第90話 朱音のペンダント。
朱音が頼みまくったせいで、肉が無限に運ばれてくる。斉藤は本気で食べるらしく、ビー玉をバッグに入れた。
「アビスアイだけど、結婚式の場面にしては、みんな若い気がするし。あと、背景も式場じゃないよ?」
斉藤は笑って、焼けたばかりほ肉を頬張った。
式場じゃない?
何かのイベントなのかな。
「いや、でも。いつも当たるじゃん」
「ん? ぶっちゃけ、いつも思いついたことを適当に言ってるだけだぞ? ただの設定だし、ただの偶然」
こんな的中率で適当って言われたら、なおさら怖い。ビー玉越しに何か憑依してるんじゃないか?
一通りの肉をコンプリートして、肉の宴は解散になった。
帰り道。
朱音がモジモジしている。
「ねぇ。悠真はうちに、いつプロポーズしてくれるの?」
「しないから」
「だら」
朱音はアッカンベーをした。
この子は可愛い。
でも、妹みたいな存在だ。
その先は、ちょっと考えられない。
それに、愛良なんて他人以下レベルだ。
あり得ないだろう。
「朱音は、明日から実家だったよな?」
うちも週末から旅行だ。
当初は朱音も来れる予定だったのだが、急に明良叔父さんが一時帰国することになった。そのため、朱音は挨拶しに実家に帰ることになったのだ。
すぐに戻ってくれば旅行に間に合いそうなものだけれど、週末まで泊まるらしい。きっと、実家が恋しいのだろう。
朱音はジト目になった。
「うん。うちがいないからって、浮気したらダメだよ?」
ちょっと面倒だからスルーした。
朱音は篠宮家にすごく馴染んでいる。
だから、それが自然になってしまって、しばらく朱音がいないのは、しっくりこない。
だから、少しだけ寂しくて。
朱音に声をかけた。
「朱音には二度手間になっちゃうけれど、壊れたペンダントの修理、今日でもいいか?」
朱音はクルリと回った。前髪が揺れる。
「もちろん、いいよ? うち、定期で行ったり来たりできるし」
家にロケットペンダントを取りに戻ってから、元町・中華街駅に向かうことにした。
朱音は吊り革につかまってスマホを操作している。車通学じゃなくなっちゃったけれど、うちでの生活に馴染めてるみたいだ。
ちゃんと普通の生活……できてるんだな。
目が合うと朱音は笑った。
「んっ? うち、結婚したら悠真の少ないお給料の中でも、すごく頑張ってやりくりできるから。心配しないでね?」
すごく頑張ってくれちゃうのか。
節約は良いことなんだよ?
でも、おにいさんは甲斐性がない設定なのね。
なんだかちょっとだけ悲しい。
改札を出て階段を上ると、潮の匂いとカラメルの香りがした。視界の端に、商店街が見える。
空を見上げると、小さなボールのようなライトが揺れていた。
「あっ、この店やよ!」
朱音に手を引かれて時計屋に入った。
店内には時計だけでなく、アンティーク調のアクセサリーや金属小物が所狭しと並んでいる。奥には年配の店主さんがいて、ルーペ越しに何か作業している。
俺のイメージは古ぼけた金物屋だったが、随分と違う。埃の匂いがするのに、なんていうか、オシャレだ。
俺はカウンターに壊れたロケットペンダントを置いた。
店主さんは、ルーペで蝶番を確認すると、軽く息を吐いた。外したルーペが木製の机に転がる。
「これは、フランス製だから預かりになるよ。修理代はちょっと張るけれど、いいかね?」
「は、はい。いくらくらいですか?」
「1万5千円はかかるな」
お年玉を駆使すれば、ギリギリいける金額だ。
「お願いします」
店を出ると、空がオレンジ色になっていた。
朱音が袖をつかんだ。
「悠真、修理代無理してない?」
「いや、自分でなんとかしたかったし」
朱音の瞳が潤んでいる。
「悠真。うち、嬉しい。……チュウしない? 鈴ねえには内緒にするから」
「しない」
「そっか」
袖をつかむと、朱音は口を尖らせた。
朱音は自分に正直だ。
「嘘をつくのイヤだろ? 俺、お前に嘘をつかせたくないだけだよ」
袖がググッと引っ張られる。
チュッ。
手の甲に、柔らかい朱音の唇。
しまった。咄嗟に手の甲で受けてしまった。
俺は頬から手を離した。
酷い断り方だ。
朱音に謝らないと。
すると、朱音の背後に小さな人影。
「キャッ」
朱音がスカートの裾を押さえた。
人影は小学生くらいの男の子だった。
知り合いなのだろうか。
男の子は、朱音の手を掴んだ。
「おねえちゃん、次はいつ遊びにくるの? 明後日は亜美の誕生日だけど、遊びに来れる?」
明後日は俺は旅行に行っている。
朱音は口を綻ばせて、男の子の頭を撫でた。
「もちろん行くよ。前から約束してたでしょ? それよりも、こんな時間に外にいちゃダメやよ?」
「ごめんなさい」
男の子は謝った。
「悠真。少し付き合ってもらってもいい?」
朱音についてしばらく歩くと、教会が見えてきた。
男の子は手を振ると、教会の横にある建物に帰って行った。建物には『児童養護施設 もとまちそらのこ園』と書いてあった。
「朱音、前からここに来てるの?」
俺が聞くと、朱音は笑った。
「そうやよ? みんな可愛いし。週末は、お友達になった女の子のお誕生日で。旅行、一緒にいけなくてごめんね」
そういえば、朱音は、前に募金箱に全財産を入れていたっけ。
俺は朱音の頭を撫でた。
「悠真? どうしたの?」
さっきのキス。
あの位置だったら、きっと頬だったよね。
防ぐ事なかったかな。
「さっきのキス、なんかごめんな」
「キス? なんのこと? ……そんなことする子なんて、知らないっ!」
朱音はそう言うと、ピョンっと跳ねた。
「そろそろ帰ろうか。明日から旅行だし、準備もしないと」
「そうだねっ。うちも亜美ちゃんのプレゼントを考えないと」
朱音は笑った。
カラメルの甘い香り。
俺の中の元町は、朱音との思い出の街だ。




