Act 4 船上のリング 切り替わる理(ことわり)
鉄板のリング上で、神牙の拳を正面から受けた龍輝がゆっくりと顔を上げた。……口端から流れる血を腕で拭い、耳元のインカムから流れる航聖の報告を咀嚼する。
『……龍輝、お母さんは今、僕たちの管理下に入った。もう正雄氏は手出しが出来ない。……君を縛るものはもう残ってないんだよ』
その言葉を聞いた瞬間、龍輝の中から「重圧」が消える。目の前で勝ち誇る神牙も、貴賓席で喜ぶ正雄も、もはや自分たちを脅かす「恐怖」ではなくなった。タダの「片づけるゴミ」だ。
「……了解。掃除する」
神牙が咆哮を上げ、山をも砕くような全力の右フックを放つ。
最短距離。
龍輝は踏み込むと同時に、神牙の突き出した腕の「点」を、指先でピアノの鍵盤を叩くように弾いた。
パパパンッ
物理的な衝撃音ではない。神経の節を的確に突く、乾いた高温。
神牙の右腕から瞬時に「その意思」が消え、丸太のような剛腕が力なく、だらんと垂れ下がる。
「……⁈なんだ、腕が……動か__」
驚愕で神牙の思考が停まる、その数秒の間。
龍輝は吸い付くような動作で神牙のの懐を滑り、その背後へ回った。
「加納流秘伝『脈門砕』」
龍輝の十指が神牙の脊髄から延髄にかけての経絡を、一筆書きのように軽く叩き、弾く。
神牙のの全身が、目に見えない高電圧に打たれたように一瞬だけ硬直した。次の瞬間、脳から全身へ送られる信号が「破壊」され、身体の制御システムが永遠に遮断される。
「……あ……ぁ……」
外傷は何もない。だが、神牙の瞳から知性が消え、巨大な肉体が鉄板上に「ただの物体」として崩れ落ちた。
__ゴンッ‼
静まり返った会場に、巨体が鉄に叩きつけられる鈍い音だけが響く。
龍輝は、二度と立ち上がることのない神牙を一瞥もせず、まっすぐに貴賓席の薫を見上げた。
隣で正雄が「何をした!神牙をどうした⁈」と半狂乱で叫んでいるが、その声はもう龍輝には届いていない。
「……ヒメ……終わったぞ」
薫は、父親の「絶望」を極上のワインのように味わいながら、龍輝に優雅な微笑みを返した。
「ええ。完璧な演舞だったわね……さあ、帰りましょう」
海上保安庁のヘリの爆音が近づく中、龍輝は静かにリングを下りた。
母という人質から解放され、薫という「信頼」を選んだ少年の足取りは、鉄板の上であっても驚くほど軽やかだった。
簡単に、指だけで身体が壊れるって本当ですね。
何だか腰のあたりが痛い……笑、間違えたかな?




