第7話 妹を分析してみた。
日本酒チョコは一粒で記憶を溶かす。甘美な熱が、鈴音との距離をほどく。
俺は“観察ノート”をつけるみたいに、視線・指先・呼吸を順に拾い、鈴音の機嫌の式を解こうとする。
——分析なんて、好きの言い換えだと本当は知りながら。
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「ちょっとトイレ行ってくる」
俺は今、スーパーの出入り口で鈴音を待っている。思えば、鈴音は妹だし、女性として客観的に見たことがない。
暇だし、妹分析でもして時間を潰そう。
まず、顔。
色が白くて、目が大きい。パッチリ二重でまつ毛が長くて、気のせいか他の子よりも黒目が大きい気がする。確実に美少女の類だろう。
次に身体。
胸が大きくてウエストが細い。健康的な太ももで足首は細い。本人は足が太いからイヤと言っていたが、むしろ、普通にスタイルがいい。俺は知っている。鈴音は、たまにお風呂をサボっても、次の日も良い匂いなのだ。
そして内面。
口が悪くて凶暴。服は派手そうなのに、生真面目っ子。実は努力家で勉強もスポーツもできる。性格は、俺以外には優しい。あと、たまにツンデレかも。
改めて客観視すると、ハイスペック美少女な気がする。まぁ、妹なのと口の悪さはあれだが。
「お待たせっ」
鈴音が戻ってきた。
「なに、あの子。すごく可愛いし、芸能人?」
見知らぬオバチャンたちが、鈴音の噂話をしている。
いや、ほんと。
オバ様方の言う通り。
すると、鈴音が俺を睨んだ。
「おい、お前」
なにやら怒っているぞ。
「なに?」
俺、何かやらかしたっけ。
「わたしが出てきた時、他の女のことを見てたでしょ。鼻の下をのばして、ニヘラニヘラしてた。キモいしあり得ないんだけど」
とんだ言いがかりだ。
俺はむしろ、鈴音を見ていた。
「わりーかよ。俺の勝手だろ」
イテッ。
鈴音に脛をけられた。
「こんな可愛い妹がいるのに、生意気すぎ。このDTやろー」
(ほんと口が悪いな。この人)
言われっぱなしも悔しい。
少しくらいは言い返してやる。
「鈴音のことだけ見てたんだけど」
「ふにゅ」
ん。鈴音から変な効果音がでたぞ。
鈴音は俯いて黙ってしまった。
時々、チラッとこっちを見るが、目が合うと前髪で顔を隠そうとする。
さっきの分析に1つ追加するなら、鈴音はすぐにやきもちを焼く。
家に帰ると、俺は自分の部屋に追いやられた。鈴音はエプロンをつけて、忙しそうにしている。夕食を作ってくれるらしい。
しばらく待っていたが、何の音沙汰もない。
時計を見ると、1時間半近く経っていた。
ちょっと遅すぎる。
俺は腹が減ってしまった。
ギシギシと階段を上がる音がして、ドアが開いた。
「腹へっちゃったよ」
俺が立ち上がると、鈴音は目に涙をためて、口を尖らせていた。
「……夕食、作るのやめた。ごめん、デリバリー頼むから」
俺は階段を降りた。
「ち、ちょっと。見ないで!!」
鈴音は俺の腕を引っ張った。
実は、なんでもできる鈴音にも欠点はある。
それは料理だ。
「俺は兄貴なんだよ? お前の実力くらい分かってるって」
キッチンでは、皿の上に乗った暗黒物質たちがお出迎えしてくれた。
これはまた……。
今日は一段と凄いな。
気合いに比例したのか、いつもより深い漆黒をまとった料理たち。
俺は席について言った。
「ほら。席につけよ。早く食おうぜ。腹へっちゃったよ」
「そんなの食べたらお腹壊すよ」
鈴音は俯いてしまった。
これは、何の料理なのだろう。
お皿に乗っていて丸くて黒い。横にはケチャップが置いてある。
……オムライスかな。
うん。きっと、オムライスだ。
俺は鈴音の制止を振り切って、一口食べた。
ちょっと塩が強いけど、悪くはない。
「いや、普通に美味いよ? お前も食ってみろよ」
鈴音は半眼になって一口食べた。
「嘘つくなよ……。こんなのマズイに決まってるし。って、あれっ」
「なっ?」
俺は2口目をスプーンに乗せた。
「うん。見た目は悪いけど、美味しいっ!!」
鈴音は笑顔になった。
「だろ?」
「見た目は冴えないけど、中身は好き。アンタと一緒。ふふっ」
鈴音は嬉しそうだ。
たぶん俺を褒めているつもりなのだろうけれど、軽くムカつくのは気のせいだろうか。
ってか、コイツ。
『いま初めて食べました』みたいな雰囲気なんだけど、味見してないのか?
「ありがとう。そういえば、鈴音って味見とかしないの?」
「しない。だって、レシピ通りに作ったらその味になるに決まってるし」
なるほど。
決まってないから、暗黒物質が生産されるんだがな。
今度、一緒に料理してやるか。
一緒に作るのも、子供の頃みたくて楽しそうだし。
「ごちそうさま」
食べ終わって、2人で並んで食器を洗う。俺が洗った食器を、鈴音が拭いてくれる。
「なんかこうしてると、昔みたいだな」
俺がそう言うと、鈴音は何も言わずにくっついてきた。じんわりと体温が伝わってきて温かい。
いつも口が悪いのに。
たまにすごく女の子っぽい。
調子が狂う。
片付けた後は、2人でテレビを見ることにした。
すると、鈴音が手を叩いた。
「気になる映画があるんだけど、一緒に観てくれない?」
「別にいいけど」
鈴音ってどんな映画が好きなのだろう。
テレビのリモコンに話しかける鈴音。
選んだ映画は、意外にもホラーだった。
「これ、ママがお友達からもらったんだって。勝手に食べちゃおう」
鈴音はそう言うと、どこからかチョコレートを持ってきた。一粒ずつ銀紙で包んである高級そうなチョコだ。
「これどこにあったの?」
「床下収納。ママ、あそこに食べ物を色々と隠しているんだよ」
鈴音はチョコをつまんでニヒヒと笑った。
俺も笑い返した。
子供の頃みたいだ。
……一緒に悪戯するのって楽しい。
「早く観よっ」
電気を消すと、鈴音は猫のように寄り添ってきた。
映画はビックリさせる系のホラーで、時々、いきなり効果音が大きくなる。鈴音はその度にビクッとして、シャンプーのいい香りがしてくる。
鈴音は驚くたびにチョコを食べている。
ストレスで甘いものが欲しくなるのかも知れない。
(やたらビビってるけど、鈴音は本当にホラー好きなのか? あっ、このチョコ、美味しいかも)
暗くてよく見えないが、チョコレートの中には、風味のある甘い液体が入っている。
映画が終わって鈴音を見ると、目をギュッとつむって胸を押さえていた。
俺は聞いてみることにした。
「鈴音って、ホラー好きなの?」
鈴音は顔をフルフルと横に振った。
「好きじゃない。でも、友達が、この映画を観たあと、彼氏と進展したって言ってたから」
鈴音は両膝を何度かくっつけてから、太ももに手を置いた。
進展?
どういう意味だ?
クンクン。
なんだろう。お酒の風味がする。
これってもしかして……。
鈴音がチョコの包み紙をはがして、一口かじった。
「おい、鈴音。そのチョコ、酒入ってないか?」
「え、でも。わたしブランデーボンボンなら食べたことあるし、別に平気だけど」
「これの箱どこ?」
俺はチョコの箱を見た。
すると、表面に日本酒チョコと書いてあった。そのすぐ下には「日本酒の風味をいかしたチョコ」とある。
電気を消していたから、違いに気づかなかったみたいだ。
その時。
「ポンッ! 鈴音さん。なにかご用意ですか?」
不意にテレビから大音量が流れた。
「キャアア!!」
鈴音は飛び上がって、体を押し付けてきた。
汗ばんだ肌が、俺の右肩に触れる。
「AIの音声だよ。驚きすぎ」
俺がそう言うと、鈴音は少しだけ体を離して俯いた。
2人の指先が触れている。
心なしか、鈴音の指がいつもより温かい。
鈴音が顔を近づけてきた。
「ねぇ、頭がクラクラするんだけど」
「チョコ食べ過ぎだよ」
鈴音は手を止めたが、かじりかけチョコの欠片から液体が垂れた。
透明な雫がツーっと胸元に滑って消えると、鈴音はシャツの襟を開いて風を入れた。
「なんか暑くてベタベタするんだけど……」
俺を見つめる鈴音の目は、何かを訴えるようにトロンとしていて、頬は櫻色に色付いていた。
鈴音の潤んだ瞳に、俺が映り込んでいる。
ごくり。
俺は唾を飲み込んだ。
……もしかして、進展ってこういうことなのか?
——その夜、鈴音に渡された一枚のメモ。
ただ1行の「I, she, tell U」。




