第72話 消せない蝶と消したい過去。
蛍は、黒いドレスに蝙蝠のチョーカー、腰上までのマントを身につけていた。
ウエストをコルセット風に締め上げ、スカートは前は短く後ろが長いフィッシュテールにレースが揺れる。足には網タイツ。その姿はまるでヴァンパイア。
「どう……かな? ウチ、へんだよね?」
蛍はうつむいて、モジモジしている。
「いや、すっげー似合ってる。まじで。俺、確実に心拍数あがってるし」
——クールな蛍のイメージとは違うけれど。
蛍は満面の笑みになった。
「そっか。嫌われなかった……よかった。とりあえず、入って」
「おじゃまします」
玄関に入ると、下駄箱に収まりきらない靴が箱ごと山積みになっていた。いくつかは箱の上に雑に積まれている。どれもハイヒールだ。
俺が見たことある蛍の靴は、その横にちょこんと並べられている。下駄箱の下には、男もののサンダルが見える。
蛍の足の指に目がいった。
綺麗なつま先。靴で傷んでいる様子はない。
芳香剤の甘さの奥に、消え切らないタバコの匂い。
玄関の先はキッチンと2部屋。
広くはないが、普通の間取りだ。
「ウチの部屋、こっち」
引き戸を開けると、カラフルだった。
ゲーム、キャラクターの抱き枕、壁にかかったラグにはドラキュラっぽい女の子の絵が描いてある。
そして、よく見ると、蛍が着ているドレスと同じデザインだ。
蛍はこっちに振り向いて、手を広げた。
「これね。全部、ウチの好きなものなの」
「お前の秘密って」
「うん。このこと。ウチ、きもい?」
「いや、そんなことないよ。ゲームとかラノベとか、俺も好きだし」
すると、蛍は早口になった。
「えっ。ウチは断然アニメ派! リリスたんの声優の◯◯ちゃん、すごいんだよ。歌もうまいし、美人だし……」
こんな饒舌な蛍は初めて見た。
俺の中で蛍は、オタクとかマニアからはもっとも縁遠い。むしろ、現実そのものに生きるギャルで、何事にも冷めていて無関心なイメージ。
「……ひいてる?」
蛍が泣きそうな顔になった。
「いや、お前ってリア充なイメージだから、ちょっとビックリしたっていうか」
「『リア充』って、2010年代のアニメの中に出てくるヤツだー。それ、とっくに死語だよ?」
「マジ卍なんだけど」
「それ、もっと死語ー!」
蛍は笑った。
それからは、蛍の好きなアニメを観せられた。リリスという吸血鬼の女の子が、困っている子供たちを助けるというアニメらしい。
アニメの中でリリスが友達と思われる少女に言った。
『ウチ、ヴァンパイアクイーンやから』
『ウチ』?
なるほど。蛍の『ウチ』はここから来ているのか。
そして、観ているうちに、あることを思い出した。
「これ、うちらが小学生の時にやってたやつだよな。たしか、衣装と行動が過激すぎて、炎上して放送中止になったやつ」
「そう。でも、深夜枠で続いてたんだよ! ウチ、このリリスたんが大好きで、すっごい憧れてた。リリスたんイジメられたり、大人に意地悪されてる子供たちを助けるの」
でも、俺の頭の中では、まだアニメ好きと写真集の話が繋がらない。
「んで、どうして鈴音に写真集を諦めさせて欲しいんだ?」
蛍がコーヒーを淹れてくれた。
コーヒーを2人ですすりながらアニメの続きを見る。
蛍はコーヒーの湯気がなくなると、話の続きをしてくれた。
「ウチね。夢があるの。本当は声優になりたい」
「へぇ。すげーじゃん」
「悠クンは馬鹿にしないの?」
蛍の目は潤んでいる。
「するわけないし。惰性で大学に行こうとしてる俺なんかより、よっぽどすげーと思うよ」
「そっか。うん。やっぱ、悠クンだ」
やたら期待されていて、恐縮だ。
「声優って、専門学校とかいくの?」
「うん。それかオーディション受けたりとかだよ。でもね、ママはね。『そんな夢みたいなこと言ってないで働け』って」
学費の援助は望めないということか。
「でも、仕事って言っても、すぐには見つからないだろ?」
「ママがお店を紹介してくれるって。『あんたは器量がいいから稼げる』って」
なんだよ、それ。
「だったらなおさら、写真コンクールは良い話なんじゃないのか?」
すると、蛍は俯いた。
「ウチね。鈴音にこの趣味のこと話してないの。でも、どうして声優になりたいのかって話すなら、趣味のことも話す必要あるじゃん?」
「言えばいいじゃん。鈴音はそんなに心は狭くないよ?」
「でもね、ウチ。前に渋谷でオタクっぽい子とすれ違った時に、つい『ああいうのダサいよね』って言っちゃったんだ」
「鈴音もそんなこと言ってるの?」
「鈴音は『人』の悪口言わないから。でも、前は『兄貴がクソダサい』って言ってた」
おーい。
俺も『人』に分類されるんですが?
蛍は続けた。
「んでね。鈴音はウチが大学行きたいって思ってるから、専門学校にお金使いたいとか言えないし……あとね、見せないといけないものがある」
蛍は後ろを向いて、スカートに手をかけた。




