Act3 幼き日の思い出
荒い呼吸を繰り返す龍輝と、脇腹をさすりながら笑う希。
その光景を薫は、数メートル離れた場所から静かに見つめていた。
モニターの青い光に照らされた彼女の瞳の奥には今日の前にある光景とは別の鮮烈な残像が重なっていた。
(うん、__そうだよね、希)
薫の脳裏に蘇るのは、数年前場違いなほど格式高い『異種格闘技大会』の会場だ。
姫神会の令嬢として、退屈な観覧席に座らされていた薫の目に飛び込んできたのは、自分よりもさらに幼い一人の少女だった。
自分よりも頭二つ分は大きい大男たちを相手に、その少女__希は、自由自在に手足を動かし、一瞬の隙をついて次々に巨体をマットに沈めていった。大の大人たちが少女の放つ一撃に悶絶し、信じられないものを見るような目で彼女を見上げる。
その中で、希は瞳を輝かせ、誰よりも自由で誰よりも誇らしげに笑っていた。
(あの時のあなたの姿は、檻の中にいた私にとって唯一の光だった)
周囲の大人たちが「化け物」だとか「英才教育のたまものだ」と騒ぎ立てる中、薫は直感していた。
希が倒しているのは、目の前の対戦相手だけではない。
彼女は自分を縛る「子供という枠」や「常識」という名の檻をその拳で一つずつぶち壊しているのだと。
だからこそ、薫は希をこのチームに引き入れた。
そして__もう一人の龍輝__。
(龍輝__そう、その震えを忘れないで)
初めて彼に会った日、まだ龍輝の身体は今よりもずっと小さく、そして至る所に新しい傷と消えかかった傷が混在していた。彼は加納家という「暗殺のゆりかご」の中で自意識が芽生えるよりも先に「壊すこと」だけを目的に最適化された「精密な部品」だった。
あの時、彼は「一人の人間」を再起不能にした直後だった。返り血を浴びて虚空を見つめていた彼の瞳には絶望さえなかった。ただ「壊してしまった」という事実だけが音もなく彼を蝕んでいった。
(貴方をあんな場所に置き去りにしたのは、他でもない私の家__姫神会だった)
加納家は姫神会の「裏の執行人」として飼われていた組織だ。
龍輝が浴びてきた返り血の何割かは、薫の家系がその地位を安泰にするために流させたのだ。
今の龍輝が希を蹴り飛ばした自分の足に怯えて震えていること__それは彼が「加納家の壊すだけの機械」から脱却し、痛みを知る「人間」に戻ろうとしている証拠だった。
(……あなたは今でも信じているのでしょうね。あの高額なバイトも、生活を支えるための僅かな運も、すべてじぶんが手繰り寄せたものだと)
薫は、龍輝の背中に冷徹な、けれどどこか慈しむような視線を投げた。
加納家を中卒で脱走し、社会の底辺に消えた龍輝。彼がこれまでの二年間、高二の年齢になるまで生き延びてこられたのは、彼の卓越した能力故だ。だが、その能力を『金』に帰る場所を誰にも気づかれぬように用意し続けてきたのは薫だった。
(姫神会からのお母様の仕送りと安否確認の短い手紙。あれが貴方の唯一の『鎖』であり、生きる理由なのかも)
(最初のミッションもそう。希と出会わせたのも、全ては私の計画通り)
龍輝が自分の「意思」で戦っていると信じれば信じるほど、その拳は鋭さを増す。薫はその誇りを汚さないように冷徹なプロデューサーとして、彼らをさらに高い舞台へと誘う。
自分で書いていてなんだか難しい(笑)




