第80話 Ans.
いつもありがとうございます。
特別回①のアンサー風のお話にしてみました。
これからも本作をよろしくお願いします。
写真部の部室。
俺は山口に写真集の件を伝えに来た。
「写真集の件、受けることにした」
すると、山口は大きく息を吐いて、すぐに、ごまかすように咳払いをした。
「こほん。ま、鈴音さんじゃなく篠宮くんからの返事というのは不本意ですが、承諾してくれて有難うございます。では、さっそく撮影の日程についてですが……」
少しでも早いほうが良いということで、撮影は次の週末になった。
学校はもう短縮時間になっている。
週末に終業式があって、来週からは冬休みだ。
昨日、鈴音に、たまには2人で過ごしたいと言われ、今日は一緒に買い物に行くことにした。
俺は時計を見た。
「やべっ、写真部に長居しすぎた。遅刻だ」
近所のショッピングモールでも良かったのだが、鈴音が行きたい店があるとかで、今日は渋谷駅で待ち合わせすることになった。
「一緒に来れば良かったのに。なんでわざわざ現地待ち合わせ……」
地下鉄の改札を出て、待ち合わせ場所に急ぐ。
すると、モヤイ像の前に、ロングコートの美女がいた。周囲の男たちの視線を集めている。
美女は俺に気づくとこっちに駆けてきた。
「おにいちゃん!」
男たちの視線が俺に移動した。
「え。兄妹? マジで似てねぇ。でも、彼氏じゃないなら、ワンチャンあるんじゃね?」
なかばヤジにも似た声が聞こえる。
「え? 鈴音なのか?」
鈴音は派手目で可愛い系の服が好きだ。
でも、今日の鈴音は黒いコートにブーツ。中には白のニットワンピースを着ている。首にはふわふわな白いマフラー。それに珍しく、緩いシルエットのニット帽をかぶっている。
メイクも落ち着いていて、すごく大人びて見える。
女の子はメイクで変わると聞いてはいたが、ここまでとは。もはや別人級。どこぞの女子大生みたいだ。
「でも、なんで『おにいちゃん』なんだよ」
すると、鈴音は腰に手を当てた。
「だって、悠真はわたしの『おにいちゃん』でしょ? 今日は知り合いのいない街で、妹として仲良しするのっ」
それで、わざわざ渋谷なのか。
鈴音は俺の左腕を取ると、腰に回した。
「え。腰にまわすの?」
「うん。ギュッと引き寄せて」
なんだか開始5分で、兄妹の限界距離を超えてきたんだが。
鈴音の腰を引き寄せた。
すると、鈴音のコートの中の空気が押し出されて、ふわっと舞った。
石鹸のような香水の匂い。
俺の心拍数が跳ね上がった。
鈴音は俺の顔を覗き込んだ。
「こういうのは好みじゃない?」
「いや、綺麗すぎてビビってるんだよ」
鈴音は笑った。
「そっか。ならよかった♡」
それにしても、このメイク。
どこかで見たことがあるような。
「んで、どこいくんだよ」
「デートコースは考えてあるから。こっち」
連れて行かれたのはスポーツ用品店だった。
「え? テニスウェアでも買うの?」
「違うよぉ。旅行用に水着を買うの」
あぁ、そういえば。
母さんが年末の伊豆旅行で、温水プールがある旅館を予約したって言っていたっけ。
鈴音は頬をふくらませた。
ファンデーションにラメが入っているらしく、表情が変わるたびにキラキラと輝く。
その度に、新鮮でドギマギしてしまう。
店に入ると、鈴音は両手に水着を持ってきた。
「ねっ。右と左、どっちがいい?」
右がいい。断然。
でも……。
「露出が多くないか?」
「だって、そのほうが可愛いし」
「じゃあ、あれはどうだ?」
俺はハンガーに掛かっていた、露出の少なそうな水着を指差した。
「なにあれ。囚人服みたいなんだけど」
鈴音は不満そうだ。
「じゃあ、あれは?」
「あれ、シニア用って書いてあるけれど……」
鈴音は口を尖らせた。
「他の男に鈴音の肌を見せたくない」
すると、鈴音は抱きついてきた。
「それなら、正直に言ったら良いじゃん。『妹は俺だけのものだ』って」
今日の鈴音は、やけに兄妹設定にこだわる。
「じゃあ、間をとってこれにしようかな」
鈴音が頭上にかざすと、桜色のシフォンパレオが揺れた。結局は、パレオつきの2ピースの水着になった。
店を出ると、鈴音は耳元で囁いた。
「2人のときは、パレオ無しで着てあげようか?」
「それなら大歓迎」
「おにいちゃんのエッチー」
その後は、食事をして、夕方前には店を出た。
渋谷駅に戻る途中、鈴音が立ち止まった。
「ねぇ。寄って行かない?」
そこはホテル街だった。
鈴音はホテルを指差している。
(ちょっと前に、蛍にも同じような事いわれたような)
俺が耳の裏をかいていると、鈴音が言った。
「蛍にも、誘われたくせに」
なぜ知っているぅ!?
女子の連絡網、危険すぎ。
断ったら、鈴音がふてくされそうだ。
「いや、”まだ”早いよ」
「ふぅん。”まだ”なんだ?」
鈴音はジト目をしている。
「だって、そうだろ? 鈴音とのこれからは長いんだから、色々ちゃんとしてからがいい」
すると、鈴音はその場でくるりと回った。
「ふぅん。ま、そういう理由なら、我慢しとこうかな」
普通、我慢するのは男子の方だと思うんだけど。
鈴音は鼻歌をうたって歩き出した。
なぜかは分からないが、ご機嫌斜めにはならなかったみたいだ。
そのあとは一緒に電車に乗って、最寄駅まで戻った。
歩きながら鈴音に聞いてみた。
「なぁ、今日はなんで『妹モード』だったんだ?」
俺の腕にギュッと抱きつくと、鈴音は言った。
「んー。過去のわたしへのご褒美なの」
何を言ってるんだ?
正直、意味が分からない。
「そっか。過去の鈴音……俺を毛嫌いしてたし。ご褒美にならなそうだけど」
「そんなことない。きっと、よろこぶ。あっ、もう一つだけ、寄りたい場所があるの」
「またホテルとか、やめてな?」
「ふふっ。どうしようかなー」
鈴音は楽しそうだ。
ま、そもそも、うちの周りには、そういうのはないけれど。
連れて行かれたのは、小社だった。
本殿の前にいくと、鈴音は鈴緒に手をかけた。
「お願いごとなら、この前、掃除の時にすれば良かったんじゃないの?」
鈴音は微笑んだ。
「2人きりの時じゃないとダメなの」
カラン。
本坪鈴が鳴る。
鈴音は手を合わせた。
「神様、あの時のお願いを聞いてくれてありがとうございます」
鈴音さんや。
心の中が口に出てますよ?
俺も手を合わせた。
(よく分からないけれど、鈴音のお願いを聞いてくれてありがとうございます)
「そろそろ帰ろうか」
そう言った鈴音の目から、一筋の涙が伝い落ちた。
「どうした?」
鈴音は涙を拭う。
「あれ? ううん。なんでもない。大丈夫」
「鈴音。泣いてるし、大丈夫じゃないでしょ」
すると、鈴音は腕にしがみついてきた。
「暗くて怖いから。送ってくれませんか?」
なぜ敬語?
「いや、同じ家に住んでるんだし、普通に送るけど」
「そうだね。いつもありがとう」
鈴音はそう言うと、ニット帽の縁を掴んで深くかぶった。俺の方を振り返ると、綻んだ口元が見えた。
タタッと駆ける鈴音。
——既視感。
そう感じた瞬間。
「りんね」
その言葉が口から出ていた。
え?
おれ、何を言ってるんだろ。
「鈴音。ちょっと待てよ。送ってとか言ったくせに、逃げるなって!」
「あははっ。しらなーい。『りんね』って子も送ったことあるのぉ? この浮気者ぉ」
そう言った鈴音は、幸せそうだった。
これは、ある日の2人だけのデートの話。




