋が破れそうだと訴えるべきか、逡巡する間にふっと長い銀髪を見失う。

「あれ?」

 今さっきまでそこで値切っていたはずの主人がいない。ぐるりと辺りを見回すと、いつの間にかハルムロースは反対側の店先で乾燥タイプの薬草を物色していた。

「ったくもー、ウロチョロウロチョロ……!」

 と、そのとき気がついた。ハルムロースは薬草など見ていないということに。主人は陳列された商品を順に手に取り品定めしている十五、六歳の少年を棚の陰から窺っていた。

(……?)

 なんだろう、知り合いというわけでもなさそうだが。

 声をかけようか迷っていると、前方不注意で少年がハルムロースにぶつかった。「あ、すみません」という反応はやはり知人のそれではない。

「いえいえ、私も余所見をしていましたから。今日はどちらから来られたので?」

「えっと、僕は都から」

「ほう、王様のお膝元ですか。私も昔は宮廷魔道師を目指して勉学に励んだものです」

「へえ! すごいですね。じゃあ魔法使いなんですか?」

「まあ大した使い手ではありませんが……」

 まったくあのご主人様ときたら、あんな子供と何を楽しげに戯れているのだ。

 はあ、とひとつ溜め息をつくとリッペは横からハルムロースの袖を引いた。

「ハルムロース様、一束十ゲルトで商談成立したんじゃないんですか?早く店に戻りましょう」

「おや、リッペ君。ご主人様の楽しいひとときを邪魔するなんて悪い子ですねえ」

 もう少し待っていなさいと言いつけられては反抗の余地もない。主人の隣で戸惑っている少年にハルムロースはにこにこと話を続けた。

「袖擦り合うも多生の縁です。見たところあなたも魔術の覚えがありますね?」

「え? ええまあ」

「ちょうど向こうの野外舞台で面白い大会をしているんですよ。良ければ私と一緒に参加しませんか?」

「えっ!?」

 ハルムロースは返事も待たず少年の腕を取り歩き出した。手に持っていた僅かな荷物も邪魔と断じたか後方のリッペにポイポイ放り投げてくる。キャッチし損ねたら後で何を言われるかわからない。リッペは必死で腕を伸ばした。

 ああもう、この男はいつもこうだ。自分の思ったようにしか行動しない。他人の都合などお構いなし、自分さえ良ければそれでいい――。

「あの、大会って何の大会なんです?僕ちょっと買い出しの途中でして」

「おや? それはいけませんね。何を購入なさるおつもりだったので?」

 ハルムロースがぴたりと足を止めたので、リッペは長身の彼に思い切りぶつかり鼻を痛めた。

「えっと……。食料とか水とか傷薬とかですけど……」

 この場から逃げ出したそうに少年は辺りを窺っている。しかし主人に彼の手を放す気は欠片もなさそうだった。

「ふむ、兵士の国でも目指されますかね? ならあの店がいいでしょう」

 そうして行きつけにしている商店のひとつを見つけると、強引に少年を引っ張っていく。どういう風の吹きまわしか、ハルムロースは売値の半額以下で薬草やら干し肉やら飲料水やらの交渉を始めた。そのうえ「これは特別な煙で燻した肉で、余所よりも長持ちです。こちらも薬草としてだけでなく少し炙れば殺菌消毒に使えますし、この水も吸収を良くするために最新の製法で……」などと懇切丁寧な解説までしてやっている。

「そんなに警戒なさらないでください。下心などありませんので」

「えっ、いや、僕は別に!」

 人のよさそうな笑みを浮かべる主人を遠目に眺めながら、リッペは「嘘つけ」と独りごちた。あの男が下心ゼロで他人に親切を働くわけがない。あのガキか、あのガキの持ち物か、あのガキの近しいところに目当ての何かがあるに決まっている。

「信じてくださいませんか? 勇者の旅に少しでも手を貸したいと思うのは当然のことでしょう?」

「……!」

 勇者と聞いてリッペは思わず身を乗り出した。そうか、こいつが旅に出たと噂になっているフィンスター家の末裔か。名前は確かアラインだったな。

「も、もしかして最初から気づいてたんですか?」

「いいえ? お話しするうちに。これでも賢者の端くれですので、わかるんですよ。特別な人間と言うのは」

「け、賢者!?」

 今度こそ呆けたようにアラインは「すごいですね」と感嘆の意を示した。賢者というのは一握りの魔法使いにしか与えられない称号である。火、水、風、土、雷、光、闇――七属性の魔法のうち少なくとも五つ以上を操り、膨大な魔力をその身に宿す者だけが賢者と呼ばれる。これが大賢者ともなれば勇者と同じくらい希有な存在だった。

「あの、疑うわけではないんですけど、良ければ見せていただけませんか? あなたの魔法の力を」

 アラインは敬意を持ってハルムロースにそう頼んだ。己が既に主人の術中にはまっているとも知らないで。

「ええ、ですのでそこの大会にご一緒しませんかと。なんとですね、剣舞オッケー魔法オッケーのベストダンサーコンテストをやっているんですよ!」

 踊りましょう、と店外の大ステージを指し爽やかに主人が誘う。アラインは呆気に取られていた。リッペも呆気に取られていた。魔法なら、もっといくらでも他の見せ方があるだろう。




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