Act3 放課後までの安息
午後の光が斜めに差し込む教室は、水槽の底のように静まり返っていた。
教師の子守歌のような眠気を誘う低い声と、誰かが教科書のページをめくる音。
その穏やかな退屈さの中で、薫は隣の席に視線を落とした。
そこには制服の腕を枕にして、机に突っ伏している龍輝がいた。
子供のように無防備な寝顔。規則正しい呼吸に合わせて、わずかに上下する肩。
加納家という、特殊な家、一瞬の油断『死』に直結する檻の中で育った彼が、これほど深く意識を手放すことは、本来ならばあり得ないはずだった。
(……本当に、勝手な番犬ね)
薫は自嘲気味に微笑み、ノートをとるシャーペンの音を少しだけ抑えた。
加納家の長い廊下で見た、痣と傷だらけだった少年の姿が脳裏をかすめる。あの日の彼は、痛みに耐えることだけを強いられ、眠る場所さえ安らかではなかった。
だが、今は違う。
薫が履いている革のローヒールが小刻みよく床を鳴らす。そのわずかな響きが隣で眠る彼に「ここは安全だよ」と教える目印になっていることを、彼女は確信している。
キーンコーン、と放課後を告げるチャイムが鳴り響く。その瞬間、龍輝は顔を上げ、瞬時に瞳に鋭い光が戻った。
「__終わったか」
「ええ。よく眠れた?龍輝」
「ああ、あんたのシャーペンの音が妙に落ち着くんだよ」
龍輝はぶっきらぼうにそう言うと気だるげに立ち上がった。
「……行きましょうか。航聖と希が待っているわ。私たちの『たまり場』へね」
薫の言葉に龍輝は何も言わずに頷いた。何度も通ったはずの体育館裏手の古びた扉。その先にある地下への階段を下りるたび、龍輝は自分の内側にある「闘争本能」が目を覚ますのを感じていた。




