第69話 末っ子無双と冷たいつま先
タタッ。
廊下から足音がして、朱音の指が離れた。
カチャ。
バタンッ。
ドアが開く音。
俺と朱音は毛布を頭から被った。
沈黙が訪れる。
本当に寝ているのか、来訪者に見定められている余韻。
偽装のために、追い演技が必要そうだ。
「すうすう」
俺は寝息をたてた。
「……随分と仲良ししてるわねぇ」
鈴音が独り言のように言った。
えっ。なんで仲良し?
手も離してるのに。
すると、太ももの辺りにピトッという感触。朱音のやつ、いつの間にか、足を俺の毛布の中に入れていたらしい。
薄目で見ると、朱音は足を毛布にくるんで巧みにベッドの上に滑り込ませている。俺のベッドは低めだが、かなりアクロバットな体勢だ。
しかも、そのつま先、無駄に冷たい。
毛布の中で朱音が足を動かす。朱音のつま先が触れると、氷を押し付けられたみたいだ。その度に、俺の身体はびっくりする。
(朱音のやつ、絶対に面白がってる)
このままだと、早々に布団の中でヒートショックになりそうだ。
起きた時のダメージ。
俺≫朱音。
——やり過ごすしかない。
不意に太ももの裏に氷のような感覚。
「うはっ」
しまった。声を出してしまった。
ふわっと顔に髪の毛がかかる感覚。
薄目を開けると、ジト目の鈴音と目が合った。
「おはよう。にいさん♡」
今まで『にいさん』なんて呼ばれたことないよ? こえぇ。
「お、おはよ……」
「気持ちよさそうに寝息をたててたね?」
どうやら、俺は。
追い演技のせいで、すごく追い詰められているらしい。
「鈴ねえが帰ってくるの待ってたんだよ?」
朱音は布団から顔を出して、そう言った。
「もうっ、朱音は甘えん坊なんだから。こっちおいで」
鈴音は朱音を呼び寄せると、抱きしめた。
どうやら、やつ(朱音)は、鈴音から赦しを得たようだ。要領のいいやつ。
あっ、そうか。
朱音は末っ子なんだ。
おそろしき末っ子力。
どうりで、父さんが簡単に籠絡されたわけだ。
「んで、悠真。これは……どういうこと?」
どうやら、俺の方は全く赦されていないらしい。
すると、朱音が鈴音に抱きつきながら言った。
「鈴ねえ。電話は大丈夫だった?」
鈴音は手を叩いた。
「あっ、そうだった。蛍が悠真と話があるんだって。例の写真の件みたい。わたしの部屋使っていいから連絡してあげて。あのね、蛍にも言ったんだけど、わたしとしては、蛍が受け入れてくれるなら、力になりたい」
「わ、わかった」
俺がそそくさと部屋から出ようとすると朱音が手を振って言った。
「お兄様、ごきげんよう」
大ピンチを助けてもらったのに、何かイラッとする。ちらっと月明かりに照らされた朱音は、舌を出していた。
さて……と。
俺は鈴音のベッドに腰掛けて、スマホを手に取った。蛍と電話で話すのは久しぶりだ。少し緊張する。
「ふぅ」
束の間の静寂。
すると。
『着信です!!』
いきなりのスマホの呼び出し音で心臓が止まりそうになった。びっくりしてスマホを落としてしまった。
「あははっ。悠クン、ガンッってすごい音したよ? スマホ落としたでしょー?」
スピーカーからは蛍の声。
「蛍がいきなりかけるからだよ」
「ウチのせいにしてるーっ。どのタイミングでかけたって、受ける方には『突然』なんだよ?」
……ごもっとも。
「んで、写真集の件で話があるって聞いたんだけど」
すると、蛍は少しくぐもった声になった。
「写真集の件、鈴音がウチのためにやろうとしてくれてることは分かるんだけどね。悠真にお願いがあるんだ」
どんなお願いなのだろう。
想像がつかない。
「どんなことだ?」
「あのね。鈴音に断るように頼んで欲しいの。ウチが断るように言っても、鈴音、全然言うこと聞いてくれなくて」
……え? 断るように?
写真集を受けたいって話じゃないのか?




