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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第五章 似て非なるもの

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5-3



 宿を後にし、タケルたちは街中を船着場に向かって下りて行く。途中、古物屋で安物の外套を調達し、カレンとヴァルターに羽織らせる。二人は道が日陰となり、怪しくなってきたところでフードを被った。


「冷静に考えれば、彼奴と待ち合わせした方が良かったのではないか?」

「それはそうだけど──僕らもこの先どうするか決めてたわけじゃないからね」


 船着場を通り過ぎ、街の賑わいを外れて水際の小道に入る。その先の路地に折れると、重層構造の地下道のような通路に足を踏み入れる。ランタンの明かりが揺れる水路脇の通路は、晴れた朝でも夜道のようだ。所々苔の這った壁面や天井を見渡しながら苦言を呈するヴァルターと、それに答えるハロディの声は反響し、自然と一行に息を潜めさせた。


「大体、街に入ったところで彼奴をキャスターと見抜く者など居ないと思うがな。あの鍛え方は、魔法を扱う者としては規格外だろう。──確か……魔力を操るには精神制御が必須で、筋力や体力は魔力に吸われるのではなかったか?」

「よくご存知で。だから強力な魔力を持つキャスターほど線が細い傾向があるし、魔力の循環を妨げる重装備もしていない。けど……ガウリーはそういう定説を嫌っててね。それでもあそこまで魔法を制御出来るのは文字通り規格外だよ。──ま、流石に重装備に関しては魔力に影響あるみたいだけど。あれで厳つい鎧まで着てたら重戦士そのもので、僕笑っちゃうかも」


 ハロディはそう言って肩を竦め、苦笑する。タケルは、夜の川辺でガウリーが風の魔法を使っていたことを思い出していた。言われてみればあれは、タケルを使って魔力制御の練習をしていたのかもしれない。


「ガウリーは規格外の天才ではあるけど、魔力制御が上手いわけじゃない。実際、アイツの魔法は派手なのばっかりだからね。──そしてここは魔法国家。キャスターは騎士にしか居ないけど、それでもアイツの魔力を見抜かれる可能性は高い。上の街は隠蓑にはならないと思うよ」


 通路を進むと、奥の暗がりから次第に人の声や物音が反響し始める。そしてやがて、木箱や樽などの生活物資が姿を現し、食べ物と生ごみの混じったような独特の匂いが鼻を刺激する。先頭のハロディが歩みを緩め、後続が覗き込むように通路の先を見据えると、いつの間にかそこにはひっそりと、薄暗がりの地下街が姿を現していた。


 石煉瓦の壁や天井はアルマのロワーサイドを彷彿とさせるが、湿った空気が更に巣窟のような雰囲気を醸し出している。所々吹き抜けとなっている場所から上層の光が筋となり、まるで薄布が揺蕩うように小さな塵を反射させている。通路脇には路地が入り組み、店や家らしき建物が壁に埋まるように所狭しと立ち並ぶ。道端にはただ地面に座り込む者や隅に寝そべる者がおり、タケルたちはその脇を縫うように水路脇の比較的明るい道を進んだ。その間も値踏みするような視線が、どこからともなく彼らを刺していた。


「こ、これは……」

「明らかに他所者なのは明白だけど、堂々としててくれよ。こういう場所には慣れてますって顔で歩いてたら、そうそう手は出されないだろうから」


 思わず小さく声を上げるカレンに、ハロディが小さく忠告する。カレンは固唾を飲んで頷き、フードを目深く引っ張った。


 ハロディを先頭に、カレン、ヴァルター、タケルと続き、殿をアルトが守る。タケルが背後を思わず振り返ると、彼女は服装も相まって闇に溶け込んでいた。明るい髪や瞳、肌だけが浮き上がるように目立っている。


「落ち着きなく視線を動かすな」


 琥珀の瞳がタケルを射抜く。タケルは慌てて前に向き直り、腰に下げた矢筒用のベルトを握りしめた。


「──ハハ、どこからの客人だ?」

「お前さんたち、迷子かい?」

「見ねえ面だな、一体こんな場所に何の用だ」


 通りすがりに掛けられる声を一切無視し、ハロディは足を進めていく。まるで目的地があるような足取りだが、実際のところは彼もガウリーの居場所を知るわけではない。背後から舌打ちが聞こえるが、それで済んでいるのは、殿のアルトの左手が刀の柄にかかっているからだろう。


 しばらく歩くと、ハロディが足を止めた。タケルが前方を覗き込むと、吹き抜けの下、比較的明るい水路の脇で座り込み、豆の皮を剥いている女性がいる。ハロディはその女性に、気さくに声をかけた。


「すみません、お姉さん。編み込んだ長髪の、背の高い青年を見ていませんか?」


 女性はハロディを一瞥したが、すぐに手元に視線を戻して小さく鼻で笑う。白髪の混じった濃いブラウンの癖毛が肩から垂れ、女性の表情を隠す。丈の長いワンピースにエプロンを巻き、肩に薄布を羽織り、胡座をかいて作業するその姿には、そこはかとない威圧感すらあった。


「多分、昨夜からここに来てると思うんですが」

「──さあねぇ」


 低くしゃがれた声が、遮るようにしてハロディに応える。痩せた手はひたすらに豆の皮を剥き、中の実と皮を別の器に分けている。


「酒場を探してみればいいんじゃないかい? 看板は無いが、道を歩いていればすぐに分かる。──ただし、路地裏に入らないと見つからないだろうがね」


 女性はそう言って肩を揺らす。こちらに視線を寄越していないのにも関わらず、監視の目が利いているような締め付けを感じる。ヴァルターは眉根を寄せたが、ハロディは頸を掻いて小さく息を吐いた。


「ありがとう、そうしてみるよ」


 礼を告げ、後続を促して女性から距離を取る。そして路地近くの人気のない一角で足を止めると、肩を竦めた。


「じゃあ……助言通り路地に入って、酒場を探してみようか」

「くっ、予想はしていたが、予想を上回る場所だ。匂いも酷い。──カレン様を無闇に連れ回したくはないのだが」

「ヴァルター、わたくしのことはお気になさらず。……それにしても、あの華やかな街の下にこのような場所があるなんて。アルマのロワーサイドは鉄格子に隔たれ、番兵の方に鉄扉を守られていましたが……ここはそうではないのですね」

「……本当に危険な場所ほど、暗黙の了解で隅に追いやられているものさ」


 声を潜め、感慨深く思いを述べるカレン。ハロディはそんな、ある種好奇心旺盛なカレンに苦笑した。


 人影の薄い路地を選び、慎重に足を踏み入れる。路地に捨てられたようなランタンが壁面の陰影を浮かび上がらせ、彼らの行先を示す。半壊し、かろうじて機能している木製扉、ほとんど穴のような窓……恐らく住居となっている一角にはそんな景色が続く。ところどころ天井に吊るされたロープには洗濯物が掛かっており、それらを潜って道を進む。遠くから響く怒号や笑い声は出どころが不確かで、突然聞こえてくるそれらにタケルは小さく肩を跳ねさせた。


「──もし、お兄さん」

「は、……うわぁっ!!」


 タケルの耳が、背後からか細い声を拾った。その瞬間、叫び声と共に背中に衝撃を喰らい、踏ん張りきれずに前方を歩くヴァルターの背に衝突する。


「うわ、──ごめん」

「おい、何だ急に──?」


 鼻頭を押さえながら謝るタケルに、ヴァルターが振り向く。タケルも後ろを振り返ろうとしたが、背中に何かが張り付いている。──アルトだ。


 タケルの背に押し付けるように自らの背を張り付け、戦慄くアルト。その頭越しにようやく背後を見やると、彼の目に入ってきたのは、暗がりに浮かび上がる白い影──否、女性だった。燻んだ、白に近い金の長い髪が亡霊のような顔の半分を覆っている。身に纏った薄汚れたワンピースは先ほど豆を剥いていた女性と違って仕立ては良さそうだが、とにかく着古され、綻び、汚れている。弱々しく垂れる袖のフリルから伸びる枯れ枝のような白い手は、宛てもなくアルトに伸ばされていた。


「お兄さん、少しの間でもいいから、買ってはくれませんか」


 彼女の声は、今にも切れそうな細い糸のようだった。柄にかけられていたはずのアルトの左手が自らの右手首を抑えている。どうやら路地裏から現れた女性が、背後からアルトの手を掴んだようだ。女性に触れられることを苦手とする彼女はそれを振り払ったのだろう。


「いや、すまぬ。その──怪我はないか」

「お兄さん、わたしを買ってはくれませんか」


 動揺を隠しながら身を案ずるアルトに対し、一歩ずつ距離を詰める女性。アルトの声が届いていないのか、彼女を男性と勘違いしたままひたすらに同じ言葉を彼女に投げかけている。アルトは女性が一歩踏み出すたびに一歩後退り、タケルに背中を押しつけた。


「アルト、心苦しいけど放っておいて。──お姉さん、僕らこの後用があるんだ。悪いけど他を当たってくれないかな」


 先頭のハロディが騒ぎに振り返り、察したように声を掛ける。心配そうに眉尻を下げ、一歩踏み出そうとしたカレンの肩を抑えて制するのも忘れない。


 ヴァルターが前方を振り返ってカレンを促そうとしたとき、アルトが咳払いと共に姿勢を取り直す。そして懐を漁って小袋を取り出すと、女性と距離を取ったままたどたどしく問いかけた。


「よく分からぬが、いくらだ」

「──え」

「言い値でいい」


 訳も分からず背後を見守るタケルの後ろから、小さな溜息が聞こえる。女性はアルトの申し出に戸惑った表情を見せながら、おずおずと口を開いた。


「せ、千──……千ヴァルク」

「承知した」


 アルトは頷くと、袋から一枚の紙幣を取り出してタケルに押し付けた。


「頼む」

「は?」


 そう言って視線で促され、タケルはアルトを何度か振り返りながらも恐る恐る女性に近づき、紙幣を渡す。女性は両手でゆっくりとそれを受け取ると、まじまじとその手元を見つめた。


「仲間の言う通り、某には用がある。それで御容赦願いたい」


 アルトがそう告げたと同時、周囲から複数の気配が立ち込めた。付近の暗い窓の奥から得体の知れない瞳がいくつもちらつく。どうやら周囲の建物内から、何人もの人間がこちらの様子を窺っているようだ。ハロディは舌打ちをした。


「アルト、いいから行くぞ!」

「む、分かった。──ではな」


 焦ったようなハロディの声に事もなげに答え、アルトは背後の女性に軽く会釈して踵を返す。タケルも慌てて小走りに定位置に戻った。


 足早にその場から去るよう先導するハロディと足並みを揃えながら、黙ってしばし歩く。過度な視線を感じなくなったところで足を止めると、ハロディはアルトを振り返った。


「ああいうのはここではよしてくれよ、アルト。隙を見せたら終わりだぞ」

「しかし、師匠の教えで”武士の情け”というものがあってだな──」

「ここは、その情けに群がる奴らの巣窟なんだって。あのままあそこに居たら、”自分も”って集られてたところだぞ」


 二人の問答を見守りながら、タケルとカレンはひっそりと顔を見合わせた。ヴァルターは盛大な溜息を吐いて肩を落とし、外套の下で腕を組む。


「そこそこの宿に泊まれる額をやすやすと……これなら、タケルの方がまだ扱いやすいか……」

「何だよ、それ」


 独りごちるヴァルターに、タケルが眉根を小さく寄せる。ハロディの説教が終わると、一行は気を引き締め直し、再び路地を奥へと進んだ。





 助言の通り、酒場は程なくして見つかった。閉じ切ったこれまでの居住区と違い、開け放たれた扉と複数の窓。窓の下には大樽が並べられている。その奥からはランタンの柔らかい光が漏れ、路地の一部を照らしていた。ハロディがそっと扉から内部を覗き込む。すると、その気配を感じ取ったのか、奥から覚えのある声が響いた。


「店主なら出てるぞ」


 ドアの目の前にあるカウンターに座り、こちらに背を向ける後ろ姿はガウリーのものだった。傍には彼の武器である鎖鉄球の長い柄が立てかけられている。


 カウンターの傍には奥行きがあり、樽の上に板を乗せたテーブルが点々と置かれている。店内はガウリー以外誰もおらず、静まり返っている。外観に反する広さだが天井は低く、背の高いガウリーは座していても縮こまっているように見えた。


「ガウリー、迎えに来たよ」


 ハロディの声に肩越しに振り返ったガウリーは、そのまま黙ってカウンターに視線を戻す。一見反骨精神旺盛に見える彼は、これまで黙ってハロディの指示に従っていた。しかしここに来て珍しく、腰が重いようだった。ハロディは返事が無いことに溜息を吐くと、店内をぐるりと見渡す。そして安全と分かると堂々と中に入り込み、カウンターに程近いテーブルに肘をついてもたれ掛かる。タケルたちもそれに倣い、逃げ込むように店内に足を踏み入れた。


「成り行きでね、王様との謁見を済ませて来たんだ。そしたらヴェルダ族との接触がほぼ不可能なんじゃないかって結論に至ってね。ひとまずアルマに進路を戻して、態勢を整える事にした。──だから悪いけど早速、引き返すよ」


 ハロディが事情を話すも、ガウリーは黙ったままだ。タケルが首を傾げてハロディを見やるが、彼は肩を竦めるだけだった。


「お前にとっちゃここは面倒な場所だけど、幸いなことに長く止まる理由が無くなった。──お前は喜ぶと思ったけど?」


 それでもガウリーは答えない。取りつく島もない彼に、途方に暮れたハロディは目を伏せた。


「──……何か、気がかりなことでも?」


 根気よくハロディが尋ねる。しかしガウリーは、カウンターに両肘をついたまま、じっと目の前に置かれていた空のグラスを睨み付けている。そんな彼に対して動いたのはアルトだった。


「おい、何かあるなら早く言え。貴様が黙っていては何も進まぬではないか」

「──うるせぇ」


 ようやくガウリーが反応する。苛立ったような舌打ちに、アルトの片眉が跳ね上がった。


「口を割らぬなら、力づくで吐かせてもよいのだぞ」

「……上等じゃねぇか」

「待った待った待った」


 睨み合うガウリーとアルトを遮り、ハロディが何度もテーブルを叩く。ヴァルターが眉間を抑えて俯き、首を振る。タケルとカレンはそんな彼らを交互に見守った。


「何かあったのか?」


 タケルがガウリーに問いかける。静かにアルトに対して牙を剥いていた彼は口元を引き結び、視線を逸らした。


「ガウリー」


 ダメ押しでハロディが呼びかける。声は常より低く落とされており、その意外性にタケルが目を瞠る。しかしそれでも、ガウリーは口を開かない。彼は耐えるようにその口を閉ざしていた。


「……じゃあとりあえず、こっちの報告から済ませるよ」


 諦めたのか、ハロディは溜息混じりに肩を落とした。いつもは真っ先に苦言を呈するヴァルターも、ハロディに任せて鳴りを潜めているようだ。


「ヴェルダ族との仲介役となっていたファーブラー自治区が機能を無くして、森が完全に閉ざされているそうだ。ドレンダーも異種族で、どちかかと言えばヴェルダ族寄り。闇路の森を抜ける手立ては絶望的だってことが分かった」


 淡々と告げるハロディに、一応は耳を傾けているらしいガウリー。その証拠に彼は口を挟まず、ハロディを好きにさせている。


「街自体は存続してるけど、去っていった住人も多いらしい。それを探して事情を聞くなら、ロワーサイドが最適だ。何かヴェルダ族と接触する打開策が浮かぶかも知れない。だから進路をアルマに戻しつつ、積極的にモルと接触する。──これはショック療法のようなものだ。異形の出現とタケル君の存在に何か関連があるとするなら、ぶつけることで何か分かることがあるかも知れないからね。……というわけで、僕らはこれからアルマに戻る」


 しかし、ガウリーはハロディを好きにさせる代わりに何も言葉を発さなかった。ただ聞き入れるだけで、全く応答が無い。ハロディがそんな彼を注意深く観察するように目を細める。気まずい沈黙にタケルが口を開きかけた──そのときだった。


「──おや、まだ居たのかい」


 扉を潜り、女性が豆の入った籠を抱えて店内に入って来た。水際で胡座をかき、皮を剥いていた人物だ。若干猫背ではあるが立ち上がればそこそこの長身で、その足取りはしっかりしている。


 女性はタケルたちを一瞥したが、明らかにガウリーに向けて声を掛けていた。籠を抱えたまま彼らの脇を通り過ぎ、カウンターの中へと入って行く。そしてその場に籠を置くと、カウンターの笠木に置かれていたパイプを手に取り、傍に置かれた小皿のルビライトに近づける。石が赤く発光したかと思うとパイプの先から煙が細く上り、女性はそれを口元に寄せ、吸い口から煙を吸った。


「あたしが居ない間に出て行けと言ったはずだがね」


 慣れた手つきでパイプを口から外し、煙を吐き出す女性。肘を折り、パイプを挟む指先をガウリーに向けて手首をしならせる。ガウリーはそんな彼女の動作を、睨むようにカウンター越しに目で追っていた。


「──アンタら、こいつの仲間だろう? さっさと連れ出しちまってくれよ。あたしが言っても聞きゃしないんだから」


 カウンターから、タケルたちに向かって声の音量を上げる。荒んだ半眼に嵌った赤い瞳は、力なく垂れているようで力強い。タケルたちは顔を見合わせた。


「……僕らも、そうしたいところなんですけどね。何故か梃子でも動かないつもりのようで」


 ハロディがそう言ってわざとらしく大袈裟に肩を竦める。すると女性は溜息を吐いてガウリーに向き直った。吐き出した煙がカウンター周辺に薄く立ちこめ、まるで二人を覆い隠す霧のように揺蕩っている。


「ネリのことなら心配無いと言ったろう」

「──そうじゃねぇよ」

「じゃあどうだって言うんだい?」

「……一宿一飯の恩だ」

「金なら受け取った。それで終いだよ」


 静かに突き放す女性に対し、ガウリーが焦燥に満ちた様子で椅子から立ち上がろうとする。それを制したのは、女性が彼に向かって突きつけたパイプだ。そこから上る煙にガウリーが顔を顰める。


「ガキが、粋がるんじゃないよ」


 女性は冷たく言い放つ。口惜しげに歯を食いしばるガウリーの鼻先に煙を撒き、それ以上距離を詰めることを許さない。ガウリーが口答えを止めると、女性は手首をしならせながら肘を折り、再びパイプを吸った。


「アンタは所詮、ここの人間じゃない。ここには一生、染まらない」


 二人の間の緊迫した空気は、タケルたちのテーブルにまで煙のように蔓延していた。何やら事情があるようだが、タケルたちにはそれが何だか見当もつかない。まるで存在ごと無かったことにされているような疎外感を打ち破ったのは、もちろんハロディだった。


「あのー、よければそうなってる経緯、教えてもらえません? そしたら僕らの方で、そいつを言いくるめることだって出来るかもしれませんよ?」


 控えめに片手を挙げ、伺いを立てるような口調でハロディが女性に切り込む。すると彼女はハロディを流し見て、再びパイプを吸った。


「……こいつがね、この店が潰されるって情報を耳にしたんだと。──ネリっていう女が原因でね」


 しばしの沈黙の後、値踏みするようにタケルたちに視線を巡らせた女性は、やがて呆れたように、小さくそう切り出した。




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