第84話 鈴音と蛍の撮影会
「みんなー。朝ごはんよ」
母さんの声だ。
俺がテーブルにつくと、鈴音と朱音も遅れてきた。
今日の朝食は、特別に良い匂いだ。
「朝からハンバーグ? 豪勢だね」
母さんは、炊飯器を開けながら言った。
「そう? 今日は撮影の日でしょ。だからかな。なんとなく」
「ありがとう! 俺、母さんの料理はどれも好きだけど、中でもハンバーグが一番だよ」
すると母さんは、一瞬、寂しそうな顔になったけれど、嬉しそうに微笑んだ。
「初音お母さん、うちにもハンバーグ教えて。悠真のこと、胃から落とすの」
初音が言うと、鈴音も手を上げた。
「そうねぇ。前に、蛍ちゃんにも同じことを言われたのよね。じゃあ、今度、3人に教えてあげる」
すると朱音は、母さんに何かを耳打ちした。
「いたいぃぃ」
朱音が鼻を摘まれた。
「朱音ちゃん、伯母を買収しないように」
どうやら、朱音は何か渡して、自分だけ隠し味を教えてもらおうとしたらしい。
ちなみに、少し前から朱音は母さんを『初音お母さん』と呼んでいる。『おばさん』と言われることを、母さんが拒否したからだ。
どうやら、近いうちに女子だけのお料理教室が開かれるらしい。
「って、そろそろ行かないと」
俺たちは朝食を胃に放り込むと、バタバタと家を後にした。
「やばい、ギリギリだ」
俺は時計を見ながら、肩から滑り落ちようとするカバンを掛け直した。
すると、朱音が真横にならんで、言った。
「ねぇねぇ。うちと鈴ねえと蛍ねえを一言で表すと?」
コイツ、自分のせいでギリギリになってるという自覚はないのか。今日は本当は、時間に余裕があったのだ。
だが、家を出る直前になって、朱音が靴が合わないとか言い出して、遅くなってしまった。
「そうだな。鈴音は『かわいい』、蛍は『優しい』」
「うちは?」
朱音は目を見開いた。
「アホ」
「ひどい。なんで?」
朱音は不満そうだ。
「今の状況でそんなことを聞くことが既に『アホ』なんだぞ?」
すると、朱音はむくれた。
「向葵にもアホアホ言われてるのに、悠真まで言うことないでしょー」
俺は空を見上げた。
『素直』
それが朱音に対して頭に浮かんだ言葉。
でも、なんとなく照れくさい。
「じゃあ、さっきのは取り消し」
「やったぁ。わくわく」
朱音は目を輝かせている。
「まず、蛍を『綺麗』に変更。続いて朱音を『優しい』に変更!」
「むうう。褒め言葉は、パズルじゃないんやよ?」
朱音は泣きそうだ。
「わかったよ。今日、良い子にできたら、クレープ買ってやるから」
「でもさ、今日はお前の出番ないぜ? それでもいいのか?」
朱音は俺の袖を摘んだ。
「悠真といれたら、うちはそれでいいんやよ」
ドキッ。
俺は胸を押さえた。
ったく、朱音も蛍も魅力的すぎる。
朱音が言った。
「うちに、ドキッとしてくれないの?」
「するわけないだろ」
すると、少し先に言っていた鈴音が言った。
「そこっ、ジャレてないで早くするっ」
鈴音の白いワンピースが揺れる。
神社に着くと、既に山口ともう1人の男子部員。それに知らない女の子がいた。2人は俺たちに気づくと、軽く頭を下げた。
その脇にはジュラルミンケースと、簡易的なテーブルセットが設置されている。
「おはようございます。こちらは写真部の1年。そちらの女性は和装部からの助っ人。同じく1年生の飯田 愛良さんです。着替えやメイクを担当してもらいます」
愛良は会釈をした。
身長は鈴音より少し大きいくらいで、黒髪を後ろで2つに結っている。奥二重に大きめのメガネが印象的な、可愛い子だ。
俺は山口と肩を組んだ。
「お前、こんな可愛い知り合いいたのな?」
「写真部も、時々、イベントで和装部の手伝いをするんですよ」
なるほど。この子を写真部に勧誘するのは難しいってことか。
待ち合わせ時間ギリギリで、蛍もきた。
黒いニットに長めのフレアスカートを履いている。
「では、本日はありがとうございます。今回の撮影は情景がメインです。まずは、2人で遊びに行く感じで、気負わずに普通にしてください。必要があれば、適宜、指示をします。神社の方には撮影の許可はとってあります」
「タイムスケジュールは?」
俺が質問すると、山口は手元の資料に視線を落として答えた。
「神社は午前中。午後は渓谷、商店街、公園の順で撮影する予定です。締めは商店街にある資料館の外観で。幸い、本日は12月にしては温かいですが、西陽が強くなる前に終えたいので、手際よくいきましょう。何か質問は?」
今日の山口はテキパキしている。
俺は手を上げた。
「なぁ、山口。商店街には2度行くのか?」
「商店街にも許可はとってありますが、撮影は人が少ないうちに終わらせたいので。資料館はこのへんでは珍しく煉瓦造りなので、造形が映えるように、西陽をあてたいんです」
そう言うと山口は、人差し指でメガネを上げた。
鈴音と蛍からコートを預かると、愛良が2人を座らせた。
「午前と午後で衣装替えしますので、髪型にも変化をつけます。山口さん、いいですよね?」
愛良は大人しそうな外見なのに、言葉尻がきつい。
「あ、はい」
山口は小声になった。
「鈴音さんはこのままで。蛍さんの金髪は、……ここでは若干浮きますので、まとめましょう」
鈴音の髪に櫛をいれ、前髪を留め直す。蛍の方は持参したリボンで、ポニーテールにした。
「この方がピアスも映えますし。うん。それが吉です」
愛良は、鈴音の襟を直しながら、そう言った。
髪型を整えると、すぐに撮影がはじまった。
鈴音と蛍、2人で手を繋ぎ、石畳の参道を歩く。
俺と朱音は反射板をもって2人に光を当てる。山口の指示は的確で、スムーズに撮影が進む。
すると、山口が鈴音に声をかけた。
「会話も、口パクじゃなく、いつもどおりで。写真ですので音は残りません。レフは自分の影が映り込まないように、常に意識して」
鈴音と蛍は目を見合わせた。
蛍が口を開いた。
「んで、鈴音は悠真とどこまで進んでるん?」
っておいおい。
いつも通りすぎるだろ。
鈴音が答える。
「えっ。お前の肌を他の男に見せたくないって言われた」
いや、たしかに水着選びで言ったけれど。
切り取りに悪意を感じる。
全員の視線が俺に集まる。
——公開処刑が始まる予感しかしない。




