Act2 残響と家路
研斗が這いずり逃げて行ったあと、図書室には本来の静寂が戻っていた。
龍輝は開け放った窓から、夜風を取り込んだ。研斗がまき散らした傲慢な残り香を一つ残らず外へ追い出すように。
薫は龍輝がまだそこにいることなど気にも留めない様子で自身の薄型タブレットの画面を無造作に消すと、それをバッグに滑り込ませた。
「……終わったわね。月曜日、また」
ローファの音を響かせ、彼女は扉へ向かう。龍輝は答えず、ただ窓の外を眺めていた。
「さよなら」も「おつかれ」も彼の辞書にはない。
薫もまた、それを期待することもなく闇に消えた。
図書室に残ったのは、冷えた空気と龍輝一人。
龍輝は最後にもう一度だけ、誰もいなくなった闇を見渡し、音もなく図書室を後にした。
【B-Net:希】
『……おーい、龍輝!お腹すいたよぉ。今日の夕飯カレーだよ。早く帰ってきなよ』
インカムから元気な希の声が響く。龍輝は返事をしない。ただスイッチを切る代わりに歩く速度をわずかに上げた。
瑞穂学園の正門を抜け、樹家への道を辿る。朝、家を出る時も、彼は何も言わなかった。「行ってきます」という言葉を知らずに育った彼にとって、無言で家を出て、無言で帰ることは、決して相手を軽んじているわけではなく、それが彼なりの嘘のない歩き方だった。
玄関の扉を開ける。カレーのスパイスの香りが、冷え切った体を包み込んだ。
「あ、やっと帰ってきた!遅いよ龍輝。あたしもう食べ始めちゃうところだったんだからぁ」
リビングから希の騒がしい声が飛んでくる。龍輝はそれに答えることも「ただいま」と口にすることもない。ただ無造作に靴を脱ぎ、自分の居場所へと足を進める。
挨拶のない、静かな帰宅。けれどそこには、研斗が最後まで見つけることが出来なかった、確かな「体温」があった。
何回も失敗して消してしまうこの不器用さ(泣)
チャプター2 終了。 有難うございます。




