いじめられた少年と幸せを運ぶカニ
この世界には、「シアワセイブツ」という人々に幸せを届ける役目を持った生き物がいる。見た目は普通の生き物と変わらないが、神様からその力と仮初めの知能を授かり、人間の暮らす場所に現れて様々な形で幸せを届けている。動物園や水族館で飼育されている動物も、その一部は実はシアワセイブツなのだ。
僕はそのシアワセイブツの一体であるカニ。少し前にシアワセイブツの力に開眼した。ここは日本のとある港町。僕は今日この港町で暮らすある人に幸せを届けに行く。
(ここか…)
港町にあるマンションの入口玄関の前に着いた。僕が今回幸せを届ける相手の人はここで暮らしている。
シアワセイブツには念力を使える力を持っている。僕はその念力を使ってその人の部屋のボタンを押して呼び出した。
「ごめんくださーい。幸せをお届けにきましたー。」
「どうぞー。」
マンションの入口のドアが開き、エレベーターに乗ってしばらく。相手の人の部屋の玄関前に着いた。僕は玄関をノックする。
「はーい。」
玄関からは一人の男の子が出てきた。「コウヨウ君」というその少年。神様によるとつい最近このマンションで一人暮らしを始めていて、港町近くの芸術大学への進学を控えているという。
「シアワセイブツのカニです。コウヨウ君だね。君に幸せを届けに来ました。」
「シアワセイブツだ!ありがとうございます!!」
礼儀正しい感じの人であるコウヨウ君。神様が僕の最初の任務に選んだのも納得の人に思える。
「じゃあ、幸せをお届けします。」
「じゃ、お願いします。」
僕はハサミを上に上げて、「幸せの光」をコウヨウ君に当てた。「『幸せの光』を当てて人を幸せにする」それが僕らシアワセイブツの使命だ。
「ありがとう。」
と返したコウヨウ君。しかし…
「でも… これで終わり?」
と続けた。僕としても幸せの形は人それぞれではあるのは分かっているけれど、「どうしてこれだけでは物足りないのだろうか」と思って、とりあえずどういうことなのか聞いてみることにした。
「どういうこと?」
「実は今日、学校の卒業式で…。」
「そうなんだ。時間的に今卒業式なはずだけど、もしかして体調が悪くて学校を休んだとか?」
コウヨウ君は高校の卒業式を休んでいることが分かった。僕は「コウヨウ君は体調が悪くて学校を休んだのだろうか」と思っていた。しかし、コウヨウ君は首を横に振った。
「俺… 学校でいじめられてて…」
「えぇ…」
3年前に地元の高校に進学したコウヨウ君。クラスの風紀係に就任してクラスで授業中になかなか静かにしないクラスメートを注意し続けたことで反感を買っていたことや趣味の絵をからかわれたことがきっかけでそれがエスカレートとしていじめに発展したのである。暴力を振るわれたり暴言を浴びせられることは当たり前で、定期テストの勉強を邪魔されたり、運動会や文化祭などの学校行事で何かトラブルが起きた際に責任を擦り付けられたこともあり、後輩の女子生徒へのストーカーやセクハラの冤罪を着せられたこともあったと語った。それでも不登校になることはなかったのだが時が進むごとにいじめはエスカレートしていって陰湿さも増し、ついには大学に受かったことすらもいじめに利用されてしまったのである。大学合格までもがいじめに利用されていたことはコウヨウ君にとって一番ショックだったのか、それがきっかけでとうとう不登校になってしまったのだという。
「担任の先生が味方になってくれたのには感謝しているけれど、俺が今ここで一人暮らししているのも、学校から逃げたい一心で…」
と涙ながらに語るコウヨウ君。僕が思うにコウヨウ君は「今まで自分に回ってくるはずだった幸せを、コウヨウ君をいじめていた人にことごとく横取りされてしまっていた」ということなのだろう。
「今まで俺が幸せになるはずだった分まで幸せになりたいんだ!」
「俺は目に見える形で、今すぐ幸せが欲しいんだ!!そうでもしないともう割に合わないんだよ!!」
「もう二度とシアワセイブツに出会えなくなってもいいから!!シアワセイブツに出会えなくたって幸せになれている人はたくさんいるから!!」
などと泣きながら訴えるコウヨウ君。
僕は少し考えた。すると、炊飯器が鳴る音がした。
「コウヨウ君。もしかしてこの後昼ご飯かい?」
「ああ。でも食べるかどうかは決めずにご飯炊いてた。俺、最近いじめられてたストレスなのか食欲もあまりなくて。『お腹は空いているけれど食欲が全くない』っていうのも珍しくなかったんだ。せっかく自分で作った料理も、作ったは良いけど食欲がないからその時に食べなかったってことも時々あった。」
「そうなんだ。コウヨウ君、もしかして料理するの好きなの?」
「うん。絵を描いている時もそうだけど、料理を作ってる時は楽しくて、今まであった嫌なこともその時は全部忘れられるんだ。」
「なるほど。」
「コウヨウ君は絵を描くのの他にも料理が好き」ということを知った僕。そこで僕はコウヨウ君にこんな提案をした。
「だったらさ、僕を食べてよ。」
「え…?」
「うん。」
コウヨウ君に僕を食べるよう提案した僕。コウヨウ君が困惑するのは想定の範囲内だ。
「いいの…?君は人の言葉を話しているんだよ?食べちゃったらいろいろまずいんじゃ…」
「大丈夫。見ての通り僕は傍から見たらただのカニ。僕に仲間や家族なんてものはいないし、食べちゃったところで君はなんの罪にも問われないよ。それに、カニは昔から縁起が良いって知ってる?」
「うん。ハサミを上下に動かす様子が幸運を招くって。後は勝利とか厄除けとか、子孫繁栄とか。」
コウヨウ君は人間たちの間でカニに縁起の良さが込められていることは知っているようだ。
「そういうことだよ。だから、僕をお食べ。それでコウヨウ君が幸せになれるなら構わないよ。」
「…」
コウヨウ君は少し黙った。その後も僕はコウヨウ君といろいろ話した。僕が思うにコウヨウ君は、絶対に無駄な暴力を振るったり食べ物を粗末にするような人ではない。コウヨウ君は大切に僕を食べて幸せになる。その絶対的な自信が僕の中にはあった。
そしてついにコウヨウ君は…
「分かった。」
と返した。
「よし!じゃあ決まりだな!」
僕は念力で食器棚を開け、キッチンに大きなお皿と箸、醤油、それに醤油皿を出した。
「うん。」
コウヨウ君はそう言って、僕をキッチンへと運んだ。
僕のまな板の上に乗せ、脚や腕を折って殻を剥くコウヨウ君。さすがは料理が得意というのか、手際がとても良い。
シアワセイブツの中にもやはり任務の途中で命を落としてしまう個体はいるが、鳥のシアワセイブツだったら飛行機に巻き込まれるなどといった不慮の事故がほとんどだ。でも「形はどうあれ『幸せの届け先の人に食べられる』というのは完全に僕が初めてだろうな」と、脚と腕を折られながら思っていた。
脚・腕をバラバラにされ、皿に並べられた僕。お盆でリビングのテーブルに運ばれた。側にはさっき炊けた白米が盛られた茶碗がある。ふと時計を見ると時刻は昼12時過ぎ。昼食の時間としてはとてもちょうど良い。
コウヨウ君は食べ始める前に僕のカニ刺しとご飯をスマホで写真に撮る。そして、
「いただきます。」
「ああ。召し上がれ。」
コウヨウ君は僕の棒の部位を手に取り、身を醤油に漬けて口に運んだ。
「美味しい!美味しい!!」
嬉し泣きをしながら僕のカニ刺しを食べているコウヨウ君。
「コウヨウ君。もしかして美味しいものを食べて嬉しくて泣いたのはこれが初めて?」
「うん!!」
さっきも話したようにいじめのストレスで「お腹が空いているけれど食欲が全くない」ということもあったコウヨウ君。そんなコウヨウ君が初めて美味しいものを食べて嬉しくて泣いているのだ。コウヨウ君が今一番幸せなのは言うまでもないし、僕もとても幸せだ。
コウヨウ君は夢中で僕のカニ刺しを味わっている。僕の脚や腕の身を醤油につけては口に運んで味わっている。僕としては「もっといろんな人に出会ってたくさんの幸せを届けたかったな」という気持ちも少しあるが、僕を食べることによってコウヨウ君が今まで幸せになるはずだった分まで幸せになれるというなら、それこそ本望というかシアワセイブツ冥利に尽きる。
「どう?僕は美味しいかい?」
「うん!今まで食べたことがないくらい美味しい!」
「そう。それは良かった。」
「もし生まれ変われるのなら、僕はまた君と出会って幸せを届けたい。」段々と僕の身が減っていく中で、僕はそう思っていた。僕の最初で最後の幸せをお届けする任務の相手が君で、本当によかったと思っている。
脚と腕を食べ尽くされて甲羅だけが残った僕。会話を終えた後、コウヨウ君はカニ味噌を味わうのだろうか、僕の甲羅に向けて手を伸ばすのだった。
~登場人物~
カニ
「シアワセイブツ」の一体であるカニ。全長約40cm。
コウヨウ
港町に住む18歳の高校3年生。港町近くの芸術大学への進学が決まっている。
真面目で温厚で、礼儀正しく正義感の強い性格だが、それらは高校で受けたいじめの原因にもなってしまっていた。
趣味はイラストと料理。
この出来事の後4月に無事大学に進学し、楽しく幸せなキャンパスライフを送っている。




