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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第1章 境界を越えた少年

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1-3

カクヨム掲載作品です。



「ほ、本当に我々だけ帰還してもよろしいのでしょうか?」

「そんなことしたら旦那様が……」


 濃紺の制服に身を包んだ十数名の従業員が一様に戸惑いの表情を浮かべ、微笑みをたたえて立つ目の前のカレンに伺いを立てる。年嵩の者も若者も関係なく、皆何かを恐れるように眉根を寄せている。


「ええ、ご安心を。ただし戻りましたら、まずお兄様にこちらの手紙をお渡しください。お兄様なら事情を汲み、みなさんの身の保障をしてくださるはずです」


 そう言ってカレンは一枚の封筒を彼らに差し出す。青いシーリングスタンプで封をされたベージュの封筒はシンプルだが、縁に繊細な模様が描かれていて格式高く見える。受け取った従業員は仲間たちを振り返り、尚も不安げに顔を顰めた。


「今回のことは天災のようなものだ。それでもカレン様のご厚意で帰還の資金まで渡しているというのに、まだ何か要求があるというのか? 厚かましいにも程があるぞ」


 いつまでも煮え切らない態度を見せる従業員たちに、ヴァルターが眼鏡越しに鋭い視線を向ける。この青年はもとより破格の対応をするカレンと、素直に感謝を返さない従業員たちに苛立ちを隠せていなかった。誤魔化すように、組んだ腕の指先が小さく動いている。


「イスへ戻る貿易船が停泊中だったのは幸運でした。みなさんにはご迷惑をおかけしましたが、今のわたくしでは、彼らに掛け合ってみなさんを故郷にお戻しすることが精一杯。どうかご容赦くださいませ」

「カ、カレン様! 何ともったいないお言葉」


 今にも口を挟みそうなヴァルターを制し、カレンは従業員たちに背後を指し示す。そこには荷物を積み、出航準備を始める大型船が停泊しており、タラップの側で管理者が積荷の確認作業をしている。ベンダバール号の従業員は全員がこの船に乗船し、昼前には北大陸へと帰還する手筈となっていた。


 不安の拭えない様子の従業員ではなく、残るはずのヴァルターの方がカレンに応えている。そのちぐはぐなやり取りを、途方に暮れたタケルが黙って眺めていた。




 西大陸の玄関口である海港都市──エレヴァン。複数の発着所を持ち、毎日のように大小数多の商船や貿易船が行き交っている。故に街は品物と人に溢れ、道端にも商品を並べるシェードが立ち並び、呼び込みの声で賑わっている。家並みは白壁で、整然とした石畳が続く。そこに彩りを添えるようにウォールアートやフラッグが揺れ、軒の間には色とりどりのランプが吊るされ、日差しに反射して煌めいていた。


 最大の目玉は港の奥にある船のドックだ。エレヴァンの領主であるアーミル家が営む最大の興業とも言える。あの荒波と嵐で損傷した船を酷使し、命辛々帰還したベンダバール号は、ドックの船大工によって長期修繕が必要と診断された。客船事業の要である客船が動かないとなれば、事業はほぼ頓挫したも同然だった。カレンは、備えていた資金を船の修繕と従業員の旅費にほとんど費やした。よってもはや、ほとんど無一文状態となったのである。


「やあ、まだこちらにおられましたか」


 従業員を貿易船へと見送っていたカレンたち三人のもとに、背後から声がかかる。三人が振り返ると、身なりの整った若い男性が微笑みながらこちらへ向かってくる。その姿を見たカレンとヴァルターは目を瞠った。


「リアム様ではございませんか! この度はこのようなこととなってしまい、大変申し訳ございませんでした。──ご両親のご様子はいかがですか?」

「そんなに畏まらないでください。コルニクス家のご令嬢ともあろうお方が」


 リアムはそう言って苦笑した。


「立派な船と対処のお陰で、父母は軽症で済んでます。──それも、自ら躓いてのことですから、ピンピンしているのでお気になさらず。……それより、これからどうなさるのかと思いまして、こちらにお伺いしたのです」


 リアムと呼ばれた男性は、アーミル家の若き当主だ。最近になって父親の跡を継ぎ、エレヴァンの興業を取りまとめている。前当主であるエルド・アーミルはその妻、シャールと共に客船事業の最初の客となったのだが、今回のことで軽い怪我を負って屋敷に戻ることとなった。事業許可を快く出してくれた人物であっただけに、カレンはその容態を気にかけていた。


「そうですか、安心しました。──わたくしたちは船の修繕が終わるまで留まらなければなりません。しばらく身を寄せる場所など、これから模索するつもりですわ」

「……それでしたら、終わるまでの宿を手配いたしましょう。船の修繕費でお困りのことと存じます。アーミル家当主として、コルニクス家の方を路頭に迷わせることなど出来ませんから」


 リアムの申し出に、カレンとヴァルターは軽く目を見合わせる。しかしそれはすぐに解かれる。カレンはリアムに向き直って会釈をすると、丁重に首を横に振った。


「ありがとうございます。ですが、すでに修繕費を大幅に下げていただいておりますので、それだけで充分でございます。それにわたくしたちには行かなければならない所がありまして……お気持ちだけ頂きます。感謝いたしますわ」


 カレンの言葉に曖昧な表情を見せ、食い下がろうとしたリアムだったが、背後に控えるヴァルターの冷えた視線に苦笑すると、肩を竦めた。


「そうですか。──では、何か困ったことがございましたら、お気軽に屋敷をお訪ねください。その時は喜んでお力添えいたします」

「ええ、ありがとうございます」


 リアムは会釈をすると、ドックの方へと去っていく。その後ろ姿を眺めながら、ヴァルターが口元を歪めた。


「あの男、コルニクス家に取り入るつもりです。カレン様、その調子で絶対に隙を見せてはなりませんよ」

「もう、ヴァルター、あなたは人を疑いすぎです! それに、いくらわたくしに取り入ろうと、お父様があの方を受け入れてくださるとは限りません。今はただ、修繕費で援助してくださったことに感謝だけいたしましょう」


 二の句を継げないヴァルターの言葉が詰まったところでひと通りの話がまとまると、二人は揃って背後を振り返る。その視線の先には、所在なさげに柵に寄りかかり、口をひき結んだタケルの姿。カレンはタケルに駆け寄ると、両手を組んで眉尻を下げた。


「タケル様、大変お待たせいたしました! これでひとまず、わたくしたちの身はいったん自由となりました」

「…………ああ」


 微笑みかけるカレンとは対照的に、タケルはすっかり沈み切っている。返事もどこかおざなりで、”心ここに在らず”といった様子だ。見兼ねたヴァルターが眉根を寄せた。


「あらかた事情は聞いたがな……貴様の言う”アカツキ”という国は、地図には存在していない。いくらこの”ノヴァ”の大地が単純な四大陸とはいえ、未だ観測されていない土地もあるだろうが……それも小島や孤島ぐらいのものだろう。国家単位のものが未開の地となっているとは、とてもじゃないが考え難い」


 異形を倒した後、エレヴァンヘ帰還する船の中で、カレンたちはタケルの証言を聞き取っていた。しかし彼の口から語られる国や土地、習慣──どれひとつとっても二人には耳慣れないものばかりで、話が一切噛み合わなかったのだ。それはタケルも同様で、広大な景色、人々の服装、髪や瞳の色に至るまで、何もかもが初めて見るもののようだった。


 はじめのうちは「帰りたい」と必死に訴えたタケルだったが、相手の反応の薄さ、異世界のような景色にだんだんと現実に打ちのめされてゆき、エレヴァンに到着すると、とどめを刺されたように静かになった。もうどうしようもないと悟ったかのように、魂の抜けたような表情で海を眺めていた。


「でも、タケル様が”アカツキ”という国からいらっしゃったというのは事実なのでしょう? でしたらきっと、どこかにあるはずです!」

「しかしカレン様、我々は我が身も危うい状況です。ひとまず一晩の宿はなんとかなりそうですが……彼の手助けをする余裕などありませんよ」


 目を輝かせるカレンの言葉に、ヴァルターの忠告の矢が刺さる。口を噤んだカレンを見て、ヴァルターは掛けていた眼鏡を外し、眉間を押さえた。


「──差し当たり、どこかに身を落ち着けて今後について話し合いましょう。どこかに古物屋があればいいのですが……少々歩いても?」

「……ええ、そうですわね」


 気落ちしたカレンは返事をすると、傍のタケルを見上げる。カレンたちとは違い、タケルは為す術なく途方に暮れている。勇者かどうか以前に、自分たちを救ってくれた彼にどうにか何かを返したい──カレンは胸の奥にそんな思いを秘めていた。




 昼下がりの賑わいを縫うように、商店の並ぶ大通りを進む。鮮やかな色合いの服、色とりどりの髪と瞳の色、自分とは全く異なる格好をした人々。見慣れぬ街並みと相まって、それらがタケルの視界を容赦無く埋め尽くす。逆に浮いた存在となっているタケルを、街ゆく人が物珍しげに横目で流し見する。他意を感じずとも居心地の悪さは拭えない。街の騒めきが遠くの水音のように聞こえ、タケルはすっかり黙ってカレンたちの後に続いていた。


「タケル様、この街はわたくしたちも隅々までは回れていないのです。港以外はほとんど初めて訪れましたのよ」


 カレンが励ますように声をかけるが、反応は薄い。立ち直るには時間を要するようだった。ヴァルターは最初だけはそんなタケルを嗜めたが、すぐに溜息を吐いて二人の先導に専念する。そしてしばらく歩いて路地裏に古物屋を発見すると、店内に足を踏み入れた。


「いらっしゃい」

「ああ、店主。これを見てほしいのだが──」


 奥のカウンターに座る老店主の元へ行くと、ヴァルターはカウンターの上に外した眼鏡を丁寧に置いた。見慣れぬ代物に目を丸くした店主は身を乗り出し、ルーペを手にしてそれを覗き込む。背後で様子を見ていたカレンは、二人のやり取りに目を瞠った。


「ヴァルター、いけません! それは──」

「いいのです。これを手放したところで、私の視力には影響しませんから」

「そういう問題では……!」


 カレンの指先がヴァルターの袖を掴みかけるが、止められる。何やら事情がありそうなやり取りが行われるが、店主は気にせず眼鏡の検分を進める。タケルはその手の中で回されている見慣れぬ一品をぼんやりと見つめていた。


「これは素晴らしい。視力を補填する道具かい? 意匠も優れておる」


 やがて、老店主は検分を終えるとにこりと笑った。ヴァルターはカレンを抑えて店主に向き直ると、更なるダメ押しをする。


「ああ。硝子部分に”ルミナイト”の成分が混ぜられている。使用者の”ナチュラ”が”光”ならば、夜目すら利くぞ」

「なんと! こんな貴重品、一体どこで手に入れたんだい?」

「──そんなことはどうでもいいだろう。いくらで買うんだ?」


 店主は「ふむ」と一呼吸おくと、三人に順繰りに視線を向ける。そして再び「ふむ」と顎を撫で、ヴァルターを見上げた。


「──千ヴァルク」

「馬鹿にしているのか?」


 眉間に皺を寄せ、ヴァルターが店主の提案を一掃する。すると店主は苦し紛れに笑い、両手を振った。


「冗談だよ。五千ヴァルクでどうだい? 日用品だろう?」

「──まあいいだろう。いくらで棚に並べるか見ものだがな」


 引き留めようとするカレンを尻目に、取引はつつがなく進められる。やがて眼鏡と交換に、ヴァルターは数枚の紙幣を手に入れた。




 路銀を手に入れた三人は、ヴァルターの先導で宿の手続きを済ませた。いくつかある等級の中でも、中間の宿を選んで二部屋を借りる。ヴァルターの私物で工面した路銀ということもあり、カレンはもっと等級を下げてもよいと進言した。しかしヴァルターも最低限の防犯性だけは譲らず、折衷案を取ったのだ。部屋を得たことでようやく身を落ち着けると、三人は宿の食堂に下りて軽食をとることにした。


「本当に良かったのですか? お祖父様にいただいた物だったでしょう?」

「──そのお話はもうよいのです。そうおっしゃると思ったので、本当はお連れしたくなかったのですが……」


 カレンは水を一口飲むと、そっとカップの縁を撫でた。気丈に振る舞っていた瞳には疲労が滲んでいる。ようやくの憩いのひとときなのだ。無理もない。


 深夜に港に到着し、船をドックに預け、客を屋敷に返し、荷物を整理して従業員を帰らせる──食事をとる暇もなく動いたのだ。だが今後の事も決まっていない。空になった胃を膨らませ、身を清めて眠り、思考を働かせなければならない。カレンとヴァルターだけならまだしも、何もままならないタケルを連れているのだ。彼はカレンにとっては憧れの存在であり恩人だ。ヴァルターとしても、船を救った恩人であることは確かだと認識している。


 だがヴァルターが二人を残して一人古物屋に向かうとなると話は別だ。この賑やかな慣れない街で、子供二人だけで行動させるのは危険すぎる。カレンは身なりが整っているし、ベンダバール号の船主だということはそこそこ知れている。そんな二人を連れてこれからどうすればよいのか。ヴァルターは胃痛の種に内心で深い溜息を吐いていた。


「──それで、カレン様。本当に彼を”アカツキ”へ帰す方法をお探しになるおつもりですか」


 店員によってテーブルに並べられる皿を整えながら、ヴァルターがカレンに問いかける。カレンは、その質問自体が想定外といった表情で首を傾げた。


「ええ。タケル様は恩人ですから……出来る限りお助けしたいのです」

「それはそうですが、途方も無い話です。彼からアカツキの情報を聞いたとて、この地の人間に彼の国の情報を知る者がいない限り、ほとんど役には立ちません。雲を掴むようなものです」


 優雅にカトラリーを扱いながら、二人が食事を始める。しかしタケルだけは、皿や二人を眺めるばかりで料理を口にしようとしない。話の途中で気づいた二人は、同時に彼の方を見やった。


「食べないのか」


 ヴァルターが問いかけるも、タケルはどこか怯えたように眉を顰めるだけだった。カレンとヴァルターが顔を見合わせると、程なくして遠慮がちな声でタケルは奇妙な質問をした。


「これって……肉、だよな?」

「そうだ。そんなに重たいものでもない。空腹で胃が受け付けんというのか?」

「いや、──あんたら、”魂食み”なんかして平気なのか?」

「「”タマハミ”?」」


 突然タケルの口から発せられた耳慣れぬ言葉に、カレンとヴァルターの声が重なる。思わず食事の手が止まり、二人は皿の上に乗せられた鳥のソテーをまじまじと見下ろした。


「そうだよ。魂食みなんかしたら、”妖”になっちまうだろ」

「「”アヤカシ”?」」


 再びカレンとヴァルターの声が重なる。話が通じていない事を察したタケルの口が、への字に曲がった。


「な、なんだよ?」

「いえ、その……タケル様、鳥肉を食べても──体に問題はありませんよ? 食べすぎてしまえば、お腹を壊すことはあるかもしれませんが……」

「訳の分からんことを言うな。肉が好かんなら避けて食べろ。カレン様のご厚意なのだぞ」

「こちらの代金はヴァルターが工面してくれたものですから、ヴァルターの厚意なのでは……?」


 タケルは、あまりに普通の会話が続けられていることに驚きを隠せないでいた。二人の顔色を伺いながら、不慣れな手つきでフォークを手に取る。そして付け合わせの野菜を掬おうと、悪戦苦闘を開始した。


「お、おい、まさかフォークを使ったことが無いのか? 一体どういう生活をしてきたんだ貴様は」


 まるで獣のようなタケルの様子に、厳格なヴァルターの表情もとうとう呆気にとられた。見かねたカレンがタケルに見せるようにしてフォークを使い、野菜を口に入れる。タケルはそれを観察し、見様見真似で野菜を口に運び始めた。


「規格外だ……先が思いやられる……」


 目の前で行われるテーブルマナー講座に、ヴァルターは思わず顳顬を押さえた。






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