第74話 蛍の願い事。
「蛍、山口の連絡先知ってるか?」
早いうちに、確認をとっておきたい。
蛍は首を傾げた。
「知ってるけど。2年の最初にみんなで交換したし。悠クンも知ってるでしょ?」
「知らない。俺、斉藤と鈴音と蛍しか連絡先知らない」
どうやら、うちのクラスでは、俺の知らないところで連絡先交換会が行われたらしい。
蛍は気まずそうにしながらも、山口の連絡先を教えてくれた。
「ごめんね。なんか、ごめんね」
「それ以上謝られたら、俺、泣くかも」
「ごめん」
「って、山口のところに行かないと」
蛍に手首を掴まれた。
「ちょっと待って。ウチ、ひとつだけ悠クンとしたいことがあるの」
したいこと?
想像がつかない。
「え? 鈴音には内緒にできないぜ?」
すると、蛍は俯いた。
口元にギュッと力を入れている。
……内緒にして欲しいことなのか。
「言うだけ言ってみて」
俺はそう言ったが、大概のことなら、断るつもりだった。
蛍は真っ赤になった。
「あのね。ウチ、お弁当作ったから食べて欲しいの。いつも悠クンと鈴音、毎日、お弁当一緒に食べてるから、ほんとは羨ましくて。おべんと作ったから……」
蛍の目尻に涙がたまって、今にもこぼれ落ちそうだ。胸元で握られた手の甲には、爪の形に白い跡ができている。
俺と鈴音が食べていても関心ないって雰囲気だったけど、そんな風に思ってたのか。
誰だよ。
蛍の悪い噂を流したやつ。
こんな純粋な子、他にはいないぞ。
一瞬、迷った。
でも、作ってくれたものを断れないよ。
「うん。でも、今回だけな」
俺はそう答えた。
「うん、うんっ♡」
目の前では、蛍は垂れ下がってくる金髪を耳にかけて、一生懸命に準備してくれている。
お弁当を食べるだけで、こんなに喜んでくれる。その姿をみていると、心の底がズキッと痛んで、同じだけ幸せな気分になった。
テーブルにはお弁当箱が2つ。
蓋を開けると、玉子焼き、ハンバーグ、ブロッコリーのサラダ。可愛らしく盛り付けられたおかずが並んでいた。
「蛍、料理上手だったんだな。すげーうまそう」
「ウチ、子供の頃から作る機会が多かったから、自然にね」
すると、蛍が自分のお弁当箱の玉子焼きをつまんで、俺の方に箸の先を向けた。
「あーんして?」
蛍の甘えた声。
俺は蛍の箸につままれた玉子焼きを、自分の手でつまんで食べた。
(ごめんな、蛍)
ふわっと鼻を抜ける出汁の香り。
甘くて優しい、蛍らしい玉子焼き。
「なにこれ。すげーうまい!」
蛍は一瞬、悲しそうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「うん。ウチ、玉子焼き得意なんだ!」
本当に美味しくて、無心で食べてしまった。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした♡」
蛍のお弁当を完食して、席を立った。
「あっ、俺も蛍にお願いがあるんだけどいいかな」
「なに?」
「実はさ……」
俺は、蛍に耳打ちした。
「え。別にいいけど。でも、悠クンって、もしかして、女の子の服が好きとか? いや、いい。それでも悠クンは悠クンだもんね」
俺は蛍にある頼み事をした。
なにやら重大な勘違いをされ、そして、愛ゆえに強引に理解されてしまった気がするが。
考えるのはやめておこう。
蛍は玄関先まで見送ってくれた。
靴箱の下には、ペラペラになった男性物のサンダル。
蛍は両親は離婚してると言った。
だったら、持ち主は蛍のお母さんの恋人か何かだろうか。
まさか……ね。
いくらなんでも、恋人の娘に手を出したりはしないだろうけれど。
「またね。悠クン」
手を振る蛍に俺は言った。
「困ったことがあったら、言えよ。絶対に遠慮するな。俺がなんとかしてやるから」
俺は後ろで拳を握った。
すると蛍は口を尖らせた。
「そういうとこだよ。悠クン。天然でウチを口説かないように!」
俺は追い出されるように、蛍の家から出た。
外階段に風が吹き抜けて、ブルッと身体の芯が震える。
「マジで寒ぃな」
少しだけ後ろ髪が引かれる思いで、駅に向かった。
俺はその足で、山口に連絡した。
山口は写真部の部室に居るらしい。
早速、詳細を確認することにした。
俺は高校の校門を通り、奥にある部活棟に向かう。
トントン。
「どうぞ」
ドアをノックすると、山口の声が聞こえた。
「いま、暗室で現像作業をしているから、その辺でちょっと待っていてください」
俺は部室の椅子に座り、周りを見回す。
いつのまにか部室は片付いていて、一角に暗室が作られている。
他には部員は来ていないらしい。
手持ち無沙汰にしていると、過去にコンテストに出したと思われる写真のアルバムを見つけた。
パラパラとめくる。
街の写真が中心だったが、まるで自分がそこにいるかのように感じる。どれも臨場感がある写真ばかりだった。
(コイツ、思った以上に真剣にやってるんだな)
すると、山口がやってきた。
「んで、鈴音さんの説得には成功しました?」
上から目線で、なにかイラッとする。
「いや、その前に聞きたいことがあってさ」
「なに?」
向こうもイラッとしてるご様子。
「着衣ってことだったけど、どんな服装にするつもりだ?」
「応募作が一般販売されることはないけれど、私服の方が良いとは思う」
たしかに、制服だと高校名まで丸わかりだしな。
「じゃあ、個人情報については?」
山口は、何かの作業を続けながら淡々と答えた。
「まず、モデルの名前については仮名にするつもりです。もちろん、位置情報とかのメタデータも削除して応募します。あと、部活実績の報告が済んだ後に、データは全削除」
「応募はデジタルなのか? 山口は鈴音の写真を撮りたいんだろ?」
「デジタル撮影の予定です。それはそうですよ。でも、今回は鈴音さんが承諾してくれて撮影するんです。僕も誠意を尽くさないと」
全くの謎基準だが、こいつなりの矜持があるらしい。
「もし1位になったら、発表とかあるのでは?」
「企業が主催しているものですからね。さすがに優勝作品で、一覧への掲載を拒否するのは無理かな」
まぁ、それはそうか。だが。
「2人の顔が出るなら許可はできない」
「いや、あくまでメインは写真だから。モデルの構図には指定はないんです。作品として成立しているなら、極端な話、一覧に載せるのは数枚ですし、後ろ姿でもいいんだ」
優勝したら、後ろ姿を使うということか。
それなら個人の特定は難しい。
「蛍の方が、太ももを見られたくないみたいなんだが、可能か?」
「可能です。……というか、太ももが出るような構図は、元々考えていません。作品タイトルは『2人の友情と君の街』ですし」
もうそこまで考えているのか。
山口も本気なんだな。
「へぇ、良いタイトルじゃん。どのへんで撮影するつもりなの?」
「コンセプトからして、あくまで、生活圏でです。駅前とか土手。それとこれは鈴音さんの希望なんですが、思い出の神社があるらしいので。そのへんで考えてます」
神社?
ああ、鈴音とりんご飴を食べた神社かな。
「なるほど。了解。それと、部活には女子部員のこととか、他にも問題はあるんだろ? そっちはどうだ?」
すると、山口は口ごもった。
しきりにメガネを上げている。
「目下、探し中です。それと、顧問の先生が来年は産休に入るという新たな問題が発覚しまして……」
実績の他にも問題は山積みらしい。
ま、そこまでの面倒は見られないが。
「分かった。最後に、今のこと、主催者に俺からも確認して問題はないか?」
「構いませんよ。あっ、主催者側の担当者とやり取りしたメールがあるので、後で篠宮君に転送しておきます。そこにメールすれば答えてくれると思います」
「サンキュー」
部室を後にした。
聞くことは、受賞ギャラリーでの掲載形式(後ろ姿OKか)、個人特定リスク、データ保全と削除手順、提出時のメタデータ(EXIF/IPTC/XMP)全削除の要件あたりか。
廊下を歩きながら、俺は質問事項を確認した。
(早めに動いた方がいいか)
俺はベンチに腰をかけると、早速、質問事項のメールを主催者に送った。
「せっかく学校に来たのだ。空手と写真関連の本でも借りていくか」
うちの高校の図書室は、他の高校と比べても、蔵書数がかなり多い。
図書室には他に生徒はいなかった。
(休みだし、それはそうか)
カウンターには、桜坂さんがいた。
桜坂まどか。更紗さんの知り合いの司書さんだ。
桜坂さんは俺に気づくと言った。
「篠宮君。お久しぶりです。あっ、ちょっと聞いて欲しいことがあるんですが、お時間ありますか?」
何の相談だ?
まったく予想がつかない。




