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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第三章 はじめの一歩

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3-5



 日が上り、地平線が赤く染まる。星が消え、夜空が色づき始めた時、小さな物音を拾ったタケルはうっすらと目を開いた。背を預けていた荷車の車輪から身を起こし、音の方へ首を動かす。視線の先にあったのは、荷台の上で身を起こし、地平線を眺めるカレンの姿だった。


 タケルは周囲を見渡す。いつの間にか消え、炭となった薪木が燻っている。その傍で布に包まって眠るハロディと、向こう側の木を背にして腕を組んで俯くガウリーの姿が確認できる。アルトはどこかの木の上に登ってしまったので姿は見えない。タケルと同じく荷車付近で寄りかかっているヴァルターも、未だ静かに寝息を立てている。どうやら目覚めたのは二人だけのようだった。


 背後を振り返り、カレンに倣って遠い地平線を眺める。眩しさに目を細めていると、そんなタケルに気付いたカレンが荷車の上から彼を振り返った。


「あら、タケル様。おはようございます」

「うん、おはよう。早いんだな」


 声を潜めて挨拶を交わす。荷車の荷下ろし側に座ろうとしたタケルを見たカレンが少し荷台の奥へずれると、空いた隣を差し示す。遠慮がちにタケルが片膝を乗せた時、微かに揺らぐ荷車に身を硬くする。二人は肩を竦め、そっと荷台の上で隣に並んだ。


「いつもはわたくしより早く起きるヴァルターも、今回ばかりは疲労が溜まっているようです」


 そう言ってカレンは苦笑する。確かに、相部屋で何度か宿に泊まった事はあるが、タケルは彼が眠っている姿を見たことがなかった。だが今朝は荷車を引いて歩いたのが祟ったのか、未だ起きる気配はない。荷台の上からでは後ろ姿しか見えないが、肩の力はすっかり抜けているようだ。


「──美しいな朝焼けですわね」


 そうこうしているうちにも白み始める空を眺めながら、カレンがぽつりと呟く。タケルは短く相槌だけ打つと、朝日を受けて輝く草や川の水面をぼうっと眺めた。


 街や人だけ見れば、タケルにとってここは間違いなく異世界だ。しかし自然だけ見れば、郷愁の念が蘇る。有りもしない芒の白い花穂が朝焼けを受けて風に揺れる姿まで脳内に浮かび、何度も瞬きを繰り返す。一体どちらが幻想なのか──刹那の間境界があやふやになっているところに、確かなカレンの囁き声が耳に届く。


「……わたくしの故郷の朝焼けも、また違った美しさがあるのですよ。太陽の光に、風にあおられて散った粉雪が反射して、きらきらと輝くのです。刺すように冷たいのに、まるで魔法のように綺麗で……目を奪われた記憶があります」


 カレンも同じく故郷を思い出しているのか、瞼の裏に景色を描いているようだ。その声がどこか沈んでいるようにも聞こえ、タケルは応えに迷う。すると視線を感じたのか、カレンが瞼を持ち上げタケルと視線を合わせる。タケルは小さく肩を跳ねさせた。


「……どうかされました?」

「──……いや、何かその……大丈夫かなって」

「え?」


 眉を捻って首筋を撫でるタケルに、カレンは目を丸くする。しかし彼の困り切った表情から何かを察したのか、すぐに小さく笑みをこぼした。


「──タケル様はお優しい方ですね」

「俺が?」


 突然肩を揺らし、声を潜めて笑うカレン。タケルは訝しげに首を傾げる。そんな彼に目を細め、カレンは再び地平線の先を見つめた。


「ご自分の困難な状況にも関わらず、とても周囲を気にされていて……今もこうして……。タケル様は、心の内を見抜く魔法をお持ちなのかもしれませんね」

「……あんたの方がそうじゃないか? ”キゾク”って人の上に立つ家のことなんだろ? 同い年なのに、俺よりずっとしっかりしてると思うけど」

「──そう見えるのでしたら、とても幸いです」


 カレンはそう言って、膝を抱える手に力を込める。そして空の先に何かを見ながら、朝露のように言葉を溢した。


「……わたくしは、コルニクス家の名に恥じぬよう──これまで自分なりに淑女の嗜みや仕事のことなど、教えを受けてまいりました。でもわたくしは不器用で上手くいかず、お兄様や、それこそヴァルターにはお世話になりっぱなしで……小さな頃は、よく庭の隅でいじけていたのです」


 意外な発言にタケルが目を瞠る。ここまで笑顔を絶やさず、毅然にも見えたカレンがいじけている姿など想像もつかない。カレンはタケルを一瞥してくすりと笑いを漏らす。


「お兄様はお父様のご期待を背負って忙しく、共に居られる時間はわずかでした。ですから、わたくしの先生はほとんどヴァルターだったのです。……ふふ、わたくしをどうにか元気付けようとして、勇者様の物語を教えてくれたのも、彼なのですよ」

「そうなのか?」

「ええ。……一度ね、朝、日が昇る前に屋敷を飛び出して、一人で地平線を眺めに行ったことがあったのです。その時に、血相を変えたヴァルターがわたくしを探し出してくれて、とにかく叱られたのですが、”お勉強の本ばかり読んでいるから気詰まりだったんでしょう。たまにはこんなお話でも”って言って。あの手この手でわたくしを勇気付けようとしてくれる彼を見て、無謀な事は止めようと心に決めたのです」


 まさかあの現実的なヴァルターが、カレンに”勇者”という存在を与えた人物だったとは。タケルは出会った時の事を思い出す。あれからここまで、ヴァルターは勇者という存在には懐疑的に見える。彼にとってはカレンの勇者への過度な憧れも、このような現状となったことも、寝耳に水だったことだろう。


「ルナ様のところで……本当はわたくしにも魔力があるのではないかと期待しました。あのような装置は見たことがなかったので、もしわたくしに魔力があったら、一から魔法を学んで──何かタケル様の助けになれるかもって」

「え?」

「……でもやはり、わたくしは魔力を持っていなかった。……正直なところ、久しぶりに少々気落ちしてしまいました。旅をするにしても、わたくしが何かしらの枷になってしまう場面が多いですし」


 タケルは、カレンの横顔が自嘲するような眼差しを帯びている気がした。すると鼓動が重く胸に響き、脳内を言葉が行き交っては消えていく。空は茜が引き、目覚めの時は近い。二人は荷台の上でひっそりと日差しを浴びながら居住まいを正した。


「どうしようもない気持ちになった時、こうして朝焼けを見ると勇気をもらえるのです。──わたくしにしか出来ないことがあるはずって。ですからタケル様、わたくしはわたくしの出来ることであなたを必ずお助けいたします。ご安心くださいね」


 まるで自らに言い聞かせるように微笑むカレンの眼差しに、タケルは思わず喉をつまらせた。殊更に日差しを眩く感じ、目を細める。断ってしまえば彼女を傷つけるかもしれない。かと言って、素直に「頼む」と告げることも出来ない。口を開き掛けた彼は、しかし言葉を発さずに小さく頷いた。


「──俺も、恩義は返すつもりだ。具体的に何したらいいかはわかんねえけど、世話になりっぱなしじゃ気が引けるし」


 結局、胸中の緊張を素直に吐き出すだけに留まる。しかしそんなタケルにカレンは清々しい微笑みを見せた。


「わたくしたちもしかしたら、似たもの同士なのかもしれませんわね」

「そ……そうか? 全然違う気がするけど」

「ふふ」


 首を捻るタケルに構うことなく、カレンは肩を揺らしてひっそりと笑う。二人の密かな会話に、川のせせらぎが調和する。すっかり地平線から浮かび上がった太陽が照らすのは、抜けるような青空だ。


「いいねえお二人さん。青春だね」


 しばらく何をするでもなく空を眺めていた二人の背から異音が混じる。カレンがゆったりと、タケルが弾かれたように振り向くと、いつの間にか、地面に寝そべりながら肘を立てて頭だけを起こしたハロディがいやらしく口角を上げている。


「起きてたのかよ!」

「たった今だよ、たった今。うん、そう、たった今」


 わざとらしく大欠伸をするハロディに、タケルが盛大に顔を顰める。その隣でカレンは呑気に「おはようございます」と挨拶をした。


「う、嘘くせぇ……」

「心外だなぁタケル君。僕は野暮な男ではないからね」

「そろそろ皆様も目覚める頃でしょうか? アーデン様との待ち合わせもありますから、支度を始めましょうか」


 カレンが布を外して服を整えるのを見て、タケルが荷台から降りる。気まずそうに焚き火跡まで移動して胡座をかくと、ハロディも身を起こして彼に倣って座り込む。そして自らの膝を使って頬杖をつくと、満面の笑みをタケルに向けた後に荷車を見やった。


「従者先生はすっかりお疲れのようだけど、そろそろ起こしてあげようか」


 ハロディの言葉をきっかけにしたかのように、ガウリーが顔を上げ、アルトが木の上から飛び降りて来る。示し合わせたかのような二人の動作に、タケルはますます眉間の皺を深めたのだった。





 川の水を掬い、顔に浴びせて脳を覚醒させる。山育ちのタケルは水面に顔を突っ込み、その傍でカレンが笑いながら掌に透明な水を乗せる。彼女は、まるで大事なものを手の内に包むように初めての体験を楽しんでいるようだった。


 不意に始まったガウリーとアルトの魚獲り勝負に肩を揺らして笑い、川辺に並べられていく川魚をヴァルターが苦々しげに水洗いする。タケルも横から参加して成果を上げ、乾燥調味料を塗しただけの焼き魚となった。それはタケルが山でよく口にしていたものとどこか似ていて、勝手知ったるように齧り付く。カレンがそれを真似、ヴァルターが遠慮がちに「はしたないのでは」と注意する。野宿の朝は穏やかすぎる空気となった。


「手の込んだ料理だけが美味しいわけではないのですね」

「まあ、その時の状況によるよね。とんでもなく空腹だったら何でも美味いし、これが一人だったら味気ないかもしれないし」

「なるほど。演出によっては、このような体験も素晴らしいものになるということですわね」

「──そうだけど……間違っても客を空腹に追い込んでから野生料理をご提供、なんてことしないでくれよ?」

「カレン様がそのような浅慮をなさるはずがないだろう」


 食事を終え、周囲を片付けながら準備をしていると、程なくして町から一人の男が現れる。鍛え上げられた体躯に大きな荷物を背負い、すっかり旅支度を整えた初老の男は、タケルたちの集団を目の当たりにすると大きく手を振った。──彼が、例の”アーデン”という男のようだ。


 タケルやガウリーがカレンたちから聞いた話によれば、彼の依頼は”森の調査”ということらしかった。深い場所に存在する、とある魔石の採掘場所が昨今荒らされているというのだ。負傷する者も多く、魔石目当ての行商人は仕方なくリューデに滞在する羽目になっているらしい。荒々しい野獣が住みついてしまったのかと自警団を送るも解決せず、途方に暮れていた、ということだった。


「よう、勇者ギルドご一行さん! 今日はよろしく頼むぜ。……お、そっちの二人は初めて見るな。俺はアーデン。アンスールからエレヴァンの南東ラインで主に行商をやってる者だ」


 握手を求められ、流されるままに手を取るタケル。ガウリーは「ああ」と一言応えただけで、組んだ腕を解こうとはしなかった。アーデンは肩を竦めて苦笑した。


「ま、いいや。で、お前さんらはもう出発出来るのかい? 目的地は川向こうの森林地帯でな。遠くはないが、まあまあ歩くんだ」

「ええ、大丈夫ですわ。道案内、よろしくお願いいたします」


 行商人らしく懐に入るのが上手いアーデンは、流れるようにヴァルターが引こうとする荷車に自らの荷物を乗せ、引き手を名乗り出た。力仕事を率先して引き受け、平原を歩きながら身の上話や経験談を気さくに話す。会話のきっかけといえばカレンかハロディだった一行の旅は、一気に賑やかなものとなった。


「……さっきから話が止まらないが、口を動かすのに気を取られすぎて迷いはしないだろうな?」

「はっはっは! 心配すんな、体がしっかり覚えてっからよ」


 無精髭を撫でながら豪快に笑う。歳の離れた大人といえば落ち着いた人物しか知らなかったタケルは、彼のようなあけすけに見える人物を物珍しく感じながら列に続いて歩く。背後のアルトとガウリーは相変わらずで、時折二人で短い言い合いをしながらついて来る。カレンはアーデンの話に興味深く頷きながら危なげなく平原を抜け、やがて一行はとある森の入り口へと到着した。


 快晴の空の下、木々の合間は霧がかっている。薄暗く、不安を誘う森だった。ほんの入り口ほどしか入っていないが、タケルとガウリーが水浴びに使った森とは全く違う雰囲気だ。木々を開いて道は設けられているようだが、その先まで見渡すことが出来ない。ハロディが額に手を翳す。目を細めて奥を覗こうとする横を、躊躇なくアーデンは通り過ぎて森に入ろうとする。ハロディたちは意図せず顔を見合わせた。


「アーデンさん、霧が濃いみたいだけど?」

「平気だよ! ここはどこぞの迷いの森なんかじゃねえ。道はある程度整備されてるし、何より俺の頭に森の地図は入ってるんだからな。それより、さっさと問題を解決しちまいてぇんだよ」


 振り返りもせず、片手を振って森に入って行く。自分たちの荷車を引いているのは彼だ。ハロディが肩を竦め、ヴァルターが眉間を押さえて溜息を吐く。タケルとカレンが互いに目を見合わせていると、横から真っ先に動いたのはアルトだった。


「アーデン殿の言う通りだ。何、某も数多の森で修行を積んだ身。迷ったことなど一度も無いぞ」

「お前のそれは、野生の勘と運でどうにかなってるだけだからね? ……まあ、僕らがそれに肖ればいい話なのかもしれないけどさ」


 ハロディが長い溜息を吐きながら、颯爽とアーデンに着いて行くアルトの背を追う。ヴァルターは何か進言しようと口を開き掛けたが、期待に満ちた眼差しのカレンを見て言葉を飲み込む。アルトとハロディに続く形で順に森に足を踏み入れると、ひやりとした空気がタケルたちの頬を撫でた。





 荷車がかろうじて通れるほどの道を、一列に並び進んで行く。小鳥の囀りが野鳥の叫声に変わり、不自然に草木を揺らす音とともに不気味さを煽る。野生動物らしき気配はそこかしこに感じるのに、姿は見えない。タケルは、身を置いていた拝山の自然風景とは異なる得体の知れなさに固唾を飲んだ。


 鈍感なのか豪胆なのか、アーデンは容赦無くそんな森の道を進んで行く。気配に頓着のないカレン意外は、密かに身構えながら後に続く。警戒のため、アルトが後方から移動して先頭集団に混じる。その左手は刀の柄にそっと添えられていた。


「獣の声がするな。聞き慣れたもののような気もするが」

「さすが野生児。頼りにしてるよ。この中で真っ先に動けるのはお前だけだからね」


 アルトの呟きに、ハロディが茶化しながらも神妙に応える。その右手はアルト同様、自らの曲剣の柄を握っている。そんな二人の様子に、ヴァルターが息を呑みながらカレンの側に寄る。タケルも背負っていた弓を握りしめ、周囲を警戒した。


 背後で鉄の音がして、思わずタケルが振り返る。最後尾でガウリーが鎖鉄球を持ち上げている。何かあればそれを振り回すつもりなのは明らかだ。タケルは彼が杖を背負ったままな事を不思議に思ったが、何も言わずに前に向き直った。


「本当に道を失わないんだろうな? 道を折れた回数と方向は一応頭に入れているが、後ろが見えんぞ」


 背後を振り返りながらヴァルターが誰ともなく問いかける。彼の言う通り、来た道は霧に塞がれたように白く濁っている。アーデンの先導の通りにしばらく森を進んだが、足を踏み入れた時よりも霧が濃くなっている。


「地元の方を信じましょうヴァルター。わたくしたちには見えていないものが目印になっているのかもしれませんから」

「ですが、彼は行商ですよカレン様。道慣れているとはいえ、地元の人間とは限りません。──そうではないか、アーデン殿?」


 ヴァルターが先頭のアーデンに問いかけるが、返事がない。そして、ふと気づく。あれだけ道中話題を欠かさなかった彼が、森に入ってから人が変わったように黙り込んでいる。ただ迷いなく森の奥に進むばかりで全く口を開いていないのだ。


「アーデン殿、どうされた?」


 前に躍り出ようとしたヴァルターをハロディが制する。同時に、一行を取り囲むようにして複数の気配が爆発した。相変わらず姿は現さないが、取り囲んだ獲物を値踏みするようにこちらを見ているのは確かだ。


 一斉に武器を構える。呼応するようにアーデンも足を止めたが、振り向かずにただ止まっているだけなので様子は窺えない。ただ、誰もがそんな彼に構っていられる余裕を持っていなかった。


 周囲に唸り声が重なって行く。徐々に厚みを増していくそれに、タケルは弓を構えて視線を走らせる。逃げるでも、興味をもって近づいて来るでもない、野生動物とはかけ離れた動きに戸惑う。どこから何が飛び出して来るか想像もつかないことに慄くが、それを打ち消すように頭を振った。


「──持ってろ」


 最後尾から大股に歩み寄ってきたガウリーが、背負っていた杖をヴァルターに押し付けて再び後方へ戻って行く。訳もわからず杖を握りしめたヴァルターはカレンを引き寄せ、周囲に合わせて警戒態勢に入る。カレンは、そうなって初めて不安げに眉尻を下げながら瞳を迷わせた。


 陽を遮ったのは雲か霧か、周囲が一段と暗くなる。その瞬間、タケルは茂みの一点から飛び出す影の存在を捉えた。姿形までは判然としないが、反射的に弓を向ける。相手はタケルの傍──唯一身構えていないカレンを狙っている。そう確信したタケルが弓を引き切る寸前、一迅の風が間に割り込んで影を遮る。アルトだ。抜身を瞬時に煌めかせる居合が相手を弾き、影が飛び退る。霧に混じって姿を表した”それ”を目の当たりにした六人は、揃って一様に瞠目した。


「人か⁉︎」

「いや、これ──人って言っていいのかな?」


 カレンたちの側で刀を構えたアルトが声を上げる。しかしそれに応えるハロディの声は、戸惑いに震えているようにも聞こえた。


 彼らの前に現れた”それ”は、まるで獣のように手足を地面にめり込ませていた。黒い靄のようなものを体から漏らし、瞳を暗い紫に光らせている。まるで侵食されたかのように黒く変色した手足と首筋──それは、ほとんど人間のものだ。だがそれらは枯れ枝のように細く歪に長さを増している。歪な体が纏っているものを確認したハロディは思わず小さく呟いた。


「もしかして、こいつら山賊か──?」


 ぼろ布のようになった服装の特徴が、ハロディにその正体を知らしめる。だがいくら山賊といえど、言葉を発さずに唸るだけなどあり得ない。髪を湯気のように揺蕩わせ、黒い手足を四つ足の獣ように動かしながらこちらに敵意を向けている。先陣を切った者につられるようにして残りの気配が姿を現す。皆一様に変容した姿で周囲を取り囲み、うろうろと距離を保っている。喉から発せられる低い音は嗄れ、理性の欠片もない。


「山賊⁈ そんなわけが……」


 声を荒げるヴァルターに、異様な生物が突然飛びかかる。別方向から来たそれらのひとつをアルトが薙ぎ払い、もう一方をタケルの矢が撃ち落とす。地面をもんどりうちながらも再び起き上がり、相手は尚も敵意を失わない。その姿は最早獣とも言い難い。


「まさかとは思うけど、これって”モル”なのか……?」


 緊張で張り詰めた霧の空間に、乾いた笑い混じりの呟きが落ちる。ハロディは剣を構えながら、脳内で歴史書の一項を開いていた。


「いや──ひとまず、戦うしかないか」



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