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「勇者への道 三日月大陸冒険譚」  作者: けっき
第四話 強者立ちはだかる
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アラインと盾の塔

盾の塔、剣の塔、首飾りの塔――その三つの聖地は古の時代から三日月大陸に存在していると言う。封印されし塔を目指し、アラインたちは深い魔の森を歩いていた。

邪な者たちの目を逃れるため、塔は勇者とその仲間にしか見つけることができないそうだ。今も盾の塔があると思われる方向に進んではいるが、それらしき建築物は確認できなかった。多分もっと近づかなければならないのだろう。

 森の奥へと入るにつれ現れる敵も強くなっている。塔の持つ魔力は強く、それゆえ魔物を引き寄せるのだ。おかげで彼らが人里を襲うこともないのだけれど、探索に訪れている身としては厳しいものがあった。

 毒液を吐く巨大な蟻の群れや木の枝から飛びかかってくるブヨブヨの蛭の怪物。森を彷徨い数日経つが、もう何十匹そんなものを斬り倒したかわからない。おそらく勇者の国の中ではここが最大の難所だった。森は広く、人の手が入っていないので道もない。魔物たちとは昼夜を問わず遭遇する。マハトとふたりきりだったら、きっとこんなには進めなかった。大きな怪我もなくスムーズに旅ができているのは、ひとえにイックスのおかげだった。

 祈りの街で出会った凄腕の傭兵。一流なのは魔法だけではない。いつ抜いたのかわからないくらい斬りかかるのが速い剣も、体捌きも見事なもので、敵の攻撃はほとんど食らっていなかった。相手は必ず一撃で仕留めるし、アラインが苦戦していると遠くから魔法で援護してくれる。連携を指示するのはリーダーである己の役目だが、イックスに見とれて指示が遅れたことは一度や二度ではない。

 すごいのはそれだけではなかった。旅するにあたり食料と水の確保は死活問題だ。イックスは食用にできる野草や木の実を見つけてくるのも水場を見つけてくるのも早かった。彼の肩を棲み処にしている青銀羽の美しい鳥がそういったポイントを教えてくれるのである。人間以外の仲間を持つなどこれまで想定もしていなかったが、あんなに便利ならアリかもしれないと思わされた。他には天候を読む術に長けているし、気配にも敏感だし、頼りになりすぎて怖いくらいだ。

 快適な旅を初めは無邪気に喜んだ。だが日が経つにつれマハトが言葉少なになり、ピリピリした空気を漂わせるようになった。

 マハトはアラインの従者であり師でもある。長年アラインに仕え、戦う術を叩き込んでくれた。彼なりに思うところや譲れないところがあるのだろう。一番露骨にマハトが複雑そうな顔を見せたのは、アラインがイックスに剣術指導を頼んだときだった。魔法を見てもらっていたときはまだ普通だったのに、それが武術になった瞬間顔色が変わった。口では何も言わなかったけれど。

 イックスの強さが知りたくて、同じものを得たくて、アラインは何度も彼に教えを乞うた。マハトには悪いと思ったが、盾の塔から街へ戻るまでのほんの短い間のことだ。戦士の胸中については敢えて知らぬふりをした。


「剣筋もなかなかだけど、アライン君は並外れて魔力が強いね。この国を出て戦うようになれば自然と実力が伸びてくるよ。強くなろうと思ったら、やっぱり強い魔物と戦うのが一番だから」


 イックスが語る言葉のすべてをアラインは胸に刻みつける。今はまだ彼に勇者を名乗るのが恥ずかしいくらいだが、いつか肩を並べられる日が来るだろうか。

「君も、君の仲間もいい目をしてる。知ってるかな? 彼、君が寝てからぼくに手合わせを頼みに来るんだよ。君のために強くなろうって必死なんだ」

「えっ……」

 そうなのか、とアラインは眠る戦士をこっそり盗み見た。マハトはマハトでイックスを越えようとしているのだ。

「大事にするんだよ。仲間より大切なものなんてないんだから」

 イックスの笑みには不思議な力があった。彼の教えは真実であるに違いないと確信させられる。抗うことなどできない。反論など初めから浮かばない――。

 だが危険だと心のどこかが警鐘を鳴らす。勇者である自分がこうまで強く他人の影響を受けるなど。

(でも、僕もこんな風になりたい)

 星空を飛び飽きた青い鳥がするりとイックスの肩に降りてきて羽を休める。焚き火の炎に照らし出された剣士はまるで物語から抜け出してきた主人公そのものだった。

 どきどきして、少し苦しくて、胸が痛い。




 塔の影がはっきり見えるようになったのは数日後のことだった。ここに来るまで沼地や崖の端を通らねばならず、大変な苦労をした。

 一歩近づくにつれ、霧に包まれた塔の全容が見えてくる。薄い黄土色の外壁には見慣れない紋様がびっしり刻まれていた。

「あれが盾の塔……」

 ごくりとアラインは息を飲んだ。

 元々人間が天上の神に会おうとして高く石を積み上げたのが塔の始まりだと言われている。この聖なる塔はあまりに古く、誰がどんな目的で建てたものかもわからないため、古代遺跡に分類されていた。

「これを登るのか……?」

 入り口まで辿り着いたとき、あまりの階層数にアラインとマハトは硬直した。二十階、いや三十階はくだらない高さだ。普通に登るのも骨が折れそうなのに、イックスは「魔物も出るはずだよ」などと脅かしてくる。

「ここまで来たんだ。遠慮はいらない、さあ行こう」

 剣士に背を押されアラインは古ぼけた石扉の前に連れて行かれた。真の勇者にのみ開かれるという伝説の扉だ。触れるのは流石に躊躇した。絵本や伝記では何度も繰り返し読んだ場面だが、いざ自分の番となると鼓動で心臓が破れそうである。

 ええいとアラインは扉に手をかけた。どうか中に入れて下さいとトルム神に祈りながら。

 これまで勇者の修行として必要なことは全部こなしてきた。大らかさも、華やかさも、勇者に望まれることはどんなくだらないものも習得してきた。時には多大な辛苦や忍耐と引き換えに。

 自分は勇者になるために生きているのだ。アンザーツの血をこの身に受けた者として。そうだ、神がそれを拒絶するわけがない。

(扉よ開け……!!)

 ぎぎぎと音を立て重い扉が塔内へ侵入し始めたとき、アラインは飛び上がりそうなほど狂喜した。勇者であると認められたのだ。少なくとも、この塔に招かれることはできた。

「行こう、マハト、イックス!」

 嬉しい気持ちが伝わったのか、連れ合いたちはにこやかにアラインを見つめ返した。マハトの方はアライン以上に安堵した様子である。

「しっかし何階あるんすかねえ? こういうのって最上階を目指すのがセオリーでしょ? 何時間かかることやら……」

「うーん、とにかく上へだな。頑張って階段を見つけよう」

「ちょっと待って」

 歩み出そうとしたアラインたちをイックスが引き留める。一体なんだと振り返ったら、彼はびっくりするような言葉を口にした。

「まず地下へ下りられるところを探そう」

「地、地下ぁ!?」

 素っ頓狂な叫び声が同時に響いた。どうして最上階の祭壇を目指すのに地下を見つける必要があるのだ。イックスの提案はあまりに不可解すぎた。そもそも天に向かって伸びたこの塔を見て、地下の存在を勘繰る発想がアラインにはない。

「こういう古代の高層建築では、頂上への最短ルートが隠されてることが多いんだ。最上階に用のある主が外敵に向けたトラップを避けるためにね。だから多分、地下を探せば一気に最上階へ辿り着ける魔法陣か何かが用意されてるんじゃないかな」

「……」

 理屈はわかった。塔の構造を知らない盗賊などが何かの手違いで侵入してきたとしても「上を目指す」という固定観念に縛られている限り罠の中を突き進むことになるだろう。だがイックスはどうやってその考えに辿り着いたのだ。いくら旅慣れていると言っても一介の旅人の知識でないことぐらいアラインにも察せられる。これは「すごい人だ」で片づけてしまっていいことだろうか。

 なんだか妙な違和感が胸の辺りでもぞもぞしていた。ちらりとマハトの横顔を盗み見れば、戦士も同じ違和感を覚えたらしい。警戒するような鋭い目つきに変わっている。

「……魔物の気配が満ちてきた。勘付かれたね、囲まれる前に急ごうか」

 そう言うが早くイックスが歩き出す。道もわからぬ遺跡の中を迷いなく進んでいく彼は、以前もここに来たことがあるように見えた。そんな馬鹿なことがあるわけないのに。

 伝説ではこの塔が封じられたのは今から百年も前。勇者アンザーツが神鳥の盾を再封印して以来、誰も訪れてなどいないのだから。




 遺跡をうろつく死霊系の魔物と何度か戦闘になりはしたが、地下へと続く秘密通路は拍子抜けするほどあっさり見つかった。「足音が変わった」とイックスが立ち止まり、周囲の床や壁を調べたところ、一箇所だけ取り外せる石膏があったのだ。

 腕を突っ込み内部を探ればボタンらしきものが指に触れる。すぐ横でイックスは不測の事態に備え剣を構えていた。

「……押すぞ?」

「どうぞ」

 アラインはやや緊張気味に指先に力を籠める。カチリと音が鳴ったかと思うと、今まで壁しかなかったところに突如ぽっかり長方形の暗闇が出現した。大人の男ひとり余裕で通れそうである。どうやらここには一種の幻視魔法がかけられていたらしい。

「大丈夫、降りられそうっす」

 先に奥へ入ったマハトが戻り、安全そうであることを告げる。

 さっきまで五分刻みで敵が出ていたのに、地下へ潜るとぱたりと何も出なくなった。これが古代魔法の力なのか、はたまた神の加護なのか。ランタンの明かりひとつきりでアラインたちは一本道の通路を進んだ。ゆったりと螺旋を描くよう、深く地中へいざなわれる。ボール状の巨岩が転がってきたらどうしようなどと案じたが、そういったことも起きなかった。

「あれだね」

 降り切った地下、イックスが灯火を向けた先には緑色の光を放つ魔法陣があった。外円からは清らかな風が吹き上がっており、それは明らかに上へ上へ、見えない天井まで届いていた。

「どうもあれが塔の中心みたいっすね」

「ああ」

 真芯をぶち抜く形で力を放つ魔法陣。おそらく中へ入った者を最上階まで運ぶ機能を持つのだろう。

「油断しないで。ここの番人には言葉が通じない。試練に手心を加えてはくれないよ」

 不意にイックスがそんな言葉を囁いた。

 番人とは勇者の盾を守る神鳥のことだろうか?問いかけようとしたアラインの脇を擦り抜け、剣士は魔法陣に歩を進める。淡い光がイックスを包んだかと思うと、彼の身体はふわり宙に浮き、そのまま上空へ消えて行った。

 やはり予測した通りの力が働いているようだ。アラインとマハトも慌てて後を追いかける。置いて行かれては堪らない。


「……ッ!!」


 一瞬の無重力状態、そして。

 瞼を開いたアラインは眼前に空を見た。薄水色の美しい天球、流れ漂う白い雲、あまりにも澄んだ空気。初めて見る天の光景だった。

 最上階では五本の支柱が円い屋根を支えていた。その柱の間には、それだけで千金の価値がありそうな幻想的な蒼が映り込んでいる。地下から浮上してきたはずなのに、白い床にはどこにも穴など開いていない。あれはどういう転移魔法だったのだろう。それともはるか昔に失われたという特殊な魔法技術なのだろうか。

「……綺麗だ」

 立っているのは神殿にも似た厳かな場所だった。筋の入った太い円柱には緑の蔦が絡んでおり、床をぐるりと一周する浅い溝には清らかな水が流れている。

 感動に操られるままアラインは中央に据えられた祭壇へ向かった。

 勇者の証、神鳥の盾。こんな素晴らしい聖域でそれを手にすることができたなら、己は理想とする勇者に一歩近づけるに違いない。

「アライン君」

 どこか遠くでイックスの声が響いた。

 アラインはぼうっとしたまま飾られた神鳥の盾を手に――取ろうとした。

「さあ、聖獣が来るよ」




 それはあまりに突拍子なくアラインの前に現れた。つい先刻まで透明な皮膚をした生き物であったかのよう。

 青みを帯びた巨体は人間の男の四倍か五倍はあるだろうか。全身に艶やかな羽毛が生え揃っており、鋭利な黄金のくちばしと、長い首の下部まで覆う黒いたてがみを有している。深く澄んだ双眸がアラインたちを見咎めると、聖獣は両翼を広げ神々しく吼え立てた。

「ア・バオ・ア・クー、塔に潜む神の使いだ。こいつに勝たなきゃ神鳥の盾は手に入らない!」

 何かを尋ねる隙も与えずイックスはア・バオ・ア・クーに斬りかかる。

 獣が勇者の神具を守る番人だとは見当がついた。ただアラインの知る伝承の中に番人の名は出てこない。彼は一体どこでそれを知ったのだろう?

「君も戦え! 盾が欲しくて来たんだろう?」

 イックスと聖獣は互いに向き合い間合いを詰めた。地下の件と言い彼には聞きたいことだらけだが、今はそれより始まってしまった戦闘だ。知りたいことは後で教えてもらえばいい。

 マハトは既に斧を取りイックスに加勢していた。アラインも銀色に光る剣を取ると、ア・バオ・ア・クーに向かい飛び込んだ。

「!?」

 だが斬りつけようとしたその皮膚の、驚くべき強靭さに言葉を失くす。鋼などよりなお硬い。中途半端な攻撃では傷ひとつつけられそうになかった。

「目か口の中を狙うんだ。少しは柔らかい」

 イックスからの助言を受け、致命傷を受けないように距離を取りつつチャンスを窺う。弓を装備してくるべきだったかと本気で悔いた。

 マハトはアラインより多少手応えがあるようで、斧の遠心力を利用し肉を削ぎ落とせないか奮闘していた。一番相手になっているのはやはりというかイックスだ。硬すぎる身体を易々と切り裂き、返り血を浴びながら攻撃魔法を連発している。

 イックスは詠唱より魔法陣を好む術者だ。拳大の小さな光陣をいくつも聖獣の周囲に浮かばせて、一斉に火炎を放った。熱に怯んだア・バオ・ア・クーが身を屈めた隙を突き、鮮やかな剣の一閃が聖獣の片翼を凪ぎ払う。引き裂かれた羽は色を失い風に変わった。

「フォォォォーーーー!!!!」

 雄叫びが轟いた。猛った聖獣は残された翼を大きくはためかせ、その風圧にアラインは容易く吹き飛ばされた。

「アライン様!!」

 間一髪でマハトの腕が伸びてくる。ここは最上階、しかも壁らしい壁はない。塔から投げ出されたら一巻の終わりだ。 ぞっとしながら礼を告げると今度は屋根の一部が落っこちてきた。イックスはひとりで凄まじい猛攻を見せている。目にもとまらぬスピードで跳躍し、背中から聖獣を切り刻んだ。悶絶するア・バオ・ア・クーの翼が触れて天井には更なる崩落が引き起こされる。

(すごい、押してる)

 明らかに地上の魔物とは格が違う、神の獣に彼は一歩も引いていない。

 勝てるかも、という期待とは逆に、アラインは酷く焦った。このままでは神様はイックスを勇者と認めてしまうのでないかと思ったからだ。

「とどめを刺すには目か喉どっちだと思う?」

「……そりゃあ絶命させるなら喉でしょうが」

 危険ですよとマハトが止めた。だがアラインに選択の余地はなかった。何としても勇者の盾を手に入れなければここを訪れた意味がない。アンザーツのような勇者になるため、自分はフィンスター家に生まれてきたのだ。

「引きつけてくれるか?」

「アライン様、無茶は!」

「命令だ。任せたぞ」

 有無も言わさずアラインは再度中央の祭壇へ駆けた。反対側からマハトが回り込んだのが見える。一か八かだ。あの巨体ならたとえ飲み込まれても無傷でいられるかもしれない。長い喉を内側から裂き、脱出することさえできれば。

「うおおッりゃあーー!!」

 捨て身で斧を振り回すマハトと、正確に打ち込むイックス。両者の攻撃に明らかに聖獣は注意を殺がれた。壇上でアラインは高く跳ぶ。顔面に飛び移ることができれば良かったが、ア・バオ・ア・クーが角度を変えたため結局たてがみにしがみつく格好になった。頭部までよじ登れたら、せめて片目くらいは潰せる。決死の思いでたてがみを掴み上へ進んだ。

 ア・バオ・ア・クーはアラインを振り落とそうと身を捻ったが、アラインもしぶとく離さなかった。そうしてついに握り締めた剣が聖獣の眼球を貫き、イックスが鋼の腹部を突き破って、マハトがもう一方の羽を斬り落とし――。

 聖獣は吼えた。のた打ち回って苦しんだ。深い傷を得たア・バオ・ア・クーの崩れ落ちる身体ごとアラインは床に叩きつけられた。まともに下敷きになってしまい、暫し呼吸もままならなくなる。内臓のどこかが潰れたようで酷く痛んだ。骨が砕けたのかもしれなかった。げほ、けほ、とみっともない咳が喉を衝く。口の中でどろりと血が溢れた。

 滲んだ視界には青ざめたマハトが映っていた。危ない、来るな。叫ぼうとしても声にならない。聖獣は長い首をもたげ、勢い良くくちばしを差し出した。弾き飛ばされた戦士が柱のひとつに激突する。打ち所が悪かったか、床にずり落ちるとマハトはそのまま動かなくなった。

 すべてがスローモーションで映る。最後にイックスが高々と剣を振り翳し、聖獣を一刀両断にしたのが見えた。

 なんて力だ。きっと誰もが彼を勇者と讃えるだろう。

 痛みよりも情けなさでアラインは気絶すらできなかった。

 祭壇が輝く。イックスがそちらへ顔を向ける。番人に守られていた美しい盾が彼の手元まで降りてくる。

 イックスは勇者の証たる神鳥の盾をこのまま持って行ってしまうだろうか。そうだとしても自分に止める資格はない。――まだ、ない。

「……なるほど。ぼくはもう用済みか」

 薄れゆく意識の中、確かにアラインはそんな言葉を耳にした。

 イックスがどんな顔をしていたかまで見ている余裕はなかったけれど。




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