第75話 物語は図書室で動き出す。
昨年中は応援ありがとうございました。
本年も宜しくお願い申し上げます!
文末にご挨拶のイラストをつけました。
コトッ。
俺がカウンターに座ると、桜坂さんは、マグカップで紅茶を出してくれた。
紅茶を一口飲むと、桜坂さんは人差し指を唇に当てた。
「ここでの飲食は内緒。他に生徒もいないし……ね?」
「分かりました。ここでの会話は極秘ってことで!」
「理解が早くて助かる。実は、わたし、年明けから非常勤講師で働くかも知れないの」
「えっ、うちの高校で? 桜坂さん、教員免許は持ってたんですか?」
「そう、この学校で。免許は大学のときに取ってあってね。なんでも、産休で教員枠に急に不足が生じたらしくて、声をかけられたんです。でも、少し迷ってて」
「何か不安でも? あっ、司書さんの仕事が好きってことか」
「もちろん、それもあるんだけどね。わたし、小説家になりたいんです。だから、こうして働きながら、文学賞に応募したりとか。でも、ここでの先生方の動きを見ていると、ブラックそうだし。書く時間がなくなりそうで」
「俺の意見なんて、参考にならないかと」
桜坂さんは首を横に振った。
「なんでかな。篠宮君に聞いて欲しくて。前に話した知り合いに少し似てるの。君も空手をしているからかな?」
知り合い……きっと更紗さんのことだ。
更紗さん、桜坂さんのことを心配していた。
今はいないから。
俺が少しでも助けにならないと。
——きっと、あの人なら、こう言う。
「空手の心掛けに『常に思念工夫せよ』っていう言葉があるんだけど。現状に満足せず変化を求めよって意味です。さら……桜坂さんの憧れの先輩だったら、きっとチャレンジしろって言うんじゃないかなって。俺はそう思います」
更紗さん自身、チャレンジにつぐチャレンジの人生だ。この場にいれば、きっと、同じことを言うだろう。
「あ、憧れ……そこまでじゃないですよ」
桜坂さんはそう言うと、前髪の束を指に巻きつけた。
いやいや、『憧れ』でも控えめに言ったのだけれど。高校生の頃、毎日、図書室で覗き見していたんでしょ?
むしろ、それ以上だよ。
「あと、小説って学園モノとか多いじゃないですか。その取材にもなりそうですし。って、俺が読むのはラノベばっかりですけれど」
「へぇ。君はラノベが好きなんだ? おすすめタイトルとかある?」
「ええっと。ちょっと公言するのは、はばかられるっていうか。ちょっと耳貸してください。ごにょ」
俺が耳打ちすると、桜坂さんは立ち上がった。
「ええっ。それって、未成年読めるやつなの?」
「一応は」
「でも、『義理の関係だと分かったら、妹がガチの恋愛脳になった』ってタイトルからしてマズくない? 君、妹いるし。お姉さん、君のこれからが心配になっちゃう……」
本気で心配そうな顔をしている。
「今は俺の趣味の話はいいんです! とにかく、寄り道だったとしても、無駄なことはないかなって」
桜坂さんは顎に手を当てた。
「たしかにそういう面もあるかな。聞いてくれてありがとう。もう少し考えてみるよ」
俺は桜坂さんに見送られて図書室を後にした。
あれ、でも。
更紗さんも外部コーチがどうのって言ってた。もし、桜坂さんが先生になったら……。
まっ、いいか。
それに山口が、写真部の顧問も来年は産休って言ってたっけ。人員の穴埋めが桜坂さんってことなのか?
「ただいま」
家に帰ると、鈴音と朱音が出迎えてくれた。
鈴音はブタのぬいぐるみを持っている。
眉が吊り上がっている。ご立腹のようだ。
「あのね、悠真。ブタちゃんの鼻が曲がってるんだけど?」
やべぇ。
言い逃れしないと。
「……そんなブタ知らない」
すると、鈴音に脛を蹴られた。
「どう考えたって知ってるでしょ! アンタが見てた本の上にあったんだから!」
「ごめんなさい」
「んで、蛍は何だって?」
「あぁ。着替えたら、ちょっと俺の部屋にこれるか?」
鈴音は頷いた。
俺は部屋に戻って、制服のジャケットを椅子に掛けた。
(下着も替えるか)
靴下を脱ぎ捨てて、パンツに手をかけたその時。
「靴下、そのへんに脱ぎ捨てちゃだめやよ?」
突然、背後から声がして心臓が止まりそうになる。おそるおそる振り返ると、ボブの少女。
朱音が座って、ジッと俺の方を見ていた。
「……早く脱いで! ワクワク」
目をキラキラさせている。
「ってか、お前、何でいるんだよ」
すると、朱音は首を傾げた。
「ここは、うちと悠真の愛の部屋やよ?」
「おい。愛の巣みたいな言い方するなよ」
「だって、うちの勉強道具とかこの部屋にあるし。寝てない時は、いつもここにいるし」
よく見れば、朱音は、いつのまにか自分用のビーズクッションを持ち込んで、優雅に座っている。
朱音が俺のスマホを持ち上げた。
「おい、何勝手に」
そんな俺のクレームなど無視して、朱音はスマホの画面を覗き込んだ。
「お兄様。メールが来てます。『差出人:○○写真コンクール事務局/件名:ご質問への回答(掲載条件・個人情報取扱い)』ですって。これって、もしかして」
「もしかして、なに?」
すると、何故か朱音は頬を赤らめた。
「わたしが美少女過ぎて、悠真が勝手にアイドルオーディションに申し込んじゃったってこと?」
「いや、それはない」
そんなことをしたら、美岬家に訴えられかねないぞ。しかし、朱音の妄想はどんどん膨らむ。
「しかもだよ? 条件面で担当者とやり取りって。もしかして、わたしで内定済み……? どうしよう。芸能界とか、お父様に叱られちゃう。悠真との婚約披露パーティーにもマスコミが来ちゃったりとか? キャッ」
朱音は手のひらを両頬に添えてクネッとした。
こんなわずかな種火で、ここまで壮大な勘違いをできるって。
ある意味、天才だと思う。
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※鈴音です。
今年も宜しくお願いします。




