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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第四章 ”モル”

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4-2


 川辺に着く頃には日も沈み、宵の口の淡い空の階層が星空を浮かべ始めている。月は半分以上欠けているが、それでも銀の光は大地の草葉を十分に照らす。


 薪木があまり見当たらなかったので、なけなしのルビライトと混ぜてガウリーが火を起こす。小さな火種しか無いはずが、彼の杖の小さな一振りで一瞬炎が立ち上り、徐々に収まって無事焚き火となる。タケルは、「焚き火が出来るまで火種から離れいていろ」とハロディに言われた意味を、その時に痛感した。


 賑やかな食事の準備中も、旅人は荷台の上で目覚めない。傷はほぼ塞がったと聞いていたタケルだったが、呼吸を確かめるように何度もその胸が上下しているのを盗み見ていた。


「そんなに僕って信用ならないかなぁ?」


 焚き火の傍ではヴァルターが、宿の主人に習ったという鍋料理に悪戦苦闘している。そんな彼に香辛料の瓶を取ってくるよう頼まれたタケルは、荷台の食糧袋を漁りながらまた、旅人に目を止めていた。その背後から声をかけたのはハロディだ。いつの間に輪を外れたのやら、目立つようで時に神出鬼没な彼に、タケルは肩を跳ねさせた。


「……だって、あんな怪我初めて見たし」


 言い訳をしながら、頭の中で腹を突き刺された轍の姿を思い出そうとする。だが感情が揺さぶられていたあの時の記憶は、タケルにとっては朧げだ。しかし此度の旅人が負った生々しい傷痕と服や外套にこびりついた血、鉄錆のような匂い──それは、タケルが初めて目の当たりにする惨状だった。矢傷とはまるで異なる悲惨さだ。


「まあ確かに僕の回復魔法じゃ治せる傷はたかが知れてるけどね、今回は前より効果があるはずだ。──なぜなら、”コレ”」


 そう言ってハロディが襟元から引き出したのは、細いチェーンの首飾りだ。そのトップには小さな見覚えのある欠片が取り付けられている。


「あ、それ……」

「そ、オーカーンの欠片」

「金にしなかったのか?」

「ある程度は売ったよ。でもこれは僕の──ひいてはこの旅への投資さ。……なんだか物騒な旅になりそうだろ?」


 ハロディはオーカーンをまた懐に仕舞うと、肩を竦める。タケルはその手元を何となく何となしに目で追った。


「それがあると、効果が上がんのか?」

「オーカーン? まあね。前も言ったかも知れないけど、これって生物に作用する石だからさ。そういう魔力を持った人間が使えば効果は上がる。ただ、僕はガウリーみたいに魔力が高いわけじゃないからね。出せる力には限界があるんだ」

「……ふうん」


 納得したというより、考えるのを放棄したような返事だ。聞いた割にはそんな態度のタケルにハロディが苦笑する。そこへ、焚き火の方から刺のある声がかかった。


「おい、赤い蓋の瓶だと言っただろう! 見つからないのか?」

「あ、今行く!」


 ヴァルターの声に顔を顰め、指定された瓶を慌てて手に取ったタケルが焚き火へ駆けていく。それを見送った後、ハロディは荷台を見下ろした。


「──それにしても……旅人っていう割にはちょっと派手な装いだなぁ」


 横たわる旅人の装備は、チェストガードを付けてはいるものの軽装だ。白いシャツと赤みがかったブラウンのゆったりとしたズボン以外は赤や青の派手なサッシュを重ね、同色の羽飾り付きの飾りベルトまでしている。剣の鞘の先と耳飾りにも同様の羽飾りが存在感を放ち、極め付けは濃い紫色の外套だ。その色使いだけで目眩がしそうな出立をしていた。





 夕食はパンとスープだ。乾燥させた野菜と保存肉を、調味料や香辛料の味付けのみで煮詰めたもの。湯気から香るのは、野菜や肉から滲み出た旨味や脂の優しい芳しさと、少々の鼻を突く刺激。ヴァルターは体良く料理を完成させたようだ。


 タケルだけは例によって、肉を避けた深皿を手にしている。硬いパンをそこに浸してほぐしながら食すのは、こちら側に来てから学んだ食べ方だ。タケルはこれを密かに気に入っていた。故郷で汁物に米を混ぜて食したのをなぜか思い出すのだ。


 隣ではカレンが優雅な手つきで同じようにパンを口に運んでいる。彼女にとっては外での食事自体が変則的らしいが、もはやそんな様子はほとんど見受けられない。育ちが良さそうであること以外は、馴染んだものだ。タケルはもはや彼女に対して、出会った当初に感じていた異質さをすっかり拭い去っていた。


「テーブルに彩られたお料理も美しいですが、こうして皆さんと輪になって囲むお料理も味わい深いものですわね」


 焼き魚を口にした時もそうだが、カレンは何に対しても肯定的だ。魔力が無いということがどれだけ負い目になっているのか、そんな彼女の内面はタケルには推し量ることは出来ない。しかし、戦う術だけが能力ではない。語らずとも示される強さは、無意識にそんなことをタケルに学ばせていた。


「ま、見た目は美しかないけどね」

「人に作らせておいて何という言い草だ」

「あれ、君が率先して料理を担当したんじゃなかったかな?」


 ハロディとヴァルターは何かと言い合いをするが、厳格な年上だと思っていたヴァルターがハロディに言い返されている姿は何故だか笑いを誘う。遊びのようなやり取りを眺めながら、タケルはそんなことを思う。彼らの傍ではアルトとガウリーが黙々と食事を進めている。アルトの所作はどこか馴染み深く、豪快そうに見えるガウリーの所作は意外にも品がある。この世界に慣れるためについてしまった観察眼が、タケルの瞳を忙しなくさせていた。


 そんな緩やかな空間の片隅で、突然物が崩れ落ちるような大きな音が響いた。六人の目が音の方向へ瞬時に向けられる。すると程なくして、戸惑いと焦燥が内混ぜになった声が続く。


「な、何だここは⁈ オレ、どうしたんだ? 死んだのか⁈」


 声の正体は荷台に横たわっていた旅人だった。勢いよく飛び起きたのが原因なのか、彼の側に置かれていた荷が崩れている。どうやら驚きのままに荷台から転落したようで、地面に尻餅をついたまま、まるで小動物のように慌ただしく頭を動かしていた。


「死んでないよー! 体調が良さそうだったら君も夕食どうだい?」


 口元に手を添え、その場に座したままハロディが呑気に声を掛ける。旅人は呆けた顔を焚き火に向けた。


「え? アレ、えっとこれ……どういう状況? ていうかオレ、何かとんでもない獣にやられたんじゃなかったっけ? でもあんまり痛くねぇ?」


 旅人は上半身を捻って何とか背中を確認しようとして、痛みがないことに気付く。しかし、血濡れの外套はそのままなのを見て目を見開き、身を竦ませる。その動作一つ一つが大袈裟にも見え、全身で感情を顕にしていた。


 皿を置いて立ち上がり、カレンが旅人の元へ駆け寄る。慌ててヴァルターがそれに続いたので、反射的にタケルもそれに倣う。落ちたままの態勢でしきりに体の動作を確かめていた旅人は、集まった三人を戸惑いの眼差しで見上げた。


「体は大丈夫ですか? わたくしたちが通りがかったところ、異形に襲われて倒れている貴方を発見いたしました。間一髪のところでみなさんが異形を食い止め、怪我の治療を施してくださったのです」

「そ、そうだったのか……なんだかよく分かんねえけど助かった」


 旅人は掛け声とともに立ち上がると、カレンや、側にいたタケルやヴァルターに握手の手を差し伸べる。ひとつに結った赤毛と、目鼻立ちのくっきりとした濃い顔立ち。格好に付随して全体的に派手な男だが、人好きのする笑顔と声の抑揚が警戒心を忘れさせる。あのヴァルターの眉間にさほど皺が刻まれていないことに目を瞠りながら、タケルは促されるままにカレンたちを真似て握手の手を取った。


「──そばに落ちていた貴様の荷物らしきものも念のため回収したが、間違いないか?」


 ヴァルターが荷車の一角を指して問うと、旅人は振り返って自分の身に付けていた荷物に目を止める。しかし中身を確認する前に、慌てて自分の体をまさぐるように装備を確認する。直前まで笑顔を見せていた顔は冷や汗を浮かべて引きつり、飛びつくように荷物を開けて中を確認する。呆然と彼の行動を目で追っていたタケルたちは、その後すぐに顔面蒼白で向き直った旅人に、わずかに肩を竦ませた。


「無い! ……なあ、どっかに楽器落ちてなかったか⁈ ちょっと変わった弦楽器で、リラの首を引き伸ばしたみてぇな形してんだけどさ」


 手振りで形を再現しながら、旅人は必死の形相でタケルたちに詰め寄った。三人は顔を見合わせるも、三様に首を傾げる。すると旅人は、少し離れた焚き火で悠々と食事を続行していたハロディたちに駆け寄って同じように問いかけた。


「ああ、ならアンタらは見てないか? ……こういう、リラっぽい流線形で、弦が七本しか無くて、首が長い楽器なんだ。片手で抱えられる程度の大きさで」

「──そんなのあった?」

「……知らねえな」


 ハロディがスープを飲み込んでから悠然と仲間に問いかけるも、返事は芳しく無い。旅人は大袈裟に頭を抱え込んで膝をついた。


「ああくそ、格好つけて足止めなんかしないで、アイツと一緒に逃げれば良かった……いや、逃げても同じだったか。どのみちやられる運命だったかもしれない。はぁ……」


 ぶつぶつと独り言を発しながら盛大な溜息を吐く旅人。ハロディが小さく「いや、君助かってるからね」と緩く追求するも、その声は届かない。


 タケルたちも再び焚き火に戻ると、カレンが新しい皿にスープをよそう。それを旅人に差し出すと、その肩に手を添えて顔を上げさせた。


「どうか落ち着いてください。貴方が倒れていた場所からここまではそう遠くはありません。とはいえ夜は危険です。日が登ったらもう一度探しに行けば、見つかるかもしれませんわ」

「いや、まあ……うん」


 皿をおずおずと受け取りながら、旅人は歯切れの悪い返事をする。その様子から、タケルは彼にとってその楽器とやらが相当大事な物なのだろうと感じ取った。


「剣を持ってたから剣士なんだとばかり思ってたけど、君ってもしかして吟遊詩人?」


 ハロディが尋ねると、旅人は大きく深呼吸をしてからカレンに礼を告げ、スープを一口啜る。しばし味わうように目を伏せ、再び開いた時には瞳に幾らかの冷静さを宿していた。


「吟遊詩人っていうか……田舎から遊芸師目指して飛び出してきただけだから、今はまだ何者でもないって感じかな。剣は嗜み程度。申し遅れたけど、オレはカラ・ルドーってんだ。改めて今回のことは助かった、ありがとう」


 カラと名乗った旅人に続き、タケルたちも自己紹介を済ませる。その流れで事情を聞けば、カラはどうやらエレヴァンで行われるという”海の祭典”に参加するため、クラルス地方の山奥から遥々やって来たということだった。


「親父は剣士が食いっぱぐれないから剣の腕を磨けってうるさかったんだけどさ、オレは楽器や歌がやりたくてな。エレヴァンの海の祭典ってのは大陸中から遊芸師が集まって街を盛り上げる祭りだから、そこに混じって職にありつけたらオレの勝ち、ってことで親父を説き伏せて来たんだ。特注した唯一無二の楽器で勝負するつもりだったんだけど……はあ」


 すっかり肩を落としてスープを啜るカラに、タケルたちは複雑な視線を交わす。約一名、ガウリーだけは我関せずの様子だったが。


「剣は嗜み、とおっしゃっていましたが、貴方は勇敢なお方ですのね。わたくしたちは異形と遭遇する前に行商人の方とすれ違ったのですが、その方からは、貴方が囮になって助けてくれたとお聞きしましたわ」

「そりゃまあ……偶然襲われてるとこ出会したら、なんか放っておくのも気分悪いしさ。勢いで飛び出したはいいものの、結局やられてアンタらに助けられてんじゃ世話ないけどな。アンタらがいなかったら死んでたかもって考えるとゾッとするよ」

「──呑気な奴だ」


 自嘲するカラに、ヴァルターが呆れた声を溢す。タケルは、体の不調を訴えることなく会話をし、食事をするカラを横目に小さく安堵の溜息を漏らした。


「──お主の楽器とやら、どのような形状と言っていたか……絵に描いてみてはくれぬか」


 すんなりと集団に溶け込んだカラを中心に会話が弾み始めた時、ずっと黙り込んでいたアルトから静かな声が上がる。軽い食事を終えたカラはそばに落ちていた小石を拾い、言われた通り地面の土に線を引いていく。出来上がったのは、全体的に雫のような形状をした楽器らしき絵だ。


「この、下の部分が空洞になってて……真ん中に弦がある。弦は上の長い首の部分まで通ってて、その先端部分の金具を使って張り具合を調節すると音が変えられるんだ。全体的には木製で、真鍮の飾り細工が少し施されてる」


 簡易的ながらも特徴を捉えた分かりやすい絵だ。タケルにはそれでも想像がつかないが、アルトはそれを見て軽く目を丸くした。


「そのような形状の物が、先刻の行商人が背負っていた荷物の脇から覗いていたような気がするのだが……」

「──え⁈」


 勢いよく顔を上げ、カラが大声を上げる。


「早く言ってよ!」

「すまぬ、楽器には疎くてな。行商人の話が出た時にふと、もしやと思い立ったのだ」


 平然とそう告げるアルト。カラは石を放り出して立ち上がると、踵を返して荷車に向かって荷造りを始める。


「おい、何をしている?」

「そうと分かったらこうしちゃいられねぇよ! オレ、このままその行商人追いかける! 向かったのはリューデの方か?」


 帯刀ベルトに鞘を取り付けながら、早口で誰ともなく問いかける。月明かりがあり、街道が整備されているとはいえ夜道だ。異形に襲われたばかりだというのにその危険に足を踏み入れようとするカラに、カレンの制止がかかる。


「夜の道を進むのは危険ですわ」

「分かってる。でも、追いつくには夜のうちに距離を詰めるしかない! あっちだってどっかで野宿してるはずだからな」


 カラは忠告を聞き入れるも、その意思は頑なだ。一切手を止めることなく準備を終えると、そのまま片手を上げて一行に笑顔を向けた。


「すまん! 助けてもらった挙句食い物までもらっちまって……あ、そうだこれ、焚き火用のルビライトの欠片。ささやかだけど、礼として受け取ってくれ。旅の足しにはなるはずだろ?」


 カラは懐から小さな麻袋を取り出して、一番近くにいたタケルに差し出す。ハロディは、そんなカラの様子を呆れ顔で見上げた。


「せっかく助けたのに、また同じことになっても知らないよ? 行商人のルートなんて決まってるわけだし、慌てて追いかける必要無いと思うけど?」

「どっかでオレのストレイラが売られちまったら、また面倒なことになるだろ? 人の手に渡っちまってる可能性があるなら、一刻も早く手元に戻したいんだ」


 一歩も譲らないカラにハロディは肩を竦める。ガウリーとアルトはカラの判断を止めようとはせず、流れに身を任せている。ヴァルターも概ねハロディと同様の反応を示しているが、その主人であるカレンは、何とかカラの無謀な行動を止めようと言葉を選ぶのに頭を捻っているようだ。


 タケルは徐に立ち上がると、カラが差し出す手をやんわりと押し退けた。面食らったカラの脇を抜けて荷車に歩み寄り、荷物を装備し始める。この行動には、焚き火を囲んで座っている全ての面々が目を丸くした。


「タ、タケル様……?」

「ねえ、まさか君……」


 動揺するカレンの声に、ハロディの怪訝そうな声が続く。最後に弓矢を携えて振り返ったタケルは、呆然と見上げてくる仲間たちの視線を真っ向から受け止め、言い放つ。


「俺、手伝って来る」


 これにはいつも仏頂面のガウリーでさえ、眉を持ち上げて顔を歪めたのだった。





「君ねえ……はぁ、君が手伝うって言ったって、僕らは分かれる訳にはいかないんだからね。君はそもそも土地勘どころかこっちの常識だって危ういんだし、どうしたって手助けが必要になるだろう? それに、あのカレン様が君から離れる選択肢を取らないのは明白だ。となれば、僕らだって動かざるを得ない。君の判断は僕らの判断になるんだよ」


 結局、全員で夜の街道を引き返すこととなった。先頭のハロディから溢れるぼやきが、風に乗ってすぐ後ろのタケルの耳に届く。珍しく口を尖らせたタケルは、そんな彼にささやかな抵抗を示した。


「そうだけど、別に夜のうちに行って帰ってくるぐらい大丈夫だと思ったんだ。常識だって、ここまでいろいろ見て来たし、金の数字とかやり取りの仕方も教えてもらったし、何かあっても……」

「そうだな。常識はそれなりに叩き込んであるはずだ。戦闘力も今のところ問題無いし、街道を辿れば落ち合える。お前の判断にいちいちカレン様がわざわざ同行なさる必要も、本来無いのだ。自分の力を試すつもりで、一人で行っても良かったのだぞ」

「ヴァルター、冗談はやめてください!」


 容赦ないヴァルターの発言を、慌ててカレンが嗜める。どこからか聞こえてくる野鳥の鳴き声のような音すら響く静かな夜道、ランタンの明かりが灯された彼らの一帯だけは賑やかだ。


 ”カラを手伝う”と意思表示をしたタケルに、最初に賛同したのはカレンだった。


「タケル様……なんと慈悲深いご判断なのでしょう。確かにカラ様のお心を察するならば、人生のかかった道具をひとときでも手放している今の状態は、とても不安なことと思います。これも何かのご縁です。わたくしもタケル様をお手伝いいたします」


 カラ本人ですら遠慮したタケルの申し出は、彼女の賛同によって芋づる式に同行者が増えていくことになり、このような結果となったのだ。タケルはその流れに多少たじろいだが、心の奥底に不安が残っていたため、密かに安堵していた。


「な、なんか悪いな……大事っぽくなっちまって」


 タケルの隣を歩いていたカラが、後ろ頭を掻きながら一向に礼を告げる。彼も背に腹は変えられないのか、この状況に戸惑いながらも受け入れていた。


「お気になさらないでください。厚意としてのお手伝いですので」

「依頼ってことにして依頼料もらったら、カレン様?」

「オレは基本的に根なし草だから、払える報酬なんて無いぞ!」

「──だよねぇ」


 ハロディの進言に慌てるも、簡単に引き下がられたことで冗談と分かる。最後尾からついてくるアルトとガウリーも揃って仏頂面だが大人しく同行している。自分を手伝いたいという少年は風変わりで、そんな彼を慕う少女は身なりが良く、従者を連れている。何とも奇妙なパーティに、カラは面食らいながらも興味を持ち始めていた。


「何でこんな、初めて会った通りすがりの奴なんか手伝いたいと思ったんだよ?」


 歩きながら、カラはタケルに素朴な疑問をぶつける。するとタケルは少々口籠ったものの、横目にカラを一瞥してから小さく答えた。


「……俺も、同じような経験した事あるから。やりたい事あるのに、あんたは身を挺して他人を救ったわけだろ? それで全部台無しになるのは気の毒だと思ったんだ」

「──……へえ?」


 はっきりとは明言していないが、どうやら共感できる部分があるらしい。遠い目をするタケルの話に興味は引かれたが、カラはそれ以上尋ねることはしなかった。


「それにしても、あの行商人も悪い男だね。アルトが見たものがそうなら、命の恩人の物を持ち逃げしたってことだろう?」


 ぼやきをやめたハロディが何となしに後方へ話題を振る。カラは肩を竦めて苦笑した。


「戦いで傷つけたくないから、ストレイラは茂みに隠して即行でその場をまず離れたんだ。そうすれば囮にもなるし。そしたらあの行商人は、何度も礼を言ってその場をすぐ離れてった。でもあの獣、想像以上に強くてさ……しばらく相手してたけど無理だって思って、自分も逃げようとしたんだよ。で、その後すぐやられたわけだ。オレ視点は、別にあの行商人がそんなことする奴には見えなかったけどなぁ」

「──つまり、引き返して楽器を持ち逃げする好機は充分にあったわけだ。行商人を信じすぎるのは危険だぞ」


 ヴァルターの鋭い指摘にカラが閉口する。そうこうしているうちに、カラが楽器を隠したとする茂みに辿り着くが、案の定そこには何も無い。大きく肩を落としたカラは、か細い声で弱音を吐く。


「はぁ……人助けなんてそうそうするもんじゃないって事なのかなぁ……」

「そんな事ありませんわ、カラ様。もしあの行商人の方が故意に貴方の楽器を持ち去ったなら、その罪は行商人の方にしかありません。貴方が慈悲の心を諦めてしまう理由にはならないはずです」


 カレンが励ましの言葉を掛けるが、カラは気落ちしたままの表情で苦笑する。ぼやいていたハロディや頑固なヴァルターですら憐憫の念を彼に向け始め、一行は丘を登っては下りていく。


 月夜の星空は青白く自然を照らし、青々としていた緑は形を潜め、静かに風の音を伝えている。視界の端にちらつく森はもはや暗闇のようだが、草原は月光を反射させて輝く。揺れる草の音はまるで、何かを囁いているようだ。


 荷車の車輪の軋みがやけに響くなか、タケルたちの会話も自然と声を落としたものになる。夜というのは静けさを呼ぶ時間なのだと、タケルはしみじみ実感した。


「……ん?」


 しばらく歩くと先頭のハロディが何かに気づき、小さく声を漏らす。後列が会話を止め、彼がランタンを翳す前方を覗き込む。疎らな煉瓦の敷かれた街道の端に、不自然に荷物が落とされていたのだ。ベルトの留め具が取り付けられた革製の小さな鞄──行商人が商品を入れるのによく使われる物だ。拾い上げたハロディが中身を確認すると、そこには薬品瓶のようなものが詰め込まれていた。


「薬の瓶……主に傷薬だね。同じのが何本も揃ってるから、多分売り物だ」

「何だと? それじゃあ──」

「……みなさん、あちらを!」


 ハロディの隣で同じように中身を覗き込んだヴァルターが何かを言いかけた時、カレンの声がそれに被さる。彼女はそのまま自ら指差す方へ駆け出して行き、慌ててヴァルターが後を追う。反射的にタケルもそれに倣って街道を少し外れた場所へ行くと、そこにもまた、荷物が落ちていた。


「これは──これも中身は商品のようだな。レリーフ……いや、ブローチか?」

「魔除けだね。自分のナチュラと同じ石が施された物を持つと、加護があるっていうやつ。行商人はキャスターに報酬を支払って魔力を石に込めてもらう。それで魔除けに付加価値をつけて高値で売るのさ」


 主に掌に収まる程度の、美しい細工が施された宝飾品を手に取ったヴァルターが月明かりにそれを照らす。答えたのはハロディだ。二人は神妙な表情で目を合わせると、丁寧に鞄を閉じた。


「……なあ、なんかこれ、あっちの方まで続いてないか?」


 暗がりに視線を凝らしたタケルが指差したのは、林の茂みの方向だ。ハロディがランタンを持ち上げて光源を広げると、確かに不自然に荷物が連なるように落とされている。商品の入れられた大小の鞄、フックに下げられていただろう小さな麻袋、寝床用の布──どれもこれも行商人が一般的に使用する、背負った荷物の金具に繋いで持ち歩く物たちだ。それらが転々と、放り出されたように取り残されている。仮にその進路を辿るなら、かなり蛇行しながら先へ向かったことだろう。


「本当だ……まさか、この辺でまたあの獣に襲われたとか?」

「いや、それにしては不自然だよ。踏み荒らされて無いし、地面も綺麗なままだ。異形の痕跡は見当たらない」

「では、持ち主の方がうっかり荷物を落としてしまって、気付かず奥に進まれた、ということでしょうか?」

「うっかり、ねえ。──それならいいけど」


 カラが固唾を飲んで周囲を警戒するも、即座にハロディが否定する。カレンの平和な推測が、返って不穏な事態を予想させる。木々の生い茂った闇のその奥に一体何があるのか──いい知れない不安がタケルたちにひっそりとのしかかる。


「あの先刻の行商人も、このような荷物を背負っていたな。辿ってみればお主の楽器に辿り着くやも知れぬぞ」

「ほ、本当か?」


 ハロディやヴァルターが、拾った荷物を一時的に荷台に乗せていく。それを見下ろしていたアルトが顎を摘んでカラにそう投げかけると、カラは一瞬瞳を希望に輝かせたものの、茂みの奥の暗闇を見やると固唾を飲んだ。


「よく覚えてるね、お前」

「癖でな。サムライには相手の装備を観察し、戦う術を見極める眼も必要なのだ」

「よく言うぜ。とりあえず懐に飛び込んで相手の出方を見る脳筋の癖に」

「む、何だと」


 感嘆の声を漏らすハロディに、さも当然の如くサムライ論を唱えるアルトだったが、これにはガウリーから指摘が入る。そのまま何やら言い合いを続ける二人を背後に、他の面々は緊張の面持ちで林の奥へ歩みを進めた。


 転々と放置された荷物をひとつひとつ拾っては荷台に乗せながら、ハロディを先頭にして暗闇へと近づいていく。すぐ後ろにはタケルとカラ。その次に荷車を引くヴァルター、カレンと続き、最後尾をアルトとガウリーが守る。言い合いは止まらないが、それはご愛嬌だ。


 林には人の手が入っていないのか、入り口らしきものは見当たらない。ただ落とされた荷物を拾いながら、道無き道を進んでいく。野鳥の鳴き声とともに、遠吠えのような音も混じり始め、月が隠れ、極端に狭まった視界と相まって恐怖を誘う。先頭のハロディは淡々とランタンを翳して辺りを見渡しながら奥へ向かうが、すぐ後ろのタケルとカラは忙しなく周囲に視線を走らせながら、草の音や奇妙な鳴き声が聞こえるたびにぐるりと首を動かした。その際タケルは弓に矢をつがえる準備をしていたが、カラは剣の柄にすら手を掛けていなかった。


 林に入って程なく、タケルの耳が小さな異音を拾う。それは自然の音に紛れて微かに混じる、人の声にも聞こえた。それを知らせようと口を開き掛けた時、ハロディが突然足を止める。彼が後列を制するように伸ばした手にカラがつんのめる。ハロディはもう片方の手で前方に向けて淡々を翳すと、同時に異音のような声が輪郭を浮かばせていく。


「オモイ……オモイ……オモイ……」


 ヒトの声が、時々歪んで地響きのような音となる。それでも、ただひとつの単語をうわ言のように繰り返している。声が単語をひとつ吐き出すたびに、物を落としたような音が響く。言い合いを続けていた最後尾の二人もこれには口を閉ざし、各々戦闘の構えを取った。


 慎重に一歩を進めながら、身を屈めるようにして音の元へ近づいていく。すると、木々の連なりが少し開けた場所を通り抜けようとする”影”が、とうとうランタンの灯火にぼんやりと照らされた。


 その姿を見たタケルは、あの森で出会した人型の異形を瞬時に思い起こした。木々の合間から降り注ぐささやかな月明かりの下、輪郭を覗かせる辺りの景色の中に”影”が蠢いている。本来照らせば消えるはずの影が、そこにある。


 背負った荷物に取り付けられた小さな荷物を、影の手が覚束ない動作で外していく。何度も掻くように金具に触れ、ようやく地面に落とされるそれらの中に、ひときわ月明かりを反射させる真鍮がちらつく。タケルの隣で息を呑む音が聞こえ、そちらを見やればカラが片手で自らの口を塞いでいた。どうやら大声を上げそうになって踏みとどまったようだ。だがその反応から、真鍮を煌めかせる見慣れない形をした物こそが、彼が取り戻そうとしていた楽器だと分かる。


 開けた場所をふらつきながら、”影”はその場を離れようとしない。うろうろと足を彷徨わせるばかりだ。荷物を取りこぼして身軽になって尚も安定しない足取りは、もはや尋常ではない。


 ハロディが振り返り、ヴァルターに目配せをする。荷車を止めて様子を伺っていたヴァルターがそれに気づき、察してひとつ頷き返す。そしてそっと傍にいるカレンの肩に手を添えると、視線だけでその場に止まるよう指示を送る。心得たカレンは緊張の面持ちで胸を押さえながら首肯し、大人しく荷車に身を寄せた。


 次にハロディが視線を送ったのは後方のアルトだ。そっと手招きをして呼び寄せると、彼女は音もなく前方へと躍り出る。ハロディが顎をしゃくると、それだけでアルトはわずかに身を屈め、楽器へと狙いを定める。一歩踏み出す前に振り返り、意味深な視線をタケルに残してから、そのままゆっくりと”影”の背後に向け、慎重に距離を詰め始めた。


 タケルは密かに矢をつがえる。ガウリーが荷車の背後から動く気配は無い。彼はカレンとヴァルターのため、その場に留まっている。先頭のハロディが携えているのも剣。何かあれば援助の一手を即座に打てるのは、自分だけだ。その責を、たった今本人から託されたのだ。


 ”影”の視界に入らぬよう、アルトが音もなく足を運ばせる。茂みの中で身を潜めつつ、タケルたちが固唾を飲んでそれを見守る。”影”から発せられる声だけが響く静寂。呼吸音ひとつで気付かれやしないかと、早まる鼓動を殊更慎重な息遣いで押さえ込む。


 ”影”が、背負っていた一際大きな荷物を肩から外し、重い音を立てて地面に落ちる。そうして服だけを纏った姿となったその正体があらわになる。旅装から覗く腕は黒く変色し、首元までもがすっかり浸食されている。顔から上はまだ無事のようだが、血管が上るように、徐々に黒が顎から頬へと伸びている。額や頭をしきりに抑えるので顔の正面は窺えないが、それでも薄暗がりのなか、タケルはそれだけのことを見抜いた。


 ”影”はよろけながら数歩進んだところで、とうとう膝を折った。身軽になったはずなのに力尽きたようにくず折れ、蹲る。その隙にアルトが距離を詰め、楽器に素早く手を伸ばす。


 瞬間、呻くような音が突然止んだ。蹲っていたはずの影が、それまでの緩慢な動作からは考えられないほど俊敏な動きで顔を上げ、振り返る。その顔はまさに、夕刻にすれ違った行商人の記憶と一致した。だがその目には結膜や角膜、虹彩の境が失われ、ただ赤くぼんやりと発光している。表情にはもはや、理性は残されていない。


「駄目だ!! 俺の物だ……おれの……オレノ……」


 はっきりとした声で叫んだかと思うと視線をわずかに彷徨わせ、またうわ言のように同じ言葉を繰り返す。一時的に動きを止めていたアルトが動きを再開し、その指先が楽器に触れる。


 その時、”影”が唐突に動いた。よろめいていた足取りが嘘のように、人間とも思えぬ脚力で地面を蹴る。腕を振り上げ、低い雄叫びとともにアルトに飛びかかった”影”の衝撃を彼女の刀が受け止める。しかし踏み止まれなかったその体は地面を離れ、大きく吹き飛ばされた。


「──!!」


 タケルが咄嗟に弓を構え、宙に浮いたアルトの体に尚も襲い掛かろうとする”影”に狙いを定める。その顎に這っていた黒い血管は勢いを増して顔全体を覆い、とうとう行商人の名残を無くす。鼻も口も黒く覆われ、ただ赤く光る丸い穴が浮いた顔面が残る。”影”は元の姿を忘れて変貌し、歪な関節の可動域でぶるりと震えた腕が枯れ枝のように音も無く伸びる。


 アルトへ飛びかかる一瞬で、完全に異形と成り果てた様を目の当たりにしたタケルは思わず目を見開いたが、狙いを定めることは忘れずに弓を引く。彼にとっての異国の弓は故郷の弓よりも硬く、軋む音を立てて僅かにしなる。地面に手をついて回転し、着地と同時に体勢を立て直したアルトが刀を構え直し、異形を迎えうとうとする。しかし異形は刀に触れる寸前、放たれた矢によって顳顬を撃ち抜かれ、勢いを殺せないまま軌道を狂わせて地面に転がり落ちる。アルトの脇をすり抜け、彼女の背後でもんどりうって動きを止めると、事切れたように倒れ伏す。程なくして煙のように黒い靄を立ち上らせて消えていく。──そして唐突に、その場に夜の静寂が戻った。


 タケルは肩で息をして、呆然と弓を下ろした。その横で息を呑んで見守っていたはずのカラが感極まったように彼の肩を叩き、楽器の元へ駆けていく。


「すげえ! 何だかよく分かんねぇけど、相棒がオレの元に戻って来た! ああストレイラ、一瞬でもお前を手放して悪かった」


 興奮するカラの声が周囲の木々に反響する。楽器を拾い上げて抱きしめる彼の向こうで、アルトが刀を鞘に収めている。タケルの背後で身を潜めて様子を伺っていたカレンたちもその様子をみてひとまず安堵の息を吐く。カレンはカラの喜びように表情を綻ばせたが、どこか物憂げに瞼の力を抜いていた。


「……これは……僕ら、とんでもないものを見てしまったんじゃないか?」


 乾いた笑いとともにハロディが呟く。手放しで喜ぶカラを見つめながら、タケルたちは辿り着いてしまった一つの答えに、密かに戦慄していた。





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