2-4
※カクヨム掲載作品です
四人が噴水広場まで辿り着くと、所々に小さな人の群が出来ていた。元々人通りの多い場所だが、流れが不自然に遮られている。道端にある飲食店はテラス席まで埋まり、夜に開く飲み屋すら早めに開店して客を入れていた。
「何か、凶暴な野獣が現れたらしい」
「門番兵が追い払ってくれてるようだが、危険だからしばらくは閉門だとよ」
人混みを縫って歩く中で、市民の会話から情報を吸い上げる。ざわついているものの、人々は兵士に事態を委ねているのが窺えるほど悠然と開門の時を待っていた。
噴水広場を抜けて道を折れ、坂を下る。カレンたちが馬車で抜けてきた門は硬く閉ざされ、槍を構えた二名の若い門番兵によって守られていた。若い兵士達は先頭を歩くハロディを視界に捉えると、バイロンよろしく焦った様子で声を掛けてきた。
「おい、ハロディ! ガウリーとアルトの奴、放っておいて大丈夫なのか?」
「それ、門番の台詞じゃ無いと思うんだけどねぇ……。バイロンから聞いたよ。変な生き物が出たんだって? 様子見がてら確認したいから、とりあえず側防塔に入れてくれないか?」
半ば呆れたようにハロディはそう言って、門の傍にある側防塔を指差した。兵士たちは顔を見合わせ、しばし視線を交わし合う。すんなり話が通らないことにハロディが首を傾げると、兵士たちは彼の背後を覗き込むように体を曲げた。
「あんたはいいけど……その、後ろの奴らはよそ者だろう?」
二人揃ってカレンたち三人に怪訝そうな視線を投げる。ハロディはちらりと後ろを振り返るが、すぐに向き直って微笑んだ。
「僕の客。──意味、分かるだろ?」
兵士たちは再び顔を見合わせ、固唾を飲んで頷き合う。ハロディの一言で、カレンたちには分からない、謎の暗黙の了解が成立したらしい。門番の片方が側防塔の鉄扉に向かい、しぶしぶと解錠した。
「頼むから、問題事は無しだぞ」
「問題事は、壁の外で起こってるんだろ?」
念押しをする門番兵に平然とそう言い返し、ハロディはカレンたちを手招きした。促されるまま訝しげな兵士たちの視線を抜け、ハロディに続いて塔の中へ入ると、そこは槍や剣などの予備武器の他、物資や仮眠ベッドなどが置かれた詰め所のような部屋となっていた。奥には上に続く螺旋階段が設置されている。その先の上階からは他の兵士たちの声と、壁に阻まれていた轟音がわずかに鮮明になって降りてくる。騒ぎが近くなっているのを耳で聞き取り、カレンたちは無意識のうちにごくりと唾を飲み込んだ。
「──これは……戦ってんのは二人なんだよな?」
上を見上げながらタケルが呟く。ハロディはさっさと階段を上りながらそれに答えた。
「兵士たちが様子見してるなら、そうだろうね。まあでも、実際見てもらった方が納得してもらいやすいかな」
「アルト様はお強い方だと存じておりますが……大丈夫なのでしょうか?」
時折思い出したように発生する地響きに、カレンが懸念の声を上げる。それでも先頭を行くハロディは微笑みを絶やさない。
「君らは君らの心配をしてくれよ。城壁歩廊とはいえ何が飛んでくるか分からないからね。──ま、もしかしたらいざって時、君らのことは……”勇者様”が守ってくれるのかな?」
ハロディが殿のタケルに悪戯な視線を向ける。タケルは何か言おうとして口を噤み、手にした弓を握りしめた。
城壁歩廊へ上がると、兵士たちが凹凸の間から覗き込むように下方の様子を窺っていた。そのうちの一人がハロディに気付いて振り返る。ハロディはちらりと下方を一瞥しただけで兵士に向き直り、その間にカレンたち三人は、もはや観客同然となっている兵士たちに倣って下方を覗き込む。周囲を取り囲む堀の向こう側、広大な平原で身構える二人の背中。その先にあるのは一度身を引いたらしい敵の姿だ。大きな獣のように見えるがどこか異様で、アルマへ来る道中に出会した謎の異形と雰囲気が酷似していた。しかも今度は二体いる。
タケルからしてみれば、それも見たことのない巨体の異形だった。一体は狼の十倍以上はあるのではないかと思うほどの巨大な胴体。四つ足は揃って鳥の足のような形状をしていて、鉤爪も持っている。頭も獣というよりは鳥に近く、鋭い目の下にある嘴を大きく開いて咆哮をあげている。身体の制御が出来ていないのか、暴れるように足を動かし、逆立った体毛に紛れて伸びる何本にも分かれた尾がひとつひとつ意思を持っているかのようにしなり、その先端が地面に叩きつけられる度に土を抉っていた。
もう一体は巨大化した馬のような姿をしていた。しかし、額から背にかけて鬣を割って何本もの歪な角が生え、尾には三叉の大蛇が首を擡げて前方に向かって舌をちらつかせている。こちらも制御が効かないのか動きに落ち着きがなく、苦しみを訴えるかのように断続的に嘶いている。二体に纏わり付くのは、海の異形や狼の異形が発していたものと似た、薄く黒い靄だ。
「おいハロディ、ガウリーの奴がひとまず引っ込んでろって言うんだが、任せて大丈夫なのか? 一応外には番兵を待機させてるが……」
「構わないよ。二人が万が一やられることがあったら、気兼ねなく出動してくれ」
焦りの色を見せる兵士に対してハロディは落ち着き払っている。信頼からくるものなのか単なる無責任なのか分からない態度を横目に、タケルは小さく目を見開いた。
「ほ、本当に大丈夫なのでしょうか? 周りの地面がとても荒れているように見えるのですが……」
アルトたちを見下ろしながら口元を覆って眉を下げるカレン。しかしそんな彼女にもハロディは小さく笑って見せた。
「大丈夫大丈夫。それ、アイツらの仕業だからさ」
ハロディがそう言って肩を竦めた時だった。地上から再び激しい音が発生し、城壁にいるカレンたちや兵士たちは一斉に塀から身を乗り出す。同じように地上を見下ろしたタケルは、驚愕の光景に瞠目した。
「な、何だあれ……」
思わず呆けた声が漏れる。食い入るように見つめる視界には、まるで自ら業火を操るように杖を翳すガウリーの姿があった。
彼が持っているのは、スラリと伸びる長い手足に見合った無骨な鎖鉄球ではなかった。テラスから出る際にハロディが手渡した樫の杖だ。その先に嵌め込まれた石の塊から、まるで吹き出すように炎が出現したのだ。彼がひとたび杖を振るえば、それは生き物のように異形に降り注ぎ、鞭のように畝る。すかさずガウリーが再び杖を振るうと、今度はその先から風が巻き起こり、炎を煽って拡散させる。異形たちは火の豪雨に暴れ回り、そのうちの一体である鳥の頭の異形が本能で避けながらガウリーに突進する。ガウリーは長身だったが、異形に比べれば遥かに小さい。カレンが思わず小さく悲鳴を上げた。
「危ない!」
目を閉じるカレンの隣で、タケルは瞬きも忘れて地上の光景を凝視していた。ガウリーに襲いかかる異形に慌てて弓矢を構えるが、その手がぴたりと止まる。何故ならガウリーは逃げる素振りを見せず、杖を地面に叩きつけたのだ。
地響きと共に、杖の下から異形に向かって地面が盛り上がる。まるで何かが地中を走っているかのように隆起が連なる。振動は城壁にも伝わり、誰もが縁に手をついて防御する。タケルも弓を引き絞りながら僅かに蹈鞴を踏んだが、地面の隆起が異形に当たって爆ぜた瞬間、驚愕の表情でそれらを下ろした。
「どうなってるんだ……」
異形の巨体が空中に放り上がる。タケルにはその一瞬の光景が数秒に感じられた。その光景の奥では、もう一体の馬に似た異形が同じ場所で何度も前足を振り上げていた。蛇の頭も激しく地面を突くように何度も動いている。だがそれが一体ずつ動きを止め、だらりと垂れ下がった。そうなったかと思えば次々と蛇の尾が無力化され、前足を振り上げた胴体も動きを止める。まるで異形を翻弄するように疾風の動きを見せていたのはアルトだ。彼女が飛び退って刀を鞘に収めた時、異形は完全に力を失った。
二体の異形が同時に地面に倒れ伏す。そして一瞬の沈黙。茫然と二人の戦いを見ていたタケルの横で、騒動が収まったのを察してカレンが恐る恐る瞼を持ち上げる。彼女が塀から身を乗り出して地上を確認した時、戦闘を終えた二人は何やら向かい合って言い合いをしているようだった。
「ほ、本当にやりやがった……」
「まーた言い合いしてる。さてはどっちが先に片付けるか勝負してたんだな」
呆気にとられる兵士の隣で、ハロディが呆れたように溜息を漏らす。タケルは何事もなかったかのように異形を無視して何やら言い合いをしている二人を茫然と見下ろした。そんな二人を通り過ぎ、地上で待機していた番兵たちが忍び足で異形に近づいていく。一連の光景を黙って見守っていたヴァルターは、眉を顰めて呟いた。
「ば、化け物か、あいつは……?」
彼の瞳には、杖をぞんざいに肩に担ぐガウリーの姿が映されていた。
二体の異形が何重にも拘束された状態で荷台に乗せられ、兵士たちによって運ばれていく。道を開けた市民たちが騒めきながらそれを見送る。荷台を運ぶ兵士たちは噴水広場を抜けると、上層部分へと坂を上がって行く。その先にあるのは、城と上流階級のあるエリアである”ハイフォールド”だ。市民たちは、敷地の門の向こうへと消えて行く兵士たちを見送ると、一斉に互いに疑問を投げ合った。
「お、おい、何なんだあの化け物?」
「知らねえよ! 話によると、平原の向こうから突然こっちに現れたらしい。森の方から来たんじゃねえかってさ」
「街道は無事なのかしら?」
「兵士を送って欲しいわ。明日は旦那がエレヴァンから帰ってくる日なのに……」
互いに語り合う者、兵士に事情を聞きに行く者など様々いるなか、カレンたちはそんな市民たちの間を縫うようにセントラルを抜けた。今度は異形を倒したアルトやガウリーも引き連れ、六人でロワーサイドへの鉄扉へと戻る。迎えたバイロンは目を丸くして一行を迎えた。
「おい、おいおい無事だったか! いや、俺はお前らを信じてたがな」
「万が一があるから様子見てこいって話じゃなかったっけ?」
興奮気味のバイロンに、悪戯なハロディの一言が刺さる。バイロンは誤魔化すように笑うと、気の抜けた表情を引き締めた。
「……で、実際何だったんだよ? 妙な生き物って?」
声を潜め、ハロディの耳元に顔を寄せるバイロン。しかし答えたのはアルトだった。
「何やらちぐはぐな形状をした野獣、といったところだ。だが野獣と違い、人間を恐れるような素振りは見せん。不可解な生物であった」
「──おい、駄弁ってんじゃねぇ。さっさとそこ通せ」
生真面目なアルトの背後でガウリーが舌打ちをする。長身の彼は若干屈むような姿勢でバイロンを睨みつけると、顎をしゃくって鉄扉の解錠を促した。厳つい出で立ちに加え、纏めて肩に担ぐようにして持っている鎖鉄球の柄と杖──近寄り難さが群を抜いている。
「ったく、はいはい」
「まあ、兵士たちには後々上から報告があるはずだよ。夜勤と交代する頃には何かしら情報が得られるんじゃないか?」
諦めたようなバイロンが鍵を開けた途端に鉄扉を潜り抜けるガウリー。それに続きながら、ハロディがそう言って通り際にバイロンの肩を叩く。バイロンは肩を落として溜息を吐くと、カレンたちにも「どうぞ」と先を促した。
「あ、ありがとうございます」
ヴァルターがハロディに続き、カレンがバイロンに会釈をして扉を潜る。その背を追うタケルに、殿を務めるアルト。奇妙な一行を目で追いながら見送ったバイロンは、夕暮れのロワーサイドに続く階段を見下ろしながら鉄扉を施錠した。
一行は夕暮れの道を歩き、再びハロディの部屋へと戻った。日中でも鬱蒼としていた日陰の路地は、赤く染まった空の下、道端のランタンの灯火に照らされてぼんやりと浮いていた。どこからともなく聴こえてくる音楽と賑やかな話し声──日暮と共に活気に満ちて行くロワーサイドは、どうやら夜に目覚めるらしい。ハロディがテラスの窓を開け放つと、夜風と共に楽器の音が室内に流れ込んだ。
ハロディは自室のランタンを点けて回る。彼がランタンを軽く振るとプレートの中に入れられていた石が淡く光り、柔らかい暖色が室内を照らす。タケルは故郷の行燈を思い出しながらぼうっとその行程を眺めていたが、促されてソファに座る。カレンやヴァルター、ハロディも元々座っていたソファに戻り、アルトがカウンターのスツールの上で器用に座禅を組む。ガウリーは重い靴の音を立てながらテラスへと出て行った。
「──さて。それで、何の話してたっけ?」
ソファに背を預けてひと息つきながら、ハロディが呑気に呟く。まるでそれを咎めるように、ヴァルターが咳払いをした。
「海裂災期が再来するのではないか、という話ではなかったか」
「ああ、そうだそうだ。──まあでも僕の中ではその説が濃厚になったかなぁ。さっきの化け物……あれが君たちの言っていた異形だろ?」
「……ああ。海で見たものとは異なるが、少なくともここに来る道中で襲ってきた異形は先ほどの異形と似ていたな」
「そう、か。いや、文献によると、かつて街や人を襲った異形──”モル”の特徴もあんな感じだったらしいんだよ。突然変異というか、変貌したというか……そんな感じ。だからまあ、この星にまた何か起ころうとしてるっていう説はあるのかもしれない」
実際にそうだとしたならば、恐るべきことだ。なのにこのハロディという男、落ち着き払っていて現実味に欠ける。それでなくともカレンやヴァルターにとって、”海裂災期”は歴史上の出来事でしかない。二人は訝しげに顔を見合わせることしか出来なかった。
そんななかで何も知らないタケルが漠然と感じていたのは、”帰るどころではなくなるかもしれない”という不安だった。今まで自分を導いてくれたカレンたちが自らの事で手一杯になるのだとしたら、今後はこの知らない土地でたった一人、途方に暮れながら帰る方法を探さなくてはならない日が絶対にやって来る。──自然と拳に力が入り、カレンたちから視線を逸らす。そんな時、全ての空気を壊す一言が投じられた。
「何だその”カイレツサイキ”とは。よく分からぬが、それより貴様はタケルがアカツキへ帰還する方法を教えてやったのか?」
アルトだ。スツールの上で姿勢良く座禅を組みながらハロディを見下ろし、平然と言ってのける。タケル以外の三人がそんな彼女を見上げ、思い出したように視線を交わした。
「貴様は某にも散々師匠やアカツキの事を聞いただろう。……半分は信じておらぬようだったがな。だが此度のタケルは某と違い、真のアカツキの民と見える。ならば貴様のその無駄に蓄積している知識と掛け合わせれば、帰る方法など容易く見出せると考えたのだが?」
「うーん、アカツキに関しては元々無駄に蓄積出来る情報が無かったからなぁ。タケル君からはわりと詳しい話は聞けたけど、その結果やっぱり分からなくなっちゃったっていうか」
「む、左様か。──では無駄足だったということか」
「そんな無駄無駄って……ほんとに容赦ないんだからこの子は……」
アルトの独特な空気に形無し状態のハロディ。肩を落とす彼に首を傾げるアルト。二人のやり取りに少なからず場の雰囲気が和らいだ。
「まあでも……そうだね。君たちはアカツキへ帰る方法を探りにここへ来たわけだけど、それに関して言えば僕は分からなかったから、結果的には無駄足だった。──ただ、ひとつ提案があるんだ」
咳払いで気を取り直すと、ハロディはカレンとヴァルターに向き直った。崩していた足を戻して姿勢を正し、真剣な眼差しを向ける。カレンたち二人は顔を見合わせると、半ば戸惑った様子でハロディを見やった。
「提案……と、いいますと?」
カレンが僅かに身を乗り出す。するとハロディは不敵に口角を上げた。
「僕らの知識と戦力を買っていただけたら、惜しみなく力を発揮してアカツキ探索に尽力しましょう。僕の見立てでは、アカツキへの道はアルマに留まっていても見つからない。知識と戦力はこれから先、絶対に必要になるはず」
「なっ……⁈」
目を丸くするカレンの隣で、今度はヴァルターが目を剥いて立ち上がりかける。そんな彼を手で制し、ハロディは続けた。
「僕の知識と彼らの戦力は見たでしょう? ウチのギルドはコストパフォーマンスが売りなんです。ロイのところよりは安く済むし、フットワークも軽いですよ」
「貴様、いつからそんな事を──⁈」
突然自分たちを売り込み始めたハロディに、ヴァルターが驚愕の声を上げる。彼の正面に座るタケルは、その顳顬に青筋が立っているのを見た。
「だって──この子がやんごとなきお嬢さんだってことは一目瞭然だからね。せっかくこんな所まで足を運んでくれて、絶妙な出会いをしたわけだし……ちょっと売り込みするぐらい許してよ。──でも、君たちにとっても悪い話ではないと思うけど?」
しれっと宣うハロディに歯噛みしたヴァルターはぎろりとアルトを睨んだ。平然と鋭い視線を受けたアルトが小首を傾げる。
「貴様まさか、最初からこれを企んで──」
「声を掛けてきたのは其方らからであろう。某は心当たりを告げたまで。謀るような真似などしておらぬ」
「ぐっ……確かにそうだ……こいつは全く策士には見えん……!」
握った拳を収めて居住まいを正すと、ヴァルターは深呼吸をした。何やら思考が止まったように動かないカレンの隣で眉間を押さえると、声のトーンを下げる。
「──こちらは事情があって、情報量に見合った報酬しか支払えない。三人纏めて雇うことなどもってのほかなのだ」
「……え、そうなの?」
感情を押さえつけた声でそう告げるヴァルターに、ハロディが間の抜けた声を上げる。それに頬をひくつかせたヴァルターはさらに続けた。
「船の修繕に費用が掛かっているのだ。我々は人を雇っている余裕などない。寧ろ人を雇うために資金繰りをせねばならん」
「……ああ、ええっと……そ、そうなんだ? 見ず知らずの少年のために動いているみたいだから、結構余裕あるもんだと……」
ちらりと視線を流され、タケルが身を引く。同時に彼の心臓が重い音を立てる。不安を隠せず眉根を寄せる少年に、ハロディは苦笑した。
「──じゃあ、残念だけど……ここまでってことにしておいた方がいいのかな? とにかく僕から言えるのは、かつての勇者の行動をなぞってみてはどうかってことぐらいで──」
「いいえ!」
残念そうに肩を落とすハロディが、目の前から突然上がった声に肩を跳ねさせた。彼と同様、ヴァルターやタケル、アルトまでもが目を瞠る。彼らの八つの瞳が捉えたのは、強い意志を秘めた眼差しをハロディに向けたカレンだった。
「わたくしの方から提案させてください」
揃えた膝の上に乗せられた両手の拳が握られている。どこかおっとりとした令嬢の域を出なかったカレンの雰囲気が、凛としたものに変化する。ハロディは内心でその変貌に驚嘆した。
「改めまして、わたくしはイス帝国の貴族、コルニクス家長女、カレンドラ・オルビス・コルニクスと申します。この度、客船事業を各国で進めるためにこの地に立ち寄りましたが……先日の異形の出現により船を大きく損傷し、従業員はこのヴァルターを除いて全て故郷に戻す事態となりました。その際ご助力いただいたタケル様には御恩をお返ししつつ、わたくしたちは事業再開のための資金と人員を集めなければなりません。ですから、今すぐ御三方を雇い入れることは出来ません。──ですが」
眉間を寄せ、真剣な眼差しでカレンが前のめりに訴えかける。ハロディはそのマリーゴールドの瞳を真摯に受け止めた。
「将来的なお話をさせていただけるのならば、わたくしたちは受け皿を用意出来るでしょう。従業員として乗船いただくことを条件に、再開までご協力いただければ相応の報酬を保証いたします。──いかがでしょうか?」
「カ、カレン様⁈」
突然の条件提示に狼狽るヴァルター。しかし彼は、どこか大人びたカレンの横顔を見ると閉口する。タケルも、短い期間ではあるが一度も見たことのない表情を見せているカレンに驚きを隠せない。
突然の提案を受けたハロディはしばし沈黙した後、大きく息を吐いて背もたれにどさりと寄り掛かった。そして天を仰ぐ。そこでは、天井に取り付けられたランタンが暖かな灯火をちらつかせていた。
「──まいったなぁ」
間を置いて、ようやくハロディが呟く。
「君は、僕の……アカツキへの探究心を逆手に取ったわけだ」
そう言って、ちらりとスツールに坐するアルトを見上げる。するとアルトはあくまで冷静な瞳でハロディを見下ろした。
「──……オリヴァーは、相変わらず貴様は碌な仕事もせず、日がな読書に明け暮れていると言っていたが」
アルトの言葉を受け、ハロディは肩を揺らして力なく笑った。そして再びカレンへと向き直る。彼女の瞳は相変わらず真摯なままだ。
「……そうなんだよねぇ」
諦めと期待の入り混じった吐息混じりの声が部屋に木霊する。ハロディはカレンやヴァルター、そして隣で緊張の面持ちを隠せずにいるタケルに視線を移した。そして軽く頭を振ると、肺に残った空気を吐き出すように笑った。
「──わかった。じゃあお互い、お試し期間ってことでどうかな?」




