第89話 斉藤と婚姻届は使いよう。
12月も後半になったある金曜日。
鷺乃谷高校の2学期が終わった。
「なんか食って帰ろうぜ!」
斉藤に後ろから肩を叩かれた。
「打ち上げだし、豪勢にいっちゃう?」
俺も腹が減っているし、今日は鈴音も蛍と出かけるらしい。両親も、帰りが遅いみたいだ。
ガッツリ食べれると助かる。
「いいねいいね。どこにすんよ?」
斉藤はそう言いながら、腹をさすった。
「焼肉でよくない? この前行ったとこが安いのにうまくてさ。しかも、女子がいると割引が効くんだよ」
「女子? 鈴音ちゃん居ないんだろ? 俺らと行ってくれる女子、いるのか?」
「……。蛍もいないしな。やばい。いないかも」
すると、斉藤が舌打ちした。
「1人いればグループ全員、安くなるんだろ? ま、最悪、ねーちゃんでもいいか」
「更紗さん? 別に最悪じゃねーだろ」
「いや、ダメでしょ。あの人いたら、ボク、うまく話せないし」
斉藤の家は上下関係がハッキリしてる。斉藤的には、更紗さんがいると居心地が悪いらしい。
せっかくの打ち上げで、それは悪い。
俺は朱音に電話をかけてみた。
「朱音? もう家? 暇?」
「うち、忙しい。悠真のアカシックレコードを探してるから」
なんじゃそりゃ。
とりあえず、家にはいるらしい。
「焼肉いくんだけど、来る?」
「いく!」
朱音は舌が肥えているはずなんだけれど。何を食べても喜んでくれる。
やっぱ、喜んでくれる子は良いと思う。
店の前で待ち合わせした。
「お待たせしました」
朱音は5分ほど遅れてきて、斉藤にお辞儀をした。
「君が朱音ちゃん? 噂通り可愛いっすね。鈴音ちゃんの血統は、さすがに優秀だ」
朱音はクネッとした。
「それほどでもありますぅ」
こいつ、こんなのだから友達が少ないんだろうな。
「あ、俺、篠宮の親友の斉藤っていいます」
「うち、悠真の”許嫁”の美岬朱音ですっ!」
……その自己紹介好きね。
「2人とも。とりあえず、入ろうぜ」
店に入ると、テーブル席に案内された。
俺は朱音の隣に座った。
真ん中にコンロがあって、油が引いてある。
ふわっ。
肉と脂と炭火の匂い。
隣の席から、匂いがこっちまで流れてくる。
ぎゅるる。
腹がなった。
この店はオーダー式の食べ放題だ。
何点か頼み、テーブルで待つ。
斉藤が並んで座る俺と朱音を見て言った。
「お前らが許嫁って、本当なのか?」
朱音は何か言おうとしたが、俺が先に答えた。
「いや、ただの従姉妹」
斉藤は目を細めた。
「でもさ、鈴音ちゃんが義理の妹なら、朱音ちゃんとも血が繋がってないってことだろ」
斉藤のやつ。
無駄に鋭い。
「まぁ、それはそうなんだけど」
「具体的にどんな状況なの?」
斉藤はテーブルに乗り出した。
「うちのお父様と悠真のお父様が結婚を決めたんです。これをわたしに出しなさいと……」
朱音は鞄からA3サイズの紙を出した。
——この前の婚姻届だ。
(しまった。回収し忘れていた)
「これ……」
朱音は用紙の下の方を指差すと、口を尖らせた。
指先には証人欄。
しっかりと両家の父親の署名が入っている。
斉藤は肉を焼きながら、朱音をチラッと見た。
「これ、どう見ても本物だな。ってか、思ったよりマジな許嫁だし。鈴音ちゃんはどうするんだよ」
なんか、本格的に非難されている。
そして、朱音の主張は、丸っきりの嘘ではない。
そこが問題だ。
すると、斉藤が皿をテーブルの端によせた。
目の前にビー玉を置き、人差し指と中指を左目のあたりに添えた。
「いや、俺は鈴音だけだし」
袖を引っ張られた。
「うち、やり捨てされるの?」
いやいやいや。
何もしてないっしょ。
斉藤が唸り声をあげた。
「ま、2人の門出を祝して……ふぉぉ。我が深淵なるアビスアイが告げておる」
アビスアイ?
この人、久しぶりに繰り出してきたな。
「見えるっ。見えるぞぉぉぉ!」
ネタっぽいこのアビスアイ。
今のところ、的中率100%!
俺は唾を飲み込んだ。
「まじかよ……。これ、伝えていいのかな」
「え、怖いんだけど。俺が死ぬとかじゃないよな?」
斉藤は表情を曇らせた。
こいつのこんな顔、初めて見た。
「あのな。花嫁姿の鈴音ちゃんが見える」
朱音が、ギューっと俺の袖を引っ張った。
斉藤は言葉を続ける。
「それに、その右横に北条」
「なにか変なのか?」
もし、俺と鈴音が結婚式をするなら、蛍がきてくれても変じゃないだろう。
「いや、それがさ北条も、ベールを被ってるんだよ」
「うち、三番目ってことか」
朱音はそう言って、俯いた。
「いや、それがさ左側で朱音ちゃんも真っ白なドレスを着てるんだよ。しかも」
「しかも?」
俺は口の中が乾いていくのを感じた。
「その後ろに、黒髪おさげでメガネの女の子も、ブーケを持ってる。いや、でも、不思議なのがさ」
黒髪メガネ?
山口が連れてきた和装部の愛良くらいしか思い当たらない。
「なに?」
俺は唾を飲み込んだ。
斉藤はビー玉に手をかざす。
「女の子が4人とも幸せそうに笑ってるんだよ」
俺は頭がクラクラした。
いや、勘違いだ。
きっと、蛍は鈴音のベールを借りたんだよ。
うん。
そうに違いない。
だって、愛良は俺のことが大嫌いだし。
絶対にあり得ないだろう。
斉藤翔太のアビスアイ。その的中率100%。
未だかつて、外れたことがない。
だが俺は、今回ばかりは外れると信じている。




