第60話 エスコートしてください。
「朱音。交通系ICとか持ってないの?」
「ない」
「寄付とか、すげー偉いと思うよ。でも、計画的にな?」
「……うん」
「そういえば、朱音は、いつからうちの学校に通うの?」
なぜか朱音はドヤ顔になった。
「次の月曜から」
「早すぎだろ」
「ま、こんな美少女に入学してもらえて、きっと校長も鼻が高いんだと思うよ?」
朱音は口に手を添え、胸を張った。
「ま、編入テストは受けたんだろ?」
「なにそれ?」
……朱音は不思議そうな顔をした。
俺としては、むしろ受けてない事の方がよっぽど不思議なのだが。
「縁故か裏口だな」
俺がつっこむと、朱音は、半拍遅れて目をまん丸にした。
「ち、違う!……たぶん」
「まあ、友達関係とか、この時期からだと大変だと思うけど、何かあったら言ってくれ」
朱音は何やら半眼で舌を出している。
「人間関係のことで悠真に頼っても仕方ない気がするんだけど」
「こいつ……」
ごもっともすぎて、反論ができない。
ピッ。
俺と鈴音は改札に定期をかざした。
パタンと音がしてゲートが開く。
改札を通ると。
ドンッ。
鈍い音がして振り返ると、朱音がゲートに行く手を阻まれていた。
「お前、何してるの?」
俺が質問すると、朱音はあたふたした。
ゲートを睨みつけている。
「これが閉じて、わたくしの邪魔をするのっ」
「お前さ、1人で電車に乗ったことは?」
朱音は首を横に振った。
「ない。いつもドライバーさんが連れて行ってくれるし」
あえて繰り返そう。
美岬 朱音。
わりかしガチなお嬢様だ。
斉藤の道場までは、電車で一駅。
目の前では吊り革が揺れている。
俺は少し迷ったが、素朴な疑問をぶつけてみることにした。
「電車に乗ったことなくて、友達と出かける時とかどうしてたの?」
「……友達とは外で会わなかったし」
「友達いなかったの?」
「いっぱいいたし! いつもお友達に『運転手さんが色んなものくれるから、朱音さんのこと大好き』って感謝されてたもん」
なにやら聞いてはいけない事を聞いてしまった気がする。
「『さん付け』って、距離を感じるよな」
すると、左手の甲をつねられた。
左に向くと、鈴音が顔を横に振っていた。
そうだよな。
ここはスルーが優しさだ。
俺はまた、揺れる吊り革を眺めた。
「まぁ、俺の従姉妹だもんな。うんうん。わかったよ」
俺はそう言って朱音の頭を撫でようとした。
「触るな!」
朱音は、左手で俺の手を退けた。
お嬢様は、軽くご立腹らしい。
「ところで、お前の家すごく広いし、上に兄弟沢山いるじゃん? なんでウチなの?」
「え?」
「いや、使用人さんもいるだろう。叔父さんたちがいなくても、自分の家で心配ないと思うんだけど」
「……迷惑だった?」
朱音は目に涙を溜めた。
やばっ。
まさかこんなことで泣くとは思わなかった。
すると、鈴音が身を乗り出して朱音の頭を撫でた。少しだけだが、鈴音の方が朱音よりも背が高い。
「わたし、朱音ちゃんが来てくれて嬉しいよ。悠真もそうだよ」
鈴音の言葉に、朱音は俺の顔を覗き込んだ。
「……ほんと?」
「ま、まあ。妹が増えたみたいなもんだし。悪くはないけど」
俺は頭を掻いた。
「よかった」
朱音は口を尖らせた。
(……どうも調子が狂う)
何度か身体を横に振ると、朱音は言葉を続けた。
「わたしが希望したってのもあるし、お父様が『鈴音ちゃんの家で、色々教えてもらいなさい』って」
朱音の声を聞きながら、視界の端にさっきの白い羽根のシールが見えた。
なるほど。
きっと、うちでの居候は『普通の生活研修』なのか。母さんも朱音のことを可愛がってるし。たぶん、叔父さんに頼まれて引き受けたのだろう。
俺は1人で頷いた。
……ん?
鈴音に袖をひっぱられた。
「妹はわたしだけなのに」
鈴音は口を尖らせている。
やきもちか?
「本当の妹はお前だけだよ」
俺の言葉に、鈴音は何故か頬を膨らませた。
「ホントの実妹だったら、恋人になれないし。……ヤダ」
むしろ、どう答えれば……?
俺の右側も左側も、面倒くさい女子しかいないんだが。
「〜◯◯駅〜」
隣の駅についた。
電車を降りると、朱音が立ち止まった。
なにやら、足元を見ている。
この駅は古い。今どき珍しく、ホームと列車の隙間が歩幅半歩分くらいある。
隙間が気になるらしい。
「ほれ」
俺が手を出すと、朱音はそっと握ってきた。
「エスコート、ありがとう」
少しだけ照れくさそうな顔をしている。
なんだよ、素直だな。
すると、なぜか鈴音が電車に戻った。
「手」
朱音の手が離れるのを見計らって、鈴音もそっと右手をのばす。
かき上げた鈴音の前髪が、風で揺れた。
どうやら、自分のこともエスコートしろということらしい。
「こっちのお嬢さまも、降りておいで」
指先が触れると鈴音は笑顔になった。
本日2度目のホームを踏み締める。
「……シスコンって、本当なのか」
朱音のつっこみ。
って、手を引かれているお前だけには言われたくないぞ?
駅を出て数分歩くと、道場が見えてきた。
ようやく斉藤道場についた。
時計を見ると17時ちょうどだった。
「はぁー」
来るだけで、すごく疲れた。
暗いガラス戸を見て、鈴音は首を傾げた。
「今日やってない? 扉も閉まってるし」
「今日は道場は休みなんだよ」
ピンポーン。
俺はインターフォンを押した。
「ちょっと待ってて」
スピーカーから更紗さんの声が聞こえた。
すると、朱音が口に手を添えた。
山頂で叫ぶ時みたいに前傾姿勢になっている。
直後、インターフォンに向かって実際に叫んだ。
「たのもーっ!!」
朱音の通りのいい声が響く。
この子は、俺を疲れさせないと気が済まないらしい。




