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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第四章 ”モル”

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4-6



 巨躯の異形が森に消えた後、タケルたちは瓦礫の撤去を手伝った。クラルス地方の関所から様子を見に来た兵士たちも加わり、街道の復興だけは日暮れとともに完了した。


 その際に兵士たちとの会話で、アンスールを目指していることを伝える。タケルの通行証を確認した兵士たちは加勢の礼にと、一行を馬車で送ると申し出た。


「クラルスの兵士から馬車の提供があった。事の顛末を王に拝謁申し上げるため、私が伝令士として城に向かうことになったのだ。──犠牲者も、国に帰してやらねば」

「それはありがたい。もともと王様に謁見するための旅なんだ。僕らも当事者として、渡せる情報があると思う」


 ハロディが兵士らと段取りを進める。話し合いの結果、馬車二台のうち一台に兵士たちのうち数人が、もう一台にタケルたちが乗り込み、夜の街道を進む事となった。


「さて、夜も馬を走らせて移動となれば、まる一日でアンスールに着けると思う。道中またどんなモルが出てくるか分からないから、馬車の中で交代で休むことにしよう」

「兵士の先導があるなら途中で御者を代わるぞ」

「そうしてくれると助かるね」


 静かな夜に、馬の蹄と荷車の車輪の音が響く。それは馬車内も同様だった。たまにハロディとヴァルター、カレンが会話するもすぐに途切れ、沈黙が訪れる。御者台の近くに座したヴァルターとカレンの他、荷台の中に居るのはガウリーだ。そもそも寡黙な彼は後部にあるフットボードに足を投げ出し、過ぎゆく景色を眺めている。彼が何を思うのか──背中だけではカレンたちには分からない。カレンとヴァルターは弾まない会話のさなか、ふと、同時に天井の幌を見上げた。


 タケルはちょうどガウリーの頭上、幌の後部に足を投げ出してぼんやりと空を眺めていた。昼間厚かった雲はいつしか疎らになり、流れによって月が顔を出して星空が表情を変えている。彼の背後ではいつかのように、アルトが座禅を組んでいる。彼女はタケルに背を向けて前方を見据えているため、タケルからはその背中しか見ることが出来ない。だが物思いにふける彼にとっては、それが心地よかった。


 空を眺めようと景色に集中しようと、己の矢が弾かれた光景が思い浮かぶ。振り払うように目を閉じても、何もない暗闇ではより一層、それが鮮烈になるだけだった。


 瓦礫の撤去作業中、タケルは指示を回していた兵士に頭を下げた。自分の矢が異形の手を食い止めていれば、あの兵士が命を落とすことも無かっただろう、と。しかし兵士の応えは、タケルの想像とは違うものだった。──あの時の、冷静でありつつも感情を抑えたような声が脳裏に蘇る。


「謝ることなどない。兵士とはもとより国や民を守るため、危険と隣り合わせの任を背負っている。長い平和で突発的に命を落とす事は稀となったが……本来は、覚悟を問われる職。この件は、あの異形に太刀打ちしうる力を持たなかった我々の責任だ」


 それだけ伝えて撤去作業に戻ったその兵士は今、伝令士として先頭馬車に乗っている。淡々と責務を果たしながらも、ふとした瞬間に眉を寄せていたことをタケルは知っている。故に覚悟の言葉すら慰めに聞こえ、タケルは後悔の沼から足を引き抜けずにいた。


 山奥で師匠である轍と二人、ひっそりと暮らしていただけのタケルにとって、その生活は全てが一定だった。掟さえ守っていれば、山を自由に動き回れた。田畑を世話する以外はひたすら弓の腕を磨けた。自らに課した試練を突破する事で自信を持てた。実際、弓の腕は轍のお墨付きだった。


 落ちてゆく思考に頭を振る。この胸の内を吐き出してしまいたいという思いと、それだけは出来ないという思いが交差する。──特にカレンにだけは、何か言ってしまいそうだった。だがそれによって返される言葉が想像できて、その場にいられなくなった。そして一人になることが出来ない環境で、もっとも一人になれるこの場所に逃げて来たのである。


 またいつあのような異形が現れるとも限らない。ノヴァの住人たちですら予想だにしない状況だ。早くこの茨のような心境から抜け出さなければと気持ちばかりが焦る。刺のある溜息が無意識に何度も漏れた。


「息苦しいのか?」

「──え?」


 風に乗って森の木々の騒めきを纏った、静かな声が届いた。タケルは思わず小さく声を漏らして振り返る。すると、いつの間にかこちらを向いて座禅を組み直したアルトと視線がかち合った。


「呼吸が安定しておらぬようだが」

「……ああ」


 アルトはあまりにも吐き出される溜息に、体調を気にしたらしい。だが曖昧な返事をしながらタケルは、彼女の言葉を脳裏に反芻した。


 ”息苦しいのか”──言い得て妙だった。恐らく彼女は純粋に体を気遣っただけだろう。だが意図せず胸を突かれたタケルはそこから二の句を継げなくなる。そんな彼を、アルトの琥珀の瞳が更に射抜いた。


「体調が優れぬのなら荷台で休めばよかろう」

「いや、別に体は大丈夫だよ。──ただその、……落ち着かないっていうか、何ていうか……」


 要領を得ないタケルの返事にアルトが首を傾げる。だがそこから続く言葉も無いことで、柳眉を怪訝そうに寄せた。


「何だ、はっきりせぬか」

「ああ、えっと……その、別に体調悪いとかそういうんじゃねぇから、気にしないでくれっていうか」

「……解せぬ奴め」


 アルトは不服そうにわずかに口を尖らせ、腕を組む。一本の柱が通されたような姿勢、意志の強い瞳。曇りなき力強さを纏っている彼女はタケルよりも若干小柄で、線は細い。敵に吹き飛ばされる姿は何度か見たが、毎度倒れず持ち堪えていた。何故だか今、彼女がタケルには眩しく見えた。


「アルトこそ、いつも先頭で戦ってるから疲れてるんじゃないのか? 下に行って休んだ方が……」

「某はここでも眠れるのだ。今も休んでいたのだぞ」

「へ、へえ……」


 座禅を組みながら眠っていたのかとタケルは頬を引きつらせたが、彼女に嘘がない事はここまでの旅路で知っている。本当に、必ずしも身を横たえなくとも休めるのだろう。タケルは真っ直ぐ振り返る事はせず片手をつき、半身を捻って片足を幌の上に乗せた。


「それも、修行の成果なのか?」

「そうとも言えよう。何時如何なるときも気配に気付けるよう鍛えた結果、何時如何なるときも即座に休めるようになった」

「それって、本当の意味で眠れてるのか?」

「無論」


 さも当然といった表情で即答され、タケルは小さく乾いた笑いを漏らした。彼女を前にして、自分がひどく小さな人間に感じた気がしたのだ。


「アルトって、何ていうか……強いよな」


 それは、意図せず漏れ出た呟きのようだった。それきり黙り込んだタケルにアルトは眉を顰める。束の間の沈黙を、風が横切った。


「何やら、含みを感じるが」

「──え?」

「先の異形を打ち倒す事は叶わなかった。瞳に意思を映さぬ相手の動きに翻弄された。──修行が足りぬ証拠だ」

「いや、あんたは……」


 タケルが苦い顔をして言い淀む。車輪が小石を踏んだのか、馬車が小さく跳ねた。


「……強いよ。──俺と違って」


 力なく発せられた言葉に、アルトの眉間の皺が深まる。それに気づかず、タケルは街道の向こう側にある暗い森をぼんやりと見つめる。その耳が、程なくして小さな失笑の音を拾った。


「卑屈は成長の流れを塞き止める──師匠の教えだ。理想があるのならただ、修行あるのみ。己に何を課すかは自由だと」


 タケルがアルトに向き直ると、鋭い琥珀の瞳に射抜かれる。彼女は表情を変えず、淡々と続けた。


「理想は無限だ。しかしそれが高ければ高いほど長い修行が要る。己を納得させうる成果もまた、他人が推し量るものではない。──お主も自らを卑下する前に、己に何かを課してみたらどうだ」


 その言葉は、暗雲から覗く小さな光条のようだった。胸がすくような感覚にタケルは目を瞠る。後悔を掬われたわけではない。だがそれすらも包み込む強かな器の底で意思の芽が生まれたような──不思議な感覚だった。


 明らかに瞳の色が変わったのを見たアルトはわずかに口角を持ち上げると、再び前方に向き直った。居住まいを正す背中越しに、短く告げられる。


「──もう休む」

「うん。……ありがとな」


 アルトから応えは無かったが、タケルは小さく笑って彼女に背を向けた。下を覗き込むと、ガウリーの投げ出した足が見える。幌の縁に肩を預けながら腕を組む彼が欠伸をしたような動きを見せたので、その頭頂部に向かって声を潜めて呼びかける。


「ガウリー、降りていいか」


 すると僅かに足が端に寄せられたため、タケルは幌を掴みながらうまい具合にフットボードの空いたスペースに降り立ち、荷台を覗き込む。奥ではカレンとヴァルターが肩を付き合わせて座ったまま眠っているようだった。忍び足で中に足を踏み入れるも、ちょうどよく揺れた事で木板が軋む。するとカレンがうっすらと開き、頭を持ち上げた。


「悪い、起こした」

「──いえ、お構いなく。タケル様もお休みになりますか?」

「……うん」


 カレンの柔らかい微笑みも、すんなりと受け止められた。タケルは彼らの向かいに無理やり押し込んだ借り物の荷車と、押し込むために下ろした荷物の間の小さな空間に潜り込む。幌の内側に立てかけるようにして置かれた荷車の荷台部分に背を預け、胡座をかいて眠る姿勢を取る。そのまま瞼を閉じようとしたところで、御者台からのんびりとした声が降ってきた。


「おじさんもそろそろ休んでいいかなぁ、従者君?」

「──あ?」


 らしくない声とともに小さく体を跳ねさせ、ヴァルターが目を覚ます。彼は寝ぼけ眼で眼鏡のブリッジを上げるような仕草をした。未だに彼はそうして、時折治らぬ癖を無意識に出している。


「交代、頼めるかな?」

「あ、ああ……分かった」


 手綱を軽く持ち上げて微笑むハロディに応えながら、ヴァルターが身を起こして御者を代わる。荷台に体を滑り込ませたハロディは欠伸とともにそのまま後部へと歩いたが、途中、意味深にタケルを見下ろした。その口角が微妙に持ち上がっているのを見上げたタケルがほんの少し、顔を顰める。ハロディはそれに笑みを深めたが、黙ってタケルの斜向かいに腰を下ろし、幌に背を預けた。


 夜は更け、車輪の音もぼやけ始める。自然と落ちてくる瞼に安堵を覚えながら、タケルは微睡に身を委ねた。





 明朝。地平線から太陽が上り、白み始めた空に従ってタケルは目を覚ました。いつの間にか横になっていたようで、下敷きにしていた肩の痺れを摩りながら身を起こす。向かいでは同じように横になって眠るカレン。後部では胡座をかいて幌に寄り掛かったまま目を閉じるハロディと、昨夜同様、フットボードに足を投げ出しているガウリーの背中が見える。


 タケルは大きく体を伸ばして欠伸を漏らした。腕や肩の骨が小気味良く鳴り、体が解れるとともに意識も覚醒していく。御者台に身を乗り出せば、気づいたヴァルターがいつものように「起きたか」と呟いた。


「おはよう。……今ってどの辺なんだ?」

「道程は順調だった。どの辺りなのかは土地勘が無いので分からんが──見えるか」


 ヴァルターは遠く、北西方向を指差した。森を抜け、アルマ周辺のようなゆったりとした丘陵地帯が続く向こう側に、奇妙なものが霞がかっている。それは、巨大な蓮の花にも見えた。


「何だあれ、──山?」

「ああ。奇妙な大地の隆起が重なって出来たものらしい。標高はそれほど高くはないが、天然の要塞としては充分過ぎる。──あの中に、アンスールがあるようだ」

「あの……中に?」


 タケルは今一度目を凝らす。中心から緩やかに湾曲しながら天に向けて花開くのは、花弁のような岩だ。木々に覆われた拝山と、天に向けて真っ直ぐに伸びる天峯山しかまともに見たことがないタケルは、荘厳な自然物に目を奪われた。


「途中この辺り一帯は泉も多くあるようだ。馬を休ませながら進んでも、日が暮れる頃には到着すると言っていた」

「ふうん」


 気も漫ろに生返事をするタケルは、首を伸ばしてじっと奇妙な山を眺めている。その後頭部を、ヴァルターの硬質な声が叩く。


「いよいよだな。──アカツキの情報が得られればいいが」


 タケルはハッとしてヴァルターを思わず振り返るが、彼は前方を見据えたまま手綱を握っている。


 ”アカツキに帰りたい”──不安に苛まれながらも胸の奥底で望んでいた願い。それがいつしか希薄になっていることに思い至り、タケルは密かに固唾を飲む。


 何のための旅なのか。それを再認識したタケルは、胸の奥で重く音を立てる心臓に、静かに手を添えた。





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