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第2話「無常過剰 前編」

 生きている者たちが住む、通称「この世」から鳥居や忘れられたトンネル、夜の校舎に柳が立ち並ぶ人間達が恐れる場所に、その世界への扉は繋がっている。

 通常だと、もちろん人間はそこに行けない。

 しかし、幽霊や化け猫、悪魔ゾンビキョンシー狼男天使フランケンシュタインヴァンパイアなど、子供のときにその存在に夢見、そして怯えた対象が、そこからこの世へやって来る。

 通常であらば、彼らは「魔界」と呼ばれる場所に棲んでいる。そこには魑魅魍魎悪鬼悪霊からよく分からないものまで、そこには存在する。

 と言うより…、人間と同じように「住んでいる」。


 生気の無い、反射する光の無い右の瞳に、左目のあった部分と両手首を覆う包帯。

 そんな自分の姿が、水を張った桶の中に映りこんでいる。

 もう幽霊になってしまって、「綾取り亭」なる便利屋のような職の、親子のような奇怪な2人の元に身を寄せて数ヶ月……。

 大葉優也は自分の目の前の環境に、今更食器を洗っていた手を止めて考え直す。

 (よく考えてみれば、なんで魔界なのに水道なんかが通ってるんだ……!?)

 そう、彼が今ゴム手袋をしながら(でないとつけてるおしゃれなアクセが汚れちゃう)食器を泡まみれにして洗うための、蛇口から普通に流れ出す水だって、なんでそんなに技術が発達しているのか、全く定かでは無い。

 それだけじゃない。一昔前のブラウン管で分厚いを通り越して立方体にほぼ近いフォルムのテレビをつけたり、掃除機を起動させるための電力や、調理や湯沸しをするためのライフラインが、ここに全て整っている環境にあるのだ。

 「ゆーやぁ、ごはんまだー?」

 「もうちょいまってー!」

 後ろでまだかまだかとフォークとスプーンを両手で持って、よだれを垂らしながら待っているのはここの家の住人の一人である、赤くて袖の長すぎるタートルネックを着た、緑色のショートにそばかす顔の少女、ストロベリーその人である。

 よっぽど冷凍食品ばっかり食べていたのか、それとも、もう一人の住人で彼女の親代わりが手がけた料理がよっぽど不味かったのか。

 なんにせよ彼女はよく優也の料理を食べてくれる。

 「というかストロベリー、俺今食器洗ってんじゃん」

 優也はこう反論する。

 「さっきから数えたらあとちょっとだよ~」

 あたしも手伝うよー、と言ってきてくれたのは嬉しいのだが、そんな袖で食器を洗われては、逆に袖が濡れて汚れないかどうか心配になってしまうので、

 「あー、ありがとう。でも大丈夫」

 と、やんわり断っておいた。

 (えっと、ゴンはいないから後で作るとして、ストロベリーの量は…)

 ぼんやりそんな事を考えながら、卵とハムとミックスベジタブルの量を考え泡まみれの手を洗い、チャーハンを作るためにフライパンを取り出す。

 ご覧の通り、現在は友人を探しながら、ストロベリーの面倒をゴンがいないときに見ていたりする。

 「危ないからストロベリーをなるべく仕事にはなるべく連れて行きたくない」と言うことで、優也が彼女の面倒を仕事中は見ている、要するに家政夫のようなことをしている。

 でないと、心が押しつぶされてしまいそうで。

 何故か、彼だってわからないが理由くらいは分かっている。

 「ストロベリー、今日はチャーハンの中にラー油入れてみたんだけど、おいしい?」

 「おいしい~」

 チャーハンを食べ終わった後は少し家事をしながら、ストロベリーの様子を見ていた。

 相変わらずぬいぐるみのウサギを使って、何かままごとのような遊びをしていたり、「うささんぎゅ~」とか言って、ただひたすら抱きしめているだけだ。特にこれといって変わったところも無い、ただの女の子だ。

 何にも面白くないが、これが普通の彼女のため仕方なく優也はソファーで休憩を取る。

 生きているときには眼鏡をかけていたが、幽霊になるときに視力矯正がかかったらしく、元々近眼だったのが今では眼鏡なしで普通に見えるので眼鏡はしていない。

 しばらく転寝をしていると、鍵が開く音がした。

 「ただいまー」

 ゴンが、どうやら綾取り亭としての仕事を終わらせてきたらしい。

 扉が閉まってゴンが玄関に上がってきたと同時に、猛烈にストロベリーが玄関先に走ってきた。

 「おかえりゴッちゃああああああああん!!!」

 そのままこけそうな状態のまま、彼の腰元に思いっきりダイブする。

 「うおっ……、と!」

 ゴンも、踏ん張るための足が無い状態で何とか倒れずに立っている。が、顔はちょっぴりにやけたまま、どうやってかがんでいるか知らない足でかがんでストロベリーを抱きしめる。

 「ただいまーストロベリー、いい子にしてたか~?」

 「うー、もちだよゴッちゃーん」

 何となく、見てるのも気恥ずかしくなって優也は目を背けつまらなそうな顔をした。

 そのままストロベリーはゴンの膝に乗り、「うー」とか言いながら抱っこされている。

 こんな状態がここでは日常的に繰り返されてる光景であり、何も、いきなり戦場から彼が帰ってきたわけでは無い。

 まあ、彼曰く「あの時の仕事は簡単だったほうで普段は生命の危機がある」と言っているが怪我をして帰ってきたことなんて数回しかない。

 それでも、ストロベリーは飼い主の帰りをずっと待っていた子犬みたいに、ゴンに甘えつく。

 「……おかえり」

 「あ、優也。ただいま」

 まあ、大の大人の男がストロベリーみたいに優也を可愛がったら、それはそれで気持ち悪いだろうが、挨拶はやはりあっさりした短い応答で終わる。

 無論、相手側もこっちが気持ち悪がらないようにあまりべたつけないのは分かる。

 が、何となく優也は、自分だけ孤島の真ん中から暖かい普通の一般家庭がある町を見ながら行けないような孤独が心臓に重くのしかかり、生命機能としては一度終わったはずなのに動悸を激しくしてきつくそこを締め付ける。

 たかが居候風情なのだし、いきなり家族みたいにできないのは彼も重々承知している。彼らは、いきなり「置かせてくれ」だなんて言ってきた自分を心の底から歓迎してくれて、今ここに、路上生活なんてしなくてもいい生活をしているわけだし、感謝をしなければいけない。

 「あ、ゴン。飯できてるから」

 「サンキュー」

 やったとしても、大抵この程度の会話。居候と他人の家庭、という区分を超えて堂々とあぐらをかいて居座る勇気は優也には無かったが、寂しい事は寂しかった。

 とはいえ、彼自身もそれ以上先の関係に進もうとは思ってもいない。

 いずれ、ここを出て行くのだから……。



 

 

 

 優也はある人を探すためにこの綾取り亭に滞在している。

 どういう人なのかは後に述べるが、優也が死亡する前に、既にこの魔界に来ている可能性の高い事だけしか、現在の探している人については彼もその位しかわからない。

 ネットカフェで探しても(綾取り亭にはパソコンは無い)、役所に問い合わせてみても、交番に尋ねてみても全く所在が掴めない。

 交番も、さすが魔界というか、何というか、いちいち驚いていたら始まらないとは彼も分かってはいるのだが、どうもうまくいかない。



 話は遡ること数日前。

 「えーっと、法律で本名からは調べられないんだけどどんな特徴か言えばまあ多分みっけられるけどそれはというとまず目的検索で目元を調べた後各方面の署で調べるため色々貴方の脳みその中からまさぐった後にルート交換方式で互いの記憶データ部分つまり海馬だねそこを調べることによって本当に本人と依頼者は面識者で危なくないかどうか調べた後ようやく運命の再開!!……って流れなんだけど」

 「すいません、要約していただけますか? というか……」

 応答した若い婦警は、交番の受付デスクに座り、書類を捲りながらつまらなそうに立て板に水の勢いで早口で喋り、たわわな(優也にとってはただの脂肪の塊)巨乳を支える服は、普通の日本の警察となんら変わりは無い。

 問題なのは、その―――

 「……背中に生えてるのは、一体……?」

 その婦警には、純白の白鳥のような羽が肩甲骨から生えていた。

 「あっれ、おのぼりさん? あっちゃ~、何も聞いてないか~、まあ驚くのもせん無きことだな~。まあいいや、あたし等天使って言ってね、この魔界全域の治安保護を担当するお巡りさんってわけ!」

 イェイ、とか聞いてるこっちが疲れるくらいのハイテンションエンジェルポリス女は、今度は楽しかったらしくちゃんと話した。

 (つーか警察ならちゃんと職務全うしろやホケぇ)

 眉間にしわどころか血管まで浮き出そうなくらいの苛立ちを感じたが、公衆の面前なので婦警の胸倉を掴むことだけは避けた。

 婦警は気づかずに、書類を弄りながらマニュアル通りに説明する。

 「まあ、真面目な話、今どういう状態かとかこと細かく分からないと探せないって事」

 簡潔にそう結論を言ったかと思いきや、彼女は優也の顔をまじまじと見た。

 気持ち悪い上に、何だか腕がかゆくなってきたが、途中でかくのは失礼なので仏頂面のまま顔を背けた。

 「何してるんですか……?」

 苛立ちが募ったくぐもった声で、唇を尖らせながら彼はそっぽを向いた。

 「いや、もしかしてさ……、君、ゴンさんとこの……、新しい『子供』だったり、しない?」

 「……あくまで居候ですよ俺は」

 「あ、ああごめん!」

 やっと婦警は、彼から顔を離す。

 でも、あの人らしくないなあ、とかその婦警がボソッと呟いてるのは至近距離にいたので耳に入った。

 「……有名なんですか、あの人」

 「まあ見たとおりの子煩悩な人でさ、よくストロベリーちゃん連れてここの前通ったりしてたし、ほんと仲がいい親子だな~っ、て思うこと多々あるくらいよ」

 「……ありがとうございました、ですがもういいです」

 対応に疲れて、もう無駄だと思った優也は、椅子を引いて静かに歩き去った。

 そんな事もあってかどこか鬱屈とした気分で、周りには何も気づかせず、優也は普通に生活していた。

 いつまで経っても「トモダチ」の情報は掴めないし、かといって、あの同居人二人の仲にはどうしても入れそうにもないし。

 心理的葛藤の板ばさみの状況の中、その事件は起こった――



 「優也ぁ、頼みがあるんだ~」

 ゴンにまた頼まれて、ストロベリーの面倒を見ていた、夕暮れ時のキッチンで優也は

 遠慮しがちな感じで、ストロベリーは優也の服の袖を引っ張っている。 顔は期待で目をきらつかせていて、はにかんでどことなく嬉しそうだった。

 そんな彼女の背後には、なにやら大きい紙袋が。

 「……何?」

 意味が分からないので、彼もとりあえず用件だけ聞く。

 「ままごとは自分でやればいいし、きせかえ人形だってあるだろ」

 「そーじゃなくて……」

 言い出すか言い出さないか、ストロベリーの目は迷い泳いでいる。

 「あのねあのね、これ着て欲しいんだけど……」

 おずおずと、背後にある紙袋を優也に渡す。

 不審に思いながらも、ストロベリーから受け取った紙袋の中を覗いた。

 

 そこに入っていたのは、黄色いブラウスとオレンジの……スカートだった。




 「あのね、えっと、お母さん、をね、ちょっとだけでもいいからやってほしいなって」




 ―――……く、女じゃ、……のにっ、男……のにっ……!




 ―――ゆ~うっこちゃん!!

 



 ここから先の言葉ややり取りは、優也はあまり覚えていない。

 うちに秘めていたのは、どうしようもない息苦しさと悔しさと。

 ストロベリーを「やっぱりかよ」とか「結局お前だってそう夢で見ていたのか」とかそんなことをろれつも回らず喚きたて、小さな頬に本気で殴り、少ない自分の私物とお金を持って、玄関を足早に出て行った。

 後ろにストロベリーが大声で泣いていたがそんなことも気にせず、優也はガラスサッシを思いっきりぴしゃん、と閉めた。

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