第86話 蛍はカエルちゃんで遊びたい。
神社での撮影は無事に終わり、商店街に移動すことになった。うちの近くの商店街は、アーケードになっていてレトロな雰囲気だ。
撮影機器は思った以上に重く、カートに乗せて移動しなければならない。写真部の1年生が肩から大荷物をいくつも掛けてプルプルしている。
俺は荷物をいくつか引き受けて、話しかけた。
「君は田中くんだっけ? 山口部長はどう?」
「人の好き嫌いはあるけれど、良い人ですよ。こんな部活なのに、写真に真剣に打ち込んでますし」
こんな部活って言われてるの知ったら、山口、きっと泣くぞ?
「そうなんだ。君に一つ聞きたいことがあってさ」
写真部で待たされている時に、一冊の写真集を見つけたのだ。
「なんですか?」
「山口部長のお父さんって、カメラマンじゃないか?」
すると、田中はキョロキョロして、離れたところを歩いている山口で目を止めた。
「実はそうなんです」
「お父さんは、もしかして山口謙也さん?」
田中は頷いた。
やはりそうだ。
部室にあった山口謙也の写真集。
あれは山口の父親のものだ。彼は戦場カメラマンとして有名だったけれど、俺が彼を知っているのは、写真を見てではない。
ニュースだ。
日本人の戦場カメラマンが、現地でテロの犠牲になったという報道。何年も前のことなのに、鮮明に覚えている。
だったら山口は、なぜこんな写真部に?
写真をやるなら、もっといい高校はいくらでもある。
だが、田中の様子からして、興味半分で聞いていいことではなさそうだ。
俺は山口の横顔を見た。
——あいつにも、色々な事情がありそうだ。
「篠宮さんは、男性にも興味がある……と」
声の方を振り返ると、愛良だった。
この子はこの子で、やたら俺に絡んでくる。
そうこうしているうちに、商店街に到着した。
また俺と朱音はレフ板を持って配置につく。
鈴音と蛍は商店を歩き、店頭のおじさんやおばさんと楽しそうに話している。
山口は特に指示はせずに、シャッターを切っている。おそらく、大量に撮って、良い写真だけピックアップするのだろう。
5分ほど歩くと、2人は立ち止まった。
鈴音は、カエルのオモチャを手に取った。小さなポンプがついていて、カエルは背中に子カエルを背負っている。
「このカエルのオモチャ、お父さんが好きでね。子供の頃、よくお風呂場で遊んだの」
鈴音が楽しそうに話している。
蛍は下唇を噛んだ。
「……蛍、どうしたの?」
鈴音は心配そうに、蛍の顔を覗き込んだ。
——下駄箱の下のうすっぺらいサンダル。
脳裏に、蛍の家の下駄箱の光景がよぎる。
気づけば、身体が動いていた。
俺は店頭のカエルを手に取って、店の奥の会計に持って行った。
買ったカエルを蛍に渡した。
「これ、蛍にあげる。こんど、風呂……プールで一緒に遊ぼうぜ!」
蛍はカエルを受け取るとポカンとした顔になり、少しだけ遅れて笑顔になった。
「ウチ、カエルちゃんで悠真と一緒に遊びたい。でも、プールでカエルちゃんは怒られちゃうよ?」
「あっ、そうか……じゃあ、カエルの浮き輪で」
「水着は恥ずかしいから、ウチ、お風呂でもいいよ? このカエルちゃん子供ついてる。うふふ……かわいい」
そう言って俯くと、蛍はポンプを何度か押した。
(いや、どう考えても風呂の方が恥ずかしいし)
「プールでお願いします!」
「篠宮さんは、物で釣って、蛍さんをいかがわしい場所に勧誘、と」
愛良が淡々とした口調でつっこんできた。
「プールはいかがわしくないし。なっ、鈴音?」
「知らないっ」
鈴音はそっぽを向いた。
「ちょっと篠宮くん。撮影の邪魔。きみが写ってどうするのよ」
山口に怒られてしまった。
レフ板をもって戻ると、朱音につつかれた。
「あのね。うちも、お父様とカエルで遊んだことないんよ。だから、うちともお風呂はいろ?」
初音母さんの弟の明良叔父さんは、朱音を溺愛している。そして、朱音の家のお風呂は、小さなプールみたいだ。そもそもカエルは似合わない。
つまり、朱音がカエルで遊んだことがなくても、同情すべき事情はない。
「入らないし。朱音の家の風呂でカエルで遊んでたら、むしろ、違和感しかないぞ」
朱音は膨れた。
「前から思ってたんだけど、悠真。うちにだけ冷たくない?」
「子供の時、肉団子とか言われて石を投げられたからな」
「石投げたりとか、そんな人知らない」
朱音はそっぽを向いた。
「OK。次の現場に移動しましょう」
山口が声を張り上げた。
俺が荷物をまとめていると、すれ違いざまにパシンと尻を叩かれた。振り返ると鈴音だった。
なにやらアッカンベーをしている。
すると、今度は尻を撫でられた。
また振り返ると、蛍だった。
すれ違いざまに「ありがとっ」。
蛍は笑顔だった。
よかった。元気になったみたいだ。
これでこそ、各方面から嫌われた甲斐があるってものだ。




