夜の森で穴を掘る男を見つけた私は、絶対に声を出してはいけなかった
初投稿です。
なんでこんな依頼を引き受けちゃったんだろう。
私が溜め息をつくと松明の火が少し揺れた。
いけない。
この火が消えたら夜の森で道を見失ってしまう。
私は右手に持った片手剣を改めて握り直すことで頭を切り替えた。
今にも森に飲み込まれそうなほど小さな村の、村長さんの依頼は、
「森の奥から毎晩聞こえてくる奇妙な音の正体を突き止めてほしい。あんまり気味が悪いんで、村の男たちでさえ森に近づこうとはしない。若いおなごを一人で行かせるのは申し訳ないのだが」
報酬は金貨五十枚という破格のもので、思わず生唾を飲み込んだ。
「悲鳴をあげなければ無事で済むはず。いかがでしょうか」
「受けます!」
一方、私は駈け出しの冒険者で実績がないうえに借金を抱えている。もちろんそんなことは世間知らずの村人には秘密にしてる。
王都では借金を抱える者は自分自身を奴隷商人に売って返済に当てる人間もいるけれど、私はそれは嫌だった。
死の危険にさらされても娼婦にはなりたくないし、金持ちの変態の性奴隷はなんとしてでも避けたかった。
借金取りに追いつかれないようにこんなこんな辺境まで来たのだけど、仕事にありつけるだけマシだと自分に言い聞かせる。
つまり、私と村人たちはお互い様なのだ。
ふと気がついた。
自分の呼吸と足音以外の音が聞こえていないことに。
あの村に辿り着くまでに虫の音や野生動物の鳴き声など、いろいろな音が聞こえない。
それなら適当にサボって、朝になったら村に帰って何もなかったと報告すれば金貨五十枚が……
駄目っ!
そんな悪いことをして報酬をせしめようなんて、詐欺師のやることよ。
私は獣道に足を踏み入れた。
靴底が土を踏むが、妙に柔らかい。
静かだ。
松明の光が届くのはごく一部で、闇が深い。
松明の明かりだけが頼りだ。
喉が渇いたが、水を飲むなら剣を鞘に納めるしかない。
少し迷ったけど、剣を鞘に納めることにした。
皮袋の栓を口で外すなんてお行儀の悪いことは、誰にも見られなくてちょっと安堵している。
喉を潤して一息ついた。
ザッ……
驚き過ぎて皮袋を落としてしまった。水が地面に零れてしまったが、私の身体は硬直している。
ザクッ……
「森の奥から毎晩聞こえてくる奇妙な音の正体を突き止めてほしい」
村長の言葉と同時にたった一人であることを思い出してしまい、一気に頭の中が恐怖の色で染まった。
ザクッ……
ザクッ……
ザクッ……
そんなまさか。
本当に何かいるの?
ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ……
妙に規則的な音が不気味で怖い。
依頼さえなければ逃げられるんだけどな。
いや、でも、村長が冒険者ギルドに報告したら評価に響いて、のちのち仕事が来なくなるだろう。
私は腹を括って、音のする方向へ行くことにした。
よく考える都真っ暗な森で松明の光は嫌でも目立つ。
たぶん、相手はすでに私に気づいていてもおかしくない。
それなら剣を抜いて近寄る方がいいだろう。
私が接近するにつれて音が大きくなっていく。
ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ……ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク……ザクッ!
「そこで何をしてるの?」
「…………」
私が松明を持っている左腕を掲げると、それの姿が浮かび上がる。
「きゃあ!」
反射的に悲鳴をあげてしまった。
「人間?」
男は振り返ると、驚いた顔をする。
「ひいぃ!」
そう、音を出しているのは見間違えるはずもなく人間であり、若い男だった。
「静かにしろ」
男が囁いた。
彼は村人とさほど変わらない普通の服装をしているが、手に革手袋をはめて、シャベルを持っている。
こんな真夜中にそれを何に使ったのか。もちろんシャベルは穴を掘る道具だけど、想像力が悪い方向に転がっていく。
夜、人気のない森の奥で一人黙々と穴を掘る男。脊髄反射的に嫌な想像をして彼の足下を見た。
男の足下には掘り返した土があるが、白い欠片がいくつも混ざっている。
まさか、人の骨?
「あ、あ、あ……」
「静かにっ」
男がもう少し強い調子で言ってきたので、注意されたことはわかった。
私も小声で問いかける。
「こんなところで何を?」
「静かにしろ、起きるぞ」
男が答えた直後のことだった。
穴から、にゅっ、と白い『手』が伸びてきて、男がシャベルで叩き落とした。
「い、今のは?」
「見るな」
男が素早く穴を掘り出した。
ザクッ、ザクッ、ザクッ!
にゅう……
「きゃああああああああああ!!!!!!!!!!」
私は確かに見た。
穴から這い出る白い『手』を!
白い『手』が私の足首を掴もうとしたので、私は持っている剣で斬り払った。
「終わりだ。この村はもう終わりだ」
男が怯えた顔で言った。声が震えていた。
大の男が何をびびってんだか。
私が男を嘲った次の瞬間、穴から白い『手』が一本、二本、三本、四本、五本、六本……何十本も飛び出してきた。
「嫌ぁーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
あんまりな異常事態に、私はすべてを放り出して逃げ出した。
捕まりたくない!
あの『手』に捕まったら、きっと殺される。
「だから言ったのに」
うしろから男の声が聞こえたけど、もうどうでもいい。
それから森じゅうを駆け回って、崖も藪も構わず押し通って、こけつまろびつしながら、ひたすら木がないところを目指して走り抜いた。
どれくらい走り続けたのだろうか。
開けた土地が、茅葺き屋根の家々が見えてきた時、空がほんのりと明るくなった。
私は生き抜いたと神に感謝した。
村の中央広場に辿り着くとその場に座り込んで、もう立てない。
土の感触が妙に柔らかい。
下半身からおしっこの臭いがする。
「誰か、誰か来てぇ!」
大声出叫んでから数秒後、一件の家の扉が開いた。きっと私の様子を窺っているのだろう。
「早く、誰か!」
扉が開け放たれて老人と中年の男が出てきた。村長と、たぶんその息子だ。
「夜の森で悲鳴をあげたのか?」
駆け寄ってきた村長たちの顔色が悪い。
「なんで教えてくれなかったのよ、あんなのがいるなんて?」
「おまえ、森の中で悲鳴をあげたんだな!」
村長に怒鳴られた。ショックのあまり私は言葉に詰まる。
他の家の扉が開いて、村人たちが集まってきた。
「おまえの悲鳴のせいで、やつが目覚めた」
「この森には恐ろしい何かがいる」
「正体を突き止めれば対策のしようがあったのに」
それどころじゃないのに。
「私のせいじゃない!」
「あいつは毎晩、穴を深く掘り直し何かを埋め直していたんだ」
「名前を尋ねても「知ると外理汚染現象になる」と言って、何も教えてくれなかった」
「意味わかんない」
私の涙が混ざった悲鳴にも関わらず、村人たちは私を一方的に責める。
異常なほど怒っている村人たちにいい加減嫌気がさした。
「もう嫌っ!!」
再び私が叫んだ直後、
ザクッ、
森の方から、確かに聞こえてきた。
ザクッ、
ザクッ、
ザクッ。
見たくなくて目を背けたかったのに、否応なく目線はそれを追いかけてしまった。
ザクッ、
白い『手』が、別の穴を掘る音が聞こえる。
ザクッ、
しかもひとつではない。
涙が頬を伝って地面にぼとぼと落ちた。
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザク
十本や二十本じゃない。
百……五百……千……数え切れないほどの白い『手』が穴を掘ってこちらにやって来る!
「うわああああああ!」
誰かが悲鳴をあげると村人たちは一斉に逃げ出した。
いち早く家に着いた者が扉を閉めて、外に取り残された人たちが扉を叩いている。
「誰か、助けて」
「喋るな」
村長がたしなめるが、こんな時に何を言ってるのよ。
「なんでもするから」
「お願いだから、黙ってくれ」
村長に口を塞がれた。
私は、見た。
パニックになった村人たちが、白い『手』に捕まって、首を絞められたり、頭を殴られたりして殺されていく。
女、子どもも関係なく、無数の白い『手』は虐殺を進める。
「……っ!」
私は村長を突き飛ばすと、震える足腰を無理矢理立たせて逃げ出した。
金貨五十枚なんかいらない。
お金より命が大事だ。
私だけでも、
ザクッ!
「えっ?」
左胸から白い『手』が突き出している。
赤い液体が流れ落ちた。
背後から襲われたんだ。
村人たちの悲鳴も、子どもたちの泣き声も、もう聞こえない。
私の心臓に穴が空いている。
ここで私の意識は途絶えた。
永遠に。
おわり
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