第83話 朱音と向葵と偽装彼氏。
朱音は胸に手をあてた。
「そ、そんなのとっくの昔に済ませてますわ。実際、昨日だって致しましたし? そっちはどうなんですの?」
この人、また大嘘ついたぞ。
俺の記憶が確かならば、胸に手を当てるのは、誠意の表れだったと思うのだが。
向葵も胸に手を当てた。
「そんなの、こっちだってとっくに済ませとるわ! うちをなめとったらあかんで」
……関西弁?
「はぁ? こっちは質が違うんやよ! だらぶち!」
朱音が即座に反論する。
「はぁ? 何が質やねん。このあほんだら!」
おーい。
お嬢様はどこいった。
星灯は苦笑いしている。
「ほらほら。2人とも。喧嘩しない。立ち話もなんだし、どこかのカフェにでも入らない?」
向葵が星灯にくってかかる。
「うちは、このアホ(朱音)と茶ぁ飲む気なんてないわ!」
「悠真は、わざわざ遠くから来てくれたんだよ? 立ち話じゃ失礼だよ。とりあえず、関内の方に行ってみようか。そういえば、昨日の向葵の寝言、なんだっけ。『堪忍してぇ』だったかなぁー」
寝言?
2人は本当に親密な関係らしい。
すると、向葵はうつむいた。
「灯くん。それは反則や……」
星灯。さすがイケメン。
頼りになるぜ。
それにしても、朱音が親族以外に金沢弁をこんなに使うの、初めて見たかも。
♦︎
星灯について歩く街並みは、異国の雰囲気だった。洋食屋や雑貨屋、近代的な建物と石造りのレトロな建物がごちゃ混ぜになっている。
連れて行かれたのは、煉瓦造りの小洒落たお店だった。店内に入ると、トマトソースの良い匂いがした。
「すみません。あいにく、2名様用のテーブルが2つしか空いていなくて……」
スタッフさんは申し訳ない顔をすると、俺たちを通路を挟んだ2つのテーブルに案内してくれた。
するとなぜか、朱音と向葵は同じテーブルで向かい合って座った。俺は星灯と同じテーブルだ。
「ここ、カフェなんだけど。イタリアンも出すんだ」
席に着くと星灯がそう言った。
高そうな店だ。
ここにいる中で庶民は、たぶん俺1人。
俺は財布の中身を見ようとした。
すると、星灯が手をかざした。
「ここは、僕ら高校生でも無理のない店だから。初対面の君に恥をかかせるようなことはしないよ」
メニューをみると、本当に手頃だった。
パスタなんか、ファミレスと変わらない。
今のフォロー。
明らかにマウント前提だ。でも、それを嫌味と感じさせない。
星灯くん。
むしろ、俺が男惚れしそうだぜ。
隣のテーブルでは、騒がしい口喧嘩が続いている。
「じゃあ、2人の出会いはどないやねん」
向葵の質問に、朱音が強気に答える。
「悠真が好きで好きで仕方ないっていうから、仕方なく付き合ってあげたんよ!」
「こっちだってそうや。灯くんがうちのこと好きで仕方ないっつーから、付き合ってあげたんや」
すると、注文したものが出てきた。
2人とも抹茶のパフェと紅茶を頼んでいる。
「なんでうちの真似すんの! 向葵はいつもそう」
「そっちこそ、ほんとはうちのこと好きなんやろ? ほれ。向葵さんに憧れてますって言うてみい!」
星灯は苦笑いしている。
俺は素朴な疑問をぶつけてみることにした。
「なぁ、星灯。もしかしたら、あの2人って仲が良いんじゃない?」
「いやぁ、客観的に見ればそうだよね。向葵は絶対に認めないけれど。ここだけの話、今日はクラスメートとの約束をキャンセルして来てるんだよ」
なんか力が抜けてしまった。
星灯なら、信用できるだろう。
俺はネタバレすることにした。
「実は俺ら、ほんとにただの従姉妹なんですよ」
すると、星灯は笑った。
「まぁ、見てれば分かるよ。だって普通、彼氏がいるのに女友達と同じテーブルに座らないでしょ?」
えっ。
そんなことを言ったら、向葵も星灯と座っていない。
「あの、もしかして」
「あぁ。僕らは姉弟。親が離婚してるから、名字は違うけどね」
まじかよ。
とんだ茶番じゃないか。
よく見れば、星灯と向葵は、なんとなく似ている。
「俺ら、とんだ茶番に巻き込まれましたね」
「まぁね。でも、向葵が朱音の恋人がどんな人か確かめたいってうるさくてさ。だから、この出会いは無意味ってことでもないんだよ」
「それなら、来た甲斐がありました。余計に不安にさせたかも知れませんが」
「いや、向葵が転校をやめろって言い出してないってことは、合格なんだと思うよ。あ、よければ連絡先交換しない?」
俺は星灯と連絡先を交換した。
数名しかいない電話帳に大型新人の登録だ。
俺が電話帳を編集していると、星灯が言った。
「悠真。でも、朱音ちゃんの気持ちには気づいてるんだろ? 血縁が無いからこそ、大変だね」
隣のテーブルでは、まだ絶賛論争中だ。
「ほら、向葵。そろそろ帰るよ」
「なんでなん? うち、まだこのあほんだらに文句が言い足りないんやけど」
向葵は星灯に手を引かれて、店から連れ出された。
「ここからだと関内の方が近いから。帰りは関内駅でもいいかな?」
そう言って先導する星灯について、また歩き出す。桜木町から関内は、思いの外、近かった。
駅を変えてくれたのは、きっと俺への案内も兼ねていたのだろう。星灯、やはりイケメンだ。
関内の駅前で解散した。
俺が改札に向かうと、向葵が俺の手首を引っ張った。耳元で言った。
「朱音、アホやけど良い子やから。捨てたりしたら許さんで!」
向葵は星灯と手を振って見送ってくれた。
帰りの電車。
揺れる吊り革を眺めながら思った。
良かった。
朱音にも、ちゃんと親友がいた。
それに星灯。
そうか。ようやく分かった。
なんとなく、雰囲気が本田に似てるんだ。
俺は本田のことを何も知らない。
実は本田も悪いやつじゃないのかな。
すると、朱音と目が合った。
「悠真。どうしたの? 疲れちゃった?」
「いや、なんでもない。そういえば、彼氏の件。どうして見栄をはっちゃったんだ?」
「だって。うち、ほんとの友達いないし、悔しかったんよ。だからせめて、うちのこと理解してくれる彼氏はいるって、言いたかった」
本音で話せる友達いるじゃん。
「そっか。あっ、関内から元町って近いよな? 朱音のロケットペンダント、持ってくれば良かった」
すると、朱音が腕を組んできた。
「うち、吊り革に手が届かないの。ちょっとだけ支えてほしいな」
さっき散々発散したからだろうか。
今の朱音は素直だ。
朱音は言葉を続けた。
「お願い、もう一つだけ増やしてもいい? あのね。ペンダントの修理に、また一緒に来たい」
「仕方ないな」
俺は反対の手で朱音の頭を撫でた。




