第93話 お墓参り
「ここからは歩きだ」
下田駅の横を抜けて少し上ったところで、父さんは車をとめた。
この上の丘に、澪母さんのお墓があるらしい。
ドアを開けると波の音がした。
山の切れ間からは、沖まで続く白波が見える。
「悠真。お線香とお花は持った?」
俺は母さんに言われて、紙袋の中を覗いた。さっき駅前で買った水仙の花束が入っている。
「あぁ。でも、お供えの花で水仙って珍しいね」
先頭を歩いていた父さんが振り返った。
「それは、澪が好きだった花だ」
鈴音も紙袋を持っている。
「辛いなら、それも待とうか?」
すると、鈴音は紙袋を両手で抱えて、首を横に振った。
「これは自分で持ちたいから」
昨日、鈴音と朱音で何か準備していたみたいだ。
木陰に雪が残る歩道を10分ほど歩くと、見晴らしの良い丘が見えてきた。その真ん中くらいに、一つだけお墓があった。
「あれが澪のお墓よ」
母さんはそう言うと、俺の手を引いた。
お墓は手入れが行き届いていて、綺麗だった。
墓石の横に立つと、海と街並みが見渡せた。海の先には霞んだ稜線が見える。
「父さん。俺の家はあっちの方角?」
「あぁ。夕暮れ時にはここから東京の灯りが見えるんだよ」
父さんはそう言って目を細めた。
柄杓でお墓に水をかける。
水仙とお菓子をお供えして、お線香に火をつけた。
すると、鈴音が紙袋を覗いた。
「わたし、これ持ってきたから。お供えしていい?」
「もちろん。きっと澪も喜ぶよ」
父さんはそう言って微笑んだ。
鈴音はお墓の前の台にお弁当箱を置いて、蓋を開けた。中身はハンバーグだった。
「これ、どうしたの?」
「わたし、どうしたら澪さんに喜んでもらえるか分からなくて。ママにレシピの話を聞いて、朱音ちゃんと作ったの」
母さんが言った。
「これね。澪の得意料理なのよ。悠真、あなたに食べさせたいって、澪からレシピを引き継いだの」
俺は母さんのハンバーグが好きだ。
普段はそんなに作ってくれないけれど、誕生日やお祝い事の時には、いつも作ってくれる。
そういえば、空手の大会で事故があって込んでいた時にも、作ってくれたっけ。
澪母さんのことを俺に伏せていたから。
きっと、俺にはレシピのことを話さなかったのだろう。
墓石の前で手を合わせて、目を瞑る。
沈黙が訪れた。
目を開けると、つやつやの墓石に、俺の姿が映っていた。
「ここね。食べ物を残しちゃいけないんだって。悠真、これ食べちゃって」
鈴音はそう言うと、俺に弁当箱を渡した。
いつもの弁当箱だ。
「俺1人で食べちゃっていいの?」
「あぁ。もちろん」
父さんと母さんは同時に答えた。
岩に腰をかけて、弁当箱を膝にのせた。
保温バッグに入っていたので、ほのかに温かい。
かじかんだ指先に熱が伝わる。
ハンバーグを口に入れる。
甘めの味付けだ。
何口目かで、口の中がジャリッとした。
これは多分、玉子の殻だ。
朱音の仕業かな。
あいつ、料理苦手そうだし。
鈴音が時々、お弁当に入れてくれるハンバーグと同じ味。
そんなことを考えていると、海風がふっと抜けて、冷たい粒が頬に当たった。
「風花だ」
父さんの声。
見上げると、青い空に雪が舞っていた。
——あぁ、俺はちゃんと澪母さんの味を知ってたんだ。
舌先にソースの甘い余韻を感じながら、そう思った。
「じゃあ、そろそろ行くか」
父さんに声をかけられて、荷物をまとめた。
下り始めると、母さんがいないことに気づいた。
「母さんがいないんだけど」
俺の言葉に、父さんは振り向いた。
「母さんは、親友と話があるんだろ。ほら、先に戻って、車を暖めておくぞ」
父さんは今来た道を見つめながら、そう言って微笑んだ。




