Act 5 深淵の聖域
豪華客船での戦闘から翌日。瑞穂学園の生徒会室。窓の外では平和な放課後の喧騒が流れているが、室内は静寂に包まれていた。
航聖がタブレットの画面を操作すると、映し出されたのは龍輝の母親の静かな寝顔だった。
「……母さん、本当に助かったんだな」
龍輝は、画面にすっかり釘付けになる。
「ああ。今は薫のヴィラで療養している、……だけど龍輝、悪いがお母さんには今は会わせられない」
「えっ⁈ なんでだよ!すぐそこなんだろ?顔を見るだけでも__」
「ダメだ」
航聖は、龍輝が反論できないようにわざと大きなため息をついた。
「いいかい?お母さんの身体は、正雄氏のせいで『極限まで薄くなったガラス細工』だと思ってくれ。……そこに、今の君が勢いよく飛び込んで行ったらどうなると思う?」
「……?」
暫く考えた後、龍輝が答えた。
「……パリンって、割れるか?」
「正解だ。ただでさえ、あの『加納家』だ。お前の『気』は強すぎるんだよ。今の彼女にとっては、それがすごく負担になる……お母さんを心臓マヒで殺したいのか?」
「そ、そんなわけないだろ!」
龍輝は慌てて首を振る。理屈は分からなくても「自分が母親の心臓を止めてしまうかもしれない」という恐怖は彼の本能にダイレクトに突き刺さった。
「なら、大人しくしてろ。ヴィラは鉄壁の守りだ。正雄氏も手出しは出来ない。……彼女には『長期の療養』が必要なんだ。……分かるか?」
「……わかった。母さんが元気になるなら、俺は我慢するよ」
龍輝はしょぼんとしつつも、納得したように頷いた。その様子を見ていた薫がクスクス笑う。
「……龍輝、いつまでもここにいないで。厳三郎さんが待ちかねていると思うわよ」
「ああっ!_忘れてたっ!帰るわ」
龍輝は慌ててバッグを掴むと全力疾走で部屋を飛び出していった。
バタン、と勢いよく締まるドア。残された龍輝が、フッと笑みを浮かべる。
「……あいつ、単純で助かるよ。脳波のデータとか状況を説明しても『分かんねえ』だもんな」
「……ふふ。それでいいのよ。お母様がいつか元気になってくれるという希望だけで」
本当に__この先は、誰もが知らない未来なのだから。




