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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第三章 はじめの一歩

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3-4


 疎らに敷かれた石煉瓦の街道の上を、荷車の車輪が転がる。軋む音は六人の足音や小さな会話をかき消すが、不思議と風の音や鳥の声はささやかに耳を刺激する。穏やかな道のりに、タケルがふと背後を振り返る。アルマの高い城壁は既に指先に隠れてしまうほど小さくなり、霞がかっている。陽も傾きかけた頃には緊張も幾分か解け、タケルは、ただひたすら前に向けて進める足の爪先が軽く感じられるように感じていた。


「アンスールは大陸の大体真ん中くらいの場所にある。ほとんどが平野だし街道は一応繋がってるんだけど、到着までには山越えもある。苦労するだろうけど、現地に着いたら君らは感動するだろうなぁ。流石に魔法国家ってだけあって、幻想的な場所らしいからね」


 道中、まるで知ったような口を聞くハロディだが、彼もまた旅の絵描きに見せてもらった街の景色しか知らないらしい。本心の掴みにくい大人にいちいち対処する気も失せたのか、彼の隣で荷車を引くヴァルターはうんざりしたように首を小さく横に振る。だがタケルの隣を歩くカレンは素直に瞳を輝かせた。


「まあ……それはとても楽しみですわ。もう既に、この広大な緑に心奪われておりますのに」

「そうなんだ? 僕からしてみれば、一面の白銀の世界の方が幻想的だと思うけどね」


 しばらく歩いているが、カレンの足取りもまだ軽い。こうして穏やかに笑いながら会話を交える余裕がある。


「北の地は極寒と聞く。修行のしがいがありそうだ」

「……修行馬鹿が」

「何だと?」


 最後尾を歩くアルトが生真面目な表情で会話に混じると、少し離れた位置からガウリーがぼそりと呟く。眉間に皺を刻んで彼を横目に睨み上げたアルトだったが、すぐにフンと鼻を鳴らす。


「某が相手をしてやらねば鍛錬すら出来ぬ男が何を言う。心身を鍛えるのは武人の務め。敢えてその身を危地に晒し、己を試すのもまた修行だぞ」

「てめぇのやり方はまどろっこしいんだよ」

「何がまどろっこしいと言うのだ!」

「何でもかんでも修行とかこつけんのは非効率だろうが。脳筋過ぎる」

「鎖鉄球を振り回す貴様がそれを言うか?」


 それまで静かだった最後尾が、途端に賑やかになる。気遣わしげに背後の様子をちらちらと見守るカレンの前方では、肩越しに振り返ったヴァルターが目を丸くしていた。


「……不仲がすぎないか?」

「──あれは放っといていいよ、お家芸みたいなもんだから。二人ともまだまだガキなのさ」


 肩を竦めるハロディ。しかしふと思いついたようにヴァルターに問いかける。


「そういや君は、歳はいくつなんだい?」

「俺は二十三だが」

「──カレン様とタケル君は?」

「わたくしは十七ですわ」

「俺も十七」


 次いで、振り返ってタケルたちにも同じ質問をして、返って来た答えに大きく溜息を吐く。そして両手を持ち上げて後頭部で指を組み、遠い目をして天を仰いだ。


「──若いねぇ。羨ましいことだ」


 風に乗って届いた呟きを聞き、タケルは眉を持ち上げる。見た目だけは自分たちとさほど変わらないように見えるハロディが、そんな風に年寄り染みた事を言うのは何とも可笑しく見えたのだ。





 穏やかな平野を渡る街道を、やがて木々が囲い始める。遠くにはうっすらと山影が現れ、川の音も混じり始めた。地図によれば、川を超えた先の街道は道が分かれており、森の方向へ進めば小さな町に辿り着く。暗にカレンの体力を基準として移動量を考慮していたハロディは、町に立ち寄り、そこで情報を集めがてら一晩過ごす事を既に提案していた。そして陽の沈みきった夜、ランタンの明かりを頼りに街道を逸れた一行は、危なげなくとある町へと到着した。


「ここは僕も来た事がある町だ。リューデって言って、木材とか鉱石加工なんかが盛んなんだよ」


 そこは、色彩豊かだった港湾都市エレヴァンとも、堅牢な要塞国家アルマとも違う、素朴な町だった。所々に木の柵がある程度の囲いの中、木造や石壁の建物が並ぶ。ただし、エレヴァンのように急勾配に所狭しと敷き詰められるでも、アルマのように境界があやふやな迷路じみたつくりでも無い。高くても二階建ての家並みが平坦な大地に静かに存在する、そんな町だった。


 開いている店も少ない故なのか、道端のランタンが淡く照らす町は薄暗い。飲み屋の明かりだけがぽっかりと浮いている。しかし、ロワーサイドのような不穏な空気が全く感じられないのは、民家の窓から漏れる室内の明かりが暖かいからだろう。主要な道以外には石が敷かれておらず、草地の至る箇所には人が踏み締めた獣道が存在していた。


「素敵な場所ですわね」


 店の方から聞こえてくる控えめな弦楽器の音に耳を澄ませながら、カレンが感嘆の声を漏らす。結局ここまで、彼女は一度も疲れを訴えることは無かった。そんな彼女に安堵の息を溢しつつ、ヴァルターは辺りを見廻した。


「さっさと宿を手配したいが……この人数が収まるかどうか」

「まあ、単純に男女で分けてもいいけど──……」


 ハロディの発言に、ヴァルターの視線がアルトへ向けられる。それに気づいたアルトは途端に赤面したかと思えば、すぐにその顔を青くした。


「そ、そ、某は野宿でよい!!!」


 一際大きな声でそう訴え、一歩後ずさる。そんな彼女に駆け寄るカレン。カレンは有無を言わさぬ澄んだ瞳で、容赦無くアルトの手を取った。


「うわぁ!」

「アルト様、是非ご一緒いたしましょう! 相部屋なんて楽しそう。お一人で野宿されるなんてそんな事おっしゃらずに」


 情けない声を上げるアルトにお構いなしのカレンは、さらにぐっと距離を詰める。完全に動揺しきった様子のアルトは口を開閉させながらその場に硬直した。


「あ、あ……案ずるな! 野宿とて修行の一環! さ、さ、サムライたるもの、女人と同じ寝所に入るなど言語道断!!」

「──……何を言っているんだ、あいつは?」


 カレンの手を振り払い、近場にある家の壁に張り付くアルト。そんな彼女を茫然と目で追っていたヴァルターは、あまりの態度に眉を顰めた。


「……単純に男女で分けてもいいけど、アルトがあんな感じの奴だからさ。部屋分けするにしてもカレン様以外同部屋か、君らがアルトを気にするなら三部屋必要かなって、言おうと思ったんだ」


 ハロディが肩を竦める。


「だが、彼女も同じ女性だろう?」

「そうなんだよ。……そうなんだけどね」


 不可解そうに問うヴァルターに、ハロディは曖昧な応えを残す。彼にも説明がつかない性分らしい事を悟ったヴァルターは、戸惑いながら小さく息を吐いた。


「た、確かに女と同じ部屋ってのは、駄目だよな……うん」


 そんな彼らの傍で、タケルがぼそりと呟く。ヴァルターとハロディは顔を見合わせた。


「アカツキの習わしか? タマハミといい、随分と堅苦しい国なのだな」

「まあ、騎士や教会にも似たようなマナーとか戒律があるじゃないか。君だってカレン様と同じ部屋には入れないだろう? そういうのが一般市民にも根付いてる感じなのかもね……」


 ……かくして。一悶着ありつつも宿へ向かった一行だったが、結局無駄足となった。数軒ある宿の全てが埋まっていたのだ。ほとんどが行商の客で、宿の主人はこぞって相部屋の交渉を勧めて来たが、ヴァルターが、カレンの事を考慮するとどうにも許容する事が出来ないと渋ったのだ。


 幸いにも風呂場だけは空いていれば貸して貰えるという話だったので、食事や風呂を済ませた後は街の外に野宿をしようということで話はまとまった。


「あ、あの……わたくしは相部屋でも構いませんし、そうでなくとも、わたくしに付き合って皆さんが野宿される必要はないのですよ……?」


 風呂場を借りる予定の宿に荷車を預け、六人はひとまず食事処へと向かう。道中、カレンが申し訳なさそうに周囲に訴えた。そんな彼女を安心させようと口を開きかけたヴァルターよりも先に、ハロディの笑い声が響く。


「まあ、みんなで野宿もいいんじゃない? ──満天の星空の下、焚き火を囲んで親睦を深める……これも、旅の醍醐味ってやつさ」


 そんな彼の言葉に、密かにタケルの心もほんのり躍る。これまで師匠と二人、深い山の奥でひっそりと暮らしていた。その師匠の安否は不安なままだが、このような現状となった今、こうして異国の地で誰かと交流を深めていくこと──タケルはそこに潜む高揚を拾わずにはいられなかった。


 宿を回っている間に夜も更け、食事処の客足はまばらになっていた。幸い六人が座れる席も確保出来、各々食事を注文する。食事の代金はヴァルターとハロディで折半だ。それぞれ難なく店員に注文していくなか、タケルもヴァルターの助言を受けながら何とか注文を済ませた。


 店はさほど広くなく、木造だがどこかペールの食堂を思わせる雰囲気を醸し出していた。出てくる料理も家庭料理のような素朴なもので、タケルは心の中で胸を撫で下ろす。エレヴァンで泊まった宿の店のように半ば型式ばった料理だと、知識が無いながらもどこか気が引けたのだ。店主も年嵩の女性で親しみやすく、それが彼を安心させていた。


「これまた奇妙な団体さんだなぁ。リューデには何用で?」


 カウンター席に座っていた地元の男らしき人物が六人のテーブルに声を掛けてきた。一時の間を開けてしまうタケルやカレン、ヴァルターを差し置いてハロディが答える。


「実はちょっと古い魔法の伝承を追っててね、それを探す旅に出たところだよ。でも路銀には限りもあるし、僕らアルマの勇者ギルドだから、何か困ったことあったら依頼として引き受けるよ?」


 さらっと依頼をちらつかせるハロディ。しかし、男が興味を示したのは魔法の方だった。


「魔法の伝承だぁ? ──今の時代に?」

「そう。……何ていうかさ、転移魔法みたいなやつなんだけど……おじさんは知らない……よね?」


 店員によって食事が並べられるなか、ハロディはテーブルに肘をついて男に尋ねる。しかし案の定、首を捻っただけだった。


「転移魔法? そんなのあるわけ無いだろう。そんなもの探して旅してるってのか? 呑気なもんだなぁ」

「別に、依頼を受けながら旅する予定だから、行商人と変わらなくない? 呑気な旅にはならないよ」

「──その行商人がな、今、揃ってここで足止め食らってんだよ。それに比べたら、有りもしないモン追ってるなんてあんたらの旅は呑気だろう」


 男の言葉に、ハロディが瞼をすっと細める。アルトやガウリーも食事を開始しながらその耳は男へと集中させ、タケルたち三人も密かに視線を交わす。タケルはそんななか、自分たちの卓だけ空気が冷えたような感覚を覚えた。


「……へぇ? だから宿が軒並み埋まってたってわけ? 僕ら、部屋が取れなくて今夜は野宿なんだ。この先ずっと宿取り合戦なんか御免だし、事情を知ってる行商人紹介してよ。──出来れば一番、羽振りがいい奴で」


 男は目を丸くして、呆れたように笑いを漏らした。そしてカウンターの中にいる店主と二、三やり取りしてから再び六人に向き直る。酒の入ったグラスを片手に、男は案外簡単に一軒の宿の場所を口にした。


「”赤橙亭”って宿があるだろ? そこに泊まってるアーデンって男を訪ねてみな。あの人はここらの常連で、魔石とか魔道具を扱ってるんだ。ここ数日森に入れなくて苛立ってるみたいだから、それとなくふっかけてみな」

「ほうほう。いや、いい情報をありがとう」


 穏やかに笑いながら、ハロディは心の中でほくそ笑む。そんな心中を察したのか、ヴァルターの目が微かに据わった。


「……”勇者”ギルドとは良く言ったものだな。いささか俗っぽくないか?」

「あのね、勇者だって人助けだけだけじゃ生きていけないだろ? 霞食って生きてるわけじゃないんだから、先立つものが必要不可欠なんだよ」


 声を潜めるヴァルターに、ハロディはにやりと微笑み返す。商家であるコルニクス家の従者たるヴァルターは少々苦い顔をしたが、食事とともに次の言葉を飲み込んだ。


 男が言った”赤橙亭”は、まさに彼らが荷車を預けた宿だった。配慮の良い店主は、「風呂場を貸す」と申し訳なさそうに提案してくれた。もともと野宿をする前に立ち寄ることになっていたため、”アーデン”という人物を探すのにはちょうどいい。


 食事を終えた六人は男と店主に礼を言って店を出た。そのままその足で赤橙亭へ向かう。運良く風呂場が空いていたため、その隙に順に湯を使わせてもらう事になるが、最後尾にいたガウリーは一人、踵を返した。


「──近くに川があったろ。俺はそこでいい」

「……あ! お、俺も!」


 そう言ってさっさと店を出てしまう。呆気にとられるカレンとヴァルターの横で、慌てて手を挙げたのはタケルだ。ハロディがそんなタケルを見て目を丸くしたが、すぐに頬を掻きながら「まあ、良いんじゃない?」と苦笑した。


「僕らはアーデン探しもあるから時間かかるし、先に野宿の準備しといてよ」

「──ならば某も……」

「え⁈ だ、駄目だろ!」


 平然とタケルに続こうとするアルトを制する大声が上がる。聞いたこともないタケルの声量に驚いたカレンは小さく肩を跳ねさせ、ヴァルターは思わず瞠目する。反射的に口を塞いだタケルは、そそくさとガウリーを追って外に出た。


「なにゆえ、某を止めたのだ……?」

「何でお前はそれが分からないのかね……?」


 心底不思議そうに眉を顰めるアルトの背に、至極真っ当なハロディの呆れ声が反射した。





 ひときわ長身のガウリーは、大きな歩幅で街の大通りを出口へ向かって闊歩して行く。その背を半ば小走りになりながらタケルが追う。会話は無い。二人の足音と、どこからともなく聞こえてくる町の人の声が周囲の家に反響する、静けさの立ち込める夜道。


 ガウリーは背後を振り返りはしない。彼の褐色の肌やダークブラウンの服装、同色のブーツ、そして細かく編み込んで頭頂部で纏めた長い黒髪はほとんど夜闇に溶け込んでいる。僅かにランタンの光を受けるそれらの陰影と、腰に巻いた臙脂色のサッシュ、金の飾りベルト──背負った大杖と手にした鉄の武器が彼の存在を浮かび上がらせている。昼夜を問わず周囲の目を惹く容姿をしている筈の彼だが、何故だか気配を消すことに長けていた。


 そんなガウリーに追随する形で、タケルはリューデの町の外に出た。付近には、星空の下でも暗く佇む森が見える。そこまでの僅かな平原を、迷いなくガウリーは進んだ。


 程なくして、木々の騒めきに混じって水の音がしたかと思うと、星空に水面を輝かせる川に辿り着く。ガウリーは川縁に鉄の武器と飾りベルト、装飾品や靴を置き、杖だけを携えて躊躇なく川へと入って行く。深い場所でも腰ほどの深さしかない川のようだが、彼は服を着たままにも関わらず、屈んで肩まで水に浸からせる。時折頭ごと水に突っ込む姿は、まるで野生動物のようだ。


 一部始終を呆けたまま見ていたタケルは、少し離れた場所で座り込み、まだ履き慣れぬブーツの紐を解き始める。向こうから聞こえてくる水音に焦りを覚えつつようやく靴を脱ぎ終えると、黒足袋も脱いでから次に着物に手を掛ける。


 山育ちのタケルは、よく川に入って魚を獲っていた。その要領で水浴びなど慣れたものだ。しかし、先にガウリーに水浴びを済まされてしまえば置いていかれる心配がある。袖から腕を抜き掛けたとき、ガウリーから声が掛けられた。


「おい」


 決して大声では無い。しかし彼の声は水流に乗って確かにタケルの耳に届いた。手を止めてそちらに振り向くと、水面から顔を覗かせただけの、奇妙な体勢を保ったガウリーの仏頂面がそこにある。戸惑い、応えることも忘れたタケルに、更に声が掛かる。


「そのまま川に入れ」

「え……っと、」


 言っている意味をすぐに咀嚼出来ず、曖昧な返事をする。しかし、それ以降目を伏せてしまったガウリーに根負けするように、タケルは思い切ってそのまま水の中に足を入れた。


 ひやりと冷たい川の水は、夜でも比較的温暖な気候にも関わらず肌を刺すような刺激を与えてくる。タケルは身震いしながら深い方へと進み、ガウリーに倣って肩まで浸からせて目を閉じる。脳裏に、事あるごとに「修行だ」と宣うアルトの声が浮かぶ。まさにこの状況は修行のようだ。否、単なる苦行かもしれない。


 そんな事を思っていると、不意に水温が上がった気がして、タケルは閉じていた目を開いた。その瞬間にも水は温まり、周囲には湯気のような靄すらうっすらと浮かぶ。タケルは瞠目し、思わず水流に逆らってガウリーに近づいた。彼のすぐそばで、水面が光るのを垣間見たのだ。


「あ、それ……」


 透明な水面に揺れるのは、彼の持つ杖の先に嵌め込まれた石だ。それが水中で燃えるように赤く光っている。タケルは思わず水面に頭ごと突っ込んで水の中からその様を見ようとする。しかし、赤く光る石を目に捉えた瞬間、今度は水が蛇のように渦巻いた。慌てて水から顔を出すと、ガウリーが平然と、今度は杖を水面に浮かべるように携えている。徐に彼がその手を持ち上げたとき、小さな嵐が周囲に巻き起こった。


「うわ、ちょっ……」


 水飛沫と風がタケルの頬や髪を叩く。水中では暖かい渦が衣服を揉み、足元の踏ん張りが効かなくなる。かと思えばタケルの体は風に拾われて水面から浮かび上がり、今度は暖かく強烈な風の渦に晒される。そのまま川縁まで戻されたかと思えば、突然浮力を失って砂利に叩きつけられた。


 腰を打ちつけて顔を顰めたタケルの視界の先では、平然と水から上がったガウリーが、体の周囲に風を纏いながら川縁に置いた自らの持ち物に向かって歩いている。尻餅をついたタケルの姿に不満げに舌打ちを溢しながら飾りベルトをその手に取った頃には、彼の状態は水に入る前に戻っていた。


 驚愕したタケルが自らの着物に手を触れると、水を吸って重くなっている筈の衣服はさらりとした手触りに戻っており、髪もさっぱりと乾き切っている。感動し切った彼は思わず靴と足袋を拾い、裸足のままガウリーに駆け寄った。


「なあ、今のも魔法ってやつか?」

「──あ?」


 座り込んでブーツを履くガウリーに声を掛けると、彼は面倒そうにタケルを一瞥した。そしてそのままフン、と鼻を鳴らし、「……ああ」と渋々小さく応える。仏頂面を気にする事なく、タケルは素直に魔法の力に賛辞を述べた。


「ほんとにすげぇな、それ。──風呂が一瞬で済んだ」


 慌てて足袋を履き、ブーツに足を突っ込みながら、タケルは殊更に自分の衣服や髪に触れた。一足先に身支度を終えたガウリーは、タケルの賛辞を背にさっさと川縁を下って行く。向こうに見える町の明かりを背景にした彼の背を、タケルはどこか憧憬の眼差しで眺めながら再び追う。今度は来た時よりも少し距離を詰め、少し離れた位置ながらも隣まで駆け寄った。


「あのさ、よく分かんねぇんだけど、魔法って俺にも出来るのか? あんたはどうやって出来るようになったんだ? ていうか、その鎖のやつって何で持ってるんだ?」

「──……チッ」


 突然興味を爆発させるタケルに、ガウリーは盛大な舌打ちをした。そしてタケルの問いに答えるでもなく、あからさまに歩く速度を早める。長い足を活かし、黙して大股に町へ向かって行くガウリーに、タケルはそれ以上の質問を諦めた。


「あ、なあ、焚き火の準備──」


 唐突にハロディから頼まれた事を思い出して呼び止めるも、ガウリーの足は止まらない。タケルは類稀なる動体視力で周囲に落ちた枝を拾い集めながら、まるで何かの競技を強いられているかのようにその背を追う。そうして町の側に着いた頃には何故か二人とも息を切らす羽目になり、同じ頃合いで街から出てきたカレンたちを戸惑わせた。


「何、君ら、焚き木を拾う競争でもしてた? ──その割にガウリーは小枝一つ持ってないけど」


 そう言って首を傾げるハロディだったが、すぐに興味を無くして話題を変えた。


「ま、いいや。とりあえず野宿の準備だ。タケルくんはその枝その辺にまとめておいて。ガウリーは火起こし頼むよ」

「タケル様、ガウリー様、わたくしたちは無事、アーデン様と依頼の契約を結ぶことが出来ました。これからその事についてお話しいたしますね」

「……おう」


 焚き木を両手に抱えたまま、息を整えながらタケルが応える。そんな彼の微妙な表情の変化を見抜き、カレンは笑みを深めてタケルに一歩踏み込んだ。


「タケル様、何か楽しいことでもあったのですか?」

「え、あ、いやその……」


 言葉に詰まって頬を掻いたタケルの手から焚き木がばらばらと零れ落ちる。驚いたカレンが思わず声を上げると、荷車の荷物を整理していたヴァルターが飛んで来る。「何をしている」「カレン様がお怪我をされたらどうする」と、次々に飛んでくる小言をどこか遠くに聞きながら、タケルはそれすらもじんわりと心臓を温めるような感覚に気付き、乾いた笑いを漏らした。


 視界の端ではいつの間にかガウリーとアルトが小さな小競り合いを繰り広げており、溜息を吐きながらハロディが落ちた焚き木を拾い集めている。それを手伝うために屈んだカレンに気を取られたヴァルター。結果的に解放されたタケルは、これまで重圧や緊張に押しつぶされそうになって沈殿していた心の奥底の淀みが、出来上がった焚き火から上がった火の粉のように、星空へと消えて行くような気さえしていた。




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