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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第四章 ”モル”

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4-7



 青々とした丘陵を縫う街道は、目的地へ近くにつれ整えられていく。途中道を少し外れ、点在する大地の窪みに出来た泉に立ち寄り、馬を休ませながら奇妙な岩山へと距離を詰める。すれ違う行商人や旅人には兵士が関所付近の危険を伝え、幾ばくかの小銭を握らせ、情報の拡散を依頼する形で引き返させていた。


 花弁が空に向かって開くように先端の尖った岩は大地から迫り出すように伸びている。頂を一点に結ばない岩山は、近づくほどにタケルの目を釘付けにさせた。


「──もっと高い山はたくさんありますのに……こんなに圧倒される山は見たことがありませんわ」


 カレンもタケル同様、目を丸くして口元を押さえ、感嘆の声を溢す。御者台の両脇から前方を眺める二人に挟まれたハロディは、くすりと小さく笑う。彼と御者を交代したヴァルターは、馬車内で休憩中だ。


「まるで、山のように大きな巨人が置いた、水瓶みたいですわね」

「俺は、ちょっと菊に似てると思ったな」

「「……キク?」」


 カレンとハロディが同時に振り向くので、タケルは思わず身を引く。そういえば彼らと出会って間もない時は、こんなことの連続だったと頬を掻く。


「……花だよ。空に向かって手を伸ばしてるみたいな花びらの」

「そうだったのですね。……お花と聞くと、あんなに大きいのに何だか可愛らしく見えてくる気がしますわね」

「岩山を花に例えるなんて……タケル君はロマンチストだねぇ?」

「ろまん……何だって?」


 噛み合わない会話を楽しんでいるうちに、日暮も目前というところで馬車は岩山の麓に辿り着く。入り口付近の岩壁は螺旋を描く模様に削られ、四色の魔石が配置された異彩を放つ装飾となっている。岩の色は白に近く、口を開く門の壮麗さも相まって、山全体が巨大な神殿にも見える。先頭馬車の兵士は門前に控えた数人の兵士の元へ馬を進めた。


「どうした? まだ交代の日取りは先のはずだが……その馬車は?」

「いや、不味いことになった。ここで詳しく説明をしている暇は無いから後で話すが……エルガーが殉職した」

「──何だと⁈」


 先頭馬車の傍に馬車を控えていたタケルたちは、兵士たちの愕然とした重苦しい雰囲気に静まり返る。先頭馬車の閉じたシェードの向こうには、遺体が収容されているのだ。タケルが無意識に拳を握り、カレンの手がそっとそれに添えられる。


 兵士たちの短い情報共有が済むと、次にタケルたちが紹介された。巨大な異形を撃退させた立役者であり、優秀なキャスターを連れている、と。馬車を降りて挨拶を交わしたタケルたちを尻目に、相変わらず同じ場所でガウリーは座ったままだ。彼は門に背を向けたまま、兵士たちを一瞥もしない。仲間と当人との間に生じている温度差を怪訝に思いながらも、門番兵は深くは追究しなかった。


「通行証も持ってるんです。──タケル君」

「……あ、うん」


 ハロディに促され、タケルが懐から通行証を取り出して提示する。すると、見せられた門番兵は目を瞠った。


「──これは……アルマの……」

「そうなんだ。王の印章が刻まれた通行証を持っている。──念のため改めたが、紛れもない本物だ」

「特使か?」

「いや、そうでもない。街の小さなギルドらしい。とにかく我が国に所用があり、王への謁見も望んでいるとのことだ」

「そういうわけなんで、別に畏る必要は無いですよ!」

「──あ、ああ」


 タケルが翳した鎖の先で揺れる通行証。それをまじまじと見つめながら兵士たちが話し合っている。通行証というのだから見せればすんなりと事が進むと踏んでいたタケルは、緊張のあまり固唾を飲む。そんな彼の肩をハロディは軽く叩き、兵士たちの間を取り持った。


「とにかく……彼らは恩人でもある。俺はこの後すぐに王に報告に上がるが……彼らの事も伝えるつもりだ」

「総騎士長や軍務卿には……」

「時間が惜しい。ご同席願うことになるだろう」


 兵士たちは手早く共有を済ませると、緊張の時間は終了した。一行は馬車を再び進ませて門を潜る。岩を削って造られた回廊は整えられて荒い岩肌が形を潜め、壁も床も天井も滑らかだ。外壁には等間隔の四角い窓が穿たれ、そこから差し込む日光と燭台の灯火が、神秘的にも見える整然さを照らしていた。


 ゆったりと高度を上げていく回廊をしばらく進むと、四角い穴から覗く景色がだんだんと小さく遠くなっていく。やがて出口に到着すると、茜空に浮かび上がる雄大な景色がタケルたちの目を圧倒させた。


 不揃いの尖った岩に守られるようにして佇む広大な湖。その中央で、白亜の城が透き通った湖面にその姿を反射させている。複雑に重なる城壁と、主塔を螺旋状に取り囲む何本もの尖塔。所々の縁に金の装飾が施された白い壁面とエメラルドグリーンの屋根。まるで一本の柱のような垂直性のある城だが、柱と言うにはあまりにも美しい。


 周囲を菱形状に取り囲むのは城下町だ。金の装飾は無いものの、壁と屋根の色は城と同様に統一された、複雑に入り組んだ層構造の街。まるで迷路のように入り組んでいそうなのに、開放感がある。外周の所々には船着場や水門が見え、中型の船や小舟が停泊している。同じ石造りであるのに、アルマとは全く異なる雰囲気の外観だ。


 城と町は堀で阻まれ、二つを繋ぐ橋のアーチにも目を奪われる。街の周囲にも同じようなアーチが点在し、木々もそこかしこに植えられている。直線と曲線、自然と人工物の入り混じる、湖上の幻想のような景色がタケルたちの目前に鎮座していた。


「ここから船に乗って街に入る。私はそのまま城へ向かうから、君たちは街へ行くといい」

「ありがとうございます。──馬車はどうします?」

「クラルス公国から提供されたものだ。不要なら預かるが……旅に必要なら、よければ持って行ってくれ」

「それは重ね重ねありがたい。助かります」


 兵士たちとハロディの間で段取りが進み、思わぬところで馬車が手に入る。馬の世話は増えるが、移動が楽になるのはありがたい。彼らの話を遮るものは誰もいなかった。


 貨物用の船着場から馬車ごと船に乗り込み、街へと渡る。静かな水面を船底が滑っていく。広い甲板の船縁に寄りかかり、その様を眺めていたタケルは、ふと周囲の岩壁を見上げた。ぽつぽつと存在する防衛塔のひとつが、ぼんやりと緑色に光っている。首を捻って一周見渡せば、赤・青・黄──それぞれ一本ずつ、同じように光を発している塔を発見する。タケルがそうして瞳を巡らせていると、カレンとヴァルター、ハロディが彼の元へと歩み寄って来た。


「最適な風、最適な温度、最適な水質、頑強な大地。これらの守護として純度の高い魔石が収められていて、騎士が管理してるんだ。ここは難攻不落の天然要塞だけど、孤立してるからね。──ま、ここ何百年かは平和だったわけだけど」

「分断戦期や海裂災期の名残というわけか」

「それがね、世界が荒れる前からアンスールはここにあったって記述があるんだ。そもそも国が建つ前には都市があった説もあるから、古代の遺物なのかも」


 休憩を終えたヴァルターは疲れの色を払拭させている。タケルを真似て船縁に寄りかかるカレンに「危険ですよ」と注意も忘れない。


「もう何度驚いたのか、忘れてしまうほど……この大陸には様々な景色があるのですね」


 身を起こして船縁に掴まり直したカレンは、しみじみと目を細める。


「もっと美しい景色はたくさんあるのでしょう。ですのに、外の世界にもそれを脅やかす不穏が潜んでいるなんて……あんなにこの目で見て来たのに、未だに信じられませんわ」


 タケルたち三人は、その言葉に顔を見合わせた。ハロディが探るような眼差しをヴァルターに向けるが、彼は気まずそうに視線を落とすだけだった。


 紛らすようにヴァルターが咳払いをしたところで、遠くから笛の音が聞こえてくる。街の外壁は、いつの間にかすぐ傍に迫っていた。


 船着場へ着くと、繊細な笛の音が彼らを歓迎する。しかし馬車を下ろした兵士たちは神妙な面持ちのまま、ひっそりと城に向けて馬を歩かせる。一人が振り返り、踵を合わせて姿勢を正し、敬礼をした。左の腕を腹の前に、右の腕を背中側に回して拳を握る、彼ら常備兵団の敬礼だ。


「それでは。此度の件は本当に助かった。──夜も近い。まずは宿を探すことをお勧めするよ」

「とんでもございません。こちらこそ、大変お世話になりました。殉職なさった御方には安らかな眠りと、星の導きがあることをお祈りしております」


 すかさずカレンが会釈し、両手の指を組んで祈りを捧げる。その隣でタケルは深く頭を下げた。ハロディやヴァルター、アルトも別れの挨拶を交わす。さすがのガウリーも後方で左胸に手を添えていた。


 去っていく馬車を見送り、一行は今一度街を眺めた。水路が移動経路にもなっている街中には、連絡通路や橋などのアーチが目立つ。軒並みは迷路のようで立体通路や階段も多く、段差を上がる途中に噴水を設けた広場があったかと思えばその先の階段は三つに分かれ、それぞれがどこに続いているのか判別できない。整備されて美しいが、道筋は容赦無く立体に分岐していた。


 どこからともなく奏でられる笛の音は鳴り止んでいない。水路の水音と水の香りに紛れ優雅に響く音楽は、たったひとつの音色でも趣深く耳に届いた。


 船着場のキャリッジハウスに馬を預けてあるため、彼らはすぐに宿探しに移れる状態だ。しかし、自力で探すのには骨が折れそうだ。


「さぁて、宿探しと行きますか」


 ハロディが軽く手を叩いて溜息混じりに呟く。ヴァルターは両手を腰に当てて眉根を寄せ、周囲の店に視線を巡らせた。


「まず人に尋ねるのが無難か? 看板を探すのは非効率そうだ。カレン様とタケルたちをどこかの店に置いて、我々二人で手配しに行くのはどうだ?」

「ま、それが一番効率いいかな」


 年上組二人がそのように話し合っていると、アルトが一歩前に踏み出した。


「某も探しに行くが」

「お前はほんと、大人しくしてくれてた方が良いからね。お願いだからタケル君たちと一緒に居てくれよ。アルマの人間がアンスールで問題起こしたら、色々面倒なんてレベルじゃないんだから」

「む。何故お主らは某を不逞の輩のように扱うのだ」

「違う違う。アルトは良くも悪くも、引き寄せる人間だからなぁ」


 口を尖らせるアルトに対し肩を竦めたハロディは、苦笑して彼女を遇らう。納得したか否かは定かではないが、アルトは腕を組んで黙り込む。


「──俺は”リム”へ行く」


 緊張の解れた空気を硬質な声が揺らす。発したのはガウリーだ。彼は杖を馬車に置き、今は鎖鉄球と荷物だけを携えている。全員がそんな彼を振り返り、視線を逸らした彼の横顔に疑問の眼差しを向けた。


「……了解。謁見は?」

「行くわけねぇだろ」


 苦笑するハロディの問いかけに短く答え、ガウリーは踵を返してさっさと路地の方へ消えていく。タケルとカレンは目を丸くしたが、ヴァルターは呆れたように腕を組んで溜息を漏らした。


「いいのか?」

「後で迎えに行けばいいよ。──まぁ……兵士の反応でも見たと思うけど、アンスールって魔法国家だからさ。ガウリーみたいな特殊なナチュラ持ちは色々面倒なんだと思うよ」

「……成程な」


 タケルはガウリーが消えていった路地に視線を残したまま、呟くようにハロディに問いかける。


「”リム”って何だ?」

「リム? この国の端っこにある貧民区だよ。ロワーサイドがマシに見えるぐらい、正真正銘の無法地帯」

「……まぁ!」


 事もなげに答えるハロディに、カレンが口元を押さえて驚く。


「お一人で大丈夫なのでしょうか?」

「──アイツに喧嘩売る奴なんて居ると思う?」


 思わずタケルとカレンが顔を見合わせる。二メートルに達するほどの長身、鍛えられた体、鋭い真紅の眼光──何より他人を寄せ付けない雰囲気。ハロディの言い分に納得せざるを得ない。


「じゃ、気を取り直して……とりあえず夕食の店を決めようか!」


 ハロディの一声で、一行は幻想のような街並みに一歩踏み出していく。外灯に照らされ始めた通りを、連なる店に新鮮な思いで視線を巡らせながら歩く。ただし、殿のアルトだけは景色など構わず眉間をわずかに寄せていた。


「何故彼奴の単独行動が許されて、某は戒められるのか……」


 彼女の不服そうな呟きは、笛の音とともに風に消え去った。





 タケルとカレン、アルトはハロディらと料理店で別れ、一足先に夕食にありついた。湖側のテラス席は、タケルがこの地に来て間も無く訪れたエレヴァンの店をどこか彷彿とさせる。しかしアンスールはエレヴァンのような活発的な港街とは違い、落ち着いた空気が漂っている。夜空に沈む湖面を一望出来るテラス席の柵は、蔦の一本まで計算されたような這い花で彩られていた。


 客の服装も皆派手さは無く、大きな声で話す者もいない。周囲を見れば場違いな自分に気づき、タケルはカレンの動きを見るしかない。旅人であっても高貴に見える出で立ちの客が多いなか、臙脂色の着物と黒い野袴にブーツを履いたタケル、黒一色の軽装のアルトはどこか浮いていた。


 カレンが主導となって注文を終え、運ばれた料理に彼女が目を輝かせる。細い螺旋模様で縁を描かれた白い皿の中央に、宝石が散りばめられたような美しい料理だ。タケルの目の前にある料理も同様で、ようやく使い慣れてきたフォークで崩して良いものか悩ましい。思わず彼が顔を上げ、向かいの席に座しているアルトの方に目を遣る。すると彼女は何の躊躇いも無く、皿の上の宝にフォークを刺したところだった。


「タケル様やアルト様がご一緒なら、どんなお店でも構いませんと──ヴァルターには伝えたのですけれど……」


 額に汗すら浮かばせるタケルに苦笑しながら、カレンは素直に料理に舌鼓を打つ。確かに「自分が側を離れるのなら」と、街中でも格式高そうなこの店を選んだのはヴァルターだった。少々高くつくが、そういう店には危険が寄り付きづらいという理屈らしい。


「某は料理には疎いので、何でも構わぬがな」

「俺は周りからじろじろ見られてる気がして……なんか苦手だ。──美味いとは思うけど」


 そのようにして束の間のひとときを楽しみながら、宿の手配に向かった二人を待つ。すると程なく、何やら難しい顔をして店に入り込む姿が見える。さっさと食事を終えたアルトがそれに気づき、その視線に促されるようにしてタケルとカレンがハロディたちを視認する。店に入るや否や足早にテラス席へやって来た二人は座る事もせず、さっとテーブルの上に目を走らせる。


「ああ良かった。だいぶ食事は進んでるようだね」

「あの……何かあったのですか?」


 ハロディは両手を腰に当て、眉を捻って逡巡する。その間に、隣で眉間を解していたヴァルターが口を開いた。


「宿の手配のついでに、謁見の申請のため城に向かったのですが……そこで思わぬことに呼び止められまして」


 ヴァルターが順を追って説明する。タケルらと分かれた後、二人はまず小高い位置にある宿を予約した。街の中はどこも安全だが、どうしても安心したいなら城が近い内周側の宿にしたらどうだと街人から助言を受けたからだ。そうして、広い水路に囲まれた城に程近い宿を選んで手続きを済ませ、ついでに謁見の申請も出そうという話になった。


 そのまま二人は陸橋を渡り、門前の兵士を訪ねた。ハロディが軽く要件を伝えると、”アルマ”や”ギルド”という言葉に兵士たちが反応を示す。ざわつく彼らを二人が訝しんでいると、報告に走った兵士から知らせを受けたのか、門から騎士が現れた。兵士たちと同様のエメラルドグリーンのローブを纏い、白い外套のフードを被り、腰に剣を携えるように杖を装備した、この国特有の”魔法騎士”の装備だ。一般兵士の重装とは対照的に、その装いは軽い。銀色に輝くのはささやかなポールドロンと額のサークレットのみ。身軽だが意匠は繊細であり、格式の高さが窺えた。


「アルシオン王の通行証を持つという旅人の報告は既に受けている。──謁見の日取りは、この後すぐとさせていただこう」


 白いフードの奥、値踏みするような赤い瞳を覗かせた騎士が静かに告げる。ハロディたちは急展開に瞠目したが、何はともあれ上層部からの命とあれば断ることが出来ない。その足でこの店まで戻ってくる他なかったというわけだった。


「普通は夜の城なんて立ち入りが禁じられてるはずなんだけどねぇ。どうやら行くしかないみたいなんだ。だから悪いけど、食事が終わったらすぐ城に向かってもらうよ。──はあ……せめて一晩ぐらい、ひと息ついてからがよかったんだけどなぁ」

「──まったくだ」


 二人は互いに横目で目を見合わせ、同時に深い溜息を吐く。平然と「そうか、承知した」と返すアルトの対面で、タケルとカレンも顔を見合わせる。そしてどちらともなく返事をすると、皿の残りを片付けた。




 

 緩やかなアーチを描く橋を渡り、タケルたち五人は武器を宿の部屋に預け、身支度を整えたのちに王城へ向かう。夜空の下でもぼんやりと光るように水に浮いた──王城ベルサルディア。所持品検査と通行証の確認を済ませた後にその門を潜り、門番の案内で城の扉前までの傾斜を折り返しながら上がる。見上げるほどの高い扉にタケルが口を開けていると、そこに現れたのは、例の騎士の姿だった。


「よくぞ参られた。謁見の間までは私が案内する」


 長い足を翻してタケルたちを城の中へ招き入れた騎士は、静かな足取りで広間を歩く。まるで城の内部が空洞なのかと錯覚するほどの吹き抜けが、小さな音すらも乱反射させる。息遣いにすら気遣いながら、一行は騎士に続く。


 周囲には騎士と同じような格好をした者達が、まるで置き物のように控えている。先頭の騎士は一瞥もせず、広間の中央に伸びる大階段を上がった。


「この奥にて、オルヴェイン王がお待ちだ」


 一度タケル達を振り返って一言告げ、謁見の間が開かれる。扉の重みに小さく風が起こり、冷えた空気が足元を過ぎっていく。重厚な音とともに、謁見の間が全貌を見せた。


 天井から吊られひときわ大きな飾り燭台が、ルミナイトやルビライトの光を頭上からさんさんと降らせている。壁に設置された燭台の光など、光源は全て白い壁面や床に反射し、まるで夜を感じさせない明るさを保っている。ひとつひとつの装飾は螺旋を描くが、壁や天井、階段などは直線的で整然としている。静けさも相まって、朝日の光条が差す神殿のようだ。


 床の中央には、玉座に向かってエメラルドグリーンの絨毯が伸びている。その先の一段上がった場所に、オルヴェイン王が座していた。


「来たか。──アルシオンの印章を携えた者たちよ」


 乱れなく後ろに流された白い長髪、同じ色の真っ直ぐに伸びた口元の髭。タケルには仙人の姿を思い起こさせたが、ノヴァの人間である他の者たちにとっては、いかにも古めかしいキャスターの出で立ちだ。頭頂部では、城の周囲を守る刺の岩を象ったような、サークレット状の王冠が金の光沢を煌めかせる。騎士たちと同様エメラルドグリーンのローブを身に纏っているが、彼らと違うのは金の刺繍。布の数も異なり、こちらの方が遥かに格式高い。そしてその片手には、先端に翠玉を嵌め込んだ長い杖を握っていた。


 ハロディの先導で、タケルたちは王前へと跪く。周囲では騎士たちが静かにそれを見守っている。アルマで同じように跪いた時よりも遥かに張り詰めた緊張感に、タケルは瞳すら無闇に動かすことを躊躇い、ひたすらに床の上質な布を見下ろしてた。


「我が兵が世話になったようだな」

「その折、偶然にも通りがかりました故、我々の身も危険と判断し、放置するのも忍びなく助力を申し出た次第です。腕に覚えのある者もおりますので」

「──まあ良い。して、其方らがその異形とやらに見識があるような報告を受けたのだが、それはどういう事だ?」

「はい。古文書に記載された、海裂災期の災厄である異形──”モル”に酷似した特徴を持っていると我々は考えております。ただ、その仔細を知るまでには至っておりません。関所に現れた巨大な異形以外にも、エレヴァンやアルマ付近で目撃情報や被害が相次いでいるようです」


 早々に話を進める王に対し、ハロディがしなやかに答えていく。杖を持たぬ方の手で王が自らの髭を撫でつけ、刹那の沈黙が降りる。間を置いて、王は深く喉を鳴らした。


「──ドレイヴァル、其方はどう考える?」

「は」


 玉座の背後に控えていた騎士が、左胸に手を当て恭しく応える。細身だが貫禄のある、年嵩の男だ。ドレイヴァルと呼ばれたその騎士は、重厚な声を謁見の間に響かせた。


「翠誓法衣騎士団を派遣いたすべきかと。報告通りの”異形”であるならば、何かしらの魔力が関係しているやもしれません」

「そうだな」


 王の表情は常に一定だった。静寂をまとった声は、まるで眠りに誘うかのような独特な抑揚を持っている。ドレイヴァルは短い返事に応えると、隣に控えた若い騎士に手振りを添える。するとその若い騎士は王に敬礼し、タケルたちの脇を抜けて謁見の間を退出した。


「──さて、次だ」


 扉の開閉音が天井に吸われて消える。再び室内が静まると、王は吐息とともにそう言って玉座に背を預けた。布擦れと、彼の纏う飾りの軽やかな音が小さく鳴る。王は顎をわずかに持ち上げ、跪くタケル達を見下ろした。


「アルシオンの印章が施された通行証を携えているようだが、それは何故だ? 其方らはアルマの下層ギルドだそうだが……誇り高き要塞国家アルマの王は、私的に王の印章を流通させたのか?」


 霧のような圧だ。空気が冷える。声は柔らかく暖かいのに、心臓に氷の矢を向けられているような。その姿を直視していないのに、タケルの顳顬に冷や汗が滲む。応対するハロディや、隣のカレンなどの様子を窺うことも叶わない。


「それは断じて違います。アルシオン王は我々の事情を汲み、そのお力添えをしてくださったに過ぎません」

「──では、王が力を貸すほどの理由とは何だ?」

「……彼です」


 ハロディの声が、それまでよりも鮮明にタケルの耳に届く。思わず顔を上げると、彼の神妙な眼差しと目が合った。


「彼は先日、荒れ狂う海の船上に突如として現れた少年。後ろに控えているコルニクス家の方々が異形に船を襲われているところを見事救ったという、確かな弓の腕の持ち主です」


 王の翠緑の瞳がすっとタケルに落とされる。目が合ったタケルは心臓が縮む思いに咳き込みそうになり、喉に力を入れる。


「その場に突然現れた、ということか」

「はい。彼は歴史の偏執狂の間では幻の国と噂される、”アカツキ”という国の住人だということですが、どのようにしてこの地に来たか──彼自身も知りません。異形討伐の報告をアルシオン王に求められ、それらの事情をお話したところ……帰還の緒を探る助けになるならば、と」


 王は表情を変えぬまま、喉の奥で静かに笑った。そのままひとたび目を伏せ、震える喉を鎮める。ハロディが僅かに眉を寄せたのを横目に、タケルはただ口を閉じたままその場の流れに身を任せる。


 やがて咳払いをし、王が再び口を開いた。


「もうよい、合点がいった。──異形が現れていながら、アルシオンはそれを自国の対処に止めようとしたか。アルマは”勇者”という伝説に囚われた国だ。その伝説を崇高しているあの若輩が、その者の境遇をかつての伝説に準えて取った行動なのだろう」

「ええ。ですが──実際、彼の出現は異質です。災厄を防ぐために現れたという勇者の存在……そして、今大陸に蔓延りつつある”モル”という不穏、彼の超常的な出現。我々は彼の帰還方法を探るとともに、これらについても調べを進めようと考えております。ですから──」


 片手を持ち上げ、王はハロディの発言を遮った。息を詰めるように口を閉じると、ハロディはタケルにそっと視線を流す。タケルは小さく肩を跳ねさせた。


「──災を防ぐために現れた勇者、か。確かにそのような書物もあるが……災いと共に現れ、事が済めば歴史に名を残す。実に整った寓話だ」


 王がタケルを真っ直ぐに見下ろす。瞼や眉間に力を込めぬ眼差しだが、その瞳孔が鋭さを増す。タケルの脳が無意識にそれを感じ取る。


「だが現実は寓話か? 都合よく現れる者がいるとすればそれは、災いに呼ばれているのではないか?」


 蓄えた髭の下で口角を持ち上げたのか、王が目を細める。静かな問いかけの連続は、周囲の空気を茨のように縛り付ける。


「──あるいは、災いそのものか」


 タケルは、慄きながらも目が離せない。


 王の全てを見据えるような翠緑の眼差しを前にして、自分の存在が曖昧になっていく気がした。



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