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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第1章 境界を越えた少年

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1-4

カクヨム掲載作品です。




 宿にて一晩の休息を終え、カレンたち三人は次の行動について話し合うため集まった。一人部屋だったカレンがタケルとヴァルターの泊まる部屋を訪れると、休んだはずの二人には未だ疲労の色が残っている。事情を聞けば、ヴァルターによる聞き取りとマナー講座等、様々な講習が遅くまで行われていたらしい。


「ね、寝た気がしない……」

「タケル様……お、お疲れ様です……」


 テーブルに突っ伏すタケルに、向かいに座ったカレンがおずおずと声を掛ける。傍でポットに茶を淹れていたヴァルターは、背中越しにそれを一瞥した。


 筒の付いた球体の形状をしたガラスの容器が土台に取り付けられ、浮いた底面の下にある皿に入れられた透明な赤い石が発光している。その熱を受けてガラス容器の中身である水が沸騰し、内部を蒸気で曇らせながら筒から湯気を出している。突っ伏していた顔を僅かに上げ、タケルはその見慣れぬ光景をぼんやりと観察した。


「カレン様、聞き取ったところ彼の生活様式は、我々とは全く異なるものでした。そもそも脚のついた椅子に座るのも初めてだというのです。食事形式は言わずもがな。主食は穀物や野菜、魚のみで、鳥獣を食すことが堅く禁じられているようなのです。──それこそ、食せば”アヤカシ”という化け物に変態するなどという言い伝えがあるほどに」


 ヴァルターがガラス容器の湯をポットに移すと、茶葉の甘く爽快な香りが辺りに立ち込める。それをしばし寝かせる間、彼によってカレンとタケルの前にティーセットが用意された。宿の備品である白磁のカップとソーサーはシンプルなものだったが、螺旋を描くような凹凸が窓から入る日差しで美しい陰影を描いていた。


「まあ、そういう事情がおありだったんですのね」

「──でも、あんたら、一向に妖になる気配がないな」

「当たり前だろう。肉を食って化け物になった人間など、聞いたこともない。そもそも貴様はそうなった人間を見たことがあるのか?」


 程なくしてカップの中に琥珀色の液体が注がれる。その液体をまじまじと見つめながら、タケルは口を尖らせた。


「…………無いけど」

「ならば単なる伝承でしかないんだろう。──まあ、伝承には成立するにあたって何か理由があるはずだからな。それ自体を批判はしないし貴様に無理強いもせんが、こちらにはこちらの常識がある事は胸に留めておくんだな」

「……わ、分かった」


 注がれた琥珀の液体も、タケルは昨晩に初めて口にした。鼻を抜ける爽やかな香りも、舌を刺激しないまろやかな甘みも、彼にとっては常識から外れたものだったようで、殊更に時間をかけて舐めるように飲んでいた。それでも尚興味津々といった体で今もカップの中身を覗き込んでいる。警戒心の強い獣のようだ。


「それで、カレン様。私はアカツキという国について、ひとつヒントを得たように思います」

「本当ですか! それは、どんな?」


 ヴァルターもテーブルについて、落ち着いた様子でカップを口にする。カレンは両手にしていたカップをソーサーに置き、彼の発言に目を丸くして笑みを浮かべた。


「アカツキではどうやら、食事の際に二本のスティック状の物を扱うそうなのです。これは、東大陸の食事様式と似ているように思います。つまりアカツキとは、東大陸方面の文化圏にある国、と考えることが出来るかもしれません」

「東大陸──というと、”オセル皇国”の総べる大陸……でしたわね」

「ええ。あの未だに排他的な土地柄の東大陸であれば、未開の地が残っている可能性は無きにしも非ず。──それでも国家単位となると、現実的ではありませんがね」

「では、東大陸を訪ねれば……」

「東に行くとなれば長い船旅となります。船の修繕期間も合わせると、かなりの痛手です」


 期待に瞳を煌かせるカレンに、ヴァルターの冷静な声がかかる。訳もわからずちびちびとカップの中身を啜りながら二人のやりとりを見ていたタケルは、カレンの表情が微笑んだまま固まるのを一瞥した。


「──カレン様はそもそも、客船事業を興すために出立なさったはず。我々はこの修繕期間、事業再興のための準備をせねばなりません。その間彼と行動を共にし、アカツキの情報を集め、その後は彼に託す。それだけでも充分な助けとなるはずですよ」

「…………そうですね。わたくしたちは今、たった二人になってしまったんですものね……」


 気落ちした様子で俯くカレン。だがそれでもヴァルターはうろたえず、冷静に手にしていたカップを置いた。


「資金繰りと新たな従業員募集。これは、エレヴァンだけでは為し得ないことです。アルバート様や、……まして旦那様に新たな援助を求めるのも難しい。恐れながら、カレン様にもアンスールの各地を回る覚悟をしていただくことになるかと存じます。──その道中を経て、先の未来がどうなるか……それはまだ、誰にも分かりません」


 カレンが窺うように顔を上げる。不安げな上目遣いと対峙し、ヴァルターはひとつ咳払いをした。


「差し当たり、”現状打開”に尽くすことです。いつものように、朗らかに」


 カレンはどこか気恥ずかしそうにも見えるヴァルターの発言に目を瞠り、小さく微笑んだ。


「ヴァルター、……あなたにはいつも、助けられてばかりですね。──小さな頃から」


 そう言って軽く頭を振ると、カレンは太陽のようなマリーゴールドの瞳に似合う、晴れやかな眼差しを取り戻す。


「そうですね。これ以上お兄様のお手を煩わせることも出来ません。手紙を読んだら何かしら知らせが来るかも知れませんが……わたくしたちで出来る限りのことをしなくては」


 カレンはカップの中身を飲み干し、タケルに向き直った。ほとんど彼らの会話を聞き流してカップの中身と闘っていたタケルは、突然視線を向けられてピタリと動作を止める。


「タケル様、どうか現状を悲観なさらないでくださいね。わたくしたちは窮地に立たされた者どうしですが、きっと未来は良くなるはず。……そのためにもまず街へ出て、情報収集とまいりましょう!」


 荒波の船上でタケルを”勇者”と呼び、強引なまでにここまで彼を導いたカレン。雨風に晒されてもなおその手を取り、日差しのような微笑みを見せていた。あの時の同じような笑顔を向けられたタケルは、押されて僅かに身を引きながらも、小さくひとつ頷いた。






 エレヴァンの街は、休息を知らないかのように今日も賑わっている。カレンたちは昼に宿のチェックアウトを済ませると、喧騒の中へと繰り出した。資金繰りや新たな従業員の補填について目処を立てつつ、アカツキの情報収集をする。三つの使命を携えて街を歩けば、もともと鮮やかだった街並みがさらに色づく。先は見えないが希望が無いわけではない。そんな思いが彼らの足を動かしていた。


「従業員でさしあたって必要なのは航海士・料理人・戦闘員・船匠……給仕に関しては私が担当出来ますが、余裕があるならば追加要員と──あとはお客様を楽しませる楽師や遊芸師も揃えたいところです。船自体は万全の状態になるとして、再興には食材調達や、従業員の当面の給金などの事前資金が必要となります。資金繰りには……陸地で出来る商売を始めるのが手っ取り早いでしょう」


 宿を出る前、ヴァルターは当面の目的についてそう提案した。どこかの店で働くことも考慮していたカレンは、予想だにしなかった彼の言葉に小首を傾げた。


「陸地で出来る商売?」

「そうです。幸運にもこのアンスールという大陸は、行商が盛んな地。つまり誰もが物を売って商売にする可能性を秘めています。例えば店を構えずとも、武器店や工具店が必要とする”素材”を入手し、それを店や工場に対して売ることも出来る。特にアンスールでは魔石や鉱石のレートが高いようなので、その辺りが工面できれば、当面の生業になります」


 ヴァルターの言う通り、エレヴァンの中央広場には簡易的なシェードだけで成り立った露店が立ち並んでいる。毎日同じ場所で商売をしているわけではなく、入れ替わり立ち替わりで物が流通しているのだ。それに加え、大きな荷物を背負って街を歩き、流動的に商売する者もいる。アーミル家が手がける港の事業以外に関しては割と寛容なのである。


「ですが、魔石や鉱石を集めると言っても……どのようにして手に入れればよいのか……」

「私も、外での力仕事には正直自信はありません。ですが、我々には今──得体の知れない、彼がいます」


 清々しい笑顔で指し示されたタケルは、盛大に眉を寄せる。しかしヴァルターは意に返さずに続ける。


「山育ちということでしたし、サバイバルや戦闘面にも期待出来ます。──あの異形を一撃のうちに倒したわけですからね。それに、ただ着いて来られるだけではただのお荷物です。彼にも出来ることをしてもらわなければ、割りに合いません」


 バッサリと断言されて半ば縮こまるタケルだったが、至極真っ当な正論なのでぐうの音も出せない。だがせめてこれだけはというように進言した。


「……でも俺、山で山菜採りとか的当て修行しかしたことないぞ。その、”ませき”とか”こうせき”も知らないし……それ取ってくるのって、俺に出来ることなのか?」

「鉱脈の知識や情報、必要な道具があれば問題無いだろう。貴様の戦闘力は野獣に襲われた時の保険にもなるだろうしな。──だが確かに、少々強引過ぎる手ではあるか……」

「やはり、どこかのお店に従事するのが妥当なのでは? わたくしは全く構いませんよ?」

「いいえカレン様。社会勉強としてその案は一理あるのですが、それだけは旦那様がお許しになりません。”コルニクス家”の名を掲げてしまった以上、異国の地でカレン様がそのような事をなさったと伝われば、お立場に関わる事態となるでしょう」

「──そう、ですね……」


 居た堪れない空気となった二人を、タケルは眺めることしか出来ない。しかしどうやら何かのっぴきならない事情があるのだろうということだけは察することが出来、黙って様子を見守るにとどまった。


「まあ、まずは情報収集といきましょう。座っているだけでは案も浮かびません。一度宿はチェックアウトして、夕刻頃に再度方針を改め、留まる必要があればまた改めて宿を手配することにいたします」




 そうして三人は、不安を携えながらも意気揚々と街に繰り出したのだ。ヴァルターを中心に行商人や露店の店主に話を聞いて回る。幸いなことに、商売敵になり得る情報であっても快く提供してくれる商人が多く、三人はその豪快な気質を持ったエレヴァンの人々に少なからず心を救われた。


「鉱石採取はキャラバン隊に同行する必要があるのか……思ったより鉱脈まで距離があるようですね」

「わたくしはそれでも構いませんが、お二人はいかがですか?」


 ひと通り街を回り、夕刻前に三人は一度カフェテリアのテラス席で腰を落ち着けることにした。あまり路銀に余裕が無いので、それぞれ紅茶一杯のティータイムだ。


 情報収集により、彼らは鉱脈を回るキャラバン隊の存在を知ることとなった。キャラバン隊は鉱脈と周辺の街や国家を回りながら、隊列を組んで行商をする一団だ。志願したとして、エレヴァンに再度戻るのはかなり先となる。乗り気なカレンに対し、ヴァルターは渋い顔のまま顎を摘んだ。


「我々は良くとも、相手方が却下するでしょう。聞けば、山賊や夜盗、野獣に対抗する戦力も必要になるようです。私やカレン様には戦闘能力がありません。タケルにだけは許可が下りるでしょうが、一人にするのはかなりのリスクです」


 ヴァルターは眼鏡のブリッジを上げようとして空振りする。売ったことを失念していたようだ。カレンとヴァルターが異口同音に唸り、タケルがそんな二人を交互に見やる。山で自給自足の生活をしていたタケルにとって、彼らの話は理解するのに時間を要するものなのだ。


「……その、鉱石ってやつを集めるしか無いのか? 昨日あんたが目につけてたやつと交換したみたいに、他の物とあの紙切れを交換すればいいんじゃないか?」


 おずおずとタケルが発言すると、カレンとヴァルターは目を丸くして彼に振り向いた。その四つの瞳に捕らえられ、タケルはわずかに身を引く。


「お、お前まさか……金の概念も無いのか? どこぞの貴族令息でもあるまいに」


 驚愕の声を漏らすヴァルター。タケルがぎこちなく頷くと、彼は額を抑えて項垂れた。


「カレン様とは違った意味で、一人に出来ん存在だ……」

「大丈夫ですよヴァルター。タケル様にはわたくしがついています」

「……」


 助け舟のつもりで発されたカレンの提案に、それまでどんなことがあっても彼女に応えてきたヴァルターの口は、言葉を紡げなかった。片手を軽く翳して返事の代わりとし、脳内の混乱を抑えるように頭を振る。


 その時、表の通りがざわめいた。項垂れるヴァルターを励ますカレン──そんな二人越しに、タケルがそちらへ所在なさげに視線を向ける。すると、視界の奥の人混みが割れ、それがだんだんとこちらに近づくのが見える。小さな悲鳴の混じった騒めきも同時に接近し、状況が判明する。どうやら人混みを縫って誰かが走ってきているようだ。


「捕まえて! スリよ!」


 追随する位置から、そんな女性の声がタケルの耳に届く。すると、通りにいた人間の一人がすれ違いざまに走る相手に足を掛ける。つまずいたのはどうやら男で、彼は速度を制御出来ずに蹈鞴を踏み、タケルたちのテーブルへと急激に近づいた。


 そこで気づいたカレンとヴァルターが視線を向けた時、とうとうバランスを崩した男が、三人のテーブルの上に倒れ込む。ティーセットが床に落ちてけたたましい音を立て、破片が飛び散る。男はすぐに体勢を立て直し、再び走り去っていく。


「な、なんだアイツは⁈ カレン様、大丈夫ですか? お怪我は⁈」

「え、ええ。わたくしは大丈夫です」


 突然の出来事に驚きつつも悪態を吐き、カレンを気遣うヴァルター。カレンは戸惑いつつも何とか応え、男を視線で追う。タケルは立ち上がり、背に装備していた弓に手をかけた。黒い瞳が男に標的を定め、もう片方の手が矢筒に入った矢に触れる。


 だが彼が次の動作に移る前、一陣の風が人混みを貫いた。通りにいた人々の服や髪を巻き上げ、その名残がタケルたちの髪と頬を撫でる。間も無く男の悲鳴と周囲の人々の声が湧き、気づけば少し離れた位置に人だかりが出来始める。カレンはテラスの柵に両手をついて身を乗り出し、その様子を見ようと試みた。


「──何だ? どうなったんだ?」


 床に散った破片を気にしながら、ヴァルターも人だかりへと視線を向ける。何が起こっていたのか理解していない二人とは違い、タケルは一部始終を目の当たりにしていた。


 向かいの宿から出てきた人物が、風の如く一瞬にして男の元へと距離を詰め、携えていた武器を駆使して一撃のもとに地に伏せさせたのだ。その洗練された動きもそうだが、タケルが食い入るように見たのは、その人物が携えている武器だった。


「あれは──刀だ」

「タケル様⁈」

「おい! 急にどうした⁈」


 呟くと同時に、タケルは柵を飛び越えて人だかりへ飛び出す。カレンやヴァルターの声も気にせず人の輪に身を投じると、そこには、うつ伏せに倒れた男の背中を押さえつける人物の姿があった。


「スリだという声が聞こえたが、此奴は誰に引き渡せばよいのだ?」


 その人物は周囲の人物を見上げ、静かに問いかける。耳のあたりで切りそろえたプラチナブロンドのショートヘアに白い肌。しかし痩身にぴたりと張り付くような服の色は全て黒で統一されている。地面に垂れるほど長い裾の首巻すら黒で、まるで影のような人物だ。


「ああ、ありがとうございます! 助かりました。ぶつかりざまに、財布を盗まれたんです」


 息を切らした女性が人混みを掻い潜って輪の中心に現れ、息を整えながら礼を告げる。すると影のような人物は徐に、倒したスリの懐を探る。程なくして皮の財布を手に取ると、女性に向かって掲げた。


「これのことか?」

「そうです! 本当にありがとうございます! あの、あなたのお名前は……?」

「──アルトと申す」


 財布を両手で受け取って中身を確認し、それを手にしたまま尋ねる女性の目は心なしか潤み、頬がわずかに赤らんでいる。しかし、アルトと名乗った人物はそれに気付いていないのか、短く名乗っただけで再びスリを抑え直した。


「此奴は自警団へ渡せばよいのか?」

「あ、ああそうだ。しかし、見事だったな坊主! 俺は何も見えなかったぞ!」

「坊主ではない。──それより、自警団はどこにおるのだ?」

「はいはい、俺だよ! いやあすまないね、俺たちの仕事だってのに」

「構わん」


 褒め称える年嵩の男にも、後から現れた自警団の青年にも素っ気なく返すアルトという人物に、タケルの目は釘付けとなっていた。


「あの、アルト様! 是非なにかお礼をさせてください!」


 タケルとは別の意味でアルトに釘付けとなっていた被害者の女性が、感極まって近寄り、スリを引き渡しているアルトの手を握る。タケルがそんな光景に既視感を覚えていると、事態は突如として一変した。


「ち、ち、近寄るでない!!!」


 それまで冷静だったアルトが、大声を上げて飛び退った。表情は慄いているようだが見事に赤面した顔面を晒し、それまでは洗練されていた動きも、どこか間抜けに感じる態勢で女性から距離を取ったのだ。周囲がどよめき、女性が呆然と立ち尽くす。一瞬の沈黙ののち、アルトは誤魔化すように大袈裟な咳払いをした。


「いや、その……なんだ。お主が気にすることはない。故に礼も要らぬ。某は通りがかりに罪人を捕ったまで」

「は、はあ……?」


 頬を染めていた女性も首を傾げ、気の抜けた声を漏らす。一風変わった様子のアルトに、どうやら芽生えかけたものが冷めたようだった。


「そ、”某”……」


 程なくして人の輪が解散していく。しかし、その一方でタケルは期待に満ちた呟きを漏らしていた。周囲の人間は耳慣れぬ様子だったその一人称は、タケルにとっては耳馴染みのあるものだったのだ。意図せず足が進み、アルトへと距離を詰めていく。そんな彼を、アルトの鋭いアンバーの瞳が捉えた。


「あ、あのさ……あんた、アカツキの人間か?」


 身長のさほど変わらないアルトをわずかに見下ろし、おずおずとタケルが尋ねる。しかし、希望はすぐに砕かれた。


「違うぞ」


 容赦の無い答えに、タケルが肩を下げて項垂れる。よくよく考えれば、アルトの容姿はアカツキの人間とはかけ離れている。その事実を無視して希望を託したタケルは、現実に打ちのめされた。


「──アカツキならば知っているがな」


 まるで地獄の淵に立たされたように消沈するタケルの耳を、再び容赦無く感情を揺さぶる冷静な声が襲う。まるで天地に翻弄されるかのように、タケルの心は再び浮上した。


「ほ、本当か⁈」

「本当ですか⁈」

「な、何だと⁈」


 思わずアルトに詰め寄るタケルの声と同時に、背後から二つの声が重なる。カレンとヴァルターだ。店の精算を済ませ、タケルを追って来ていたらしい。


 三人のあまりの勢いに、アルトは若干の戸惑いを浮かべた表情で一歩後ずさる。しかしその視界にカレンを捕らえると、ぴしりと固まった。


「な、な、何だか知らぬが、そう容易く距離を詰めるでない!」


 再び赤面し、どんどん後ずさるアルト。しかし三人は情け容赦なく、興奮のままにじりじりと詰め寄った。





 騒動が治まり、通りには日常の喧騒が戻る。カレンたち三人は、偶然に出会したアルトという人物に事情を告げると、場所を移した。賑わいから少し離れた、小高い位置にある教会──そこは、エレヴァンの中でも一際落ち着いた場所だ。海を一望出来る庭のガゼボも夕方となれば無人となる。日の落ちかけた街中では商店に代わって飲食店が特に賑わうため、自然と人はそこに集まっていくのだ。


「それで、お前は何者だ? アカツキを知っているというのは本当なのか? 一体どこにあるんだ?」


 ガゼボ内のベンチに座ると、早速ヴァルターがアルトに詰め寄った。縁のある筈のタケルは口下手なため、問答を彼に委ねるように何度か頷く。その隣で、カレンは期待に満ちた瞳をアルトに向けていた。


「某は、身寄りのないところをアカツキのサムライに拾われ、そのまま師事したサムライだ。数年前に師匠と分かれ、今は武者修行の旅をしつつ要塞国家アルマに身を寄せている」

「──つまり、どういうことだ? アカツキがどこにあるかまでは知らんということか?」


 趣旨のずれた解答に眉を寄せたヴァルターがさらに詰め寄る。アルトは臆せず彼に視線を返すと、淡々と頷いた。


「ああ。アカツキに戻らねばならぬ用が出来たと言っていたが、師匠には何やら深い事情がある様子だったのでな。快く見送った。某は十年近く師匠と各地を回り、世話になった身。せめてもの感謝の意を込め、深入りも邪魔もせず、この地にとどまることにしたのだ」


 ヴァルターがあからさまに落胆の表情を見せる。そして眉間を押さえると、溜息を吐いた。


「それではその”サムライ”とやらが、本当にアカツキの者だったかどうかすら疑わしいじゃないか。流石に楽観視しすぎたか……」

「何を言う。師匠は嘘など吐かぬ。お主、愚弄する気か?」

「ああいや、すまない。そうではない」


 僅かに眉を寄せて口角を下げるアルトに、ヴァルターは素直に謝罪を述べる。気まずい空気を一掃したのはタケルだった。


「いや、嘘じゃないと思う。侍ってのは、国をまとめる身分の人間なんだ。それにその刀──侍や士族だけに持つことが許された武器だ。あんたそれ、どうやって手に入れたんだ?」


 問われたアルトは徐に腰の帯刀ベルトに取り付けた鞘から刀を抜いた。全体的に細いフォルム、小さな鍔、微かに湾曲した刀身、美しく波打つ銀の刃紋──カレンやヴァルターからしてみれば、見たこともない武器だ。一般的に普及している剣とは全く異なる形状をしている。


「妖刀”風切カゼキリ”。某が師匠から賜った物だ。外側は斬らぬが”芯”を貫く、使い手を選ぶ刀だと言っていた」


 刀を鞘に戻すと、アルトは問うような瞳をタケルに向ける。タケルは大きく頷いた。


「長さ的に”脇差”だと思う。侍や士族は、本差の予備として小さい刀と合わせて二本差ししてる人が多いんだ。アルトは二本のうちの一本をもらったんじゃないか?」

「いかにも」


 タケルの様子から、アルトの発言の信憑性が確立されていく。すると、ずっと黙して見守っていたカレンが瞳を輝かせて小さく身を乗り出した。


「素晴らしいですわ、アルト様の元にも勇者様が現れていたなんて!」


 距離を取るように身を引き、アルトは動揺を隠す咳払いをした。


「ゆ、勇者? 何を申しておるのだ、サムライだと言っただろう」

「アルト様はそのサムライの方に助けられたのでしょう? わたくしたちも、このタケル様に助けられたのです。どこからともなくいらっしゃって、海に現れた巨大な異形から、わたくしたちの命と船を守ってくださいました。きっと、タケル様は伝説の勇者様に違いありません。あなたのお師匠様もタケル様と同じ国からいらっしゃった、勇者様だったのでは?」


 勇者の話となると興奮の拭えないカレンに押されつつ、アルトは怪訝そうに顔を顰めた。予想外の反応に、カレンが身を引いて首を傾げる。見かねたヴァルターが説明のために口を開きかけた時、アルトから衝撃の言葉が飛び出した。


「勇者などアルマに腐る程いるではないか。伝説でも何でもない」


 時間が止まったような沈黙。固まったのは主にカレンとヴァルターだ。勇者勇者と散々カレンに持て囃されたタケルも目を瞠る。思いもよらぬ反応に、アルトの瞳が彷徨う。


「ゆ、勇者様が、腐る程……?」

「伝説でも、何でもない……?」


 勇者の伝説を信じて疑わず、憧憬の念を抱き続けてきたカレン。そんなカレンから散々、神話のように語られる伝説を聞かされてきたヴァルター。二人がそれぞれ別の意味で愕然とした声を漏らすなか、困惑していたタケルの瞳にアルトの鋭い眼差しが向けられる。


「──それより、海に現れた巨大な異形とは一体何だ? 如何程の強さだった?」


 素っ頓狂な問いを投げるアルトに、即答できる者は誰も居なかった。









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