第88話 撮影の終わり。
町内会館で撮影の終了を報告し、カートを返してもらう。みんなは渓谷の入り口で待っているのに、なぜか俺は山口に付き合わされた。
「もう14時過ぎだろ。写真を撮るのって時間がかかるんだな」
俺がそう言うと、山口は眉を上げた。
「今日はかなりスムーズな方ですよ?」
さっきまでの不機嫌な山口ではなかった。
「そうなのか。素人の俺には十分、大変だったけれど」
「良い写真が撮れなくて、ちょっとあせりました」
ま、ファインダーを覗く口元を見れば、ラストで良いのが撮れたのは分かる。
「なんか山口。おまえ凄いな」
プロっぽくて、ちょっとカッコいい。
「そんなことないですよ。鷺乃谷の2大美女、それに朱音さん。美少女を3人も手玉にとって、篠宮くんこそ、大したものです」
なんだか全く褒められている気がしないのだが、気のせいだろうか。
「鈴音はともかく、蛍も人気なのか?」
「ま、価値の分からないアンチのバカが吠えていますからね。でも、”本物は本物”です。僕も鈴音さんに断られたら、撮影を頼めるのは、蛍さんしかいないって思ってたんですよ」
『価値の分からないバカ』……か。
山口がそんな棘がある言葉を使うのは、少し意外だ。
「お前だって、本気って感じしたぜ?」
「僕なんて、素人に毛が生えたようなもんです。本当の『本気』を知ってるから、多少のことで自惚れたりなんてできない」
本気とは、戦場カメラマンだった父親のことを言ってるのだろう。
山口の父親がテロに巻き込まれた時、世間では色々と言われた。中には『自業自得』のような心ない批判も多かったと思う。
本物は本物。
父親に向けた言葉?
いや、考えすぎか。
「悠真ぁ。遅いぃ。うち、お腹すいたぁ」
朱音が待ちきれずに迎えに来た。
「お前、ずっとお菓子とか食べてたじゃん。そんなずっと食べてると太るぞ?」
「ひっどーい。悠真、デリカシーなさすぎ」
朱音は俺をポカポカと叩いた。
俺たちを見ていた山口は笑った。
「あはは。ほら、早く次に行きますよ。今日の斜陽は、人生の中でただ一度きりなんですから」
俺たちは商店街の資料館に戻り、機材の準備をした。鈴音と蛍は、カイロでかじかんだ指先を温めている。
「蛍、体調は大丈夫か?」
俺が声をかけると、蛍は微笑んだ。
「大丈夫。ウチ、すっごい楽しい」
蛍は本物……か。
パンッ。
山口が手を叩いた。
「ここでのショットは一枚だけです。なんでもない瞬間の積み重ねの集大成の一枚。2人の信頼の積み木が積み上がって、でも、高くなるほど不安定。モデルの2人は、出会ってからのことを思い出して。さぁ、集中していきましょう!」
今日、初めての具体的な指示。
資料館の煉瓦の壁に、冬の斜陽が落ちて。
目地とブロックのコントラストが色濃い。
鈴音と蛍は手を繋いで、西陽を追いかけた。
「蛍。わたし、蛍のこと大好きだよ」
「ウチも。鈴音に会えて良かった」
蛍が鈴音の方を向いた。
これでは蛍の横顔が映り込んでしまう。
でも、斜陽に染まる瞳が美しくて。
——カシャ。
山口はシャッターを切った。
「あっ」
顔が見えたら、締めの一枚が一覧に使えないと思ったのだろう。
山口は続けて何枚か撮った。
「撮影は以上で全部です。お疲れ様でした。モデルの2人をはじめ、みんなも協力してくれてありがとうございます!」
山口は何度も頭を下げた。
解散する前に、山口はモデルの2人を呼び寄せた。
「最終的なセレクトはデジタル現像の後になりますが、現時点でご希望があったら教えてください」
へぇ。
デジタルは便利だな。
鈴音と蛍は、何やらモニターを指さしている。
「本当に、これでいいんですか?」
山口が確認すると、蛍は頷いた。
「ウチ、これがいい!」
蛍の返事に、鈴音も頷いた。
「分かりました。デジタル応募ですが、確認用に紙媒体で製本もする予定です。応募前には最終確認のご連絡はしますので」
撮影機器を部室に戻して、本格的に解散になった。
俺と鈴音と蛍と朱音で、円になる。
「みんな、お疲れ様。帰りに何か食っていかないか? 俺が奢るよ」
「うちも?」
朱音が目をキラキラさせている。
「もちろん。大量に食べるやつがいるから、食べ放題にするか。たしか、女子だと安い店あったよな」
俺が財布を見ていると、鈴音が横に並んだ。
「悠真、お金は足りる? おにいちゃんのお小遣い、わたしと金額違うみたいだし?」
「あっ、そうだよ。色んなことがありすぎて忘れてた! 篠宮家の不平等案件。そのことについて詳細に聞かせて」
「だーめ。企業秘密♡」
鈴音はそう言うと、笑いながらクルリと回った。
——この撮影がキッカケで、蛍に思わぬことが起きるのだが、それはまだしばらく先の話。




