Act9 演算室陥落 嵐の後のただの日常 その3
国語科の山科(先生)にあっさりと感想文の代筆がバレて準備室で説教された後、龍輝は演算室に再び戻ってきた。
「山科(先生)が『お前自身の言葉では無いだろう。もう一度しっかり読み込んで来い!』だってさ。
わけ分かんねえよ」
航聖の解釈もおかしいと思うが、彼は丁寧に説明する。
「いいか?龍輝、これは古いOSが最新のアップデートに対応できずに自らシステムを削除したという話だ」
「そうか……いや、さっぱり分かんねえ」
人物を航聖にシステム化されても、余計に分からない龍輝である。
山科(先生)に「お前の自身の言葉で書け」と突き返された感想文。
数時間の沈黙の後、龍輝は悩みながらこう書き綴った。
夏目先生、胃痛のものすげえ苦しみの中で、こんな立派な作品を最後まで書き上げてくれてありがとうございました……以上だ。
「……」
国語科準備室に砂漠のような沈黙が流れた。
山科先生は、手にしたペンをポロリと落とした。期待していた「魂の叫び」でも、航聖のような「緻密な分析」でもなく、ただの『作者への体調の気遣い』を書いたに過ぎない龍輝である。
「龍輝……お前、あの本を読んで最後に残った感想が『胃弱の文豪への労い』だけ……か?」
「あ、はい。すっげーなと思って。俺なら、腹が痛いときに『こんな暗い話』書けねえもんな」
山科先生は、もはや怒る気力すら失ったように、力なく机に突っ伏した。
「……もういい。不合格だ。……だが、ある意味で、お前らしいな……」
「……てな具合で、やっと山科(先生)が解放してくれたんだぜ、ああ疲れた」
「……それを何故、僕に言いに来るんだ?ここは不法侵入者の温床かっ⁈」
本来、演算室は航聖が確保した『静寂の聖域』のはずであった。しかし今、そこにいるのは自分の部屋のようにくつろぐ龍輝と、当然のようにコーヒーメーカーの前に立つ希がいる。
「あ、龍輝もブラックはダメだったよね?コーヒー牛乳作ったげる。あたしはカフェオレで……」
「香りは良いんだけどな……あの苦さはダメだな」
龍輝は牛乳に色がつくかつかないかのコーヒーを入れてもらう。
それから希は自分のコーヒーにスティックシュガー4本を放り込んだ。
その場にいた航聖と龍輝が固まる。
「……希……それ、本気か?」
「え?何が?」
「いや、マジで引くわ……お前それ、もうカフェオレじゃなくて砂糖牛乳だろ。人間の飲み物じゃねえよ」
龍輝がスティックシュガー4本を躊躇なく投入する希を見て、心底嫌そうに顔をしかめた。
だが、希はスプーンを止めることなくニヤリとと不敵な笑みを浮かべて龍輝を指差した。
「……どの口が言っているのかなぁ_龍輝くーん」
「あ?なんだよ」
「こないだの牛丼屋さん、忘れたとは言わせないよ。どんぶりが出てきた瞬間、お肉が見えなくなるまで紅しょうがを山盛りにして、その上に七味唐辛子を「親の仇」みたいに振りかけてさ。あれ、横から見たらただの『赤い山』だったからね。あれこそ人間の食べ物じゃないよ」
「……っ!」
「隣のお客さんなんか、二度見どころか三度見してたよ?」
「……二人ともその不毛な争いはやめろ。どちらもやり過ぎだ」
航聖が呆れたように眼鏡を直しながら口をはさんだ。
龍輝と自分の性格は似ている……ような気がする。性格ね?




