Act3 臨界の舞踏
地下拠点の空気は、サーバーが吐き出すわずかな排気熱と、稼働を始めた精密機械の電子音で満たされていた。
航聖が指紋認証で壁面のストレージを開くと、コンクリートを背景に、白の装備一式が浮かび上がる。
航聖が独自に開発し、姫神会の極秘ラインで製造された『ラバープロテクター』だ。
「希、装着して。龍輝は右脛と両拳にサポーターを。今日のデータ収集は、加納家の打撃に対する衝撃分散率の限界測定がメインだ」
航聖の淡々とした指示に従い、二人は手慣れた様子で装備を付ける。希が制服のベストを脱ぎ、その下に薄く、しかし強靭な白いラバーを装着すると、彼女の華奢なシルエットはどこか無機質な戦闘機械のような美しさを放っていた。
龍輝もまた、自分の拳を保護する白い武具を装着する。かつては自分の拳を血に染めることしか知らなかった少年にとって、この白い装備は「仲間を壊さない為の唯一の免罪符」に見えていた。
「バイタル、オン。プロテクターのセンサー感度、OK。……二人ともリミッターを外すよ」
航聖がエンターキーを叩くと、地下室に鋭い警告音が一度だけ響いた。
その瞬間、二人の目つきが変わった。さっきまで授業中に寝ていた面影は消え、剥き出しの「本能」が拠点の空気を一気に変えた。
一戦目
希が地をはうような低空のステップで近づき、手に持った釵が龍輝の喉元に迫る。龍輝はそれを最小限の動きで回避し、カウンターの掌打を放つ。希はそれを受け流し、着地と同時に次の一歩を踏み出す。
「龍輝、初手が甘い。希、右足の体重移動が遅れた。ちょっと違うな。……もっと本気でやってくれないかな」
航聖の冷たい実況がスピーカーから飛ぶ。彼は、モニターに映し出されるモーションキャプチャーを見て、二人の動作解析を的確に行っている。
二戦目
速度が一段か跳ね上げった。希の放つ連撃が白い閃光となって龍輝を襲う。龍輝は加納家暗殺術特有の最短軌道で応戦する。打撃が交差するたびに、ラバープロテクターが「バァン!」と乾いた破裂音を立てながら衝撃を周囲の空気へと逃がしていく。
「心拍変動解析が低下してきたね。……さて、三回目だ」
航聖のその言葉が引き金だった。
希が龍輝の視界から消えるほどの速度で踏み込み、右からの旋回蹴りを放とうとした瞬間、彼女の軸足がわずかに床を滑った。
「__っ⁈」
希の体勢が崩れたその時だった。
龍輝の右足は、すでに標的を破壊するためにまともに希をとらえていた。標的が姿勢を崩したことを脳が認識した時にはもう、彼の足は止まらない。
__ドンンッ!!
地下室全体の空気が爆ぜるような凄まじい衝撃音が響いた。龍輝の右中断蹴りが、完全に無防備となった希の脇腹へ深々と突き刺さる。
それは格闘技の蹴りという概念を通り越して、大型車両が衝突したかのような破壊の質量そのものだった。
希の小柄な体は、蹴られたサッカーボールのように軽々と宙を浮いた。コンクリートの床を滑ることさえ許さず、放物線を描いて飛んでいく。
「希__ッ!!」
龍輝の絶叫が地下に反響する。希の身体はそのまま数メートル先の壁に激突し、乾いた音を立てて床に転がった。
静寂。
航聖のモニターには、ラバープロテクターの衝撃吸収層が限界値を超え、画面がアラートを映し出している。龍輝は蹴りだした右足を震わせ、幽霊でも見たかのように青ざめて立ち尽くした。
自分の足に伝わった、確かな「破壊」の手ごたえ。
かつて加納家で幾多の人形を、そして人間を壊してきたあの感触が、今、最も守りたい仲間に向かって放たれた。
「……あ、……希……おい……」
龍輝の声が震える。
航聖もまた、キーボードをを叩く手をとめたまま、モニターの数値と壁際の希を交互に見つめ、息を呑んでいた。
だが、その死のような静寂を破ったのは、ひょっこりと動いた小さな手だった。
「……ふぅ……。あはははっ!今の、すっごーい!マジであたし、空、飛んでたよねっ⁈」
「⁈」
壁際に転がっていた希が、脇腹を押さえながらケロッとした顔で上体を起こした。例のプロテクターが、今の衝撃を強引に分散し、摩擦熱でわずかに白煙を上げている(ようにも見えた)
「さすがに一瞬、あっヤバイ、お迎えかな、なーんて思ったけど……航聖、この『盾』本物だよ!龍輝のフルパワー食らっても、打ち身だけで済みそうなんだもん」
希は相変わらず太陽のような屈託のない笑顔で、膝をつく龍輝を見つめた。
龍輝は、安堵と自分への怒りと、それと希のあまりのタフさに呆れて、力なく床に拳を突いた。
「……ばっか野郎!!……笑い事じゃねえんだよ。……心臓止まるかと思っただろがっ……くそっ」
航聖がようやく深い長いため息をつき、メガネのブリッジを押し上げた。
「……衝撃値、計算上の限界98%だな。希、君の身体能力がなければ、プロテクターもどうなっていたかだね。でもこれでデータは取れた。僕たちの『盾』は加納家にも通用するようだね」
その光景を、薫は一歩も引かずに見つめていた。震える指先を隠すように腕を組み、毅然とした態度を保ちながら。
(……ええ、これならいけるかもしれないわね)
この狂気な信頼と、それを射せる異常な技術。これこそが彼女が作りたい『場所』であった。
実はこの辺までしか、考えていなかった(笑)
希が可愛いんだ、ホント。




