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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第二章 歴史のお勉強

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 門前の坂を上がり、開けた噴水広場に出る。キャリッジハウス周辺に敷き詰められた狭い宿や小さな飲み屋など、行商人専用のような区画と違って日が差して明るく、活気に満ち溢れている。開放的だったエレヴァンと違い、布面積の多い服装をした街の人々が広場を行き交い、周辺の露店や道沿いの店舗を賑わせている。噴水の周辺では数人の子供たちが集まり、吹き出す水の頂点にある小皿のような石の器に向かってコインを投げて笑い合っている。そんな人々の間を影のようにアルトが先導し、カレンやタケル、ヴァルターの三人は周囲を見回しながらそれに追随した。


「そのハロディという人物は何者なんだ?」


 ”仕事も無く、日がな本を読んでいる”と言っていたオリヴァーの言葉を思い出しながら、顔を顰めたヴァルターがアルトに向かって問いかける。するとアルトはちらりと背後を一瞥すると、静かに答えた。


「──平たく言えば、”勇者”だな」


 その言葉を耳にした三人の時が止まる。足が止まっている後続の気配に気付いたアルトが足を止めて振り返る。道はいつの間にか路地のような場所に入っており、人々の往来の数も減っている。どこからどこまでが誰の家なのか分からない、迷路のような未知の真ん中で、彼らの周辺だけに奇妙な沈黙が下りた。


「「ゆ、勇者⁈」」

「勇者様⁈」


 カレンたちの声が、小高い建物の壁に反響した。通りがかりの人間が不思議そうにそんな彼らに視線を向ける。ヴァルターは咳払いをすると、アルトに先導を再開させた。


「何をそんなに驚くのだ?」

「驚くだろう! 勇者とは伝説の存在なのだろう? ろくに仕事もせずに過ごしている人間が勇者だと? そんな馬鹿な話があるか」


 幼い頃から勇者に憧れを持っていたカレンの心中を汲み、ヴァルターが訴える。するとアルトは短く唸り、小さく溜息を吐いた。


「……某に聞くな。ハロディに会ったら全て奴に聞け」


 説明を丸投げし、アルトは足を進めていく。ヴァルターが恐る恐るカレンを振り返ると、彼の予想に反してカレンは微笑みをたたえていた。


「まさか、タケル様の他にも勇者様がいらっしゃるなんて……」


 隣でそんなことを呟くカレンに、瞳を半分伏せたタケルが肩を竦める。そもそも定義も分からず”勇者”とされ続けている自分に疑問を抱いていた彼は、いよいよ”勇者”という存在価値を疑り始めた。


「まあ、タケルが勇者だという確証だって無いんですがね……」


 ぼそりとヴァルターが呟く。アルトの言う通り、直接会って聞くのが早い。追及は諦め、おとなしくアルトに続くことにする。


 しばらく狭い道を下り、建物の合間を縫うように蛇行する。すると目前に背の高い鉄格子のような柵が現れた。壁の端から端までを塞ぐ左右に広がる長い柵の隅に、一枚の鉄扉が見える。その傍には槍を構えた兵士がひとり。アルトはその人物に向かって歩みを進めていく。


 鉄扉から見えるのは、目下に広がる街並みだ。今まで通過してきた場所よりも狭く入り組んでいるのは明らかで、どこか物騒な雰囲気を醸し出している。丘の一番低い位置に広がっている区画なので外壁が一際高く、ほとんどが日陰となっていて薄暗い。所々からは煙が上がっており、どうやら工場もいくつかあるようだ。カレンたち三人はそんな景色を横目に眺めながら、アルトの背を追った。


「──あれ、アルトじゃないか。帰って来たのか」


 兵士に近づくと、向こうがアルトに気付いて声を掛けてきた。門番と同じ、銀の鎧を纏った年嵩の男だ。頭を覆った兜から覗く顔は無精髭を携え、どこか軽薄そうにも見えた。


「ああ。バイロン、通してくれ」

「……それはいいが──」


 短く応えたアルトから、バイロンはカレンたちに視線を向ける。そして片手を開いて肩を竦め、苦笑した。


「──もしかして、彼らも連れてく気か?」

「無論だ」

「……随分と、高貴そうな御方に見えますがねぇ?」


 品定めするような目線に、ヴァルターがむっと眉間に力を入れる。


「客みたいなものだ」


 事もなげにアルトが言うと、バイロンは再びアルトに振り向き、かがむようにしてその耳元に顔を寄せた。


「客ぅ? あの身なりの人間だったらロイの所に頼むだろう! なんだってわざわざハロの奴に?」

「──詮索は不要だ」

「詮索するだろ。問題起こしたら、通した俺だって責を問われるんだぞ!」

「問題など起こさん!」


 声を潜めるバイロンと、それをしないアルトの問答が続く。するとカレンが二人のもとに小走りに駆け寄り、バイロンに向かって会釈する。慌ててヴァルターがそれに続き、その背をタケルも追いかけた。


「門番の方。わたくしたちはハロディ様というお方に尋ねたいことがあって参りました。それが終わればすぐに立ち去りますので、どうかお通しいただけませんか?」


 カレンに見上げられ、バイロンは百面相をした後溜息を吐く。そしてベルトにつないでいたホルダーの鍵を鍵穴に通して開錠すると、鉄扉を開いた。


「感謝いたします」


 錆びた音を立てて開いた扉に笑みを深め、再び会釈して礼を告げるカレン。その柔らかくも毅然とした態度に感動しつつ、ヴァルターが目頭を押さえている。バイロンはそんな二人と、側に佇む風変わりな格好をしたタケルを見やって再び肩を竦めた。


「最初から大人しくそうすれば良いものを」

「あのなぁ、俺にも色々事情があるんだよ!ったく……」


 やれやれといった風に扉を抜けようとするアルトに、バイロンが反論する。しかしすぐにまた深い溜息を吐き、カレンたちを促した。


「どうぞ。ご存知かとは思いますが、”下”は危険度が増しますからね。俺は言いましたからね」

「あ、ああ……感謝する」


 念を押すように告げるバイロンに戸惑いながらヴァルターが応え、アルトに続こうとするカレンを追う。タケルも、バイロンを横目に一瞥しながらその後に続いた。


「いいかアルト! くれぐれも喧嘩すんじゃないぞ!」


 扉を抜けた先は、壁に沿う狭い下り階段だった。拙い手すりしか設けられておらず、足元を見なければ踏み外しそうだ。すたすたと先頭を行くアルトに、頭上からバイロンの声がかかる。柵越しに尚も忠告する声と表情には必死さも窺える。しかしアルトは声の方を肩越しに振り返り、「ふん」と鼻を鳴らした。


「喧嘩ではない! 手合わせだ!」


 それだけ言い残し、再びさっさと階段を下りていく。カレンが緩やかに彼に向かって手を振り、ヴァルターがそんな彼女に注意を促す。最後尾のタケルは、頭上で大きく肩を落として首を垂れるバイロンの姿を見たが、気にせず彼らの後を追った。





 しばらく慎重に階段を下りると道に出る。同じ石畳の小道だが、その形は歪で所々が欠けている。タケルは下りてきた階段を振り返って見上げる。すると、バイロンのいる鉄柵は小高い位置にあり、その段差で出来た壁に圧倒された。


 圧倒されるといえば、周囲を囲う外壁もそうだ。鉄柵から見た景色とは雰囲気がガラリと変わり、まるで閉じ込められているかのような閉塞感に襲われる。階段付近はまだ景色も開け、日が差しているものの、少し先の路地は日陰だ。深淵と言っても過言ではないような、危険が潜んでいるような雰囲気を纏っていた。


「おい、まさかあの先に入るんじゃないだろうな?」


 ヴァルターが路地の先を指差し、尖った声でアルトに問う。アルトは小さく首を振ると、近場にある四角い建物を指差した。


「いや、そこだ。二階の奥にハロディの部屋がある」


 その言葉にヴァルターがほっと胸を撫で下ろす。そして能天気にも見える背後のカレンとタケルを振り返り、顳顬を押さえた。


「そ、そうか。では早い所向かってくれ。外は居心地が悪い。──まったく、同じ街であるはずなのに、何故こうも様子が一変するんだ……?」


 ヴァルターのぼやきを通りに残し、四人は目的の建物に足を踏み入れた。石煉瓦の外壁の所々に窓が見え、集合住宅であることは分かる。建物の中央にぽっかりと開いた通路のその先は外からは窺えなかったが、入ってしまえばただの通路が続き、部屋の扉がいくつか見えた。


 入ってすぐの階段を上がる。一階は、階段の左右に廊下が続き、片方に二枚ずつ扉が見えた。しかし二階は構造が少し違っていて、階段を上がると左右に廊下が伸びていた。アルトは入り口側の壁際の奥へと進んで行き、奥の扉の前で足を止める。まるでランダムに設置されたかのような他の部屋から隠れるようにひっそりと、木製の古びた扉が彼らを待ち受けていた。


「ハロディ、いるか?」


 扉に向かってアルトが呼びかけると、廊下に彼女の声がわずかに木霊する。壁に取り付けられた燭台は、いくつか壊れて機能しておらず、薄暗い廊下の不気味さが増す。


 程なくして、扉の向こうからガタガタと音が鳴り、タケルの肩が小さく跳ねる。カレンは期待に目を輝かせ、ヴァルターは固唾を飲み、扉が開かれるのを待つ。


「はいはい。やあアルト、おかえり。──あれ」


 扉を開けて姿を現したのは、ダーティブロンドの毛先を遊ばせた、癖毛の少年だった。カレンやタケル、アルトよりは年上に見えるが、充分若い。服装も白シャツにブラウンのチュニックベスト、色あせた革ベルトに、ゆったりとしたベージュのコルセール、履き倒したブーツ──至って普通の出で立ちだ。シャツの首元は開き、袖をまくり、その他ところどころに、そこはかとないだらしなさも窺える。


 カレンとタケルは瞠目し、ヴァルターは眉を顰める。ドアノブを掴んだままそんな三人を見上げ、ハロディという人物は首を傾げた。


「お客さん?」

「そのようなものだ」

「何だい”そのようなもの”って……。あ、ええっと、どうぞ。上がります?」


 ハロディはアルトに向かって苦笑すると、ドアを更に開いて三人に問いかける。彼の向こうには古びた木板の廊下と、奥の部屋らしきものが見える。窓から差した日差しのせいか、まるで洞穴の出口のようだ。


「…………何故こちらに聞く?」


 ぼそりとヴァルターが呟いた。





 廊下に入ると、最後尾のタケルが玄関先でまごついた。ヴァルターが振り返り、タケルが靴のまま入ることに躊躇していることに気づくと小さく溜息を吐く。


「慣れろと言ったろう」

「──わかってるよ」


 エレヴァンの宿に泊まった際、タケルは履き物を履いたまま部屋に上がるのを躊躇った。靴のままずかずかと足を踏み入れるヴァルターに驚き、しばらく扉前から進めず戸惑っていたのだ。ヴァルターは一晩の聞き取りでタケルにある程度の作法を教えた際、そのことについても説明した。結果、何事もほどよく吸収したタケルが唯一拒んだのは”魂食み”で、最後まで躊躇したのは”土足文化”だった。


 ヴァルターに返事をして廊下を進む。廊下の壁にある何枚かの扉を経て、その先の部屋に入る。そこは、これまで見てきた整頓された部屋と違い、巣窟のような空間だった。


 廊下の向かいにある出窓には太い木板を取り付けただけのようなカウンターとスツール。カウンターには開きっぱなしで放置された本と、飲みかけのカップが並んでいる。部屋の中央では、古いソファがテーブルを挟んで向かい合う。特徴的なのは、壁という壁を本棚に改造したかのような、不揃いの景色だ。整理されているのかは不明だが、ぎっしりと本が詰め込まれている。出窓や天井の中央にはランタン。どちらも骨董品のようで、色あせた鉛の色を窓の光に晒している。本棚の一部は土台が何枚か抜かれたスペースがあり、その壁には絵画やタペストリーが貼られている。そのスペースの土台部分には本ではなく様々な置き物が飾られていた。


 ソファの周辺に敷かれた薄いカーペットは木目に沿っておらず、それどころか所々に皺がよってほつれている。それを垣間見たヴァルターは片眉を吊り上げたが、特別何も発言はしなかった。


「まあ、散らかった部屋だけど、どうぞ」

「ご親切に、ありがとうございます」


 ハロディはカウンターの上の本を閉じながら、ソファにカレンたちを促す。三人が並んで座るのには小さすぎたため、ヴァルターはカレンとタケルに座るよう促すと、自らはその背後に控える。


「あ、僕こっちのスツール使うんで、ソファ全部使っていいですよ。あとは、ええっと……お茶お茶」


 ハロディが、立ったままのヴァルターに向かってのんびりと笑いかけた。ぴくりと頬を引きつらせたヴァルターは短く応えると、タケルを向かいのソファに移動させ、カレンの隣に腰掛けた。


 アルトはそんな彼らに反し、出窓脇にある一枚扉に手をかけた。すると、部屋の奥にある暖簾の先に向かおうとしていたハロディがそれに気付いて振り返る。


「あ! 待った、アルト!」


 しかし、彼の焦ったような制止も虚しく扉は開かれる。カレンたちから扉の先は見えないが、アルトは「む」と声を漏らして動きを止めた。


「あ?」


 扉の先から、不機嫌な声が三人の耳へ届く。低く響くような、ハスキーな声だ。


「何だよソレガシ。てめぇ、戻って来やがったのか」

「フン。貴様は相変わらずそうして暇を潰しながら燻っておるのか、ガウリー」


 何やら外の人物とアルトが一触即発の雰囲気となる。思わず立ち上がった三人が出窓から外を覗けば、一階の部屋の天井部分をそのままテラスにした広いスペースで、敷いた布の上に広げた部品や工具を用いて作業中の人物が見えた。日に焼けた、細身だが筋肉質な体が、長い手足を持て余すように胡座をかいている。座っていても一際長身なことは確かだ。髪は半分刈り上げ、上半分を全て細かく編んで頭頂部で纏めている。肩に垂らした一本一本は細い縄のようだ。釣り上がった鋭い目つきに赤い瞳は近寄りがたい雰囲気しか醸し出しておらず、声や口調も相俟って、一見すると山賊だ。


「ああ、顔合わせちゃったかぁ」


 ハロディが三人の背後から呟く。その時、アルトは扉を抜けてテラスへと静かに足を踏み出した。それに合わせて”ガウリー”と呼ばれた青年が立ち上がる。ダークブラウンの胴衣に赤いサッシュ、金の飾りベルト。黒い細身のトラウザーズに同色のホーズを重ね、大振りのショートブーツを履いている。野蛮に見えるが一つ一つは小綺麗だ。ガウリーは手すりに立てかけていた鉄製の長い柄を手に取ると、その先端から伸びた鎖が音を鳴らす。鎖の先に付いた刺付きの鉄球が持ち上がり、重い音を立てて柄から垂れ下がる。


「てめぇこそ、武者修行だとか何とか言って、ただ山歩きしてるだけだろ?」

「何を言う。苦行を己に課してこそ修行というもの。ただ山に籠るだけではないぞ」

「じゃあその修行の成果とやら、見せてみろよ」

「望むところ」


 周囲の空気が震え始める。カレンがハラハラとした表情でヴァルターを見上げる。


「ど、どうしましょう? 喧嘩が始まってしまうのでは?」


 ヴァルターが何も答えられずにいると、その背後であっけらかんと笑う声が響いた。ハロディだ。


「はっはっは。まあ、いつものことなんで、気にしないでください。──おおい、二人とも! 戦うなら壁の外でやってくれよ!」


 扉からテラスに向かってハロディが声をかける。すると、振り返ったアルトは「む」と口を引き結び、ガウリーは舌打ちをこぼした。


「ちゃんと、バイロンに一言言ってから行くんだぞ」

「……承知」


 ハロディの言葉に、アルトがいの一番にテラスの手すりを飛び越え、階下へと消える。それに続こうとしたガウリーに、ハロディが側に立てかけてあった木製の杖を投げ渡す。


「──要らねえよ」

「まあいいからいいから」


 空いている方の手で杖を受け取るが、顔を顰めるガウリー。しかしハロディが笑顔で押し切って手を払うように振ると、再び舌打ちをして階下に消えた。


「さて、と」


 呆然とそんな光景を見ていたカレンたちを尻目に扉を閉じると、ハロディは再び奥の暖簾へと向かう。その向こうに消えたかと思うと、顔だけのれんの間から覗かせて三人に声を掛けた。


「あ、今からお茶入れるんで、ちょっと座って待っててもらえます?」

「え、ええ……ありがとうございます」


 カレンがテラスを気にかけながらもソファへ戻る。タケルもそれに倣って向かいに腰掛けた。


「…………手伝おう」


 眉間を押さえたヴァルターは、暖簾の先に再び消えたハロディを追った。






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