3-3
翌日の昼下がり、タケルは宿にて出発前の旅支度を整えていた。朝のうちにカレンやヴァルターと街を周り、カレンの旅装や必要な道具をいくつか揃え、その流れでタケルは弓を新調することとなった。彼の弓はこちらの世界の弓と形状が異なり、矢を補充しようとすると探すのが難しい事に気づいたからだ。特注しようにも時間が惜しく、また、補充の度にそうするのはかなりの手間となる。よって、タケルは新たな相棒を見繕う必要に駆られたのだ。
彼が手に取ったのはコンポジットボウだった。しかし、グリップを中心にかなり湾曲した形状の弓本体は、角や木材、要所は鉄を素材としていて重量がある。タケルは何とか店主に射法を聞き、試し撃ちすることで、ある程度手に馴染ませた。
矢籠に新調した矢を詰め、一張羅の上に装備する。着替えなど先のことを考慮して、野袴に合わせているのはレースブーツだ。元々絞られた裾を中にねじ込んで紐を縛る。意外にもそれほど見た目に違和感は無いが、本人だけが未だに渋い顔をして、爪先で何度も床板を鳴らしていた。
「そう難しい顔をするな。お前の持ち物は揃えようと思ったら全て特注品だ。代用出来るものがあるならそれに体を慣らすことも処世術の一環。──まあ、俺は闘士ではないから的外れな意見なのかもしれんがな」
同じく旅支度をしていたヴァルターが、揃えた荷物を確認しながら横目でタケルを一瞥する。タケルは一瞬口角を下げたが、小さく首を横に振った。
「文句があるわけじゃない。……ただ、慣れるのに時間がかかりそうってだけで」
「──そうか」
部屋を整えながら、ヴァルターは短く応える。どうやらこの先の心配事が、彼の小言を控えさせているらしい。そうでなくとも、”出会った当初よりは話しやすくなった”と、タケルは心の中で独りごちた。
ルナの元で軽く魔法について説明を受けた後、暗がりの研究室を後にしたタケルたちは、ハロディの部屋で一度旅の行き先について話し合った。もしタケルがノヴァに来た方法が何かしらの魔法だったとして、その謎を解く助けになるのはどうやら”霧の谷の住人”らしい。──が、接触するにはひとつ大きな問題があるという話だった。
「霧の谷の住人──”ヴェルダ族”っていうのはね、最北の山に住む種族……と、されてるんだ」
「”と、されてる”? 何だその不確かな情報は?」
曖昧な表現をするハロディをヴァルターが問い詰める。ハロディは頬を掻きながら苦笑いをひとつこぼした。
「その山っていうのがね、”エオローの森”っていう広大な森に阻まれた場所にあるんだ。──通称”闇路の森”。どんなに太陽の日差しがあろうとも森は暗く、行く先は見えず、入った者は必ず野垂れ死ぬっていうとんでもない場所さ。ヴェルダ族は人間を嫌っていて、俗世と自分たちの住処を断絶するために森を”そうしてしまった”って話」
「まあ……では、お会いするのには困難を極めそうですわね」
「それどころじゃないよ。書物によって”そこに居る”って事が確実なだけで、ほとんどアカツキみたいなものさ。まるで幻のような存在。何か特別な突破口があれば彼らの元に辿り着けるんだろうけど、まずその方法を探さないと」
「アカツキへの道を探るために、ヴェルダ族とやらに会う方法を探るのか。難儀な話だな」
雲をも掴むような話だ。カレンが憂いを帯びた瞳で口元を押さえる。全く表情を変えずに腕を組んで聞いていたアルトは、言葉に反してどこか楽しげにも見えた。
「そう。だから僕らはまず、アンスールを目指しつつ情報を探ろう。あそこはまだ魔法が根深い国だから。それに、ヴェルダ族について探るのは、アカツキの情報を求めるよりは楽なはず。資金繰りの件もあるし、依頼を拾いながら各地を訪ねてみることにしようか」
先の長い話に額を押さえるヴァルターと、部屋の隅で小さく舌打ちを漏らしたガウリー。旅に期待を寄せるカレンやアルト、冷静に全員を導くハロディ。そんな彼らの中に混じりながら、タケルは割り切れない心を鎮めるように口をひき結んでいた。
「俺はカレン様を呼びに行くから、先に下で待っていろ」
「──お、おう」
ヴァルターの硬質な声がタケルの意識を引き戻す。自分の荷物と二種の弓矢を抱えて部屋を出て、それらが壁につかえないよう新調に階段を下りる。相変わらず客の居ない食堂に下りると、窓辺の観葉植物に水をやっていたルジュがタケルを振り返った。
「あら坊や、随分と大荷物じゃないか。アーチャーってのは弓が二本も必要なのかい?」
「いや……その、置いて行けないから」
タケルはそう言って、簡単な事情をルジュに話した。するとルジュは顎を摩って逡巡する。そして、カウンターの奥へと大きく声を掛けた。
「ペールじいさん、この子の荷物さぁ、物置で保管しといてあげてもいいかい?」
「──あ?」
腰を摩りながら、相変わらず似合わないチェック柄のサロンを腰に巻いたペールが顔を出す。
「もしまたここに戻って来るつもりなら、その方が身軽で良いだろう? ……ホラこれ、使おうにも特注品らしくて、荷物になるだけなんだってさ」
片目を瞑って笑いかけたルジュは、やって来たペールにタケルの荷物を指し示す。ペールは「ふむ」と顎髭を撫でた。
「それなら荷車を貸してやろうか。古いが……まあまだ使えなくもない。──お前さんも、大事なものを手放すのは忍びないだろう?」
ペールは、大事そうに弓を抱えるタケルの腕を見ていた。目を丸くするタケルの横でルジュが拳を叩くが、すぐに眉を捻る。
「でも馬がいないんじゃ、かえって大変なんじゃないのかい?」
「……そこは、な。だが、お前さんらの中には活きのいい青年がおっただろう? ハロディたちも一緒なら引き手には事足りるんじゃないのか?」
「えっと……」
タケルが返事を戸惑っていると、カレンたちが階段を下りてきた。ヴァルターはいつもの格好だが、カレンは新調した旅装を身に纏っている。深い青の上品な上衣が膝上までを覆い、腰にはポーチの着いたベルトを締めている。上衣から覗くのは裾を絞ったゆったりとしたアイボリーのズボン、そして白いタイツにブラウンのレースブーツ……飾りすぎず、かといって貧相でもない。長く歩く事を想定した装いだ。下ろしていた亜麻色の巻き髪も、ひとつに編んで肩に垂らしている。
「おお、ちょうど活きのいいのが下りてきた」
「──何の話だ?」
小さく肩を揺らすペールに、ヴァルターは怪訝な表情で問いかける。その傍らでカレンはタケルに「お待たせしました」と笑いかけた。
タケルが物珍しげにカレンの旅装を眺める横で、ペールとヴァルターが荷車についてやり取りしたようだ。話がつくと、ルジュが「外で待ってな」と言い置いて奥へ消えて行く。またしても破格な計らいに眉を顰めるヴァルターだったが、そんな彼の反応も、ペールは楽しそうに眺めていた。
タケルたちが宿の外に出ると、何やら表通りが騒がしい。いつも賑わっているが、それとは種類が少し違う。騒めきの空気は噴水広場の方から漏れている。タケルやヴァルターが背伸びして人混みの先を覗くと、人の海を割るとともに騒めきが近づいて来る。ちらりとタケルたちの目に入ったのは、数件先の建物の中に消えて行く、担架を携えた人々。その上に横たわっている人物は何やら苦しげに呻いているように見えたが、一瞬の出来事で何が起きているのか分からない。街の人々は戸惑いながら、「怪我人か」と騒めいている。どうやら運ばれたのは医者の居る建物らしかった。
「どうかなさったのでしょうか?」
背を伸ばしても様子を窺えなかったカレンがヴァルターたちを見上げる。ヴァルターは荷物を抱え直すと、カレンに小さく答えた。
「どうやら怪我人のようです。……目立った外傷は無いようでしたので、医者に運ばれたのなら安心でしょう」
ほっとカレンが胸を撫で下ろした時、反対側から荷車を引いたルジュが姿を表した。ほとんど錆びた大きな車輪と、古びた深い色の木目が目立つ荷台。石畳の細かい段差に揺られながら軋んだ音を立てる荷車は、密かに光沢と潤いを帯びている。どうやらルジュが布で軽く水拭きしたらしい。
「はいよ、お待たせ。こいつに荷物全部乗せちまいな。道中馬でも見つけたらそいつに括って運ばせることも出来るけど、それまでは人力だ。ちょっと錆びついてるけど簡便な」
「──いや、ありがたい。感謝する」
「ありがとうございます」
礼を告げて早速荷物を配置するヴァルターと、ルジュに微笑みかけるカレン。タケルはその横で同じように礼を告げ、頭を下げる。不思議そうにタケルを真似て頭を下げたルジュは、両手を腰に当てて快活に笑った。
「物置の肥やしになってた奴だから、あんまり気にしなさんな! で? ここでハロディたちを待つのかい?」
「ああ、そろそろ時間だが──」
「おーい」
呼び声とともに、ちょうどよく噴水広場の方からハロディたち三人がやって来た。彼らはいつもの装いに荷物を増やした程度の装備だったが、ハロディだけは荷物に加えて短い外套を纏い、軽装だが鎧を身に付け、普段とは少し変わった格好をしていた。腰にはあの緩い曲線を描く曲剣を携えている。アルトはいつもの服装に荷袋の紐を肩に担ぐようにして持っただけだ。ガウリーは斜めがけに装備したホルダーの背に樫の大杖を収め、片手で荷物を抱え、もう片方にはあの鎖鉄球の付いた武器を持っていた。
「待たせたかい? ……おや、荷車?」
「ご好意で借りる事となった。──まあしばらくは、戦闘に参加出来ない俺が引こう」
ハロディがルジュを見上げる。代わりに答えたのはヴァルターだった。彼は自分たちの荷物を寄せて空いた空間にハロディたちの荷物を乗せるように促した。
「そう? じゃ、遠慮なく」
「某の事は気にするな。これもまた修行なのでな」
「──俺もいい」
何の躊躇もなく自分の鞄を荷台に乗せるハロディとは対照的に、アルトやガウリーはそれぞれ申し出を断った。理由を告げたアルトと違ってガウリーの真意は謎だが、これまでの彼の態度から滲み出る性格が、そうする事の説得力を物語っていた。
「まあ僕ら、道中で商売用の物資を積む事だってあるだろうし……旅慣れない人の休憩用にも使えるし、実際、こういうのは大事だね」
ハロディの言葉にヴァルターはむっと表情を鋭くするが、ハロディ自身はどこ吹く風だ。微妙な空気が流れたところで、ひとまず出発するかとハロディが口を開き掛けたとき、街が再び大きくざわめいた。
「う、うわあ! 誰か!」
男性の叫び声が響く。音の元を素早く辿ると、その先は先ほど担架で誰かが運ばれていった建物だった。入り口から吐き出されるようにして何人かの人物が逃げ出して行く。尻餅をつきながら建物から距離を取る者、噴水広場の方へ消えて行く者、そして、扉の前で長い杖を翳しながら身構える神父姿の男──そんな彼らを取り囲む通りがかりの人々。タケルたちが戸惑いながら背伸びして様子を伺おうとする横で、ハロディたちは冷静に騒ぎの方へ視線を巡らせた。
「アルト」
「承知」
短い指示に応え、アルトが人混みの中へ消えて行く。周囲より頭一つ分は背の高いガウリーは、眉間に皺を寄せて騒動の中心を注視する。
程なくして、街の人の騒めきが一瞬高まった。ハロディたちに並んで様子を伺おうとするタケルの背後で、ヴァルターがカレンを背に庇う。
「──誰か出てきた」
ガウリーが短く告げると同時に、断末魔のような叫びが響き渡る。
「理より外れし影、名を持たぬ闇よ! ここはお前の留まる場所ではない。神の座において我はお前を否定する。理由なき居座りをやめよ。その身は、その者だけのもの! 今ここより消え失せよ!」
同時に、老成した声が辺りに木霊する。周囲を取り囲む群衆が輪を広げ、逃げ出す者も現れ始める。その流れに逆らい、タケルやハロディ、ガウリーは掻き分けるように前方へ進む。
「理より外れし影、名を持たぬ闇よ! 我が声に傾聴せよ! 我が声に従い、元在る場所へ静かに戻れ!」
緊迫した声が、叫び声に覆いかぶさる。タケルたちが最前へ躍り出る。その先の光景は、異様なものだった。神父が距離を取ったまま杖を翳す先で、男が頭を抱えて悶え苦しんでいる。自らの髪を引きちぎらんばかりに掴んだと思えば胸を掻き毟り、歯を食いしばりながら獣のように唸っている。立ち上がろうとするも、おぼつかない足元は一歩踏み出すごとに崩れ落ち、蹲ってはまた立ち上がろうとする。時折痛みを思い出したように叫び声を上げ、その異常さに群衆は息を呑んでいた。
「ど、どうしたんだ、あれ……?」
「さあ? 僕もあんな人の姿は初めて見る。病や怪我の苦しみとは何か違う様子だ。──闇魔法の類ならあの神父の呪文で助かるはずだけど、効いてる感じが全くしない」
タケルが声を漏らすと、それに答えるようにハロディが早口で述べる。半ば、自らの脳内で情報整理をしているかのようだ。タケルは固唾を飲んで悶える人物を注視する。するとその身から、何やら黒いものが漏れ出ているのを視界の端に捉える。思わずタケルは「あっ」と再び声を漏らした。
その時だった。蹲っていた男が一際大きな叫び声を上げた。それと同時に、その身から黒い霧のようなものが噴出する。その勢いにとうとう杖を取り落とし、尻餅を付いた神父を爛々とした瞳が霧の間から捉える。その虹彩は色を失い、理性をかなぐり捨てた形相で相手を睨みつけていた。
「ああっ──!」
まるで獣のように、男は手近な神父に襲いかかった。神父は思わず叫び声を上げて目の前に自らの腕を翳し、なけなしの防御体制を取る。だがそんなものは気休めにもならない。群衆の誰もが目を覆って叫び声を上げる。タケルは瞠目した。周囲の空間がまるで突然緩慢になったかのようにゆったりとした景色の中で、男が神父に向かって振り上げた腕が容赦無く下ろされようとする。
空気が冷えた感覚を覚え、焦燥とともに一歩踏み出そうとした時、暴風が周囲の悲鳴を攫った。それとともにタケルの意識が戻る。彼の中で時は常を取り戻し、その目がアルトの姿を捉える。男の腕が神父に届く寸前、どこからか飛び出したアルトが間に入り込み、体を捻って抜き身の刀をそのまま男の腹に打ち付ける。風に千切られた霧が消え失せ、視界が開けた時には、男は地面にうつ伏せに倒れ込んでいた。
タケルが隣にいるハロディの傍に視線を向ける。そこには、いつの間にかホルダーから杖を取り出したガウリーが、それを下ろす姿があった。どうやら暴風は彼の仕業らしい。
「──助かった、ガウリー。あの霧は……ちょっとまずいかもしれないからね」
「……フン」
ハロディの礼に対して鼻を鳴らして応えたガウリーは、倒れた男を睨みつけながら徐に杖を戻す。男の傍では、アルトが刀を鞘に収めたところだった。
「あ、あ、……」
「案ずるな。峰打ちだ」
「ミネ……?」
「──斬ってはおらぬ。故に、この男は意識を失っているだけだ」
慄く神父に、事もなげに答える。アルトはそのままかがみ込んで男を仰向けにすると、呼吸や鼓動を確かめた。気絶しているからなのかどうかは定かではないが、ひとまず苦しみは消え去ったようだ。
「沙汰は任せる」
アルトはそう言って立ち上がると、タケルたちの元へ足を向ける。入れ替わりに噴水広場の方から駆けてきたのは、ロイと彼のギルドの一員らしき人物たちだ。どうやら最初に逃げた人物が銀朱の群鳥に一報を入れたらしい。神父や倒れた男の様子を伺う仲間たちを差し置いて目ざとくハロディを発見したロイは、途端に忌々しげに表情を歪めた。
「貴様、ハロディ・ロード! これは一体どういう事だ⁈」
「──はあ、僕は知らないよ。幸い証人はいっぱいいるから、そっちに聞いてくれ。僕ら先を急いでるからさ」
「何だと? おい!」
肩を怒らせ、指を差して名指しするロイに、ハロディはさっさと背を向けようとする。しかし尚も追いすがろうと声を荒げるロイに向き直ると、今度は彼の方がロイを指差した。
「いいかい? 僕らは行くところがあるんだ。何ならしばらくここを空けることになる。──だから君は僕らに感けてる場合じゃないんだよ。言ったろ? 君らは忙しくなるかもってさ」
「──フン、貴様らが街を空けたところで舞い込む仕事も無いだろうがな。……まあいい、ならばさっさと行け。ここは銀朱の群鳥が対処する」
「はいはい、あとはよろしく」
面倒そうに手を振って背を向けるハロディに、ガウリーとアルトが黙ってついて行く。そんな後続の二人を口惜しそうに睨んでから、ロイは勢いよく踵を返して仲間の元へ戻って行く。取り残されたタケルは慌ててアルトの背を負った。
「大丈夫でしたか?」
荷車まで戻ると、ヴァルターの背後から飛び出したカレンが気がかりそうに両手を組んで誰ともなく尋ねる。ハロディは両手を広げて肩を竦めると、ちらりと背後を一瞥してから苦笑した。
「ま、後のことは任せよう。ギルド長がアレでも、銀朱の群鳥じたいは良い組織ではあるんだ。目立った怪我人は無いみたいだけど、騎士の検分も入るだろうから、面倒になる前にさっさと行こう」
ハロディがヴァルターに目配せをして先を促す。ヴァルターは小さく溜息を吐くと、荷車の先頭に立つ。彼は持ち手を握ると、カレンを振り返った。
「ではカレン様、荷物と共にお乗せするのは忍びないのですが、致し方ありません。お座りください」
「ヴァ、ヴァルター! そんな……大丈夫です。わたくしも歩きます!」
まるで背負う前のように待ち構えるヴァルターに、カレンは顔を真っ赤に染めて両手を振る。そして慌てて肩にかけていた荷物を荷車に乗せた。
「ほ、ほら、荷物だけお預けしますので、これで……」
「──そ、そうですか。では、お疲れになったらいつでもおっしゃってください」
気まずそうなカレンに、ヴァルターが咳払いを交えて一言添える。そんな彼らを見て軽快に笑うハロディの横で、タケルも小さく吹き出した。
「では、お世話になりました、ペール様、ルジュ様。また戻って来ることになるかと思いますが、それまでお元気で」
去り際、店の前で二人揃って見送ってくれるペールとルジュにカレンが会釈する。鼻を鳴らすように笑うペールの横で、ルジュは穏やかに笑って手を振った。
「行ってらっしゃい。そっちも気をつけるんだよ!」
地図を片手に先頭を歩き、ヴァルターと話し合いながら先導するハロディと、荷車の背後を守るように両脇を固めるアルトとガウリー。カレンとタケルは荷車の脇に並んで歩きながら、小さくなっていくペールたちに手を振って出発した。向かうは北門。今まで訪れたことの無い場所だ。そこを抜け、これから彼らは西大陸のさらに奥地へと足を踏み入れる。
門が開き、石橋を抜けて堀を渡り、広大な平原を踏み締める。草の音を鳴らしながら髪や服を撫でる風は、あの黒い霧のようなものを彷彿とさせ、爽快さと一抹の不穏が入り混じる。この先に何が待っているかはまるで未知だが、白い雲を纏った高く青い空と、遠くまで見渡せるなだらかな大地がタケルの心を洗い流すように後押しする。
行商とすれ違いながら景色を見渡すタケルの瞳が、傍のカレンを捉える。彼女はそれに気づくと、風に靡く後れ毛を押さえながら小さく微笑んだ。




