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WORLD SMITH ─ 創星の勇者たち ─  作者: pochi.
第二章 歴史のお勉強

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2-5


 夜の帳が下される前に、カレンたち三人は噴水広場のある区域に移動することになった。宿を取るためだ。ハロディの人脈により紹介されたのは、馴染みの食堂が一階にある小さな宿だという。案内するという話でまとまると、カレンたちは早速立ち上がった。


 アルトとガウリーを部屋に残し、妖しげに賑わう路地の方向に背を向け、ハロディを先頭に再び階段を上る。鉄扉の番兵はバイロンと交代したのか別の人物に変わっており、俗っぽい彼と違って寡黙な兵士が無言で一行を通してくれた。


「説明がまだだったらすまないんだけど、このアルマは大きく三層の区域に分かれてるんだ。ヴァルクスパイア城と上流階級の区域である”ハイフォールド”と、今いるこの”セントラル”──そして、僕の部屋があった”ロワーサイド”。特にロワーサイドってのは特別で、無法者や罪人も入り混じって生活してる場所なんだ。だからああやって鉄格子で隔たれた上に、よじ登れないような高低差までつけられて隔離されてるんだけど」

「無法者や罪人だと⁈ そのような場所にカレン様を……」


 露店を閉じて酒場の賑わうセントラルも、ロワーサイドとは違った明るい雰囲気で夜の賑わいを見せていた。吟遊詩人が酒場で歌い、テラス席に向かって遊芸師が芸を披露する。酔って喜ぶ観客は彼らにチップを渡し、笑い合う声がそこかしこで響く。ほんの数時間前に異形が現れたことなど忘れたかのようないつもの賑わいに、ハロディは肩を竦めながら後方に向かって話しかけた。ロワーサイドの真実を知ったヴァルターが予想通り熱り立つが、その声も周囲の喧騒にかき消される。聞こえなかったことにして、ハロディはさらに続けた。


「それもあってロワーサイドは締め付けもそれだけ厳しいんだ。王様公認で”ラ・カーヴァ”っていう組織が取り仕切ってる。僕らは”ファミリー”って呼んでるんだけどね」

「──パニッシャーのようなものか?」

「うーん、まあそんなものかな? だから、隙さえ見せなきゃ安全ではあるから安心してくれていいよ。もしロワーサイドをうろつくことがあっても、僕らのうちの誰かがついてれば問題ない」


 そんなことを話しながら噴水広場を抜け、門とは反対側の道を進んでいく。飲食店がまばらに軒を連ねる大通りは、周囲が高い建物で囲まれているためか、エレヴァンに比べると開放感は薄い。しかし表立った道の景色は整理されており、視界を邪魔する違和感がほとんど無い。一歩道を入れば迷路のような街だが、壁に囲まれた場所なりの工夫はほどこされているようだった。


 ハロディが勧める宿は、大通りをしばらく真っ直ぐ進んだ奥にひっそりと佇んでいた。一回の四角い窓から室内の明かりが漏れ、食事のいい香りが漂っている。周囲の賑わいは遠くなり、そこには緩やかな夜の日常の雰囲気が滲んでいた。


「こんばんは。じいさん、上に二部屋空いてる?」


 ハロディが遠慮なく木製扉を開くと、取り付けられていたベルが軽やかな音を立てる。そこから更なる料理の香りが周囲に広がり、思わずタケルの腹が小さく鳴った。


「おう、窓側両方空いてるぞ。──何だ、お前さんの客か?」


 いくつかのテーブル席と、厨房と繋がるカウンター席。石造りが基本だが、テーブルや椅子は木製の物で揃えられ、可愛らしい赤いチェック模様のクロスが掛けられている。窓際やカウンター、入り口付近など、周囲のところどころに観葉植物を飾った素朴な雰囲気の室内だ。


 ハロディの声に呼ばれてカウンターから顔を覗かせたのは、体格の良い白髪の老人だ。伸びた髪を後ろで一括りにしてクロスと同じ模様のバンダナを巻き、腰にも同じようなサロンを巻いている。彫りが深く、髭を蓄えた顔立ちは強面の部類だが、身につけているものが柔らかい印象のものばかりなためかそちらに目を惹かれ、全体的に温厚な雰囲気を醸し出している人物だった。


「そうそう。あ、空いてるなら頼むよ。お得意さんになりそうだから、丁重に。あとサービスよろしく」

「ツケ払ってからモノを言え小僧が。──ああお客人、すぐに部屋を用意するんでな。よかったらその辺座って待っててくれ。おーい、ルジュ! ちょっと来てくれ」

「はいはいペールさん。……あらお客さん、いらっしゃい」


 カレンたちがとんとん拍子に進められていく会話に面食らっていると、老人──ペールに呼ばれた人物が厨房から姿を表す。それは、ガウリーに匹敵するほどの長身の女性だった。ペールよりも頭ひとつ分ほど背が高い。大きな口で笑う人好きのする顔立ちに、髪を全て頭頂部でまとめ上げたトップノット。コック服の捲った袖から覗く腕は逞しく、ペールと並ぶと親子のような印象があった。


「二階の窓際、両方軽く掃除しといてくれ」

「了解。──あ、もし食事を出すなら試作品のお菓子があるから、おまけで付けてやっておくれよ」


 ペールにそう言付けて入り口の正面にある階段で二階へ上がっていくルジュ。残されたペールは手をひとつ叩くと、テーブル席にカレンたちを促した。


「あの、お世話になります」

「……店主、宿代に関して少し相談があるのだが──」


 席につきながら会釈するカレンにヴァルターとタケルが倣う。ヴァルターはすかさず金額交渉に入ろうとするが、ペールは手をかざしてそれを制した。


「ま、みなまで言うな。この小僧が連れてくる客ってのは揃って訳ありでな。お前さんがたも──例に漏れずそのようだ。いつまで滞在するのか知らんが、ひとまず一人一晩三十ヴァルクでいいぞ」

「三十⁈」


 ヴァルターが思わず立ち上がる。隣のカレンも驚きに口元を押さえ、何も分かっていないタケルはヴァルターの大声に肩を跳ねさせる。若者たちの新鮮な反応に軽快な笑いを漏らすと、ペールは片手を振ってカウンターに移動した。


「ははは、何なら一食分までなら付けてやるぞ。とりあえず晩飯食うか?」

「は、破格すぎる……経営が成り立っているのかこの店は……」


 呆然とヴァルターが座り直す。その横を通り抜けてタケルの隣に座ったハロディが、カウンターに向かって声をかける。


「じゃあじいさん、僕もいつもので!」

「ったく、分かったよ」


 ペールが食事の準備をし始める。調理器具のの音が聞こえて始めてから、ハロディはにこやかに三人を見渡した。


「あ、あの……本当にいいのでしょうか?」

「いいんだって。年寄りの好意は素直に受け取るもんだよ」


 不安げな表情でハロディに問いかけたカレンだったが、ハロディはそれすらも笑って受け流す。強かなのか図太いのか、はたまた傍若無人なのか──カレンやタケルは愚か、ヴァルターですら、この奇妙な大人の思惑は見抜けなかった。





「じゃあまずいったん、僕らの今後のことを話し合おうか」


 シチューやスープ、パン、サラダ──どれも一般の家庭料理と言える食事がテーブルに並ぶ。カレンは焚き火の時と同様、珍しげに目を輝かせながらひとつひとつの皿を眺め、立ち込める湯気の香りを楽しむ。鶏肉と野菜を煮詰めた食欲を唆る香りは飾り気がなく、脳は直接的に胃に空腹を伝達した。ヴァルターがペールに一言添えたことにより、タケルの皿だけ肉類が抜かれている。それでもまだ慣れない異国の料理に眉を寄せつつ、緊張の面持ちでスプーンを手に取るタケルを、ハロディは物珍しげに横目で見ながら話を切り出した。


「君たちはこれから、アカツキへの道を探るために、必要があれば各地を回る。──まあ本題は船員確保なのかもしれないけど、どちらにせよ道中トラブルに遭遇することもあるだろう」


 優雅な手つきでスプーンを扱い、スープを掬いながらカレンが肯く。それを観察し、動作を模倣しながらタケルも食事を開始した。


「でね、トラブルってのは仕事になるんだ。だから僕らは君らになるべく同行することによって、仕事を得る。その報酬の取り分は基本は実働する僕らが六、君らが四。けど、依頼内容によって割合は要相談──こんな感じでどうかな?」

「五分五分ではいかんのか」

「僕らは単なる戦闘員ってだけじゃない。情報提供や助言も行うわけだから、その情報料込みって考えたら六四でも譲歩してる方だと思うけど」

「──まあ、妥当か」


 ヴァルターが苦々しい表情を見せながら紅茶を一口含む。ハロディは不敵に笑うと、さらに続けた。


「でも君らだって結構な資金繰りが必要だろうから、こういうのはどうかな? 僕らは行商人や店舗が仕入れたがる魔石の鉱脈なんかの情報も持ってる。君らはそれを採集して売ることもできるだろう。そういう、商売に関するものの報酬にはこちらは口を出さないよ。情報料も取らないし、何なら手が余ってれば手伝ったっていい」

「──よろしいのですか?」

「よろしいですよ? だって君らに稼いでもらわなきゃそもそも客船事業ってやつが再開出来ないし、船員として乗船した後タダ働きになるだろう?」


 目を瞠るカレンに、ハロディは戯けた口調でそう答える。どこか軽々しい彼に対して、ヴァルターは懐疑的だった。


「……随分と簡単に諸々のことを決めているが、船員として乗船するならばこの地を離れて船上生活が続くことになるんだぞ? 分かっているのか?」

「分かっておりますとも」


 ハロディはまたもや戯けた様子で答え、酒の入ったグラスを手に取って傾けた。


「客船事業再開までにアカツキへの道が見つかったとしても、再開後まで探索がもつれ込んだとしても、面白そうだからしばらく付き合うよ」

「貴様は良くてもあの二人はどうなんだ?」


 眉間の皺を深め、ヴァルターが低い声で問いかける。ずっと疑わし気な眼差しを向けてくる彼に、ハロディは吹き出すように小さく笑った。


「アルトは”修行だ”って言えばついてくるし、ガウリーもまあ……十中八九賛成するよ」

「……」


 半ば納得しきれない空気を醸し出しながらも、ヴァルターは口を閉じる。満足そうに口角を上げると、ハロディはカレンに視線を移した。


「で、どうかな? そんな感じでゆるっとお試し期間、お互い手を取り合ってやっていこうってことなんだけど」


 柔和だが、どこか試すような瞳を向けられ、カレンはじっとその眼差しを見つめ返した。そして逡巡の後、微笑みかえして深く肯く。


「ええ、わたくしは賛成いたします。──ヴァルター、よろしいですか?」

「私から申し上げることはございません。特段、問題も無いかと存じます。ご決断の通りに」


 ヴァルターは胸に手を当て、恭しく目を閉じる。主人とその他とで二面性を隠さない彼に胸の内で感心しながら、ハロディは苦笑した。


 三人の話が纏まると、しばし食事の時間となった。ハロディが主体となって、アルマを中心とした西大陸の話題で盛り上がる。毎日の生活や街の成り立ち、各地に広がる大まかな国の配置──余りに見てきたように話すので、依頼で遠征することが多いのかと尋ねればそうでも無いらしい。エレヴァン以外の知識は机上での想像と聞きかじりの知識──いわば卓上旅行の結果ということだった。


「あ、あのさ──」


 慣れない手つきで最後に食事を終えたタケルが、会話の切れ目で遠慮がちに発言した。一足早くティータイムを迎えていたカレンたち三人の視線が彼に集まる。タケルはティーカップを両手で持ち上げて中身を一口飲むと、緊張をほぐすかのように大きく深呼吸をした。


「──なんか、すまないな」

「何がだ?」


 ヴァルターが腕を組む。タケルは訝しむ彼を一瞥すると、再び口を開いた。


「いや、その……なんか俺、ずっと世話になりっぱなしだから……」


 殊勝な態度で視線を泳がせるタケルに、カレンたちは思わず顔を見合わせた。これまで彼は訳もわからず黙ってカレンたちと行動を共にし、ほとんど成り行きでここまでやってきた。さらにはこの先もしばらく関係が続くことになる。数日間を見知らぬ場所で過ごし、異なる文化に戸惑いながらもその生活に触れ、彼なりに”慣れ”が出たらしい。今後の見通しに一段落ついた今、ようやく自分の意思を伝える気丈さが生まれたようだった。


「お世話になりっぱなし、などということはございませんよ、タケル様。タケル様はわたくしたちのことを助けてくださったのです。お気に病むことなどございません」

「そうだよ。いい人たちに拾われてラッキーって思ってるぐらいでちょうどいいんじゃないかな?」

「──貴様がそれを言うな。カレン様のご厚意だぞ」


 遠慮がちなタケルに、カレンたちが次々と声を掛ける。カレンの人の良さはもちろん、なんだかんだで面倒見の良いヴァルターや、会って間もないにも関わらず旧知のように打ち解けているハロディ。彼らの言葉に、タケルは安堵の溜息を吐いた。


「それに、こうして目的が定まった今、お前の役割も明確になる。悪いと思うなら自分からも進んで行動を起こすことだ」


 最後にヴァルターが釘を刺す。その厳しい物言いも、タケルにとっては真綿のように感じられる。はっきりと頷き返した時、テーブルの上の皿がか片付けられると同時に小さなデザートが四人分並べられた。甘い香りが優しく皿から立ち込める。


「──オマケだとよ」


 ペールがテーブルに並べたのは、小さな焼き菓子だった。白いクリームと、小さな木の実や果物が飾られている。タケルは思わず鼻を寄せ、恐る恐る見たこともない菓子を観察した。


「あ、ありがとうございます……」

「ルジュの試作品だ。あいつが下りてきたら感想言ってやんな」


 先の展望がわずかに見え始めた小さな夜が更けていく。カレンたちはそれぞれ、どこか穏やかな気持ちで焼き菓子を口に入れる。ハロディは頬杖をつき、そんな異国から来た新しい仲間たちを穏やかに見守る。──程なくして、焼き菓子を口にした三人は盛大に咳き込んだ。


「な、何だこれは⁈ 辛い! カレン様、それ以上口にしてはなりません!」

「っか、変わったお味、ですね……」

「……ラルウァの実は結構パンチの効いたスパイスだからね。ルジュはお菓子作りに関してだけは独創性がすごいんだ」

「──それを先に言わんか!!」


 顔を赤くして咳き込む二人の向かいで、タケルだけは平然と焼き菓子を口にしていた。反応を期待していたハロディは目を丸くすると、そっと彼に自分の皿を差し出す。


「君はいける口かぁ。僕の分もあげるよ、せっかくだし」


 タケルはそんな三人の様子に首を傾げながら、快く皿を受け取った。





 翌朝。窓から朝の日差しが漏れ、小さな物音とともにタケルは目を覚ました。ベッドに上がり、柔らかな枕で眠ることにも慣れてきのか、夜中目覚めることの多かった彼は今日、いつの間にか朝を迎えていた。


 向かいのベッドの脇では、すでに身支度を整えたヴァルターが、立ったままカップ片手に朝の紅茶を愉しんでいた。


「起きたか」

「……うん」


 タケルはベッドから降りるなり、枕元に畳んでいた着物と野袴に手を伸ばす。ヴァルターがベンダバール号から救出した衣服のおかげで部屋着には事欠かないが、タケルはすぐに一張羅に着替えたがる。ヴァルターとはさほど体格も変わらないのでサイズが合わないということはない。ただ、落ち着かないのだ。だが今回は、タケルの伸ばした手が一声で止められた。


「待て。一度その服は洗いに出す。今まで水洗いとルビライトの乾燥で済ませていたが、この宿は洗濯のサービスがあるらしいのだ。たまには天日干しせねば」

「え、でも俺……」

「文句は聞かんぞ。長期的な付き合いになるのだ。カレン様と今後同行するとなれば、可能な限り身綺麗にしてもらわねば。その辺の常識は教え込ませてもらうぞ」


 ヴァルターによって用意された、ゆったりとした白シャツとブレーに渋々着替えたタケルは、予備のショートブーツに足を捻じ込んだ。着物や野袴より簡易的な構造の服にも関わらず、慣れない着心地がタケルにむず痒さを覚えさせる。じっとしていられなくなったタケルは部屋を出ると、そのまま階段を下りて階下へと向かった。


「む」


 最後の一段を下りきった頃合いに、正面にある入り口の扉が開かれた。ベルの音と共に入室したのは、相変わらずの黒装束を身に纏ったアルトだ。タケルは思わず足を止め、目を丸くした。


「タケルか。ちょうど良い。カレン殿はいるか」


 アルトがそう言って、タケルの背後にある階段に視線を送る。タケルは頬を掻き、戸惑うように眉を寄せた。


「多分まだ上だけど……何か用事か?」

「うむ。──何やら少し、面倒なことになったらしくてな。某はハロディの使いなのだが」

「……面倒なこと? 何だそれ」

「知らぬ。ただ昼過ぎから少し、其方らの時間を貰いたいとハロディは言っていた。それゆえ、支度を整えて欲しいとな」

「わかった、伝えとく」

「昼頃にまた迎えに来る。──ではな」


 用件だけ伝えると、アルトは踵を返して店を出た。姿が見えなくなった後も呆然と見送るタケルに、今度は横から声がかかる。


「よう、坊主。おはよう」

「おはよう」


 店員のルジュだ。どうやらカウンターの奥で準備をしていたようだ。


「昨日のウチの試作品、通用したのはアンタだけだってね」

「……馬鹿舌だって言われたぞ」

「あっはっは! けど、ここの料理はほとんど全部ウチが作ってるんだよ? ここだけの話、ペールじいさんの料理は不味いって不評だったみたいでね。だから他の料理が美味かったなら、馬鹿舌ってことはないんじゃないかい?」


 ルジュはそう言って笑いながら店内の掃除へと戻っていく。タケルは小さく溜息を吐くと、再び上階にある二人部屋に向かった。





 果たして、アルトの言うように、太陽が真上に登った頃にハロディはやって来た。背後にはアルトとガウリーも連れている。いつも通り生真面目な表情のアルトと仏頂面のガウリーが並ぶと、とてつもない威圧感がある。温和な雰囲気を醸し出すハロディは、まるで中和剤のようだ。


「ハロディ様、アルト様、ガウリー様、ごきげんよう」

「タケルから聞いていたが、一体何の用だ? 本格的に動くのは明日からと言っていただろう?」

「はいはいごきげんよう。──それが、兵士の報告を受けたウチの王様からお呼びがかかってね」


 怪訝そうに眉を顰めるヴァルターに苦笑しながら、ハロディは適当な席に腰掛ける。この店はごく一部の常連客しか来ないらしく、午前中はほとんど客の入りが無かった。真昼の現在も空席しか存在せず、店内はまるで彼らのアジトのようだった。


「……何だと?」

「”異形”とやりあったアルトやガウリーと……そのボスである僕が呼ばれるのは然もありなんって感じなんだけどさ。情報収集の過程で、行商人やアーミル家から君らの存在についても報告が上がったらしくてね」


 カレンたちもハロディと同じテーブルに着きながら、各々表情に緊張を走らせる。特にヴァルターは歯噛みして眉間の皺を深めた。


「まさか……カレン様を貶めるためではあるまいな」

「ヴァルター、そのようなことは」

「──どうかな? その辺の事情は分かんないけど、とりあえず王様サイドは”異形”について色々聞きたいみたいなんだ。……あとは、”異国の妙な装いをした少年”について」

「えっ」


 ちょうどハロディの隣に座ったところだったタケルは、突然名指しされたことに驚いて間の抜けた声を上げる。視線を感じてそちらを見やれば、テーブル付近の壁に寄りかかって立っているアルトとガウリーもタケルに視線を送っている。ごくりと喉を鳴らし、タケルはそちらから目を引き剥がしてハロディに向き直った。


「お、俺?」

「そ。──あ、王様っていうのは君の国だと……サムライと同じ立ち位置の人の事を言うのかな。確か国を治めてるのはサムライだって言ってたよね?」

「あ、ああ……そうだけど、何で俺が?」


 悠然と語りかけるハロディに反して硬直するタケルは、見るからに緊張した様子だ。それを観察するようにしばし目に留めていたハロディは、何事もなかったように小さく口角を持ち上げた。


「──まあ、悪いことにはならないと思うよ。僕らもいるし、行けばわかる事だからさ。それまでリラックスリラックス!」


 タケルだけでなく、カレンやヴァルターに向けてもそう言って、ハロディは両手を上げて体を伸ばした。ため息と共に手を下ろすと、大口を開けて盛大に欠伸する。カレンはきょとんと眉を上げ、ヴァルターはあからさまに表情を歪め、タケルがほかんと口を開ける。そのような彼らの反応を横目に見ていたアルトとガウリーが、意図せず同時に溜息を吐いた。





 一行はハロディを先頭に噴水広場を抜け、傍の上層部へと石畳を登った。途中、境界を隔てる通用門でハロディが兵士とやり取りをして通行許可を得、ハイフォールドへと足を踏み入れる。両側を壁に囲まれた通路を折り返しつつ丘を登れば、小さな門を潜った先に、セントラルやロワーサイドとは全く異なる景色が広がっていた。


「門番は立ってるけど、実は一般の人でも割と気軽に出入りだけは出来るんだ。教会もあるからね」


 ハロディの説明を受けながら、カレンたち異国の三人は物珍しげに辺りを見回しつつ足を動かす。広場の中央にあるのは、まるで絵画のように美しく選定された小さな庭園と噴水がある。それを取り囲むように大きな屋敷が連なるが、建物が敷き詰まった印象のあるセントラルやロワーサイドと違って道は広く、軒並みは優雅なものだ。門の側に建てられた教会には美しいステンドグラスの大窓がくり抜かれており、石造りの灰色に彩りを添えている。


 何より目を惹いたのは、その奥にある城だ。堅牢な城門の先に覗く一部でも分かる、流線型滑らかな石の彫刻が施された柱や欄干。青空の下、日差しを受けて陰影を強調するそれらは、単色の景色の中でも閑かな華やかさを放っている。針のように突き出す主塔やその他キープ、防御城塔、そして規則的な胸壁──統制された美が、外周を囲むカーテンウォールの中に収まっていた。城内を守護する兵士の姿しか外からは見えず、存在感があるにも関わらずどこかひっそりとした佇まいの城だ。


「素晴らしい建造物です。色を使わずとも、陰影だけでこのような美しい光景が作れるのですね」

「ヴァルクスパイア城をそういう風に言う人は珍しいな。大体の人は”物騒な城だ”って評価を下すからさ」


 目を輝かせるカレンに、ハロディが肩を竦める。窮屈そうに着飾った通行人とすれ違いながら、とうとう城門の前まで辿り着く。通用門同様ハロディが門番に言伝し、鉄の城門が開かれる。兵士たちの物珍しげな視線を受けながら、一行はヴァルクスパイア城へ参上した。


「でっけぇ……」


 口を開けたまま城を見上げたタケルが呟く。すっかり場違いな行動に、ヴァルターがその背を軽く叩いて嗜める。咳払いを挟むと、タケルは慣れない服と靴の感触を無視して背筋を伸ばした。


「しかし……何だ、お前たちのような装いでも入れるものなのだな」


 敷地内を歩きつつ、ヴァルターがハロディたち三人を順繰りに見やってそう言った。彼ら三人は、出会った時と然程変わらない服装だったのだ。ハロディはベストの下に着たシャツの首元を開けているし、アルトは黒装束に長い首巻姿、ガウリーはサッシュに重ねた飾りベルトと硬いブーツの音を立てながら、腕を晒した服装で堂々と闊歩している。おまけにアルトやガウリーはそれぞれ刀や杖を携えたままだ。


「ヴァルクスパイア城で暴れようなんて奴は居ないよ。即刻投獄されるし、その後どうなるかもわからないんだから。それに、謁見の間は開けてる上に警備兵だらけだ。そもそも隙が無いんだよ」

「王も手練れだと聞く。叶うなら手合わせ願いたいものだ」

「やめてくれよアルト、ゾッとするから」


 冗談とは思えない発言に身震いして見せながら、ハロディは城の扉を開く。すると広間の先、広い上り階段が続く。両側の壁には等間隔に兵士が立ち、入城した一行の気配を窺っていた。


 タケルが固唾を飲む。ヴァルターも緊張に一瞬だけ目蓋を震わせる。カレンだけはすんなりとハロディの背に続き、優雅に足を進めていく。そんな彼らを守護するように、アルトとガウリーが続く。静閑な広間を抜けて階段を上がると、さらに奥まった位置の一段上がった場所に玉座が見える。そこに姿勢良く座しているのは年若くも見える──領王だ。


「あれが領王アルシオン。この国は代々騎士階級から王が選出されるんだけど、彼は若くして騎士団長に上り詰めて王となった人だ。歳は僕より少し上くらいだったはず」


 ハロディが顔を正面に向けたまま小声で告げる。領王アルシオンは、金の刺繍が施されたアイボリーのサーコートに身を包み、臙脂色の外套を纏っていた。ほとんど騎士同然の出立だが、一つ一つの装備は明らかに他の兵士や騎士たちと異なる逸品だ。銀の光沢を持つポールドロン、ガントレット、グリーヴ。胸元には王の証であるエンブレム、額には同じく王の証であるサークレットを身につけている。彫りの深い顔立ちは精悍でありながら知的な印象も醸し出しており、珍しく髭を蓄えていないからなのか、若々しさすら窺える。


 玉座の側に控える家臣が恭しく両手に乗せているのは、普段は王の帯刀ベルトに装備されているであろう、細身の剣だ。螺旋模様を描く銀の細工が施された革製の鞘から、黒いグリップと銀のバスケットヒルトが覗いている。一行は段差の前で立ち止まると、恭しく跪いた。


「ハロディ・ロード、ご指定の人物を携え参上いたしました」


 聞いたこともない畏まった声でハロディが短く告げる。しばし領王の応えを待つと、やがてしんと静まり返った謁見の間に、低く柔らかい声が木霊した。


「──面を上げてくれ。形式的な挨拶は割愛させてもらう。早速本題に入りたいのだが」


 領王はそう言うと、懐から書簡を取り出してさっと目を通し、再び一行を見下ろした。


「先日の一件の報告は受けた。多くの者が得体の知れない”異形”を目撃したようだが、其方らは直接対峙した者たちだそうだな。しかも、あのコルニクス家のご令嬢もその一人だという情報が入っている。それは誠だろうか?」

「はい。わたくしたちは客船事業のために、ご興味をいただいたアーミル家の前御当主に乗船いただいて海に出ておりました。その際、ブルーフォールと呼ばれる海中の穴が広がり、そこから見たこともない異形が現れたのを確認しております」

「ふむ──海の異形、か……」


 カレンの回答に逡巡すると、王は書簡を懐に戻す。そしてぐるりと一行を見回した。


「その海の異形について、形状を知りたい」

「──触手を持つ、海洋生物のような形をしておりました。船をも飲み込むのではないかというほどの大きさで……本体は、海に隠れておりましたので確認できておりません。ただ、どこか生物とも異なるような……自然現象にも似た外見をしていたようにも見えました」


 カレンはヴァルターの意見も汲み取りつつ、領王に情報を提供する。まるで物怖じしていないその様子に、半歩後ろで周りを真似て跪いていたタケルは密かに目を瞠った。


「その際、嵐が巻き起こったというのは?」

「はい。出現と共に急激に空と海が荒れましたが、撃退された後には徐々に治まりました」

「”撃退”された後──」


 領王は呟くと、そのブラウンの瞳をタケルに向けた。目尻の上がった鋭い視線に射抜かれ、タケルの背に小さな稲妻が走る。目に見えて固まったタケルに表情をわずかに緩めると、領王は続けた。


「その、撃退方法とは如何なるものだったのか──聞かせてほしい」


 その言葉を受けると、カレンは背後を振り返った。領王だけでなく、周囲の家臣たちの視線も一斉にタケルに集中する。タケルは喉を詰まらせてわずかに瞳を泳がせた。


「こちらのお方が見事海の異形を倒し、わたくしたちを脅威から救ってくださったのです」

「……アーミル家の報告では──帰還後、乗船時には見なかった風変わりな少年が存在した、とあったが」


 その問いかけには、カレンはすぐには答えなかった。考えあぐねいている様子に、タケルの隣で控えているヴァルターが口を開こうとする。しかしそれよりも先に発言したのはハロディだった。


「王、私は彼らより粗方の事情を聞きました。するとどうやらこちらの少年は──何も無い空間から、突然出現したようでして」


 カレンたち三人の瞳がハロディに集まる。それに対しハロディは、不敵な笑みを浮かべるだけだった。


「何らかの魔法かもしれません。ですが、彼自身は魔法という存在すら知らない様子。──いずれにせよこの状況、覚えがおありになるのでは?」

「──まさか」

「恐れながら、アルマの領王として──ご決断なさるべき事がおありかと存じます」


 ハロディが、導くように言葉を紡ぐ。領王は姿勢を正したまま、ひたとタケルを見下ろした。しばし、空気に細い糸が張る。タケルはその間、自分の心臓の音が周囲に響き渡るのではないかと胸の内で慄いた。


「──少年よ、名を何という?」


 突然問いかけられ、驚いたタケルは反射的にハロディやカレンたちに視線を送る。するとハロディが顎を小さくしゃくって促すので、意を決して小さく深呼吸をする。


「……タケルです」

「タケル、か。──耳慣れぬ響きだ」


 領王はそう言って立ち上がると、片手を上げた。すると側に控えていた家臣が前に出て跪き、剣を掲げる。ゆっくりと鞘から剣が抜かれ、手入れの行き届いた刃が照明の光を反射して煌く。領王はグリップを持つ手とは逆の手に、静かにその刃を乗せた。


「しばし、語りの時間をいただこう」


 刃に映る自らの瞳と対峙しながら、領王は凛とした声を床に落とした。


「アルマには、あるひとつの伝承がある。今やもう誰もそれを恭しく語らなくなったが──”勇者”と呼ばれた青年の伝承だ。彼の者は海が割れ、星に災厄が蔓延ってしばらく後、突如としてこの地に現れた。そしてかつてこの地を治めていたアルマの領主に、こう進言したという」


 照明のほのかな灯火が、騎士の装いをした若き王を照らす。その新星にも見える光景を、誰もが黙して見守る。


「”災厄の源を探り、必ず治めてしんぜよう。故に、統治者はすべからく守護に努めよ”と」


 ふと、領王はタケルを見下ろした。その瞳を直視すると、タケルは脳内に覚えのない映像が浮かぶ気がして恐ろしくなった。しかし不思議と視線を逸らす事が出来ず、瞬きすら忘れた瞳が乾いていく。


「果たして星は救われ、人の世は数百年の平穏を手に入れた。──しかしこれは揺るがぬ平穏ではない。いずれまた歪みは生まれ、広がれば再び災厄は訪れる。青年は、そう危惧して姿を消した……とされている」


 一度語りを終えると、領王は刃を持ち上げた。そして両手で柄を持ち、眼前に剣を構える。


「平穏に溺れた今の世は、その危惧を拭い去ってしまっている。しかし、勇者と呼ばれた青年の拠点となっていたこの地だけは、それを忘れてはならないと固く伝えられている」

「少年よ、前へ」


 控えていた家臣がタケルに呼びかける。戸惑いながら助けを求めるように視線を泳がせたタケル。心なしか瞳を輝かせているようなカレンと、眉を寄せたヴァルター、そしてその先のハロディを見やった時、彼は片目を閉じてから目配せし、王の御前へ行くようタケルを促す。


「行って、王様の前で跪いて来て」


 ハロディの囁き声がタケルを急かす。訳もわからず立ち上がったタケルは、まるで浮遊するように安定しない足を叱咤して、空気に飲まれるように領王の前に跪いた。


「海が割れ、異形と共に現れし少年よ。かつての勇者所縁の地であるアルマの王として其方に頼みたい。もし再びこの星に災厄が訪れようとしているのならば、その源を探ってはくれまいか」


 カレンとヴァルターの目が違った意味で見開かれる。タケルもあまりの驚愕に瞠目していた。同時に、王から突然提示されたとてつもない重責を肌で感じ、口を開けたまま目前の領王を見上げる。刃を通して見えるのは、誠実且つ真摯な眼差し。そして王であり騎士である者の威厳。


 応えることも忘れ、タケルはその場に硬直した。




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