みよこの冬支度
みよこの冬支度
「立野くん!一大事じゃ!」
研究室の扉が勢いよく開いた。
「なんですか博士。またマルに液体のりを塗ろうとしたんですか?」
「違う!」
博士は新聞を振り回した。
『石油価格高騰 化学繊維に影響』
「今年の冬のセーターが危ない!」
「はい?」
「毛糸じゃよ毛糸!アクリル毛糸もポリエステルも石油からできとるんじゃ!」
「それは知ってますけど」
「みよこが今年はアラン模様のロングカーディガンを編む予定なんじゃぞ!」
「そこですか」
博士は研究室をぐるぐる歩き回った。
「このままでは冬が越せん!」
「大げさですよ」
「立野くん、寒さを甘く見るでない。冬の編み物文化は人類の宝じゃ」
その時、研究室の隅で丸くなっていたマルが、にゃあと鳴いた。
「ほらマルも心配しとる」
「たぶんご飯の心配です」
そこへ、みよこさんが洗濯物のカゴを抱えて入ってきた。
「あなた、そんなに騒いでどうしたの?」
「みよこ!毛糸不足なんじゃ!」
「あらあら」
みよこさんは少し笑った。
「でもねぇ、最近ほんとに毛糸高いのよ。お気に入りの糸も手に入りにくいし」
博士はぴたりと動きを止めた。
「やはりそうか……」
「昔編んだセーターをほどいて編み直したりしてるの」
「なんと!」
「毛糸も大事に使わなきゃねぇ」
博士の目がきらりと光った。
「立野くん!」
「嫌な予感」
「石油がなくても毛糸を作る研究を始めるぞ!」
「どんな研究ですか?」
「クモの糸じゃ!」
「えっ」
博士は黒板にわけのわからない図を書き始めた。
「クモ糸タンパク質は強靭!しかも美しい!最近では微生物に作らせる研究もある!」
「へえ……」
「石油不要!環境にも優しい!未来の毛糸革命じゃ!」
「でも、そんな簡単に編み物用の糸になります?」
「そこは根性じゃ!」
「科学者が根性言わないでください」
博士は得意げに続けた。
「まずは研究所で試作じゃな」
「設備あるんですか?」
「ない」
「ないんかい」
「しかし安心せい!」
博士はマルを見た。
「マルのひげを参考にすれば」
「マル逃げてええええ!」
にゃあああっ!
マルは棚の上へ飛び乗った。
みよこさんは編み針を動かしながら、くすくす笑っている。
「あなた、そんな未来の糸ができるまで、私は古いセーターほどいて編み直すから大丈夫よ」
「みよこ……」
「それにね、昔の毛糸って案外丈夫なの」
博士は肩を落とした。
「わしの最新科学が、みよこの知恵に負けた……」
「生活ってそういうものですよ」
立野くんは言った。
「研究も大事ですけど、編み直して使うのも立派な技術じゃないですか」
博士はしばらく考え込んでいたが、やがてうなずいた。
「うむ。では研究テーマを変更じゃ」
「今度は何です?」
「ほどいても縮れない毛糸の開発じゃ!」
「終わらないなあ……」
マルは安全な棚の上から、にゃあと鳴いた。




