出題編
「……おい、あんた大丈夫か、起きろ」
乱暴に肩を揺すられる。目を覚ますと、目前に人の顔があった。髪が触れるほどの至近距離で、知らない女が私の顔を覗き込んでいた。
「……誰?」
素早く身を起こして押し退けた。不審と不機嫌とをありったけ詰め込んだ視線で睨みつけるが、女は意に介す様子もない。
「あたしはキョウカっていうんだ。あんたは?」
「……カナ」
「怪我してないか? どこか痛むところとか」
「大丈夫」
「よし、意識もはっきりしてるな」
キョウカに敵意はなさそうだ。
周囲を見渡すと、コンクリート打ちっぱなしの殺風景な部屋である。室内にはほかに3人の人間がおり、いずれもこちらの様子を窺っている。
「ここはどこ? あなたたちは何者?」
「いいか、落ち着いて聞いてくれ。あたしたちはどうやら誘拐されたらしい」
***
「ではキョウカさん、状況を整理したいのですけれど」
室内の5人が通り一遍の自己紹介を終えたところで、サナエと名乗った人物が話を切り出した。肩までの黒髪をポニーテールにまとめ、縁の厚い眼鏡とあわせて生真面目そうな印象を受ける。
「ああ。そうしよう」
キョウカはよく通る声で鷹揚に頷いた。大柄で、佇まいが堂々としている。場を仕切る役割に慣れているタイプと思われた。
「私たちは今日、眠っている間にこの部屋に運ばれました。この部屋の出入口は施錠されていて、閉じ込められている状態です。目下の目標は全員で脱出することですが、手詰まりに陥っています。何かよいアイデアのある方はいますか?」
部屋の出口の前には、壊れた椅子が散乱している。私が目覚める前に一通りの試行錯誤は済ませたのだろう。相当な騒音がしたはずだが、私は恥ずかしながら熟睡していた。
沈黙が下りたので、私は挙手してみた。
「私たちを攫った犯人と交渉できればよいのですが。誘拐なのは確かなんですよね?」
「ええ、おそらく」とサナエが応えた。
「でも――」
控えめに手を挙げて割り込んだ人物がいた。長い髪をゆるく結んだ柔和な雰囲気の彼女は、確かノドカといったか。
「営利誘拐は考えにくいんじゃないかしら。私たち閉じ込められてはいるけど、健康だし、縛られたりもしていないでしょう。人質が協力して脱出するかもしれない状況なんて、犯行がお粗末だわ」
「最初から生かして帰す気がないのかもな。臓器の鮮度を保つために生かされているだけ、とか」
キョウカの口調は平然としていて、それがかえってサナエを刺激したようだ。
「ちょっと! 怖いこと言わないでくださいよ」
「違う」
きっぱりと異を唱えたのは、サシャである。綺麗な金髪に日本人離れした目鼻立ちをしているが、日本語は流暢であり、淡々とした口調は本人の性分によるものだろう。
「これはデスゲーム。間違いない。私たちは殺し合う運命」
***
「デスゲームって……」
サシャが物騒な単語を出した途端、場に静電気のような緊張が走った。5人がそれぞれ警戒をあらわにしている。その空気の刺々しさに、私はどことなく懐かしさを覚えた。
ともかく、さすがに口を挟まずにはいられない。
「別に、犯人からなにか指示があったわけじゃないんですよね?」
「ない。指示とか命令とかは何も」
「だったら……」
「あれ見て」
サシャが出口と反対の壁を指差す。壁に据え付けられた棚の上に、1枚のお面が掛かっていた。グロテスクな極彩色に塗られたそれは、なるほどいかにも映画のデスゲーム主催者が装着していそうなデザインだった。
次いでサシャは天井の監視カメラを示した。
「きっと監視カメラで鑑賞している。パトロンは暗黒金持ち」
***
その後、部屋中をくまなく調べたが、脱出に役立ちそうな発見はなにもなかった。
「こりゃあ駄目だ」
キョウカが吐き捨てる。
「飲み水や食料もない。デスゲームかはともかく、少なくともあたしらが餓死しても構わないって腹積もりだぜ」
「私たちは生贄。醜く争って死ぬしかない」
「そんな……やめてくださいサシャさん、縁起でもない」
「あらあら、サナエさん、まあ落ち着いてくださいな」
私は、黙って4人を観察している。
どうしていきなりデスゲームだかなんだかに放り込まれなければならないのか。ハッキリ言って私自身に限っては心当たりがなくもないのだ。
他のメンバーもそうなのか?
探りを入れてみよう。
再び挙手して注目を集める。
「あの、一度犯人の動機を考えてみませんか?」
4対の視線が私に集まる。
代表してキョウカが応えた。
「動機ねえ。あたしらを傷つけること以外にか?」
「はい。そうではなくて、どうして犯人は犠牲者に私たちを選んだのでしょうか。完全な無作為ではありません。全員がおおよそ同年代の若い女性ですよね」
なるほどね、とキョウカは賛同した。
一番の年少者はサシャ、年長者はサナエと見えるが、年齢の開きはせいぜい10代後半~20代前半だろう。年齢の分布は狭い。場合によっては同学年でもおかしくない。
「それだけではなく、私たち5人にはさらに共通点があるんじゃないかと思うんです。例えば……、皆さん幼少期にスポーツを習いませんでしたか? スポーツの中でも格闘技です。しかもマイナーなヤツ」
反応は上々だった。4人とも頷いている。
そういうことか、と言ってキョウカが立ち上がった。
「言いたいこと理解したぜ。立ちな、カナ。せーので構えよう」
キョウカと私は3メートルほど離れて向かい合う。キョウカの合図で『幼少期に習った格闘技』の構えを同時に取った。空手とも柔道とも異なる特徴的な基本姿勢は、キョウカと私とで完全に一致した。
「道理で覚えのある雰囲気だと思ったぜ。同門か」
***
むかしむかし『如月蝶々』を自称する自称テロリストがいた。彼女は私のような捨て子を拾っては名前を与え、衣食住を整え、最低限の教育を施し、自己流の格闘技を叩き込んだ。そうして『十二単』なる少年兵のチームを組織し、日々訓練をおこなった。
私が7歳のころ如月は病死した。結局十二単のメンバーは一度も実戦投入されることはなかった。十二単は速やかに解散となり、構成員は福祉の手によって回収されたが、それは如月が生前手配していたらしい。如月が本当にテロを目論んでいたのか、今となってはやや疑問が残る。
ともあれ、私はそこで育てられた。もしも如月が私の知らないところで不法行為に手を染めていたとすれば、その手先である十二単の元メンバーというのは狙われる理由として十分だろう。
その事情はここにいる他の4人もおそらく同じだ。もっとも、幼少期のことであり、保護されてからバラバラにされたから他メンバーの顔も名前もまるで記憶にないのだが……。
***
「それで? あたしらが元『十二単』というのは分かった。でも蝶のおばばの私兵だったから誘拐されたんですね残念、って話じゃないよな。考えがあるんだろう?」とキョウカ。
「ええ。私はひとつの仮説を持っています。私たち5人の中に、元『十二単』を騙る噓つきが紛れ込んでいるのではないかと」
「ありうる」
追随したのは、サシャだ。
「デスゲームの定石。犠牲者の中に首謀者や首謀者の仲間が潜んでいて、争いを扇動したりする」
「あらら? そうするとサシャちゃんが一番怪しいわね。さっきから怖がらせてばかり」とノドカ。
「私じゃない。違う。拳で本物とわかる」
「待ってください。戦ってどうするんですか」
サナエが止めにかかった。
「ええ、その通りです。戦う必要はありません」
「ではどうする?」
キョウカが私をアシストしてくれる。あるいは誘導されているのか。
「もう一度自己紹介をしましょう。『十二単』のメンバーに対して、自分がメンバーと分かるような一言を添えて」
***
自己紹介、2周目――。
初手は言い出しっぺの私だ。
「カナです。好きなお祭りは夏越の大祓」
続いてキョウカ。私の自己紹介に委細承知とばかりに大きくうなずいていた。
「キョウカだ。好きな将棋の駒は香車。よろしくな」
3人目、デスゲーム愛好家。
「私はサシャ。最近一番良かった買い物は砂時計。このくらいのサイズ」
4人目、おっとりお姉さん。
「ノドカです~。好きなポリシーは『和を以て貴しとなす』、かしら」
5人目、真面目お姉さん。
「サナエです。好きな短編小説は太宰治の『駈込み訴え』」
***
「どうだ、カナ。わかったか?」とキョウカ。
「もちろん。やっぱり仲間外れの噓つきが1人いましたね」




