第62話 仕上がり
控え室から出ると鈴音と朱音がいた。
「悪い。待たせたな。短くしてもらったんだけど、どう……かな?」
鈴音は俺の周りをウロウロして「ほぉー」と言った。鈴音がスマホをいじると、少し遅れて俺のスマホが通知で光った。
鈴音からのメッセージだ。
「惚れ直した♡」とのことらしい。
一方、朱音はそっぽを向いて言った。
「別にそれほどじゃないけど。まぁ今なら、いとこって認めてあげてもいいかな」
……。
今まではどう思われてたんだ?
「いとこですらないなら、今まではなんだったんだよ」
「おとこのこ……」
朱音は、そう言うと俯いてしまった。
性別は雄だと言われただけなのに、首筋のあたりがすごくむず痒い。
「俯くなよ」
「う、うるさい。こっち見るな」
朱音はそう言うと、鈴音の後ろに隠れた。
鈴音は何故か頬を膨らませている。
更紗さんはため息をつくと、俺の耳元で言った。
「朱音ちゃん、女の子の顔してるけど」
「いやいや。ないでしょ。俺、石を投げられてたんですよ?」
朱音が鈴音の陰から言った。
「石投げた人なんて知らない」
更紗さんの口元が綻んでいる。
この人、絶対に面白がっている。
「ほら、石なんて投げてないって言ってるよ? まっ、でも。髪型は概ね好評ってことかな?」
更紗さんの言葉に、俺は頭を下げた。
「ですかね。ありがとうございます。髪を短くしたのなんて久しぶりで、風邪をひきそうです」
「じゃあ、風邪ひく前に稽古しようか」
更紗さんはそう言うと、控え室に戻った。
さて。
俺は辺りを見渡す。
今日は他の門下生はいない。
全裸になるわけじゃないし。俺は、ここで着替えても問題はないだろう。
道着袋に手を突っ込みながら、俺は、ふと疑問がわいた。
「朱音。今日から家に来るんだよな?」
「うん」
「着替えとかあるわけ?」
「さし当たりのものは、ドライバーさんが届けてくれると思う」
さすがお嬢様。
ICカードがなくても生きてこれたわけだ。
「そっか。朱音がうちに泊まるのって、子供の時以来だな?」
「うん。わたし、悠真の部屋で寝るの久しぶりだし、楽しみ!」
「……はっ?」
その声は鈴音だった。
「ち、ちょっと待て! それ絶対に変だろ」
俺も思わず突っ込んだ。
今、うちには俺と鈴音の部屋がある。
それを3人で使うとして。
①鈴音と朱音。
②俺と鈴音。
③俺と朱音。
百歩譲って②がギリ。
③はないだろ。③だけは。
「どうしてそうなったの?」
俺の問いに、朱音は答えた。
「なんか、お父様と亮介伯父さん(俺の父親)の取り決めで、そういうことになったみたい」
いやいや、ますます変だろ。
「明良叔父さん(朱音の父)が絡んでるなら、普通は俺の部屋はNGでしょ? 朱音の聞き間違いじゃない?」
朱音は、まだ鈴音の陰に隠れている。
「なんでも、少し前に2人で飲みに行った時に、亮介伯父さんが『鈴音ちゃんと悠真が同じ部屋とか絶対NG』って言ったんだって」
父さんと明良叔父さんは仲が良い。
たまに2人で食事をすることがあるとは、聞いたことがある。
だから、朱音が来るという話にも違和感はなかった。
「は? いや、鈴音大好きな父さんならあり得るけど……」
朱音が口を尖らせた。
「そうしたらお父様が『じゃあ一層のこと、朱音は世間知らずだから、悠真と同じ部屋で生活させよう』って」
あぁ、なるほど。
それで今回の朱音の『普通の生活研修』なのか。つまり、当面は俺と同室で……という話は、元々、織り込み済みなのだ。
どうりで、①鈴音と朱音の同室が、一切考慮されてないわけだ。
すとんと腹に落ちた。
だからと言って、そのまま鵜呑みにはできない。
「はぁ? それこそあり得ないでしょ」
俺はそう言いながら、かつての明良叔父さんの言葉を思い出していた。
あれは確か。
中学の頃だった。
空手の試合を、父さんと明良叔父さんで観戦にきてくれて、叔父さんと2人きりになった時に言われたのだ。
——悠真くん。私は娘のことが心配でたまらないんだ。あぁ、もし、朱音と血縁がなかったら、あのジャジャ馬……こほん。愛娘の朱音をもらって欲しいくらいだよ。
そして、それから数年後。
俺と鈴音に血縁がないことが、親族内で公表された。
いや、まて。
それは順番が違う。
自分の姉の再婚相手(父さん)に連れ子の俺がいたんだぞ。弟の明良叔父さんが、そのことを知らないはずがない。
つまり、叔父さんは、俺と朱音に血縁がないと最初から知っていて、『朱音をもらって欲しいくらいだよ』と言ったのだ。
あの時の俺は何て答えたんだっけ。
あっ。
思い出した。
忙しい中、応援にきてくれた叔父さんにリップサービスしたのだ……。
「いや、いとこじゃなかったら、本気にしちゃうところでしたよ。朱音ちゃん可愛くてお淑やかですし。本当に残念です」
内心で『石を投げるやつが、お淑やかなわけないだろ』と舌打ちしたのを覚えている。
すると、叔父さんは「そうだろそうだろ」と嬉しそうに俺の背中を叩いたんだっけ。
つまりだ。
俺は鈴音と朱音の顔を交互に見た。
ごめん。
これ、俺が蒔いた種だったかも。
すると、俺のスマホが光った。
母さんからのメッセージだ。
『朱音ちゃんの荷物は、悠真の部屋でいいのよね?』
俺はスマホを閉じた。
「はぁ」
ため息が止まらない。




