第82話 星野向葵は超セレブ
「どういうことだ?」
俺の質問に、朱音は机に人差し指を押し付けた。関節がぐにっと山なりに反る。
「あのね。うち、そろそろ転校でしょ? 実は、クラスの子に『彼氏いる』って言ってしまったんよ」
「しまったって、いつからそういう設定になってるの?」
「高校に入って2ヶ月くらいから? ほんの出来心だったんよ」
いやいや、2ヶ月って入学早々の6月からだよな。高1の大半の期間じゃん。もはや出来心とは言えない。
「まぁ、分かった。んで、キッカケとかあるの?」
「その子がな。『ドライバーのお菓子で繋がってる友達なんて嘘の友達だ』とか言いがかりをつけるから」
残念ながら、その子の言い分が100%正しい。
素でつっこんだら泣かれそうだから言わんけど。
「まあ、その子なりの考えがあるんじゃないか?」
朱音は首をぶんぶんと横に振った。
「そんなことない。そんなアホなこと言うのその子ひとりだけだもん。うちが可愛いからひがんでるんだと思う」
なるほど。
朱音の周りで、唯一のマトモな子、と。
そして、この会話だけみたら、ヒールは完全にお前だ、朱音よ。
まぁ、それくらいなら。
「分かったよ。詳しく教えて」
朱音の話だと、俺(彼氏役)の設定は、『従姉妹なのに執拗に朱音に求婚していた男』らしい。義理と分かったから、「仕方なく付き合ってあげたんやよ」とのことだ。
設定からして、かなり微妙。
ま、イケメンとか言われるよりはマシだが。
「嘘には一振りの真実を混ぜろ、っていうし?」
朱音はそう言うと、ペロッと舌を出した。
ってことで、俺は横浜の桜木町に向かっている。
朱音が通う聖レイピア学園は、超お嬢様校として有名な女子高だ。通う生徒の保護者の大半はセレブといわれる階層で、才色兼備の生徒が多い。
まぁ、朱音も客観的に見れば、才色兼備のカテゴリーなんだとは思う。
「時間ギリギリだな」
学校の後だからお互いに制服。
相手の子も彼氏を連れてくるという話だ。
桜木町駅の外に出ると、海の匂いがした。
待ち合わせ場所に行くと、既に3人は到着していた。
「ごめん、朱音。遅れた」
朱音のクラスメートの子は、黒髪ロングで切長の目。なかなかの美形だ。
その子は先に自己紹介してくれた。
「わたくし、聖レイピア学園1年の、星野向葵と申します。あなたが、悠真さんですよね。朱音さんから、よくお話は聞いています」
礼儀正しくて、賢そう。
(普通に良い子そうなんだが)
横にいた男子も頭を下げた。
「俺、横浜星灯学園高校に通う星灯といいます」
ほしあかり?
ほし•あかりさん?
名字と名前の区切れ目がよくわからん。
っていうか、源氏名みたいだ。
高校と同じ名前。絶対に子供の頃からイジリ倒されてきたはず。その辺がウィークポイントだろう。
横浜星灯学園は小中高一貫の進学校だ。文武両道を掲げていて、スポーツも強豪。彼自身もイケメンで性格が良さそう。天が二物も三物も与えたもうたタイプなのだろう。
それにしても、横浜星灯学園って。
前にもどこかで聞いたような。
それに、星の雰囲気。
誰かに似ている。
「俺は、篠宮 悠真って言います。よろしく」
すると、彼は爽やかに笑った。
ますますのイケメン。
「悠真って呼ばせてもらっていいかな? 俺の名前は灯だけど、みんなに星灯って言われるから、悠真もそう呼んでくれ」
この人、自分から『せいとう』って名乗ったよ。きっと弱点も堂々と晒せるタイプ。
しかも、最初の会話で、即、俺の名前呼びの実践。これでは拒否る余地がない。距離の詰め方もうまい。
この数秒の会話だけで、彼を支える自己肯定感がビリビリと伝わってくる。
友達が斉藤しかいない俺と大違い。
俺は朱音にアイコンタクトを送った。
(ごめん、俺、この彼に何ひとつ勝てる気がしない。完敗です……)
朱音は頷くと胸を張った。
「ま、まあ、そこそこの彼氏さんみたいですけれど、所詮は『そこそこ』どまりですわねっ!」
おいっ。それ失言。
初対面の相手にどんだけ失礼なんだよ。この人。
朱音の高笑いは続く。
「うちの彼が、目で伝えてきましたわ。『この男相手なら何ひとつ負けない。完勝だぜ』って」
……。
真逆の意味に変換されとる。
コイツのアイコンタクト受信機、どうなってるの!? ポンコツすぎだろ。
ごめん、2人とも。
うちの従姉妹、アホなんです。
帰りたい。
今すぐ、自宅に逃げ帰って、鈴音に慰めてもらいたい。
すると、向葵さんが言った。
「失礼を承知でお聞きします。最近、クラスで偽彼氏騒動がありまして。2人の初体験はいつですか? 長いお付き合いなのに、まさか、まだってことはないですわよね?」




